聖女、ガチャを回したがる

「……夜の学校って、なんだか緊張しますね」


 月明かりに照らされた私立萌桜ほうおう学園のグラウンドにて、黒髪の少女が呟くように言った。

 遠征で着ていた和メイド服は傷んでしまったので、代わりにコスプレ用の巫女装束に身を包んでいる。腰には日本刀と短刀。どこか凛々しい佇まいは夜闇によく映える。


「ああ、そうか。瑠璃は初めてだったな。問題ない。楽にしていればいい」

「わたしたちはもう何度も来ていますものね」

大人組おふたりに言われるとなんだか複雑な気分なのですが……」

「まあまあ、いつものバイトと大して変わらないってば」


 なおも不安そうな瑠璃を銀髪の錬金術師──シルビアがフォローする。

 これを聞いた紅髪の中華風超能力者は肩を竦めて。


「ま、ボスだけどね」

「ボスなんですよね」


 結界を張り、錫杖を構えた俺もこくりと頷いた。

 久しぶりに訪れた夜の学校。

 まだ、男に戻りたいと思っていた頃に訪れた決戦の地。あの時は本当に大変だった。今となっても若干悪夢である。

 しかし。


「さて、それじゃあ──準備はいいかしら?」


 俺たちは再びここへやってきた。

 瑠璃という新しい仲間を加え、それから、桃色の髪の美少女魔王を伴って。


「はい。いつでも大丈夫です」

「そう。なら、行くわよ」


 漆黒のドレスに身を包んだラペーシュは俺たちから距離を取りつつ指を鳴らす。と、彼女に導かれるようにして大量の邪気が発生、俺たちの正面上空へと凝縮していく。

 形成されるのは、燃え上がる炎の体毛を持った巨鳥。

 辺り一帯を煌々と照らすその輝きは、まさしく。


「久しいな、不死鳥! また会うとは思わなかったぞ!」


 俺たちが最初に出会ったボス。

 飛行+近接攻撃を行うだけで炎ダメージというその特性を見た瑠璃がぶるっと震える。


「先輩方はこんな敵とも戦っていたんですか……!?」

「大丈夫だよー。あの時も欠員なしで勝ったから今があるんだし」


 咆哮し、大きく羽ばたく不死鳥を見ながらシルビアが笑って、


「今更あんたごときでどうにかなると思わないでよね、焼き鳥!」


 朱華が右手を相手へと差しのべる。

 不死鳥をとりまく炎が様子を変化させ、羽ばたく巨鳥は動揺を見せる。しかし炎のコントロールが取り戻されることはなく、そのまま燃え上がって弾けた。


「……っし! 近づいて焼き殺すよりはむしろこっちの方が楽じゃない?」

「そう仰れるのは朱華さまが成長した証かと」


 斜め後方で待機したノワールの呟きと、鋭い銃声。ここぞとばかりに持ち出された遠距離用のライフルは大型のため移動しながらの射撃が利かないが、その分だけ高威力。狙い違わず着弾する銃弾に怒りの咆哮が上がり、


「《聖光連撃ホーリー・ファランクス》!」


 錫杖、衣装、そして俺自身の成長によって威力を増した聖なる光が殺到する。

 不死鳥を制止し、攻撃を封じたそこへ再び銃弾。息継ぎの時間を手に入れた俺はさらに神聖魔法を発動させ、再集中を終えた朱華がもう一度自爆の誘発にかかる。


「悪いが、もはや貴様如きに苦戦してはいられん」

「そのまま焼き鳥になってねー」


 教授が無駄に啖呵を切り、シルビアが飛び散る素材を必死に回収する中、俺と朱華、そしてノワールは攻撃を続ける。


「いえ、あの! 反撃されると危険なのは変わらないんですからね!?」

「そうそう、こいつ結構タフなのよね。……やば、そろそろ限界」


 朱華がふらりとよろめく。彼女の超能力は効果が大きい分、負担も大きい。後は俺の魔法とノワールの銃。シルビアにも聖水か何かを打ち出してもらうしかないか。

 と。

 霊力を纏った刃の輝きが俺の視界に映った。

 秘刀『俄雨』。アッシェたちとの戦いで現れた瑠璃の武器が、戦いの気配を察して再びやってきてくれた。


「アリス先輩、ノワールさん。とどめは私に任せてください……!」

「瑠璃さま。やれますか?」

「大丈夫です。今なら、やれます」


 ならばと、俺は最後の《聖光連撃》を放ち、ノワールもまた不死鳥の胴にライフルの一撃を浴びせかけた。火の粉と羽根が飛び散り、巨鳥が大きくのけぞる。向こうも限界が近いことがわかる。

 そこで、瑠璃が跳躍。

 勢いよく宙へと躍り出た彼女だが、翼や魔法の助けがあるわけではない。当然、一定高度に至った後は落ちるだけなのだが──。

 たんっ!

 何もない空中、いや、一瞬だけ物質化させた霊力の箱を足場に、瑠璃は再び跳んだ。そこからはもう、とん、とん、と次々に跳びあがっていく。


「……あの技は羨ましいですね」


 ノワールが呟く間に少女剣士の身体は十分な高さへと到達。


「はああっ!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた『俄雨』は、纏う霊力をそれこそ雨のように降り注がせながら──不死鳥の身体を見事に切り裂いた。

 重傷を負ったところに深いダメージを与えられた炎の鳥は、絶叫と共に俺たちを憎々しげに睨みつけ、身体の端から溶けるように消えていく。


「瑠璃ちゃん! 素材! できるだけ回収して!」

「は、はい!」


 ニワトリでも捌くように羽や肉が斬られ、落下したそれを教授とシルビアがせっせと回収する。

 そうして完全に不死鳥が消えると、瑠璃はグラウンドへふわりと着地した。『俄雨』は役目を終えてどこかへと消えていく。

 後には、回収した素材と戦いの痕だけが残された。


「……終わりましたね」


 終わってみればスムーズな戦いだった。

 要因は俺たちが思った以上に成長していたことと、相手の性質が分かっていたこと、それから、


「あんた、どんどん格好いい能力身に着けてない?」


 ぽん、と、後輩の肩を叩いた朱華が言う通りだ。

 自由に取り出せない刀も、なんというか、ファンタジーにおける主人公の武器みたいで逆に趣がある。しかも、メンバー待望の空中戦力。

 俺も瑠璃に歩み寄って「お疲れ様でした」と微笑みかける。

 それから魔王の方を振り返って、


「ラペーシュさんも、ご協力ありがとうございます」

「気にしないで。アリスのためなら苦ではないし、私としてもストレス解消みたいなものだもの」


 なんでもなさそうに言う彼女だが、実際、今回の不死鳥戦はラペーシュのお陰だ。

 魔王の協力によって、俺たちのバイトはグレードアップを果たしたのである。






 遠征の結果、これまでのバイトでは邪気を祓いきれていなかったことが判明した。

 専門家──というか、放っておいても邪気が集まってくる体質であるラペーシュに尋ねたところ、俺たちの戦いは決して無駄なものではない。特に何度か行ったボス戦はその土地や施設に溜まった邪気をごっそり祓っているため有効だという。


『邪気っていうのは負の気の蓄積なわけでしょう? つまり、嫌なことがあればあるほど溜まりやすくなるのよ』


 そして、邪気が蓄積すると災害や事故などの不幸が起こりやすくなる。

 悪いことが続けば人々はストレスを感じて、それが邪気になる。そうして負の連鎖が生まれる。溜まった分を祓ってやることでスパイラルの原因を取り除くことができるらしい。


『邪気の少ない土地には他の土地からいくらか邪気が流れてくるから、定期的に雑魚を掃除するのもやらないよりはずっとマシでしょうね』


 また、ラペーシュはある程度、邪気をコントロールできる。

 応用すれば、俺たちが倒せるレベルに調整した敵を出現させられるという。例えば、いつもの墓地にもうちょっと歯ごたえのある敵を出したり、これまで戦ってきたボスを再度出したりだ。

 魔王の矜持としても「邪気に呑まれる」のは避けたい。放っておいても夏頃までは耐えられるとはいえ、あんまり溜まっているのも気分が良くないということで、彼女はバイトに協力を申し出てくれた。わざわざ学校に行って不死鳥と戦ったのはそういう理由だ。

(もちろん、ラペーシュ当人との戦いに備えた修行の意味合いもある)


 ラペーシュの見解は政府にも伝えた。

 大きく邪気を祓えれば悪い出来事が起きづらくなる。突発的な火災や地震、凄惨な事件を未然に防げる。その保証を一つ得られたことで、これまでよりも積極的に戦って欲しいと打診があった。

 当然、教授などから「じゃあもっと金を出せ」と要望が上がり、バイト代は増額された。具体的に言うとこれまでの倍以上にだ。その代わりとして毎週のように戦わなければならなくなったが、お陰で家賃とか学費は国から補助が出ているにも関わらず、優秀なサラリーマン並みの収入が毎月入ってくることになった。

 俺の場合、それに加えて治療の特別バイトもあるわけで──なんというか、貯金が増えていく一方なのが少し怖くなる。毎月新しい服やコスプレ衣装を買った程度ではびくともしない。ゲームやマンガに費やそうにも鑑賞する方が追いつかないレベルだ。


 不死鳥を倒して帰ってきて穏やかにお茶を飲むという、以前なら考えられないようなことをしつつ、俺はしみじみと、


「スマホゲームに課金でもしてみましょうか」

「キリがないからやめておきなさい。配信のネタにするならアリかもだけど」


 すかさず朱華に突っ込まれた。確かに、興味本位でガチャを回しまくるとか少々勿体なさすぎる。


「でも、スパチャをもらうために配信を盛り上げるためにゲームに課金するってなんだか本末転倒じゃないですか?」

「盛り上げるためだけに課金してる奴はそうだけど、そういう人はやりたいゲームを遊んで、ついでに応援がもらえたらラッキーってスタンスでしょ」

「……つまり私の場合、神様に課金すればいいってことですね?」

「合ってるけど。間違ってないけど。お布施もらった分で祭壇作るんでしょ? 先行投資するのは止めなさいよ?」


 なかなか難しい話だった。

 とりあえずお金の使い道は置いておいて、祭壇をどうやって作るかでも考えておこうか。

 コツコツ自分で作って進捗が見えるような形の方が話のネタにもなっていいと思うし、職人に依頼するほど「ぽーん!」とお金が飛んでくるとも思えないので、なんというか工作的な作り方を想定している。硬くなる粘土で作るとか、もしくは石膏を使うとか。

 新しい家に引っ越すことになったらラペーシュに頼んで移動させてもらえるので、サイズはそこそこ大きくなっても問題ない。本格的な、牛とか供物に捧げられそうなものを作るとなると物置にでも置いておくしかなさそうなので若干アレだが。


「しかし、アリスと瑠璃は成長が目覚ましいな。吾輩は指示出しくらいしかやることがない」


 お茶を啜りながら教授が呟いた。

 これにはシルビアが笑って、


「教授って魔法使えないもんねー」

「吾輩は魔法使いではなく大賢者だからな」


 賢者というと、ゲームでは魔法のエキスパート扱いが多いものの、字面上は「賢い者」だ。長く生きて思索を深め、知識を蓄える過程で魔法も修めるのは不自然ではないが、単に学者的な意味合いでも用いられる。教授はそっちのタイプだ。

 と、ノワールが首を傾げ、


「朱華さまやシルビアさまも、もちろんわたしも研鑽は重ねておりますが、確かにお二人はどんどん頼もしくなりますね」

「ああ、それはアリスと瑠璃の特性じゃない?」

「特性ですか?」


 ラペーシュはノワールの淹れた紅茶を上機嫌に味わいながら教えてくれる。


「ノワール達は物語において、ある程度の腕を持った状態で登場し、その扱いのまま描かれている。けれど、アリス達の物語は成長の過程を描いている。その違いがあるんでしょう」

「私とアリス先輩は経験値を獲得すればレベルアップする、ということですか?」

「おそらくね。単に『もう一人の自分』との共鳴度の問題もあるだろうけど──例えば、ノワールはそもそも現時点で全盛期から衰えた状態なのでしょう? 『成長』という側面もあると思うわ」

「……なるほど」


 ノワールは裏社会の女帝時代の方が強かったという。

 平和な世界でメイドをしていれば腕が鈍るのは当然で、訓練や実戦によって勘を取り戻したとしても、それは「一番強かった時代に戻る」という意味合いになる。俺や瑠璃にとっては経験を積むことが単純に成長につながるが、ノワールはなんというか、二作目でレベル1からやり直している主人公のような状態なのだ。

 しかし、逆に言えば、少なくとも俺や瑠璃には伸びしろが残っているということ。

 みんなを助けられるのならそれはいいことだ。積極的にバイトへ参加して、ラペーシュとの決戦に備えよう。


「……ですが、それだと貴女ラペーシュも成長する、ということになりませんか?」

「あ」


 そういえば、ラペーシュもRPG出身だった。

 ユニットになっているということはレベルアップしてもおかしく──。


「ああ、無理無理。そいつ最初からレベルカンストしてるから」


 駄目だった。

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