・第三十一話「僕等は一つじゃない(後編)」

・第三十一話「僕等は一つじゃないwe are not one pieces(後編)」もうちっとだけ続くんじゃ



 ガルンと名無ナナシは上空で激突するリアラ・ルルヤ・『増大インフレ欲能チート』の元に『増大インフレ』の部下である『鮫影シャークムービー欲能チート『屍劇オブザデッド欲能チート』を行かせまいと、手傷に手傷を重ねながら必死に食い下がり続けていた。


(精神干渉を【真竜シュムシュの鱗棘】の護符で防げているからこそ戦えているが、そうでなきゃ最初の数分で殺られてる。そして、それ抜きでも上級魔族に匹敵するか上回る力だな、こいつらっ……くそっ! だからって食い止める事しかできないなんて?」


 己等以外の全てを無力化する十弄卿テンアドミニスターの力『邪流ジャンル』の劣化コピー、『亜邪流』マイナージャンルとでも言うべき精神干渉を護符の力で退けて戦えているとはいえ、戦況は劣勢。名無ナナシは内心そう悔しがるが、それは少年らしい良い意味で強すぎる自負の篭った感情でもあった。


 上級魔族といえば歴史に名が残る程の英雄か特に優秀な冒険者団等が立ち向かう者、それより強いとなれば混珠こんじゅで言う魔王軍の魔将爵級、成長途中の勇者とその仲間達が纏まって戦わなければ勝ち目がないレベルの怪物だ。本来傭兵団を率いて戦う名無ナナシがそれを二対二で引き留めているだけでも本来凄いのだが、それでも尚それ以上を名無ナナシが求めるのは、昨晩も改めて確かめた複雑な感情があるが故だ。



 昨晩のすったもんだ竜と暴力と変革とが一段落した後、名無ナナシはリアラと話をする機会があった。リアラは珍しくルルヤと別室で寝る前、名無ナナシと少し語らい、こう言った。


((恋愛は難しい。友情も難しい。ただ好きだという以上の事は、こんなにも難しいんですね……生前、家族とは妹を除いて疎遠でした。女友達は、失いたくなくて、そういう事を考えてきませんでした。趣味オタク文章ネットで繋がった皆は、友達だったけど……そうでない付き合い方が分からなくて。ハウラさんとソティアさんは、新しい家族の様な人達でした。旅の中で会った人達は、どちらかかといえば仲間、で。その中で、僕を好きだと言ってくれた君は、すごく、驚いて、特別で、だからこんな事を言ってるんだけど、元男の子だからそんな事でうじうじしてちゃダメだって、他人にそういって我慢を強いるのは絶対ダメだと思うけど自分には厳しくしなきゃと思って自分に意地張ってたけど、性的な事にも、いい思い出無くて))


 そうつらい過去を呟くリアラに対し。リアラはルルヤの事が一番好きなのかもしれない。俺からリアラへの思いは、友情としてしか実を結ばないのかもしれない。それでも、と、名無ナナシは思った。


((俺も似たようなモンだよ。廓の育ちで、9つの頃から殺し合いしてて、いつも必死で、助けた仲間を背負って走り続けて……会話の手練手管にゃ長けてるけど、家族と同じ仲間の中で妹みたいな弟みたいなミレミも、尊敬する雇い主というか主君な姫さんユカハも、戦友として立派な人だと思う騎士さんフェリアーラも……互いの心の傷に踏み込まない事を理由というか口実にして、どうしていいか分からねえままさ、何しろ、俺もまだガキだしな))


 言われてみれば僕のほうが二歳程年上16歳と14歳だった、と、赤面するリアラに対し、なにがどうあろうと、やっぱり俺はリアラが好きだし力になってやりたいと。


((だから。俺と、似てる気がしたから。お前の事、好きになったのかもな。だから……友情でも恋情でも愛情でも、俺はお前が大好きだ。ルルヤねーさんの言った事を繰り返すようですまねえが、お互いまだ若いんだ。俺も頑張るからよ、頑張る中で気づいたことがあれば、お前にアドバイスしてやるし、愚痴聞くし、相談にも乗るさ……俺なんかが代表して言うのも何だが、お前が助けた皆、一緒に戦った皆、お前の幸せを祈ってる。そう思って、船の上だし、大船に乗った気でいていいさ))


 励ます為、俺だってそう対したもんじゃないと名無ナナシは吐露しつつ、それでもそう、胸を張って顔をあげ笑いかけ……


((ありがとう、ございます))


 不安が少し解けたるいてきと微笑みを煌めかせたルルヤの輝きが、思い出すとリアラには悪いが、わくわくどきどきにむずむずとうずうずが入り交じったような暖かい感覚になって、妙に力をくれるのだから。



 そして、勇者と並び立つ英雄たらんとしていたガルンもまた。


 彼は多弁をせぬ。言い訳もせぬし文句も言わぬ。派手にぶっ飛ばされたとはいえ、それは未だ己とルルヤに盛大に力の差があるという事。それを事実として言い訳も文句もなく受け入れるし、それを理由としたリアラの判断も、この戦いの結果ならばすっぱりと受け入れよう。


 再戦を望まない訳でも無いし、ルルヤを己の妻に欲しいと思う事も変わらない。それはそれ! これはこれ! で、勝利と敗北と生死がそれとは別に存在する。その全てを受け入れて、尚、生きるがままに生きる。ガルンは単純な男だ。戦士という生命としての糧を得る生態を会得した人間という獣の一頭の雄として生まれ、そのように生きてきた。そうであるからこそ、人間を戦士でも動物でも、命をやり取りする生き物ではなく、一方的に命を奪う存在、自分を含めた獣を収奪するそれより上位の存在を生む銃を恐れた。文化を知らず、機微を知らず、欲するが侭であり、狩と戦で駆け引きはするが、命として命を食らう事はしても、卑劣や搾取や邪悪といった、命ではなく魂を削る行為には殊の外嫌悪感を持っていた。


 だが。いや、だからか。



 そんな単純だからこそ単純の果ての更に上にある純粋さを持っていたルルヤを、先祖が真竜シュムシュに服したかの如く仰ぎ見たガルンだからこそ、ルルヤの反応、ルルヤの浮かべた表情、その魂から発した苦渋はガルンの望んだルルヤの在り方ではなかった。


 故に、細かい事は分からぬが、己の在り方とやり方なりに、ルルヤへの好意を抱き続ける事とは別にして、身命を以て、償い、灌ぎ、贖わねばならぬ、そう感じた。故に至極単純にそうしようとする。



 だから、二人は。


「おい、子供ナナシ

「何だい、おっさんガルン

「おっさんという年ではないわ。……あいつらを、倒したいか?」

「ああ、勿論さ。やっぱ、おっさんもか」

「ええい、もうよいわ。勿論だ」


 二人はただ引き留めるだけで終わる訳にはと、尚も闘志を燃やしていた。荒い息をつきながらも、その間に短く、名無ナナシとガルンは言葉を交わす。


「何とかなりそうな方は、隙を作れば何とかなるか」

「して、見せる」


 己の血に濡れた全身に尚も力を込めて立ち続けるガルンに言われ、防具はボロボロ、短剣は鋼線を繋いで巻き戻しが効く物以外は限界まで威力を上げた攻撃魔法を付与して使用した事で粉砕して残り数本まで使い尽くした名無ナナシは、それでも尚、共に意地を張る。敵にも、隣に立つこの男にも、リアラと同じ戦場で、負けたくないと。


「んだとぉ!?」

「それは、恐らくこいつの事ですかね?」

「んだとぉお!!?」


 それを聞き、何とかなりそうな方ってなどっちだと気色ばむ『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドを前に、二人は反撃を……始める事は出来なかった。


「な」「あっ」


 上空から轟いた、その場にいた全員をよろけさせる程の凄まじい轟音と衝撃波。それに空を見上げて、愕然とした。


「は」「ひひっ」


 対照的に、同じく轟音と衝撃波によろけ体制を建て直しながらも『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドは空を見上げて笑った。


 真竜シュムシュの勇者の必殺技メラジゴラガが、『増大インフレ』によって防がれたのを……!



 【世壊破メラジゴラガ】を放ったルルヤの大剣が、完全に握り砕かれた。『経済キャピタル欲能チート』を倒し『惨劇グランギニョル欲能チート』を倒した必殺の専誓詠吟が。威力においてはリアラの力を借りて更に強化された『神仰クルセイド欲能チート』相手に放った時よりも、優るとも劣らぬ力を引き出した領域の広さと犠牲者の無念の量の多さから、上回っていたにも関わらず。


「下らねえ。てめぇらの戦いは下らねえ。弱い、価値がねえ、意味がねえぜ。……思い出すぜ。地球で海賊してた頃、捕まえた日本人から奪って訳させた漫画本でもそうだったぜ。結局の所どんだけ上辺を取り繕おうが男が戦って勝つ奴が売れて、売れる奴がちやほやされて、売れねえ奴は潰されうちきられんだろ? お涙頂戴かんどうを張り付けてる奴もそうでない奴も、滑稽な所ギャグもある奴もそうでない奴も、戦う事のワクワク以外人命も何も考えてなかろうが、犯罪者の海賊だろうが全然忍者に見えない忍者だろうがタイトルの意味ともう全然関係ない話をダラダラ長期連載しようが頻繁に休載して下絵同然の作品を載せようが主人公より別のキャラが人気になろうが、派手に戦う奴なら同じ様に売れてやがるそうじゃねえか。そんな奴らの連載を維持する為に、新奇な設定の若手の意欲作が容赦なくバンバン打ち切られるそうじゃねえか! 漫画じゃねえ奴ライトノベルも同じ事、せいぜいつらの良さと女の数ヒロインが加わる程度だそうじゃねえか。侵略しようが戦争しようが虐殺しようが奴隷を買おうが女侍らせる勝った男なら誰でもいいんだろうが! 特殊な力の無い地球の現実だろうが、漫画やラノベの連載と打ち切りの現実だろうが、魔法だの何だのがある混珠こんじゅの現実だろうが、現実にかわりはねえ。強さが人を従える、従える力の強さが全てだ! てめぇらの綺麗事、てめぇらの感情、てめぇらの力、てめぇらの冒険、てめぇらの少々の人気だの人助けだの、てめぇらの人生ものがたりは、はっ、力の物語に比べれば、ちっぽけマイナーだ! つまんねえ人気出ねえよ! 巨大メジャー支配する人気覇権の力の前には、存在しないだれもみてねーも同然のちっぽけな無意味だってばよ!」


 『増大インフレ』は、勝ち誇る。発言の断片から、じわりと透けて見えるその前世、そして人格は、『神仰クルセイド」が皮肉った、((転生者も女奴隷が大好きなのは変わらん))という言葉を体現する、愚かしい力と勝利と支配と欲望の信奉者だが。


 強い。そうでありながら強い。悔しいのに強い。その愚かしい力と勝利と支配と欲望こそがこの世の真理であり万民が支持し従う法則なのだと傲慢に誇るが如く……余りにも、強い!



 ……その時、リアラにもルルヤにも、言われた『増大インフレ』にも、聞かせるつもりもない為、聞こえる事は無かったが。


「そうそう……そんな君の、まさに地球人、まさに地球という在り方は、それなりに好ましい……楽しませてね?」


 何処かで。青い髪を揺らめかせ、『全能ゴッド欲能チート』が、それを見て笑った。



「まあ、元々オラはもう十分に強い。お前らの必殺技を引っ張り出す為に、わざわざ手加減する位にはな。まあそりゃそうだ。フルパワーで戦ったらこの混珠こんじゅとかいうちっぽけな泡程度は、一発で砕けちまう。この世界全体に勝る力を持ってるんだから、この世界の一部から借りた程度の力が必殺技のお前ら相手じゃ相手にもなる訳がねぇ。手前てめえらの弱さは哀れ過ぎて言葉も出ねえぜ」

「な……!」


 戦慄の、それが真実であれば余りにも絶対的な力の格差を何でもない当然の出来事のように語る『増大インフレ』。だがそれは逆に、それがブラフではないという事を示している。そもそもこの有利な状況で、ブラフをする理由が全く無い……!


「……だけどよぉ。これっぽっちじゃ全然オラの力が増大インフレできないってばよ。あれだ。お前ら、死ぬギリギリまでいってみるか? 日本人から奪った漫画にあったじゃねえか、そら、生死の境でご都合主義的に覚醒してパワーアップする奴。あれが出来りゃあ、もう少しは楽しめるってばよ。ま、仮にお前らがどんだけ覚醒しようが、すぐにオラはそれを追い抜くんだがなあ。さぁてと、気づいてると思うがまだオラは変身を一回残している。『取神行ヘーロース』になってない。 別に全然窮地になってないから戦力的な意味で変身する意味は全くねぇんだが、絶体絶命に絶対的に絶望して覚醒してもらう為に、思い知らせ、嬲る為に、そして、これを倒せりゃぁ終わりだと思って奮起して覚醒できるように……詰まる所お前が旨い肉としてオラに食らわれる為に……調子こかせて貰うとするってばよ!」


 そして、途方もなくエゴイスティックで、力という現実を自称する割りに思考発想が物語的な、しかしてその物語を踏みにじる力でもある……物語と現実の融合、現実に支配された物語、物語を支配せんとする現実の都合、力による物語以外の小さな物語を否定しうちきり、力による物語でも己に劣るもの委細構わず平然と踏み潰すうちきる……物語という名の怪物的な現実が、『取神行ヘーロース』を発動させる。気のエネルギーが卵の様にその体を包み込み、おぞましいパワーインフレの化身を誕生させる!


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!

力は全ての為になる、全ては力の為にある!

人気極まれば任期永遠、一番ならばいい奴とされる!

征服すれば正義とされ、勝利さえすれば称賛される!

物理的にぶっ散らばせば、ブルって豚ども平伏ひれふし拝む!

勝った奴が神なのだ、これこそが我が正義なり!

取神行ヘーロース、『征服帝国・軍力僭神コンキスタドール・ケツァルコアトル』!」



 ド ン !  !  !  !



 気の卵から孵化するのは、人の姿と同じ服を纏ったまま、豚と狒々の如き猿が入り交じった顔、大蛇の如き尾、金髪が変化した金赤青銀の入り交じった羽毛を頭と拳以外の両腕に生やす魔神。その名は、命名ネーミング元になった神ケツァルコアトルへの冒涜そのものだ。その顔にも露なように、神ではなく猿から進化した人に過ぎぬ黄金を漁る豚、ケツァルコアトルに真偽は些か怪しいが準えられた征服者コンキスタドールエルナン・コルテスを寧ろ元ネタとしてその名と姿を名乗っている!


 うおおおおっ、と、遥か下の船上の戦場で、ハリハルラ達の巧みな戦術に押さえ込まれていたジャンデオジン海賊団と、『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドが、その姿を見て歓声をあげた。悪心を増大させられ支配された『増身賊』ディフォルメデビルも、自分達が他者に押し付けんとする物語への魂がその形に歪む程の拘りを持っていた『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドも、ある意味混沌としているように見えてその実〈真唯一神エルオン教団〉よりものっぺりと平坦ワンパターンに力を賛美する。己の持つ『亜邪流マイナージャンル』より遥かに強大な『邪流ジャンル』に押し潰され思考を呑みこまれ支配されげいごうしたように!


「っおおおおお!!」

 負けられない。負けたくない。そう己を鼓舞する為に、歓声に対抗するようにルルヤは叫んだ。【真竜シュムシュの地脈】で世界と繋がっている筈なのに、自分を否定する世界に取り巻かれて寒々敷く切り離されたかのような悪寒を振り払う為にも。


(【世壊破】は完全に潰された訳じゃない。発動途中に潰されたから、まだ、解放してない分の重さの力は半分残ってる! 力と知恵を貸してくれ、届かせる為に!)


 必死にルルヤは【宝珠】通信でリアラに訴えた。全てのエネルギーを注ぎ込む前に剣を粉砕された為、未だその力は半分くらいは残っている。だが、もう一度同じ力を打ち込んでもやはり同じ様に潰されるだけだ。『神仰クルセイド』との決戦で放った《復讐》の白魔術を付与した時のように、さらに強化しなければ、と。


(その為の策を考えてくれ、その間は……私が奴を食い止める、リアラは、支援と作戦に専念してくれ)

「ルルヤさん!? それは、そんな、それはっ!!?」


 そのルルヤの言葉に、リアラは思わず【宝珠】通信ではなく、肉声で叫んでしまった。その言葉、この状況は、リアラの心の傷そのものだった。ハウラさんとソティアさんを失った、全てが終わりそして血濡れの道が始まったあの日だいいちわの。


「あン?」

「勝負だ、『増大インフレ』!」


 その声に一瞬怪訝の表情を浮かべる『増大インフレ』だが、それ以上リアラに意識をむけさせまいと、即座にルルヤが突撃!


「わ……かり、まし、たっ!」


 苦渋の表情で、しかし一瞬でも連携が途切れることは危険と、リアラは魔法力の状況、ここまで見た分析、取れる手段の確認を必死に頭脳を巡らせながら、支援射撃の態勢に移った。二対一の白兵戦と変わらぬ支援が取れるよう、時にルルヤの真後ろから曲射軌道を描く【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】で目眩ましをし、時にルルヤ自身を支援する為に【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】や【《生ける息よ死の骨よ、縛れブレスバインド&ボーンバインド》】でルルヤを守り『増大インフレ』の足を引っ張り、その他にも様々の白魔術を行使しながら、それら全てと平行しそれらを元に【真竜シュムシュの宝珠】による高速思考と蓄積情報から戦闘と平行し見えざるものを見る【真竜シュムシュの眼光】による分析を行っていく。


 そのリアラを背負う様に背後に庇い、ルルヤは戦う。二人とも、しかし魔法力を消費しすぎて逆転の手段を見いだすまでの間に尽きぬよう、ぎりぎりまで魔法力の配分を考えねばならない。勇気ある限り精神力を燃やし続けられる勇者であるリアラとルルヤ故にその魔法力の量はある程度の補給が効くが、常に全力全開でなければ食い下がる事すらままならない以上、回復量と消費量のバランスを考えればリソースは無限ではなく有限。時間と精神力と不安との勝負……!


「アッハッハッ、頑張るじゃんよえぇおいっ!」


 ……そしてそれを、『増大インフレ』は真っ向から受け止め、叩き潰す。


 最早【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】は完全に通用しない。目眩ましとしてすら役に立たない。故にリアラもそれを取り止め残り二つの専誓詠吟に集中。


 Z―DODM!


「か、はっ……」


 ……少しでも、ルルヤのダメージを減らそうと。だがそれでも尚、鎖を引き千切り、障壁をぶち破り、『増大インフレ』の拳がルルヤのしなやかな腹にめり込み、その体をくの字に折り、息の詰まった苦悶の声を押し出すのを、止める事はできなかった。


(嗚呼、嗚呼嗚呼。嗚呼嗚呼ああっ……!?」


 リアラの目から涙が溢れる。思考に悲鳴が混じる。思考が後半は声になって溢れ出る。それでも尚、全て止める事は出来ぬ。リアラにとっても地獄、そしてルルヤにとっても地獄の戦闘が、二人を責め苛む悪夢の時間が、どろりと二人を絡め取った。


「っくぅあっ!!」


 引き締まっているが細い腰に炸裂し呼吸を奪う苦痛を食い縛りながら、それでもルルヤは反撃した。【息吹】だけではなく【翼鰭】の推力を乗せながらの切っ先の刺突で、『増大インフレ』の喉笛と顎をアッパーカットめいて突きあげ、相手の体を僅かに浮き上げた際に身長差を逆用すべく懐に飛び込み鳩尾に再度刺突!


「かゆいぜぇっ!」


 しかし『増大インフレ』は全くダメージを受ける事無く、猛烈な勢いで両掌を降り下ろす。両肩に手を置くような、格闘の技としては本来効果的とは言いがたい動きだが、その絶大な力を持ってすれば魔竜ラハルムの【爪牙】に遥か勝る!


 JYAGATTA!! DOBVANN!!


 空気が裂け、海面が爆裂した! 直撃すれば海を叩き割って海底まで叩きつけられ防御力が足りなければグシャグシャに潰されていたであろう!


 だが爆発したのは海面。ルルヤは間一髪半身になって両掌の間をすり抜け回避!


 それでも一瞬翼を折り畳まざるをえなくなり、空中での姿勢が不安定となる中、続く『増大インフレ』の攻撃! 膝蹴り!


 BAKI!


「あぐっ!!」


 翼を再展開する一瞬の隙を突かれた。リアラの縛鎖バインドを引き千切り防壁バリアーを打ち砕き尚勢いの止まらぬ膝がルルヤの降り下ろした剣とその両手を痛打! 剣が粉砕され、手指の骨が砕け両手が弾き上げられる! 更にそこから『増大インフレ』が足を伸ばし前蹴り! 完全に膝から先の力だけで放たれる、ルルヤと『増大インフレ』の身体能力が互角と言わずとも体格差程度の範囲であれば大したダメージになる筈もないどころか反撃を誘うだけの無謀な一撃は、しかしその理不尽な筋力において十分な威力の追撃となる。


「ッ~~~~~~~~~~っ!!! (この、ままじゃっ……)」


 腹部に突き刺さる爪先。臓腑胎内を掻き回されるが如き激烈な苦痛の中、気高い戦士であるルルヤの心にすら、じわりと影が滲んだ。『神仰クルセイド欲能チート』も恐るべき敵だった。いや、十弄卿テンアドミニスターとの戦いは、常に窮地の連続だった。『神仰クルセイド』はその中でも更に恐るべき相手だった。だが『増大インフレ』はそれよりも尚、正にその名の通りどうしようもない程に脅威の度合いが圧倒的に違うインフレしまくっている。このままでは。……戦いの為の竜術に覚醒する前に目の前で滅ぼされた、守れなかった故郷の光景が思考の端によぎる。また、あの時みたいに。


「『死ねぃ丸』!!」


 砕け散る【鱗棘】と【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】を見下ろす要に下を向いて声も出ぬルルヤに、更に追撃の気弾を放つ『増大インフレ』。


「貴様が、死ね、だっ!」


 だがその瞬間、ルルヤが凄絶な反撃の意思を込めた表情の顔を上げた! 【血脈】で治癒した手に込められた【息吹】の重力を、射出するのではなく引力として制御して用いる事で……


 ZBAMZBAMZBAM!!


「おぉおっ!!?」


 連続飛来した『死ねぃ丸』を引力で逆制御、自分に向かって飛んでくるのをよけつつ絡めとり、遠心力を乗せ逆に『増大インフレ』目掛け連続して投げ返した。『増大インフレ』が更に放った物と激突して途中で爆発する物も出たが、何発か直撃!


「うぐおっ!?」


 初めて有効な攻撃となり、異形化した肉体の羽毛が舞い散り血が流れ落ち明確なダメージが発生した。


「よしっ! 通ったっ!」

「やったぞ、リアラっ!」


 快哉を叫ぶリアラとルルヤ。それは二人の知恵と力の合体。一瞬の意思の交錯、阿吽の呼吸、阿吽の呼吸。先の気弾を重力で絡めとって投げ返す一撃は、【宝珠】を通じリアラが思い付いたものを、ルルヤがその天性の戦闘センスでもって実現してのけたものだったのだ。【世壊破】よりも【地脈】で集めた魔法力と大地と海の力を浪費しない、一矢報いる手段。


(《復讐》を使うには、一撃で戦闘不能になってはダメだ、けど、あいつの力じゃ、それが難しい。だけど掠り傷じゃ意味がない。《復讐》がダメなら、相手の力を使う手段はこれだ……この、調子でっ)


 『神仰クルセイド』との戦いで【世壊破】を強化し決め手となった白魔術《復讐》はリアラが手傷を負わねば使えずしかも軽傷では役に立たず即死では使えない。その為に考えた他の手段が図に当たった。


 それによりリアラの心の揺らぎが、僅かに静まる。力になる事が出来た。大丈夫だ、今度は、僕は間に合って見せる。間に合って、仲間を救うと、心を燃やす。


(負けないっ……)


 そして、ルルヤも。圧倒的な力の差が再演させる無力感という心の傷を振り払い、更なる抵抗を


「邪魔だぜ。そういうのは、望んじゃいねえんだ」


 しようとしたその次の瞬間。一瞬で、二人の零距離にまで『増大インフレ』が出現していた。それまでの道化じみた様子をかなぐり捨てた、邪悪で嗜虐的ながら怒りの色が滲んだ表情を浮かべて。そして。



「死ね」「っ!? !? !?」「ッ~~~~~~~!!!!」



 リアラを庇い立ちはだかったルルヤを、猛烈な突撃零距離気力波が吹き飛ばした。ダメージを与える事より振り払う事を狙ったそれに、ルルヤは堪えようとしたが、まるで水切りの石のように水面を何度も爆発させながら吹き飛ばされ、島に叩きつけられた。そして、激しく回転する視界の中、ルルヤは見せ付けられた。


 唯、拳の一撃だけで。『増大インフレ』は、虫でも叩く様に、通知一つで連載を打ち切るように、リアラを消し飛ばした。リアラがいた場所の延長線上の海が爆発した。まだ生きたリアラの体が着弾したのか〔その場合でも着弾後の生存は保障されない〕、リアラの体の残骸がぶちまけられたのか、消滅したリアラの体を突き抜けた衝撃波か、ルルヤの動体視力を持ってしても確認ができなかった。そして、バラバラになったリアラのビキニアーマーの残骸と、その夕日色の髪の毛が幾らかと血が、死の暗示のようにばらばらと降り注いだ。



「かはっ……な、あ、あ」


 島に叩き付けられ、仰向けに倒れクレーターにめり込んだルルヤの声が震えた。上空から見下ろす狒々豚じみた『増大インフレ』の異形の邪笑。降り注ぐ不吉な残滓。たった今までいたリアラの気配の、呼吸の消えた真空じみた恐怖の欠落。


 轟く、海が砕け散る爆発音。【宝珠】から消えたリアラの反応。かつて『否定アンチ欲能チート』にリアラが殺されたと誤認しかけた時より、更に近い死の可能性の感覚。


「あ、き」

「……その顔が見たかった。そういう戦いがヤりてぇんだよ」

「貴、様、っ」


 ■■。■■■■■■。めきりとルルヤの心の底が砕けて、心を壊しながら、黒い殺意と憎悪が溢れ出た。

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