・第六十話「闇の底の真竜(前編)」
・第六十話「闇の底の
「連合帝国政府布告。昨晩からの続報です、〈四代目魔王〉は現在、撤退し潜伏状態となっております。昨晩の一連の戦闘による混乱は修復され、今日それに伴い現在連合帝国政府機能は
帝宮の戦いから一夜が明けて尚暗い、曇天の翌日。
欺瞞的情報開示が、連合帝国双都が一、エクタシフォンに響き渡る。筆頭吟遊詩人の肩書きを有する『
堅苦しく淡々とした内容は如何にも地球の公式発表的な内容であったが、その声に支配されたように、あちこちが壊れた帝都は静かであった。
至極呆気なく、不満も抵抗も無く、稚拙な宣伝に従わせられる。決起は無い。地下活動も無い。宣伝する側の、民なんてものは衆愚だからこうなるだろうという願望・欲望に服従させられる。
なぜならば、その宣伝に洗脳効果を持つ欲望を込めているが故に。それが
それは
「『
「貴方には通用しない力ですし、貴方には『
帝宮から政府機能を移転した事になっているエクタシフォンの各宗教の出張所を集めた建築物たる複合神殿で再会した『
ゼレイルはレニューを睨み付けた。既にリアラの【
「エノニールは!」「ルマさんやミアスラさん程重要では無かった。でしょう?」
確かに二人はどうでもよかったが『
「テルーメアさんの事、ご愁傷さまです……お察し致します。ルマさんにつきましては、私の
残った者を守りたいのだろうと。取り返したいのだろうと。そして何より。
「〈
〈王国派〉との交渉内容をおくびにも出さず、レニューは寧ろ激励の口調でゼレイルに告げた。
その傍らに残る〈タロット〉の残党である華やかな剣士風の出で立ちをした中性的な麗人である『
「兵隊はどうする」
ゼレイルはその二人の哀悼を無視する。
知っているからだ。こいつらは表向きはそれぞれ義侠・義賊として知られながらも、正体は『
事実今も、その能力を用いて死んだ帝龍ギサガとその后スロレに化けさせ、『巨大ロボットを操る事に長ける』という使い所に困る
即ち唯の人形であり、二人の表情も何もかも『
……恐らく残存する〈帝国派〉の大半はそうだろう。
普段ならぞっとする状況を、どうでもいい、とゼレイルは無視した。
「残存兵力は私の
『
「分かったよ。なら、好きにしろ」
今のゼレイルにとって、最早支配すらもどうでもよいのだから。
復讐。唯復讐だけが、ゼレイルの胸を焦がしていた。
「分かりました。〈
そんなゼレイルの胸の内は、レニューからすれば手に取るようにわかる。所詮生まれ変わっても小僧は小僧と、内心愛玩しながら、あくまで口調はしおらしく、尽力する様子で。
「ああ、ですがこればかりは貴方にしてもらう必要がある事があります」
ただ最後にレニューは1個だけ、頼み事強いた。何だ、と言わんばかりのゼレイルの表情が、己の言葉で歪むのをレニューは思う存分楽しみ、告げた。
「ミアスラさんの事、慰めてあげて下さいな」
前世から、この瞬間が愉悦だった、他人の不幸は蜜の味、それは人類史が証明する人間の本性だ。その蜜を全世界に分配するのが報道であり、その蜜の最初の一口を味わうのは、楽しくてたまらない、と。
被災地も戦地も事件現場も等しく写し出すカメラレンズの様な無表情で。
同時。ナアロ王国首都コロンビヤード・ワン。国家錬術博士用第一航空滑走路。
GMOOOON……GMOOOON……GMOOOON……!
「ひょっひょっひょ……! 万全じゃ……! いつでもいけるぞい……!」
轟々と響き渡り続けるエンジン音の中、『
「さあ、後は再びの始まりの時を待つだけじゃ。今度はもっと凄いぞぅ、昨日より今日は倍凄い、明日は更にその倍凄かろう! おお、これぞ科学じゃ!」
その眼前に広がるのは、幾つものターボプロップ・ターボファンエンジンを搭載した何機もの銀色の巨鳥達。構造自体は現代的だが外見はどちらかといえば太平洋戦争時代の機体を思わせる威圧的な姿の、戦略爆撃機型錬術兵《
「今度の戦いは当初想定の正面の敵とは一撃でけりがつく。まさに科学の勝利じゃ! じゃが、それだけではつまらん……!」
『
地球において我が愛は無力であった。我が科学への愛は。
憧れ、志し、たどり着いた時は既に、科学は輝きを失っていた。
物理の探求は果ても際限もない概念的な袋小路の中にあり、それは人々に即座に明確な変化をもたらすものではないからと馬鹿にされていた。
生命の探求は倫理という当然の抑止がかけられ、人倫のある国では頭打ちとなり、人倫の無い国では悪用されていた。治療の発展は行き詰まりつつあった。
子供の頃からあらゆる物語が人類はそれを改善する為に頑張っていると言い続けていたにも関わらず、地球はどんどん暑く煮詰まって、人は何れ茹で上がってしまうだろうという未来が逃れられないくらい近づいていた。
コンピューターは盗みと詐欺の道具となり、ロボットは兵器と玩具になった。
宇宙は大国同士の戦場になる事に怯える、小さな例外を除けば塵で何れ埋まりそうな衛星軌道のみとなって久しかった。
そして災害の前に科学は常に無力であると言い切られた。
重大事故により最早祖国はこれまでだと感じた人々が暴徒化し、お前の作ったものが害悪をもたらしたではないかと、怒った群衆の私刑に撲殺されながら思った。
嗚呼、私の人生は全くの無駄だった。如何なる真理も歓喜も掴めはしなかった! 時よ去れ! 世界よ、お前は醜い!
そう叫んで死んだ時。遅まきながら私の所にメフィストフェレスが訪れた。
「せいぜい楽しませてもらおうかのう、
欲望を燃やし、老人は笑う。
「一体何が起こったんだ」「何人か欠席しているな」「噂は本当だったのか?」「あの《王神鎧》、何時の間にあんなものを」「脅威では」「うむ」「魔王だと?」「例の〈不在の月〉からの侵略者という話はどうなった?」
そして連合帝国双子都エクタシフォン、それぞれの代表団の安全確認と連絡の後、複合神殿で開かれた〈戦争戦災国際対策会議〉は、必然混乱の極みだった。突如帝都で起こった戦に、辺境諸国の半分に諸島海と鉱易砂意味の代表団が消えたのだ。挙げ句、都を見下ろす鉄の巨人、そして突拍子もない魔王出現の宣言。未だ会議に出席者として残っていた辺境諸国と諸部族領の代表達はざわつきどよめいていたが。
「詳細について説明させていただく」
連合帝国代表として発言した筆頭大臣ゼタ・ラ・ブイム、即ち『
「連合帝国の公式見解はこれまで布告した通りであります」
「そう言われても」「経緯の詳細を」「《王神鎧》は……」「魔王認定に関しては第三次魔王戦争終戦条約とアヴェンタバーナ神殿連合庁に関する条項が……」
公式発表を繰り返し淡々と述べるブイム筆頭大臣。必然質問が集中する。
それにブイム筆頭大臣即ちレニューは、強烈な情報を叩きつける事で対処した。
「この一件に対し、これまでの歴史的経緯を水に長し、連合帝国はナアロ王国との将来的なより深い主権の結合を前提とした同盟の結成を行いました」
強烈な情報を。刺激を。事件を。叩きつけ続ければ人間は考える余裕を失い、いつしか刺激に慣れ、そして支配されるとばかりに。
それは数少ない自由意思を持った仲間である筈の『
「その通りだ。話を分かりやすくしようじゃないか」
「「「「「!?!?!?!?!?」」」」」
不意に、その場にいた各国の代表にとって彼ら以外の聞き覚えの無い声がした。驚愕が場を包んだ。
「……噂通りの男のようだな。何者をも、歯牙にもかけん」
混乱の中、狩闘の民の族長の一人は、それでも尚豪胆に動じず応じた。
立体幻影を投影するという形で、割り込みながらも極めて平然とその場に加わったナアロ王国の王、エオレーツ・ナアロに対して。
「分かりやすくというのは、つまり宣戦布告か? ナアロ王国には屈さんぞ」
「いいや、宣戦布告? そんなものは不要だし、もっと破格に良い条件の話を持ってきたとも。とはいえ、最初は事実の告知からだ。今はまず聞くといい」
征服者としても無双の英雄としても悪名高いエオレーツ・ナアロとその王国の力を知りながら言葉を交わす族長は、正に狩闘の民らしい男だった。だがエオレーツはそう告げ、続けた。
「我がナアロ王国は先程諸部族領統一の為の軍事行動をもう開始した。今更宣戦は不要だとも。そして我々は既に、《
そして宣戦布告等せぬ、すっ飛ばして侵略を開始するという驚天動地の発言を平然と口にすると、エオレーツは詠唱もなしに円卓の上に追加の映像を浮かべた。そこには鋼鉄の軍勢に蹂躙される北方の大地と……その鋼鉄の軍勢の尖兵として進撃する、巨大な存在があった。
それは巨大な獣に見えた。巨人とも見えたのは、ある者は四つ足で這っていたが、獣であると同時に二足で立ち上がった者も多く居たからだ。それは法獣の何倍もの法力を備えていた。それは、諸部族が崇める強き獣の様相を備えていた。
「「「「「ああああああああああああ!?」」」」」
会議に加わっていた諸部族の長達が、今まで発言していた者も含めて絶叫した。悲鳴をげ、落涙し、嘔吐し、泡を吹き、失禁し、腰を抜かし、倒れた。映像の中で、その巨大な存在に追いたてられ成す術も無く戦意も正気も無くし逃げ惑う民と同じく。
その全てが、口伝で、壁画で、織物で、書物で、入墨で、魔法で伝えられてきた、彼ら狩闘の民が崇める《
「これは慈悲だ。心から納得し服従できるようにする為の。あくまで流血を最小限にする為の行動だ。だが我々は望めば、混珠全人類を滅する事も可能だ。それは理解するといい。……どうせ、〈四代目魔王〉も、聞く耳位は用意しているだろう。これから〈四代目魔王〉とその眷属達に語る。奴等でなければ理解できぬ部分がある。その部分は聞き流すがいい。……〈四代目魔王〉と呼ばれる者よ、聞け。ナアロ王国軍は、一発で都市一つを焼き尽くし毒の如く汚染する兵器とそれを運搬する手段を、ナアロ王国以外の全主要国家の主要都市へ同時使用可能な物量で有している。そちらの身内に分かりやすく言えば、我々は原子爆弾とそれを運搬する戦略爆撃機を量産配備している。無論いつでも使用可能な様態でだ」
狩闘の民以外の者達も驚愕しざわめく中、エオレーツはリアラを驚倒させる為の伝言を事前に仕掛けられていた盗聴魔法護符に聞こえよがしに宣言すると、やおら笑った。寛容で邪悪な、誘惑者の笑みだった。
「だが、私は私の目的以外はどうでもいい。そしてそれは
な、何だ、何が目的だ、と、誰とも知れぬかすれた声が問うのに、エオレーツ・ナアロは公的で丁寧な、事務的だとすら言える口調で答えた。先の笑みとは一見して異なるような、しかし、これは事務手続き・必要な物理的判断なのだから仕方ないのだち思わせようとする、その口調もまたやはり誘惑だった。
「理由への問いに答えを出すつもりはない。此方からの条件要求だけ伝える。〈四代目魔王〉、偽
単に悪魔の誘惑というには、あまりにも暴力的で残忍で苛烈で、誇大妄想的ですらありながら僅かのはったりも感じさせない、淡々とした予定の宣告を。
「はっ。結局のところ、お前らはそういう存在だよな。好き放題したい。欲望を満たしたい。己の惨めな人生を埋め合わせる為の、他人を踏みにじり他人に自己を崇拝させて成立する、嗜虐的な極楽浄土を求めてやがる」
同時、〈絶え果て島〉。無限に転生し続ける定めを背負う
「だがそれがいい。愛らしい子供達。蜜蜂の様に、卵の様に、家畜の様に、果実の様に、穀物の様に、作物の様に。良く実ってくれた」
そして共にある、青髪に褐色肌に赤瞳、緑と灰色の衣の少女、『
「収穫の時だ」
そしてその頃。リアラとルルヤとその仲間達は、闇の底に居た。
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