・第三十二話「僕等は一つじゃない(決戦編)」

・第三十二話「僕等は一つじゃないwe are not one pieces(決戦編)」もうちっとだけ続くんじゃ



「うぅううううあああああああああああAAAAAAAAっ!!!」


 ルルヤは絶叫し空を黒く切り刻む流星となった。それはこれまでルルヤの心の隅を何度か掠めた極端なまでの憎悪と殺意の、過去最大の大爆発であった。【真竜シュムシュの翼鰭】を構成し四肢に纏う月の【息吹】の黒い重力の揺らぎがこれまでに無い程の規模で燃え上がり、極超音速でギザギザに飛び『増大インフレ欲能チート』に、それが変身した取神行ヘーロースである『征服帝国・軍力僭神コンキスタドール・ケツァルコアトル』に襲いかかった。


 ZDGAM! ZDBAM! ZZZZZZNNNNNN!!


 そのルルヤの斬撃と打撃は、一発一発が大気を轟かせる程の爆発、その機動は天地を掻き回す嵐。そしてその襲撃は、文字通り前後左右上下から、誇張なく殆ど同時に行われた。


「ぐはっ! ぐがっ!? ごッ!? (分身!!? いや違ぇ、残像か!? インフレしまくったこの俺の増大視力がか!?)」


 一瞬だけだが、『増大』ケツァルコアトルは己の前後左右に同時に立つルルヤを見た程だった。似た機動攻撃にかつて『経済キャピタル欲能チート』は三面六臂となって対応したが、『増大』ケツァルコアトルの攻撃速度は今や手足を生やさずとてもそれに一切劣らないどころか上回るにも関わらず、その反撃は残像のみを捕らえて空振りした。『増大』ケツァルコアトルと同等以上の度合いで大気を極超音速衝撃波で爆発させるその慣性と重力を無視し支配する機動力は、皮肉にも背後にリアラを庇わなくなった事で動きの制限を解き放たれ、単純に気力を噴射して飛ぶ『増大』ケツァルコアトル相手に有利を取りその隙を穿ち次々と爆裂の一撃を撃ち込む。遂に、流石の『増大』ケツァルコアトルも苦痛の声を発した! 巨大な筋肉に拳がめり込み、反撃する鋭い爪を生やした指を蹴り足が砕き、羽毛と血を撒き散らして鉄剣が踊る!


「わああああっ!?」


 だがそれは同時に周囲に凄まじい破壊をもたらした。ルルヤが【増大】の死角を衝く為に飛び回る度に船のマストが吹っ飛び船員が海に転落し水騎が転覆し、拳を打ち剣を振るう度に海が爆裂する。強烈な上昇気流が竜巻の如く渦巻き、水柱が何本も上がった。獰猛な勇気と爆発させた怒りの精神的エネルギーを魔法力にしているだけでなく、普段ならやらない危険なレベルでの【真竜シュムシュの地脈】によるエネルギー吸収を行っているのだ。


「ななな、何だこいつは!?」

「し、諸島海が保つのか!? ぐうっ……!?」


 既にその下の海域ではジャンデオジン海賊団側の『増身賊』デフォルメデビルも反ジャンデオジン海賊同盟側の海賊も、動屍アンデッドや鮫共に至るまで、余りの混乱に戦うどころではなくなったが、それどころか、エナジードレインじみて消耗疲弊する者まで現れる程だ。


「ま、まずいやべえ、このままじゃ嵐の海で砕かれるより先に衰弱死だぜ!? !」

「け、けど、こうしねえと……!?」

「だ、だが、俺等が持つのか!? うぐ……!?」


 天空遥かの戦いは海上で目の前の相手に必死な海賊達に見る余裕は殆ど無かったが、先程の墜落と激しく立ち上った黒い炎を『増大』ケツァルコアトルが平然と耐えた事は分かった為、どうも不利なのではないかという気配は伝わっていた。しかし、それが逆転したのでは、敵の対象を討ち取れそうなのではという期待とこのまま味方の筈の勇者に吸い殺されるのではという危惧が入り交じる中。


(殺す! 殺す殺す殺す殺す殺すっ!!)


 狂乱し瞳を赤く光らせながら、ルルヤは猛烈な勢いで拳打蹴撃斬撃刺突の嵐を見舞っていた。狂奔しながらも体が技を紡ぐ。バチ、バチ、と、火花が散るように、脳裏にリアラの様々な表情が瞬き、消える。燃える。塗り潰される。思慕と悲嘆が、より攻撃的な感情に。憎悪が燃える。撒き散らかされる敵の血に、狂乱した魔獣のように興奮して理性が狭まる。【爪牙】で強化した手指が相手の肉体の急所を抉り、興奮した口が敵の首筋や手首や指に噛み付き食い千切る。『増大』ケツァルコアトルが苦痛に叫ぶ声で更に凶暴な闘争心が燃え上がる。故郷が燃える。■■■■■■■■■■■。正義や信仰や周囲への配慮といった要素が、黒く塗り潰され見えなくなる。普段決して思う事のない、そんな事より戦いだという感情すら抱いてしまう。許せない。■■■。憎い。■■■■。魂の底に穴が開いて溶岩が噴出する様に、際限の無い怒りが沸いてくる。リアラへの心配が塗り潰されそうな程。自分の自我がかき消されそうな程の膨大な感情の奔流。


 まるで自分の感情ではない感情まで混じっているかの様に。


「死ネェエエエエエエエエエエええええええええEEEEEEEッ!!!!」


 ZDGAMM!!!! !!


 咆哮の如く金属が軋む様な響きを帯びた叫びと共に、禍々しく変形した剣が止めを刺すべく殴り飛ばされ体勢を乱した『増大』ケツァルコアトルの首筋に叩きつけられる!


 ……だが!


「エッハハハッ! やるようになったじゃねえか! やっぱこの手だってばよっ!」


 血を流しながら、『増大』ケツァルコアトルは異形の顔に興奮の笑みを浮かべた。ルルヤの狂乱の剣を受け止めて!


「な、がぁっ!!? っ、貴様ぁああっ!!」


 『増大』ケツァルコアトル反撃の横蹴り! 受け止める為に上げたルルヤの足が軋む! 脚甲と脛の骨に皹が! しかしルルヤは【血脈】で回復しつつ反撃。突き出した腕から【息吹】、拳、ソレをフェイントに逆手切り上げ!


フンッ! 小賢しい生意気なあの赤毛リアラ、吹っ飛ばして正解だったぜっ!!」


 『増大』ケツァルコアトルが気力を燃やして炸裂させ【息吹】を防御! 拳に拳を会わせる! 翼で踏ん張って耐えるルルヤ! 切り上げを手刀で制した『増大』ケツァルコアトルが、頭突きっ!!


「~~~~~ッッッ!!?」


 かつて『神仰クルセイド欲能チート』の頭部装甲をカチ割ったルルヤの鉢金が逆に砕け散る! 額から出血! 重力操作を防御にも使って衝撃を受け流そうとするが、それでも尚脳への衝撃が大きく、ルルヤの視界が揺らぐ!


「が……がぁっ!? がはっ!? !」


 ……押し負けている!? 届かない!? これ程迄の殺人的な全力全開でも!? 認めぬと『増大』ケツァルコアトルの挑発に更に怒りを燃やし零距離で【息吹】を口から放ち『増大』ケツァルコアトルの顔面を吹き飛ばさんとするルルヤ。その直撃を受け顔面半分を血まみれにして片目を失いながらも、『増大』ケツァルコアトルはそれを即座に再生させ、ルルヤの喉笛に噛みつきにかかる! 咄嗟に腕で防ぐルルヤ、腕甲に皹が入る。何たる顎と歯の力、腕を引き抜こうとするが金属質の竜鱗製ビキニアーマー手甲に食い込んだ歯を引き抜かせない! そこに、喉笛と顎を殴り潰すかのようなショートアッパー!


「いい感じに戦えたぜ、痛ぇと感じたのは『神仰クルセイド』とやった時以来だ。だが、俺は! 『増大インフレ』した! お前を、凌駕した! お前は確かに俺より一時的に強くなったが……残念だがよぉ! お前がどれだけ強くなろうが! 俺はそれより強くなれんだっ! 絶ッ対ッにぃいいっ! 勝てるんだよぉおおっ!! 礼を言うぜ、これでまた強くなれた。……ありがとよぉっ!!」


 拳を握り混みながら、醜悪な獣の顔に邪悪な歓喜の笑みを炸裂させる『増大』ケツァルコアトル


(い、き、がっ……!?)


 それでも尚【鱗棘】が喉笛と顎骨の粉砕を防ぐが絶息し、脳が揺れ、ルルヤの上体が揺らぐ。赤く輝いていた瞳が濁り、四肢を覆う普段より激しく燃えていた黒い【息吹】が揺らぎ燃料切れのように小さくなる。


「どうした終いか!? あいつの命ぁ、てめえの怒りはその程度なんだなぁ!?」

(ち……がうっっ!?)


 だがそれでも挑発しながらの『増大』ケツァルコアトル目突きサミングに、そうじゃない、断じてそうじゃないと、ルルヤの全身全細胞が力を振り絞って動いた。仰け反り揺らぐ全身をその動きに乗せるように回転させ、翼を羽ばたかせ、両手を柄に合わせる。極限の集中で【鱗棘】を乗せられるギリギリまで厚さと鋭さを両立させる杭の様に剣を硬く再構成し、【世壊破メラジゴラガ】の全てを一点に集中、避け得ぬ速度で放つ事で拘束に注ぎ込む重力を威力に注ぎ込んだ収束【世壊破メラジゴラガ】を放つ!!!


「……いいや、その程度だ!」


 収束【世壊破メラジゴラガ】は増大の片手掌を貫いた。だが、その切っ先は届かなかった。切っ先から射出された収束【世壊破メラジゴラガ】のエネルギーは、『増大』ケツァルコアトルが杭剣を掌が避けるも厭わず捻り上げた事で、その頬を掠め切り裂くに留まった。


「あいつの存在てめえの思い、この程度の、ちっぽけだぁっ!!」


 杭剣を砕きながら、『増大』ケツァルコアトルの腕が振り抜かれた。鍔競りの応用でのルルヤの抵抗が力づくで振りほどかれ、半分に裂けた掌が再生しながらルルヤに叩きつけられた。平手、等という生易しいものではない。【鱗棘】ごと皮膚を引き剥がさんばかりの掌打。最後の切り札の失敗の絶望と、力で思いを否定される罵倒に心切り裂かれる苦痛に抗いながらも尚もがく様にそれを腕で防ぐルルヤだが、腕甲が遂に完全に破壊される! 更にそのまま、腕を捕まれ、握り潰され、捻り上げられる!


「あ、あああああああああっ!? !」


 遂にルルヤが悲鳴を、苦悶の表情で叫んだ。……無念。力をどれだけ増やしても、力と力で争う限り際限なく力を増していく『増大』ケツァルコアトルに、いつか追い抜かれてしまう。怒りの力で暴走する事でルルヤは過去最大の力を得たが……力ではこいつには勝てないのだ。だが、勝てないのは力だけだ。それ以外の、『増大』ケツァルコアトルが傲慢に否定した思いの強さでは、負けているつもりなんて無かったのに……!


「アッハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 そこに『増大』ケツァルコアトルの歓喜と嘲笑と拳の雨が降り注いだ。反対側の腕鎧が防御と同時に砕け散った。弾き飛ばされた防御を押し退けた拳が再びルルヤの白い肌に突き刺さった。離せと足掻くように蹴りを放つ片足の脚甲も、一発が『増大』ケツァルコアトルの脇に入り次の攻撃を一拍遅らせたが、一瞬止まった打撃が横面を張り飛ばし、二発目の蹴りは打撃を打撃で弾く『増大』ケツァルコアトルの肘に砕かれた。


(だ、駄目だ……)


  突き飛ばそうとする腕が弾き飛ばされ、乳房に拳が突き刺さった。胸鎧に皹が入り、激痛に払い除けられた腕が引き攣る中、その腕も捕まれ、足掻く両足の間、股間を下から蹴り上げられた。凄まじい苦痛に言葉にならないルルヤの悲鳴が響く。身をもぎ離そうと必死に、半狂乱の様子で翼が羽ばたくが。


(勝てないっ……)


 翼を支える肩鎧が羽を毟る様に引き千切られた。翼が揺らぎ薄れる。何発か股間に膝と脛を打ち込んで、鱗が細かく皮革に近い構造のせいか他の部分の鎧と違い上手く砕けない為『増大』ケツァルコアトルは攻撃目標を変更、涙を散らしルルヤの顔が苦痛の反射めいて左右に振られる中、砕けかけた胸鎧を乳房ごと揉みながら、鎧を、握り砕く……!


(殺、されるっ……)


 既に力の失せた腕に代わり、『増大』ケツァルコアトルの片腕が喉笛を掴んで痙攣する裸身を吊るす中、乳房を晒され、ルルヤの瞳と心は絶望に沈んでいく。



「リアラちゃっ、ルルヤ……!? おっさん1廻1分保たせろっ!!」

「てめっ!?」

「おっさんではないが保たせる! いけっ子供っ!!」

「舐めるなぁあっ!!」


 ここから時系列は激しく前後する。数分前。墜ちる陽、狂い、潰えんとする月。それを見た直後、名無ナナシはボロボロになった服と防具の残骸を振り捨てて、最後の探検を加えて甲板端へ走った。それに一拍の間も入れずガルンが応じ、既に半分の長さに圧し折れた櫂槍と、甲板上に落ちていたのを拾った鉤矛を両手に持って振りかざし、『増身賊』ディフォルメデビルや配下共と違いこの状況でも未だ戦闘を続行していた『鮫影シャークムービー欲能チート』と『屍劇オブザデッド欲能チート』に立ちはだかった。


 同じ空を舞う者真竜の勇者を愛した男同士の、奇妙な友情と共感があった。彼女達リアラとルルヤを堕とさせてはならないと。


 そして。


「解いてくれ! 俺も! 戦う!」


 奇跡的に未だ生きたまま、帆柱に磔られていたボルゾンが、重傷の身でありながら吼えた。それに答えるように船が揺れた。


「よく言ったぁぁ!」


 それに呼応して、韜晦を取っ払い、敵艦隊を突破した最奥まで至りジャンデオジン海賊団旗艦にぶち当たった〈波巻く祈りライミンダ〉号から転げ出たハリハルラが普段の様子をかなぐり捨てて叫んだ。この晴天の大嵐の中で、ハリハルラは逆に暴風を利用して一気に突破してのけたのだ。ボルゾンの知性ではなく野生でという判断、それは一見して『増大』ケツァルコアトルと同じ方向、ルルヤが犯した失敗と同じ力への依存と見えるかもしれない。しかしその叫びは本質的には一つの手でダメなら別の手でという事であり、縄と鎖にハリハルラの魔法が飛んで切れ目を作り、出血多量の筋肉がそれでも尚躍動しそれを引き千切る。小さな悩みや欠陥を抱えた存在達が、巨大な力の足元で奔走する。それでも無意味ではない筈だと、巨大な力で世界を塗り潰そうとする存在に抗う!


「うほおおおっ!!」

「おわぁっ!?」

「今だ! 食らえぇい!!」


 ボルゾンが船に積まれていた短艇や岩弾や壊れて旋回機構から脱落した投石機そのものを丸ごと担ぎ上げ、樽でも投げるかのように投げつけた。拷問された傷口から血を噴き出しながら、何度も! 『鮫影』シャークムービーは転倒を避ける為回避し、『屍劇』オブザデッドは巨大な腕で殴り払い防御するが、貴重な時間を稼ぐ!


「♪ーーーーーーーっ!!!」


 船縁から飛び降りながら、名無ナナシは指笛を鳴らした。名無ナナシに与えられ近場に待機していた大海狼が一匹、即座に泳ぎ寄る。乗るや否や水騎を外し、その繋具を手綱めいて掴むと潜れと号令、そういう状況の訓練も受けていた大海狼は即座にそれに答えた。息を止めた名無ナナシを引きずり水中を走る大海狼……名無ナナシが手綱を引く……旋回……そこには意識を失って墜落着水し水中に沈むリアラの辛うじて【血脈】で再生は進んでいるが鎧を全て砕かれた裸身……その回りには既に再生を終えているリアラの肢体から千切れ飛んだ残骸がばらばらと散っていて、その粉微塵一歩手前の頭が砕けていれば死んでいたダメージの凄まじさに名無ナナシをすらぞっと戦慄させるが、それでも名無ナナシは一瞬の遅れも無く手綱を掴む逆の手でリアラの腰を抱き手綱を引く、大海狼が浮上!


「ぷはぁっ! 起きてくれ、リアラ!」

「っ!? けほっ、あっ……!!」


 気絶してた事に気づき、名無ナナシの気付けの叫びとなけなしの気力で発動した回復魔法で目を覚ましたリアラは、己が墜落していた事、その間にルルヤが単独で『増大』ケツァルコアトルと対峙する状況になった事を即座に理解し、顔面蒼白となった。


「ルルヤさんっ……!!」


 見上げた先には既に絶望的になりつつある戦況。愛しい人の苦悶。リアラの魂に冷たい戦慄と苦痛が走った。


「ヤバい! けど、まだだ! リアラ、ルルヤを助けるぞ! 細かいことはともかく好きなんだろ、手はあるか!?」


 だがそれを励まし名無ナナシは叫んだ。俺に似ているお前ならば、まだ屈せず飛べる筈だと。飛んで見せろと。戦局も、力の差も、迷いも、その根元的感情の前には些事だろう、考えは策に使えと。


 その言葉は、リアラの心をがつんと動かした。この思いに比べれば、他の全てが何だと言うのだと。何よりも唯只管に、絶対にルルヤさんを、この思いを守ると。


「俺の命を使ってもかまわんっ!!」「なっ!?」「【真竜シュムシュの地脈】が命を吸う事で力を増せるなら使え! 死者の無念や精霊の力を消滅させぬ程度に広く浅く使うだけで足りないなら、命一つ丸ごともっていけ! それで足しになってお前達が勝つなら、このまま全滅するよりは本望だ!」


 上から決然、ガルンが叫んだ。『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドと戦いながら、一切の恐れ無く。ハリハルラとボルゾンが加わった事で、ならば己の命をそちらで使うのもありだとばかりに。それは狂信でも戦狂いでもなくただただ、


「俺は余計なことをしてしまったようだからな。そして、俺の思いをルルヤがどうするかはともかく、俺がルルヤを愛した事は変わらんからな!」


 ルルヤへの思いで。


「俺もいいぜ。団員や騎士さんや姫さんの面倒見てくれるんなら。俺の夢を背負ってくれるんならな」「名無ナナシ!?」


 そして名無ナナシすらもそう言い切った。


 そしてそれらの思いの純粋さは、リアラの心をまた純粋に煌めかせた。僕もこの思いに負けない、と。


「っ、大丈夫です、手はあります! 命、貰わなくても、勝ってきますっ!」


 リアラは決然叫んだ。手はあると。先程吹っ飛ばされる直前まで考え続け、吹っ飛ばされなければ実行に移せていた手はあるのだと。そして弾けとんだ黒鉄のビキニアーマーを【真竜シュムシュの骨幹】で再構築する。一瞬ついさっきまで全裸だった事に気づいて赤面するが、しながら同時に【真竜シュムシュの翼鰭】を展開した。


「分かったっ! 行ってこい! 俺も、行く!」

「うん! 名無ナナシ! 有り難うっ!」


 そして最後の声をかわしながら二人は動いた。リアラは離陸、名無ナナシは手綱を操って大海狼に指示を加え、その頭で自分の体を足元から弾かせ水面から跳ね上げさせ、それを踏み台にして一気に船に戻る大跳躍! 最後の短剣を振りかざしてガルン、ボルゾン、ハリハルラと戦う『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドへと急降下する!



 そして、リアラは!


「…………」

「もういいぜ、まあまあの糧だった……『く・た・ば・れ』」


 めりめりと筋肉を浮き上がらせ、放り上げ、既に飛ぶ力を失い落下するルルヤを、落ちてくる所を『くたばれ波』で貫き砕いてトドメとせんとする『増大』ケツァルコアトルの、ルルヤを自由落下に任せる油断に


「させませんっ!」


 GOWA!!!! !!


「何!?」


 リアラは高速で飛来、一瞬でルルヤを奪い取った! 必死に猛る気力が翼に力を与え、心を研ぎ澄まされて魔法力が迸り、先程より更に早さが増した! その速度ならば、例え相手がルルヤの体を掴んだままトドメを刺そうとしていたとしても強奪救出に成功しただろう超高速! 空を切る『くたばれ波』! 目を剥く『増大』ケツァルコアトル


「っ、り、あら」

「~~~~~~~~っ、ごめん、なさい、また、遅くなっちゃってっ……」

「……まにあって、くれて、いきていて、くれて。……よかった、ほんとうに、よかった」


 かつてカイシャリアⅦでの最終決戦で戦闘終了後力尽きたリアラをルルヤが抱いたように、ルルヤの体を抱き止めるリアラ。裸に剥かれたボロボロのルルヤの体に、リアラの目から涙が溢れ抱き締める腕が戦慄いた。ルトア王国の戦いではハウラとソティアを救えず、カイシャリアⅦの戦いの時も辿り着くのが遅れてルルヤに心配をかけ、今もまた、と、呻くリアラにルルヤは、息も絶え絶えながらも、生きていてくれた事への喜びと、こうしてちゃんと、私が死ぬ前に来てくれた、間に合ってくれている、だから、大丈夫、と答えて。


 その声のか細さと、縋り付く腕の震えに、リアラは奥歯を噛み砕く思いだった。


「まあ、一向に構わねえせ。そいつぁもう十分食らいつくした。それで、お前? 覚醒したのかよ? オラを楽しませられっか?」


 そんな二人を、一瞬は驚いたが、むしろ期待通りだと、余裕の嘲笑で腕を組んで見下す『増大』ケツァルコアトル。期待はしていないが、新しい糧として食らえるか? と。敵がどのように力を増そうがそれを更に上回れるが故の絶対の傲慢の有り様で。


「お前を少しも楽しませてはやらない。お前を殺す。お前が僕より強くてメジャーでも、僕は負けない。僕等はお前がいう力の論理なんかに屈しない。力の多寡が全てじゃない。世界ものがたりは、僕等は一つじゃないwe are not one pieces! 皆それぞれの問題マイナーさはあるけど、それぞれの誰かが愛している輝きみりょくがある。お前メジャーなんかに、負けない輝きものがたりが! それを見せてやる!」

「やれるわきゃああるかぁっ! てめえに! 何ができるって」


 その挑発的不服従不屈宣言に、怒号する『増大』ケツァルコアトル、その怒号が即座の攻撃に繋がる前、まだ怒号が終わる前に。リアラは、それをも掻き消す大声で叫んだ。


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!」

「な、ばっ!? バカかてめえ!? てめえにそんな事が……!?」


 ……それには、流石の『増大』ケツァルコアトルも驚愕に目を剥いた。それは『取神行ヘーロース』。欲能チートの究極。十弄卿テンアドミニスターの力。ある筈がない。こいつは転生者だが欲能チートすら使えない弱者。


「上なる天より神として。穢れたると、下界を眺め」


 だが現に詠唱は続いている。目の前に光の壁が形成される。


「傲慢にも降臨した罪、凄絶に征伐した罪」


 そして、光の壁の中に消える前のリアラの目、その眼光。それは憎き障壁であった『神仰クルセイド』の、この世の現実を醜悪と否定する潔癖で硬質な輝きと同じに見えた。それは、こいつを最初に見た時から、そう思っていた事だ。二者に違いがあるとは思わなかった、それが『増大』ケツァルコアトルに眼前の光景を信じさせた。


「浅ましくされど尚、愛を捧げ涙を拭おう」


 そう。何より、己が言ったではないか。漫画みたいに覚醒して見せろ、と。


「征服の罪を、せめて償わん」


 まさか、本当に覚醒したのか!?


取神行ヘーロース天孫降臨・天照系譜オリジナルシンオブアマテラス!!」


 光の壁が解けた。姿が現れる。


「っ、ハッタリを……」「そうかな?」「ぬおおおおおっ!?」


 現れた姿は、人の姿だった。鎧の意匠デザインこそ、鉢金に鏡を掲げ、古墳時代風と神道風を織り混ぜた装飾を増し黒鉄から鏡の様な白銀と太陽めいた緋色を帯びた黄金が入り混じったような色になっていたが。故にそう断じかけた『増大』ケツァルコアトルにまたもリアラは皆まで言わせず。直後それを『増大』ケツァルコアトルも見て驚愕に叫んだ。


 リアラの姿を。リアラの姿を。リアラの姿を。


 周囲全てを包囲する様に数多の、無数に分身したリアラ・ソアフ・シュム・パロンの大軍勢を!


「同じ……! 『神仰クルセイド』と同じ、特殊取神行パラクセノスヘーロースか!!!?」


 リアラと目の気配が似た、自分の体の外に取神行ヘーロースを出現させる十弄卿テンアドミニスター。何度か戦ったそれを知るが故に、そしてそれと眼前の相手は相似と思うが故に、『増大』ケツァルコアトルはそう判断した。


「【陽の息吹よ、灼き斬れフォトンブレス・ブレイド】、抜剣」


 灼熱の光が無数に輝く。太陽の熱と、宇宙空間の冷たさを思わせる殺意の籠った声でリアラが呟くと同時に、【骨幹】による鉄剣ではなく、【息吹】を形成した光の剣を無数のリアラ達がその手にした。


「突撃っ!!」


 そして、全方位から一斉に『増大』ケツァルコアトルに襲い掛かる!



(ルルヤさん)

(り、リアラ。これは、これは一体)


 ……リアラが『取神行ヘーロース』の詠唱を始めるのと同時、即ち少し前から、リアラは腕の中のルルヤと【真竜シュムシュの宝珠】を用いて無言の会話を行っていた。『取神行ヘーロース』を使って見せたリアラに流石に驚き、十弄卿テンアドミニスターのようにどこか精神がおかしくなってはいまいかとすら心配し、おずおずと問いかけたルルヤだったが。


(すいません、ここまで全部、ハッタリです)

(はぁああああああああ!?)


 直後倍驚く羽目になった。


(これ、取神行ヘーロースでも何でもなくて、陽の【息吹】の光を操る効果と白魔術を併用して作った幻像なんですよ。【陽の息吹よ、灼き斬れフォトンブレス・ブレイド】も、だから事実上【息吹】を幻にあわせて飛ばしているんです。幻に物は持てませんから)


 流石に表情にも驚きの出るルルヤだったが、声に内容を出さなかった為、その姿は『増大』ケツァルコアトルからすればリアラが使った『取神行ヘーロース』に驚いているようにしか見えない。


 それすらも計算の内。リアラは急いで続けた。


(でも、このハッタリで。そしてルルヤさんが稼いだ時間で得た情報で、奴を殺します! 格好つけて出てきて間抜けで情けなくてすいませんが、もう、体はほんの少しも動かさなくていいんで、あと少しだけ、手伝って下さい)


 ……そう、ここから逆襲が始まる! ハッタリでも策でも、リアラの出来うる全てを振り絞った逆襲が。全てを奪われたあの日第一話、為しとげきれずルルヤに助けられた逆襲が! 今、ルルヤを助ける為に!



「いいぜいいぜ面白ぇ! 来やがあああああああああ!?」


 光剣を構えた無数のリアラ達に対し、上等だ楽しそうじゃねえか片っ端から殴り倒してやると、剣を構えたのだから白兵戦を挑んでくるのだろうと身構えた『増大』ケツァルコアトルに次の瞬間降り注いだのは、物理的に今の『増大』ケツァルコアトルの体で間を潜り抜ける余地のない密度で一斉にされた光剣だった。


 それらは皆、数百枚の光壁と八発の光線を一本の剣に圧縮した物質をプラズマ化させる熱量を、即ち、ルルヤがそれまで繰り出していた重力と四肢と剣による物理的な衝撃とは違う攻撃力を持っていた。


「ってめえっ!!」


 だが即座に『増大』ケツァルコアトルは振り払った。あちこち浅い傷ができたが、それだけだ。


アッ!!」


 怒りを込めて突貫し、分身の一体に拳を降り下ろす!



『増大』ケツァルコアトルは、物凄く強い。魔法防御を貫く気力、桁外れの身体能力、相手の力を上回る成長力。けれど弱点があるなら、それは、ぶっちゃけ馬鹿だという事です)


 竜術と白魔術に集中しながら、リアラはルルヤに説明する。


(力を盲信する馬鹿だからこそあんな欲能チートを獲得するに至った、だから表裏一体不可分の弱点。それを突きます。まず馬鹿だからこのハッタリに引っ掛かるし、原理を細かく見切ろうとも思わない。ルルヤさんの力を《操人形》で借りる事で幻に擬似的な質量を与えてますから、五感を強化しても中々見破れるものじゃないですけど)


 リアラがルルヤの力を借りると言ったのは、この白魔術の使用を意味していた。本来は悪辣な魔族が用いる極めて高度な魔術であり、余程習熟しないと完全に操ることなどできず、また強力な相手には抵抗されうるし解除や防御を行う魔法もある為、特化した適性かやむをえぬ事情があるのでもない限りこの魔術を鍛練するよりは他の魔術を鍛練し自分の戦闘力を上げる方が遥かに役に立つ。


 事実リアラも齧る程度に覚えただけで、他人を操る事など出来はしない。リアラがこの魔法を覚えたのはまさにこの現状における裏技的な使い方、即ち全く抵抗をせず受け入れる信頼しあう味方に使用し、その魔法を借り受ける形で制御使用する為だ。


 これによりルルヤの重力の【息吹】を使用する事で本来質量を持たない幻像に疑似質量を与え、あたかも実体があるかのように空気を揺らし飛ぶ事で更に分身の精度を上げたのだ。加えてその疑似質量を殴れば拳に手応えを感じ、殴られた瞬間にその幻像を破壊される変化エフェクトをつけてから解除すれば、あたかも物理実体を殴って破壊したかのように相手は錯覚する。


「おらららららららっ!!」


 最初の奇襲の後は光剣を構え白兵戦を演じる幻像達を、『増大』ケツァルコアトルは殴りながらただ一人ルルヤを抱き抱えたリアラ、即ち本体目指して空中を疾駆する。


(そしてルルヤさんが稼いだ時間のなかで、幾つかの白魔術を使って分かった事があります。あいつは、あくまで魔法でないと攻撃が通りにくい相手を殴る為に気の力を使っていますけど、魔法そのものへの理解力は低いし、感覚も超人といってもあくまで普通の人間だったころの常識に縛られて五感しか強化していない。紫外線や赤外線は見えないし、魔法を察するような第六感の類いは持ってない)


 それ故にルルヤを抱えて飛翔するリアラは、一見唯接近する『増大』ケツァルコアトルから後退し逃げているように見えて、分身を隠れ蓑にして〈ルルヤを抱えたリアラ〉の幻像と擦り代わり、実際の二人は【息吹】による光学迷彩と《作音》を逆用しての消音でやり過ごしている。


 こんな手は多数の魔法使いの力を取り込み猜疑心を持ってそれを行使しただろう『経済キャピタル』や暗黒神話魔法を自らも用い、それに加え魔法少女を作る力すら有していた『惨劇グランギニョル』、魔法に長けた『神仰クルセイド』には一発で見破られただろうが、『増大』ケツァルコアトルにはそういう知恵はない。



「『皆死ね波』!!」


 故に只管分身相手に暴れ続ける事になる。『くたばれ波』『死ねぃ丸』の乱射では埒が明かないと、大技をぶっぱなす。


 それは【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】に似て非なるしかし規模と威力においてあまりにも大きな誘導気弾の大量同時発射だった。多数に別れ複数の敵を一度に仕留める、言わば拡散『くたばれ波』。


 分身が一度全て消滅するが、すぐさま再度展開される。同時多数誘導といってもあくまで何をロックオンし追うかは『増大』ケツァルコアトルの認識による、故に隠れたリアラとルルヤはそもそも目標とされていない以上無効。


 しかし、いつまでも逃げ切れるともわからない。まぐれ当たりの可能性もあれば、戦場全てを吹き飛ばすような攻撃を相手が行った場合は危険だ。このまま無尽蔵に近い体力を持つ相手がスタミナ切れを起こすのを待つわけにはいかない。


 そして、本来野伏と兼業の隠秘術者としてスタートし成長したとはいえ竜術や武練と平行して修行をするリアラにこれほどまでに高精度の術行使は魔法への高い適正があったとはいえあくまで大量の魔法力を投入してこそ成り立つもの。勇者の精神を持つが故にリアラの魔法力は高いが、それだけではなく【地脈】の魔法力も消費している。それが無くなれば敗北。それまでに倒す方法とは何か。


(少しズルい手ですけどね。正々堂々の戦いで勝つに越したことはないけど、それは邪知卑劣の横行を防ぎ、人々を勇気づけるため。暴力が全てというまた別の邪道を封じる為には、こういう手もやむをえませんし……力だけが全てではないという事実もまた、皆の心に勇気を与えられたみたいです)


 少なくとも、戦況は動き始めていた。そしてそれは、リアラ達に力を貸してくれる変化だった。



「ごっほおおおおおっ!!」「ふううううんっ! 今だ子供ぉおおっ!!!」


 戦局の変化は、リアラが飛び上がった直後から始まっていた。名無ナナシがガルンに告げた、倒せる方を倒す為の切り札。それを、ガルンとボルゾンが通す。


「がぁああああっ!? 離しやがれぇっ!?」


 怪力無双の二人の男が、『鮫影シャークムービー欲能チート』に組みついた。それぞれ戦闘と拷問で傷だらけの体を更に『鮫影』シャークムービーの鎧の武装で出血させ、最早意識も朦朧となる中最後の力を振り絞り『鮫影』シャークムービーの関節を捻り上げる。それは、人間の傭兵相手であれば確実に鎧の隙を撃ち抜けるか魔法を通せるが、身体能力の高さと鎧の力のせいで出来ずにいた名無ナナシに、動きを止め捻じ曲げされる事で広がった鎧の継ぎ目を晒す行為。だがそれでも尚並の魔法を込めただけの短剣では上位魔族を上回る『鮫影』シャークムービーを一刺しで殺す事は不可能だったろう。


「《頼むせ、皆クハリハーシャ》ぁああっ!!」


 それを可能としたのは名無ナナシの切り札たる、使い捨ての専誓刻名を刻んだ最後の短剣。それには、傭兵団全員と自由守護騎士団全員が込めたありったけの精神力と攻撃魔法数十発分が圧縮されているのだ! 効率は悪いし多重付与の難しさから成功する事が滅多にない為数は限られるし『増大』ケツァルコアトル相手では軽くあしらわれたろうが、この局面においては必要十分な威力を持つそれが、突き、刺さる!


「嘘だろ、俺が……」

「怪物は、退治されるもんさ!」

「ぎゃああああああっ!!!! !!」


 名無ナナシは鮫映画を知らないが、混珠こんじゅの英雄譚の常識から、ある意味まさにその通りの事を言った。己自身が鮫になった事で、鮫映画の最後のごとく、竜を食うと吠えた事に対する器の至らなさを晒し、『鮫影』シャークムービーは爆発四散!


「くはっ!?」

「む、うう……」

「くっ……」


 だが、名無ナナシもガルンもボルゾンも、そこまでだ。強引な跳躍の中で命中を優先させた結果名無ナナシは甲板に叩きつけられ、ガルンもボルゾンも遂に出血多量で力尽きた。


「……よくもやってくれましたね、殺してあげましょう! ゾンビ映画は全滅エンドも普通にありなんですよぉっ!!」


 故に、最早『屍劇オブザデッド欲能チート』に抗う力は無かった。


 三人には。


「野郎共撃て撃て撃てぇえええっ!!」


 BINBINBANBINBINBANBINBINBAN!!!!


「ぬぐわああああっ!!?」


 響き渡るのはハリハルラの指揮の声、そして一斉に放たれる弩砲の太矢と艦載装備で増強された魔法、合計数十発!


 『鮫影』シャークムービーが倒れた事で怪物鮫達が消滅、ジャンデオジン海賊団は一気に全戦力の三分の一を喪失。それにより浮いたそれと戦っていた反ジャンデオジン海賊同盟の戦力を、全部『屍劇』オブザデッド攻撃に突っ込んだのだ。


「ぬが、ぐわっ、この程度でっ……!!」


 それでも尚『屍劇』オブザデッドは倒れない。再生能力と『亜邪流マイナージャンル』で耐え続ける。名無ナナシとガルンが『鮫影』シャークムービーの方が殺しやすいとして狙ったのはこの再生能力の為だ。数十発分の火力を一発だけという《頼むせ、皆クハリハーシャ》の特性はこの再生力と相性が悪い。体を両断しても再生される恐れがある。実際、継続的な数十発の攻撃に対して耐えている。


 とはいえ『屍劇』オブザデッド目掛けての砲撃は竜術護符を配り切れなかった者もありそういった者は〈そのまま為す術もなく怪物に食われる者の様に〉考え無しに当たらない射撃を繰り返すばかりとなり、外れもあるのであれば再生能力でしのげる。それだけの強さが上位の欲能チート行使者にはある。だが、戦局は更に大きく動いた。


「お前達も立ち上がれぇえええっ!」

「うぉおおおおっ!!」


 遂に海軍も蜂起。事前からその心算だった為、ジャンデオジン海賊団が海兵を漕ぎ手席に括りつける為に使った海軍の捕縛鎖が特定の手段で解除可能な細工が施されていたりと、劣悪な環境下でもある程度の戦力としての蜂起は可能であった。


「痛い痛い痛い痛いいだいいだいいだいぃいいっ!? ぎゃばあああっ!!」


 これにより戦力比は更に逆転。『屍劇』オブザデッドはゾンビが逆に無数のゾンビに集られ感染させられながら貪り食われる人間の如く、自己回復とダメージで無限拷問じみた状態に突入。その状態でも増える攻撃は外ればかりだったが、攻撃の密度が限界を越えて外れるように放たれた攻撃同士が空中でかち合って弾道を変え、意図せず攻撃が命中する事態が発生。絶対的に問答無用に相手を無効化する『邪流ジャンル』ならこの状況でも生き延びられたが思考誘導による擬似的なそれでしかない『亜邪流マイナージャンル』ではここまで、再生能力が限界を突破し、『屍劇』オブザデッド、遂に艦砲射撃で爆発四散! 因果応報!


「うひぃ!?」

「い、命あっての物種だ! 親分は勝つかもしれんが、死んだら何の意味もねえ!」


 そしてそれは動屍アンデッドの消滅、即ちジャンデオジン海賊団の合計三分の二の戦力の消滅を意味し、それは『増身賊』ディフォルメデビルの戦意の瓦解、ジャンデオジン海賊団の壊走を齎した。悪心を『増大インフレ』させることで増やした部下だが、それは忠誠を一切意味しない。邪悪だから暴虐を躊躇わず恥知らずに勝ち馬に乗っただけの事。邪悪だから、当然自分の命惜しさに軍団を見捨てる事は当たり前だ。


 それでも尚『増大』ケツァルコアトルが勝つ可能性、そうなった場合に自分がその怒りを買うことを考える奴が多いあたりは流石の『増大』ケツァルコアトルの力の凄まじさだが、それでも尚今死ぬより後で『増大』ケツァルコアトルに殺される可能性が残るほうがまだましと、悪党らしい刹那的な打算が働いて崩壊は止まらない。〈新唯一神エルオン〉教団とは正に真逆であった。


 そして。


「うぉおおおっ!!」

「俺達はやったぞ! そっちも! 頑張れーっ!!」

「負けるなーっ!!」


 壊走する敵の背中へ響く勝鬨。そしてその勝鬨の声は、即座に戦い続けるリアラとルルヤへの応援の叫びへと変わった。ガルンが『鮫影』シャークムービーの鎧の残骸を掴んで掲げ、音頭を取っていた。言い出したのは彼だ。力に生きてきた彼が、自分が迷いを与えてしまったルルヤの窮地に、初めて振り絞った知恵。それが今戦場を塗り替える。裸同然の名無ナナシが水を滴らせながら手を振り、ボルゾンに肩を貸して回復魔法を掛けながらハリハルラが叫んだ。皆の心が【地脈】へと繋がり、先程のルルヤの暴走による生命力の収奪ではなく、精神力の繋がりがリアラとルルヤに力を齎す!



 故に、今こそルルヤは宣言した。


「言ったろだう、僕等は一つじゃないwe are not one pieces。僕は、僕等はちっぽけちいさなものがたりかもしれない。それでも、僕も、名無ナナシも、ガルンも、ハリハルラさんも、ボルゾンさんも、この場で戦う皆も、諸島海の各地で戦う皆も、これまで一緒に戦ってきた皆も、これから出会うだろう皆も、僕達の戦いネイキッド・ブレイドも、僕の全く知らない誰かの人生ほかのものがたりも、何よりルルヤさんも! 力の大小なんて関係ない、一つ一つが輝く物語だ! 天に輝く星々の様に、一つ一つが貴重な世界だ! たった一つメジャーな流行に塗り潰させは、しない!」

(たとえハッタリでも、辛くても、苦しくても。それで救われる人が少しでもいるのだから、僕は僕の人生を完遂する!)

「だから皆、僕に力を! 皆にも、僕の力を捧げる! 僕もまた一つの陽として、こいつに明日の朝日は拝ませない! その為に力を貸してくれ! 皆の世界の歌を聞かせてくれ! 様々な歌が共存する世界の為に!!」

「「「「「応!」」」」」「「「「「応!」」」」」「「「「「応!」」」」」「「「「「応!」」」」」「「「「「応!」」」」」「「「「「応!」」」」」

「……応っ」


 天と地と海に、リアラの声と、皆の叫びが響き渡り。そしてリアラの腕の中からも、ルルヤの声がリアラを勇気づけた。


「これで終わりにする! 次の一手で『増大』ケツァルコアトル、お前を殺す!」


 故に、決着と勝利を今こそ宣言する!


「てめぇらっ! この! クソがぁっ! 雑魚がぁっ! 糞雑魚共がああああっ!!?」


 どの分身も主観的には一発で消滅させられる。自分への攻撃もすぐ回復する掠り傷程度のダメージしか出せない。雑魚の筈なのに何時まで立っても殺しきれないリアラへ苛立ち振り回され続け、その状態で不甲斐無い部下の潰走に当たり散らしていた『増大』ケツァルコアトルにとって、それは最早怒りの爆破スイッチを押されるに等しかった。


「がああああっ!! てめぇら! オラに命を、寄越しやがれええええええっ!!!」

「「「「「「「「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーーーーーっ!?」」」」」」」」


 狂乱しながら『増大』ケツァルコアトルは最後の切り札を切っていた。『増大インフレ賊』達が、全員忽ち骨と皮に成り果て更に灰になって死滅していく。『征服帝国・軍力僭神コンキスタドール・ケツァルコアトル』としての欲能チート強化、配下に使用した欲能チートで増大した配下の力を『増大インフレ』の欲能チートの一部だと能力の適用範囲を『増大インフレ』させ、更に仲間の生命も己のものと自他の境界を自分の側を拡張させる方向に『増大インフレ』させる拡大解釈の極みの領域に成長させ、その全ての生命を己の気力に注ぎ込む!


「『る気玉』ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 それ即ちこの状況でのリアラとルルヤを他全員巻き添えにして殺しうる、戦場全体を消し飛ばす一撃だ。


 奇しくも、互いに多数の人間の力を束ねる者同士。ジャンルと嗜好は別、片や現実的な力の物語、片や理想論的な幻想の物語とはいえ、同じく物語を愛する者同士であるが故の類似か。


 本来そのどちらにも善悪優劣は無い。こうして実際に他者を害する力として用いられるのでなければ。それは転生者であるリアラが、今ここでこうして、そしてこれまでもこうして人を守るために戦い続けている事からも、悪しき転生者を憎むルルヤがその腕の中にいる事からも明らかだ。


 策が図に当たり敵を倒せるかどうかはやってみなければ分からない。失敗すれば全員死ぬ。それでも尚。戦い続けると、歩み続けると誓った以上。戦い続け、次の一歩を踏み出し続けるだけだ。


「ルルヤさん。貴方の痛みは、僕も担います」


 そう呟くと同時、リアラは息を詰め、呻いた。その直前、リアラとルルヤは【宝珠】でこう会話していた。


(仕方がない、か)

(うん。だけど。ルルヤさんと同じ痛みを共有できるのは、僕にとっては苦しみなんかじゃない。ルルヤさんが傷つく事に比べたら、何でもないから)


 それより以前の対話での説得で、ルルヤは、ある白魔術を自分に対し使う事をリアラに許した。その白魔術の名は《魔痕》。過去に断章第三話でリアラが学習し新たに覚えた魔法だ。自他の傷を移動させる、傷つき死んだ魂の怨念を担う魔族らしい魔術。本来は魔族が手傷を受けた時、相手に自分の傷を移し与え同時に己の傷を塞ぐ、言わば回復と攻撃を同時に行う攻防一体の狂暴な魔術。《復讐》よりも難易度が高く自他の体の構造の理解という医学的生物学的知識が必要であり、相手は同じく魔法力・精神力・医学生物学的知識で抵抗が可能であり、彼我の押し合いで結果が決まる傷を移動させる場所によって、相手に与える負傷の度合いが軽傷から致命傷と上下するどころか最悪自分の急所まで傷を押し返されて即死する危険もある一か八かの魔術。


 だがリアラの使い方はそうではない。逆に用いる。ルルヤから傷を引き受け、その痛みを、防げなかった罰を己で担いながら、己の負傷度を攻撃威力に加算する《復讐》へと繋げるのだ。


 リアラの柔らかな体に傷が移り、唇から吐血が溢れた。逆に傷の癒えていくルルヤの縋り付く裸身が、リアラに痛苦を与えざるを得ない己の未熟に嗚咽で震えた。初めて年頃の女の子らしい弱さを見せるルルヤをリアラは傷ついた腕で硬く抱きしめて前を見た。


 全ての痛みを噛み締め、リアラは『増大』ケツァルコアトルを睨んだ。時は来た。


 ここまでで、『増大インフレ』の力の詳細はわかった。ここまでの戦いとルルヤさんが教えてくれた。


 『増大インフレ』の力は、相手が自分を上回ったときに、それを更に上回るように自分を強化する。自分が手加減をしていても理不尽なことに作用する。その場合、恐らく手加減した状態の自分が強化された倍率で手加減していない状態の力も強化される。


 上回られたのかどうか、というのは、『増大インフレ』の認識に依存する。その発動は極めて瞬間的だ。『神仰クルセイド』との戦いで、必殺する攻撃を受けたのに対し命を増やして耐えたと言っていた。心臓の最後の鼓動が停止するまでの間に作動させる事が可能なのだ。それはある意味、脳を破壊されない限りは【血潮】を使用しての回復が可能な自分に近い。しかし、自動発動ではない。もし自動発動であれば、再現なく感覚の精度が【増大】して、白魔術やこちらの分身を見切っていた筈だ。


 ……奴の魂の歪み、賊として生きていたが故にその力の側面だけを見て憧れた少年漫画のあり方から生まれた力が故の特徴。そしてこれ以前に理解した特性を元に、既に仕掛けていた布石をこれから発動させる。


 勝てるのか。いや、勝つのだ。リアラの心を、凄まじいまでの不安とそれを乗り越えようとする勇気が荒れ狂った。腕の中のルルヤへの思いが、ルルヤの、負けないで、という小さな呟きが勇気を強化した。勇気が、攻撃を発動させた。それら全てを束ねた専誓詠吟を。


「《日月共に宣ず。汝、遠矢に射られたりアリュギュロトクソス・イーオケアイラ》」

「ア」


 リアラがそう唱えた瞬間、『殺る気玉』を投げつけようとしていた『増大』ケツァルコアトルの動きが止まった。そして。


「アボッ!?」


 突如その目が白く濁り、同時に喀血!


「ガッアッナンッウググオゴゴッ!? ゲボッ!? ウガッウウググゲボバーッ!?」


 そして悶絶! 気力を維持できず掻き集めた生命力で製造した『殺る気玉』が消滅! 吐血、血涙、耳血、そして泡を吹いて中毒し全身から発熱、苦痛、痙攣、呼吸困難、心臓麻痺、脳溢血、更に羽毛が炎上、一部逆に凍結、怨念が身を蝕み、肉体が腫瘍化し、部分的に席化し始め、呪いが絡み付き、突然内側から裂けるように傷が発生し出血、体組織が崩壊していく……!


 それは【地脈】で得た大量の魔法力を注ぎ込み、《復讐》と同時発動させ、爆発的に効果を増大させた毒や呪詛や病魔等の、攻撃に付与したりじわじわとかけ続ける事で作動する継続的に発動し妨害し能力を低下させ障害を与え生命力を削り命を奪うこれもまた復讐の為に《魔痕》と一緒に同じ断章で学び覚えた白魔術を、最大強化しての複合連鎖発動であった。


 ゲーム的に例えれば、1ターンあたり最大HPの十分の一の継続的ダメージを与える魔法を、10個同時にかければ、十分の十のダメージを受け1ターンで死ぬ。仮に複数のHPゲージを持っていても、行動出来なくされていれば、HPゲージ数ターン後に死ぬ事は変わらない。要するにそういう事だ。


 戦いながら、既にじわじわと仕掛けていた。傲慢で短絡的で愚かで力での勝敗以外何も見ていない相手に、気づかせぬままに。だからこそ、いくら愚かでも、そもそも力を加減して戦っていたのだから力をある程度解放すれば『殺る気玉』を使わずとも此方を滅ぼせていただろうものを、考えなしに『殺る気玉』を使ったのも、元々愚かであったが既に知力低下の呪いがじわりと効いていたのだ。


 それこそルルヤと一緒に戦っていた時に幾つかの白魔術を試しにこっそりかけてみた時に反応から、既に伏線を張り始め、じわじわと魔術をかけ始めていた。分身を突撃させても僅か傷しか刻めなかったが、僅かな傷で十分。そこから既に、この状況を作るのに十分な量の様々な毒や呪いを流し込んでいた。後はそれに、一斉に魔法力を注ぎ込み威力を爆発的に向上させるだけだ。


 認識した瞬間に上回るというならそもそも認識させなければよい。幾つもの命を持っているというのであれば、認識できないままに削り取ればいい。生命力を増やす事が出来ず、生命力を削る魔法を解除できなければ、どれほど莫大な生命力を誇ろうとも何れ力尽きる。そして、そこまで効果のある魔法ならば当然かけ続けるのは難しく普通だったら抵抗されうる魔法ならば、抵抗されないような状況になるよう順番に発動させればいい。


 例えば《謎掛》という魔法がある。他の魔法と組み合わせ《謎を解いた時には効果が失われるが、謎を解けなかった場合効果が倍増する》という、発動しないかもしれないという制限を入れる事で魔法が発動した時の効果を強化する魔法だ。迷宮や魔城等に侵入防止兼罠という様な用途で仕掛けられている事がたまにある。回答するまで発動しない、回答するまで発動し続け間違った答えだった場合効果が倍増して正解するまで呪い続ける、回答に時間制限を設ける、等の調整が可能だ。


 ……もし、意識が朦朧としたり知力が低下してまともに答えられない状況で時間制限付きのこれをかけられたら? 要するに抵抗されないような状況になってから順番に発動させるというのを最大限の敵意と悪意と殺意を以て行使するというのはそういう事だ。無論他にも様々な組み合わせがあり、全て復讐の為に必死に学び覚え最大効率で相手を絡め取る為に日頃から考え続けたリアラの知恵の賜物であり、そして限界まで耐え続けたルルヤのボロボロになる程のダメージがその全てに《復讐》で上乗せされた、ルルヤの死闘の賜物だった。


 無論、魔法知識に長けた『神仰クルセイド』であれば、こんな罠は通用すまい。むしろこんな複雑すぎて繊細極まりない罠は大半の十弄卿テンアドミニスターには通用すまいが……力以外の何者をも信じず、力が全てを与えてくれると信じたが故の究極の力であるからこそ、魔法と絆と知恵を総動員したこの攻撃に破れる事になったのだった。とはいえ、全てを使い、正々堂々と言うには微妙な薄氷の勝利であった事、恐るべき敵、僅かでも何かがずれていれば即死もありえたが。


「例えお前の前世が貧しかったとしても、例えお前の前世が愛し方はどうあれ物語を愛していたとしても。例えお前が僕より強かったとしても。例え十弄卿テンアドミニスター第四位のお前より強いやつがあと三人いるとしても」


 ルルヤを抱き抱えたままこの暴力の化身を倒しきったリアラは、全ての魔法が完全に全身を食いつくし崩壊していく怪物の末路に、決然とした表情で告げた。


「僕の魂は。僕の想いは。負けません」

「アガッ……」


 『増大』ケツァルコアトルの肉体が完全に崩壊していく最中。『増大』ケツァルコアトルは、自分の想いを思い出そうとした。何か、力に憧れた理由があったような気がした。思い出しきれないままに、『増大』ケツァルコアトルの想いは消えた。


 その一瞬の表情に僅かに瞑目した後リアラは、腕の中に抱くルルヤを、彼女の傷を引き継いだ傷だらけの腕で、それでも優しく撫でて囁いた。


「ルルヤさん。……勝ちましたよ」

「……ああ。リアラ。お前はやっぱり、私より強くなれるじゃないか」


 そう初めて出会った時第二話に告げた言葉をお前は確かに適えたなと言って、ルルヤもまたリアラに抱擁を返した。


 二人とも、様々な、強く、まだ言葉にならない思いを込めて。



 かくして、諸島海での戦いもまた、終わりを告げた。沸き上がる歓声が、二人を祝福していた。



 ……だがその時、この海域に近づく十弄卿テンアドミニスターの姿があった! それも、複数!

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