聖女、金を貸したがる

「木刀だと威力が足りないと思うんです」


 新年最初のバイトから数日後の夕食時、瑠璃がそう言って話を切り出した。


「なので、できれば日本刀を手に入れられないかと」


 きっかけは、やはり先日のバイトだ。

 あの時のゴブリンゾンビ程度ならぶっちゃけ木刀でも十分。腐りかけの肉をすぱっとぶった斬るには技量が足りていない以上、殴って潰す方が楽ですらあった。公園の人形相手でもぶん殴るのはなかなかに有効だっただろうが、それは相性の問題だ。

 相手が生者であれば、殴っても「痛い」で済まされてしまう。その点、刃物による攻撃なら出血が伴う。斬撃自体を「痛い」で済ますことができたとしても、出血というスリップダメージがじわじわ襲って、最終的には無視できない威力を発揮するのである。

 今度のボス戦で想定される相手は蛇。

 「大蛇かと思った? 残念、蛇ゾンビでした!」とかでない限り、日本刀を調達しておくのは確かに有効だろう。


「でも、日本刀って手に入れるの大変なんじゃ?」


 ノワール特製、肉がごろごろ入った濃厚ビーフカレーをひとすくいしながら俺は首を傾げる。

 瑠璃が加入したばかりの頃にそんなことを思った記憶があるのだが、


「調べてみたところ、刀剣類の所持は意外と簡単なんです」

「そうなんですか?」

「うむ。未成年でも届け出さえすれば普通に許可が下りるぞ」


 と、これは教授。

 年の功というやつか、そのあたりのこともある程度知っていたらしい。カレーとビールを美味そうに味わいながら教えてくれた。

 日本の法律では、刀剣類というのは「美術品」として扱われる。

 銃刀法違反的に一定以上大きい刃物はアレなのだが、日本刀なんかは美術的に価値があるからセーフ、という論理である。

 家の蔵から刀が見つかった、なんていう場合にはやや面倒な手続きになるらしいが、普通に古物商や刀剣類を扱う店で購入する分には登録さえすれば問題ない。もちろん、美術品として所持するわけなので公共の場で抜いたりするのはNG。すぐに抜ける状態で持ち歩くのも駄目なのだが。


「じゃあ、買ってもいいかもしれませんね」


 俺だって衣装はオーダーメイドで作ってもらったものだ。

 パワーアップに必要な装備は財布と相談しつつ購入していくしかない。

 と思ったら、


「ううむ。瑠璃の場合、モノが高いのが難点だがな」

「……あ」


 その問題があった。

 日本刀の製造には専門技術を必要とする。お侍さんがその辺を歩いていた時代ならともかく、現代では需要も少ないのでなおさら高くなる。

 骨董品としての価値がない、現代において作られたものでも何十万とかしてしまうらしい。もちろん、モノによってまちまちまで一概には言えないのだが、良いもの、サイズが大きいものの方が高い傾向にあるのは間違いない。眺めるだけではなく戦闘に用いるのならある程度以上の質が必要になるのは当然だろう。

 これにはノワールが首を傾げて、


「瑠璃さまの場合、衣装の方を整えた方が現実的かもしれませんね」

「っても、アリスと違って着物着たからあからさまにパワーアップとかしないでしょ?」

「……ええと、しないものなんでしょうか?」

「しないんじゃないかなー、多分」


 聖職者の用いる神聖魔法というのは信仰心と神からの加護がものを言う。なので、それっぽい衣装を身に着けてそれっぽい聖印を用いることで思い込みのパワー──もとい自らの信仰心を強化したり、神からの覚えをめでたくすることが可能だ。

 しかし、瑠璃の場合、用いるのは純粋な戦闘技術。

 霊力も使うらしいのでそっち方面では身を清めたり座禅を組んだりが効果を発揮するかもしれないが、戦闘装束は基本、動きやすければなんでもいい。オリジナルの瑠璃の感覚をフルに発揮するなら着物っぽい格好になるだろうし、短刀とかをあちこちに仕込みたいならそれ相応の仕立てが必要になるだろうが、無理しなくてもジャージで十分である。

 瑠璃がしゅん、と肩を落として、


「何十万の世界になるとさすがに懐が厳しいです」

「あ。もしかしてアリス金融(仮)の出番ですか?」


 政府から治癒魔法を頼まれた際の報酬をプールしている例のアレである。

 普段のバイトだけでも十分生活できているので貯まる一方、みんなから「要らない」と言われつつも必要なら提供できるようにと思っている。


「そういえばそんなのあったっけ。いまいくらくらい貯まったの?」

「えっと、まあ、大学関係の諸費用は心配いらないかな、というくらいには」

「……えぐ」


 いや、本当に恐ろしい話である。それだけ貯まっているということはそれだけ需要があったということだ。普通に治すより安くて早かったりするのだから当然といえば当然だとはいえ、世の中には苦しんでいる人が多くいるのだとあらためて思い知らされる。


「なので、必要なら出せますよ。返済は無期限無金利でいいので」

「え。……いえ、その」

「あはは。良心的な金貸しではあるんだけどねー」


 シルビアが苦笑し、教授がとりなすように言う。


「止めておいた方がいいんじゃないか? 費用対効果が割に合わん」


 日本刀というのはきわめて鋭利な刃物だ。きちんとした品をきちんとした者が振るえば生身だろうとすぱっと斬れるが、時代劇のごとくばったばったと斬り倒すような戦い方にはあまり向いていない。一度斬るたびに刃こぼれしたり、血糊によって切れ味が鈍っていくからだ。

 敵が人間ではなくモンスターとなれば猶更。

 生身のくせにめちゃくちゃ硬い、なんていうこともあるかもしれないし、武器を溶かす酸を持っていたり、あるいは不死鳥のように熱だけで金属を溶かしてきてもおかしくない。ボス戦の度に何十万円も溶かしていたのではさすがに割に合わない。

 自分で研いで直せる技術があるならまだマシだが、


「それは……厳しいですね」


 眉を寄せつつ瑠璃が下したのは無難な結論だった。

 武器がない。前衛には前衛の苦労があるらしい。ノワールはその点を上手くクリアしていると思う。


「そうだ。ノワールさんのコレクションからは借りられないんですか?」

「構いませんが、わたしは銃火器主体なので、刃物はコンバットナイフ程度になってしまいます」

「着物またはジャージでナイフを振り回す黒髪美少女ね。絵にはなるけど」

「斬れば殺せる異能でもないとリーチとか威力が厳しいよねー」


 というわけでこれもボツ。緊急用にいくつか借りるのは検討するとして、メイン武器は他に調達した方がいいだろう、ということになった。


「じゃあ、私の錫杖を貸しましょうか?」

「とても嬉しいんですが……アリス先輩の魔法が弱まってしまうと皆さんが困るのでは?」

「そうだな。アリスは貴重な範囲火力だ。魔法威力は十分に確保しておいて欲しい」

「あれ、私ヒーラーですよね? 火力じゃないですよね?」


 結局、瑠璃の武器に関しては摸造刀を調達する、ということで落ち着いた。

 鋼等々、日本刀に使われる材質以外で作られた刀っぽいアイテムのことだ。木刀と違って見た目も刀っぽく作られており、十分な技量の持ち主が振るえばその辺の細枝とかなら十分断ち切れる。ものによっては研いだら普通に斬れるようになったりもする。

 その分、封印せずに抜き身や鞘だけの状態で持ち歩くと逮捕の可能性もあるのだが、逆に言うと封印さえしてあればいいわけで。

 これなら一万円せずに買えたりするし、威力自体は俺の神聖魔法である程度補えるので、このあたりが落としどころだろう。


「それが良さそうですね。ありがとうございます、皆さん」


 頷いた瑠璃はさっそく摸造刀をネット通販で購入し、週末にはそちらで練習するようになった。

 休みの日は俺も練習に付き合ったりしたのだが──刀そっくりの武器を振るう少女の姿は今まで以上に気合いが入っていて、ぶっちゃけ若干恐怖を感じた。

 ひええ、などと思いつつ錫杖を扱い、必死でガードすれば、その度に硬質な物質同士がぶつかったことによる独特の音が庭に響いた。


「あの、アリス先輩。反撃してくださってもいいのですが……」

「無茶言わないでください。というか、これ、近所迷惑じゃないでしょうか」

「あー……」


 ちょっとした素振りや筋トレくらいならともかく、実践を意識した二人稽古となると音が気になる。

 かといって、シェアハウスが広いと言っても道場や地下室までは併設していない。まともに剣を振るいたければどこか専門の施設を利用するしかなかった。


「……現代というのは世知辛いのですね」


 遠い目をして呟く瑠璃。

 否定はしないが、日々剣術の稽古が必要な少女というのもなかなかレアだろう。いたとしてもそういう子の大半は家が道場を持っていたりするはずだ。


「……いっそ建ててしまうとか?」


 シェアハウスもだんだんと人が多くなってきた。

 あと二人も入居者が出れば手狭になってくるところ。アリス金融(仮)の金も使ってどーん! と建ててしまうのも手かと思ったのだが、みんなにその話をしてみたら即座に却下された。


「この家で不足しているなら政府に建てさせればよかろう。そもそもここを用意したのは奴らなのだからな」

「新築するならキッチンにも凝りたいですし、アリスさまだけに出させるわけには参りません」

「っていうか、建てた端からメンバー増えて狭くなりそうじゃない?」


 というわけで、この案も断念。

 瑠璃は公共団体が運営している施設を予約して借りるとか、近くの剣術道場に入門するとか、そういった方向で修行を試みることになった。

 オリジナルの技術が十分思い出せればむしろその辺の剣術使い程度一蹴できるのだろうが、なかなか難しいところである。






 なんて言っている間に、なんか動画がヒットした。


「……なんで?」


 動画のページを見て首を傾げてしまう俺。

 再生回数は個人の動画にしては多いんじゃないか? と思ってしまう数字。コメントも多数ついており、その多くは好意的なものだ。

 もちろん、メインである千歌ちかさんの人気によるところが大きいのだが、俺に関するコメントもかなりついている。

 どうせ大した反響にはならないと思っていたのだが。


「なんでも何も、そりゃ注目されるでしょ」


 特に用がなくとも俺の部屋に来ていることが多くなっている朱華が、事もなげに相槌を打ってきた。


「千歌さん自体がそこそこ有名な声優。それと同じ声をした金髪の女の子。顔は隠していてわからないけど言動はいちいちあざとい」

「あざといって言わないでください!」

「……そういうあざとい子だからこそ、素顔気になるじゃない。ワンチャン美少女かもしれないし。まあ、美少女じゃなかったら盛り下がるだろうけど」

「美少女だったら盛り上がるんですか?」

「そりゃ祭りでしょうね」


 ちなみに、素顔はもちろん美少女である。……って、自分で言うのはすごくアレだが。


「これじゃ千歌さんも大喜びじゃないですか」

「でしょうね。もう少ししたら『次の動画はどうする?』って連絡が来るんじゃない?」

「もう一回くらいは参加するつもりでしたけど……」


 まだ縫子ほうこの作っているという衣装を着ていないからだ。しかし、この流れだとなし崩し的に動画への参加が恒例になりそうな気がする。


「都合の悪い時はちゃんと断らないと駄目ですね……」

「そうね。適度に露出を調整した方が話題として長続きするだろうし」

「マーケティング戦略の話じゃないですよ……!?」


 などと言いつつも、俺は数日後に千歌さんから送られてきた次の動画に関するメッセージを断れなかった。


「……うう、完全に流されてます」


 泣き言のように言うと、朱華は他人事だと思って呑気に構えているのか、穏やかな声で応えて、


「いいじゃない。それとも本気で嫌なの?」

「……いえ、その。そう聞かれると困るんですけど」


 大勢から「可愛い」などと言われるのは正直悪い気分ではない。

 それに、人々から偶像アイドルとして扱われるということは、人々にとって何かしらの救いになっているということだ。俺が動画に出て話したり歌ったりする程度で救われる人がいるのなら、それは悪いことではないと思ってしまう。


「……まったく。ほんとお人好しよね、あんた」


 半分呆れたような朱華の言葉に、俺は首を傾げて「そうでしょうか?」と返した。

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