聖女、試し振りをする

「結構収穫がありましたね」

「二件も回ればそりゃそうでしょ」


 帰りの車内。

 今回のバイトの感想を口にすれば、朱華が笑ってそう答えた。なお、朱華に抱かれている教授はそれ以上の笑顔だ。もうニコニコである。そこまで上機嫌だと良いことがあった幼女にしか見えない。


「うむ。戦利品に、新戦力の追加。アリスのパワーアップ……いいことづくめだな。このままボス戦とは無縁の生活を送りたいものだ」


 教授が機嫌のいい理由のうち、おそらく大部分を占めるであろう要因は俺たちの後ろに積まれている。折り重なるようにして置かれたそれは一見ガラクタにしか見えないが、複数体におよぶ機械人形の残骸である。

 墓地での戦闘が終わった後、例の公園へはしごしたのだ。

 瑠璃が頑張ってくれたこともあって、他のメンバーは殆ど疲れていなかった。加えて俺の新装備入手。もし万が一、シュヴァルツがもう一度現れても勝つ自信はある──ということで、そのシュヴァルツからも頼まれている機械部品入手も兼ねて公園へ行った。

 一戦を終えて疲れている瑠璃と、機械相手だとパフォーマンスが発揮しにくいシルビアを車に残して挑んだ結果は、雑魚の機械人形が何体か現れるだけ、という予想通りのものだった。これくらいなら余裕だと、俺は意気揚々と魔法を発動しようとして、


『待てアリス。お主がやると部品が破損しすぎるかもしれん』


 と、教授に止められてしまった。

 パイロキネシスも効きづらいので朱華もほぼ見学だったが、だからといって気持ちが収まるわけでもなく。


『じゃあ、物理攻撃ならいいですか?』

『む……まあ、それなら許容範囲内だろう』


 ということで、機械人形の一体に錫杖による突きを入れた。

 結果はというと──ぐしゃ、という音と共に柄が顔面を貫き、頭部がまるごと千切れた。頭(とメインカメラ)を失った人形は何度か(できるだけ穏便に)小突いてやると動かなくなったので、ありがたく回収させてもらった。

 残りの敵もノワールによって適度に痛めつけられて上手い具合に無力化できている。

 これだけ収穫があれば収入も期待できるだろう。そもそも今回は基本給自体が高いはずだ。何しろバイト二回分である。偉い人たちも多く働く分には文句を言わないに違いない。

 臨時収入で誰かに何かプレゼントでもしようか。……そういえば、あとひと月もするとチョコレートが多く売り出される時期ではないか。自分用にお菓子を買い込むのもいいかもしれない。

 などと考えていると、


「私は、皆さんの凄さをあらためて実感しました」


 瑠璃の呟きは車内に余すことなく響いた。


「んな褒めるようなもんじゃないわよ。あたしとか、瑠璃に殴り掛かられたら秒で負けるだろうし」


 朱華が肩を竦めて答える。まあ、実際その通りだ。敵との戦いであるならば、少女は秒で負ける前に髪あたりへ火をつけるだろうが。

 要は適材適所である。


「私は、むしろ瑠璃さんが動けていたことに驚きました。私なんて最初の頃は魔法を撃つしかできなかったんですから」

「……アリス先輩が、ですか?」

「はい。自慢じゃないですけど」

「っていうか、アリスは今でもそれしかできないじゃない」

「はい。自慢じゃないですけど」


 俺は胸を張って答えた。錫杖での物理攻撃にいくら威力があろうと、まともな敵にはまず当たらない。それでいいのである。何しろ俺は後衛、それもヒーラーなのだから。


「バイトではみんなが大怪我せずに帰ってくることが重要なんです。だから、瑠璃さんが前で敵を食い止めてくれるだけで大助かりですし、それだけでも十分すぎるくらいなんですよ」


 助手席にいる少女へ微笑みかけると、その肩が僅かに揺れて、


「それでも、もっと訓練したいです。もっと皆さんの役に立てるように」

「良いと思います。わたしも、時間があればお相手できるかと」


 ハンドルを握るノワールが穏やかに応じる。

 朱華の膝の上に乗った教授も厳かに(可愛く)腕組みして、


「うむ。ただし、無理はするなよ。……といっても、身体を動かす分には『やり過ぎて命を削る』なんてことはそうないだろうが。家の外で訓練する時は人目と事故にも気をつけるように」

「はい。気をつけます」

「あの、教授? その『やり過ぎて命を削る』っていうのは……」

あんたアリスの事に決まってるでしょうが」

「アリスちゃん? 不死鳥戦で倒れた時も、ボスオーク戦で動けなくなった時も、お姉さん肝が冷えたんだからね?」

「……反省します」


 俺はしゅん、と肩を落とした。

 瑠璃が無茶なことを言ってみんなに心配されていたはずなのに、何故か俺への駄目出しが始まっていた。なんというか、少しだけ酷い話である。






 さて。

 新年最初のバイトを終えて俺が思ったことは「そろそろボス戦の依頼が来そうだな」だったのだが、案の定というかなんというか、バイトをした翌日の日曜の夜には教授から打診があった。


「喜べ。……いや、ぶっちゃけた話喜ばしくはないが、政府から『ここで化け物退治をして欲しい』とたっての依頼があった」

「ボスですね」

「せめて二週間、できれば一か月準備期間が欲しいかなー」

「……あの、皆さん慣れ過ぎでは?」


 間髪入れずに「やばい敵が出る前提」の話を始めたノワール、シルビアを見て瑠璃が遠い目になる。

 水を向けられたのは主に俺なのだが、


「残念ながら、向こうから場所を指定された時って碌なことがないんですよね……」


 邪気払いをするなら邪気の溜まっているところの方が有効なのは当然。

 そして、邪気の溜まっているところというのは事故や事件が起きやすくなっている。政府が見繕ってくるのはそういう「逆パワースポット」なわけで、邪気が溜まっている=敵が強いのはある意味当たり前ではある。

 朱華もこれにジト目になって、


「今回はどんな語呂合わせ?」

「うむ。目的地は車で一時間以上移動した先にある廃寺だ。名前は蛇命寺。地域の人間からは『蛇寺』なんて呼ばれているらしい」

「蛇……」


 俺たちは──瑠璃まで含めて──顔を見合わせると嫌な顔になった。

 蛇に良いイメージを持っている人間はなかなかいない。まむし酒の愛好家とかそういう人間くらいだろう。そういう意味ではシルビアは薬の材料として好んでいるかもしれないが。


「とりあえず、大蛇が群れで出てきて当然ってとこ?」

「その大蛇が毒を持っていてようやく平常運転でしょう」

「ウロボロスの蛇とか出たら即回れ右ね」

「そこまで行かなくても、ドラゴンとか出ませんよね……?」

「わからん。不死鳥が出たのだからそれくらいは有りうるかもしれん」

「本当に、皆さんが達観しすぎていて怖いんですが……!?」


 瑠璃が初々しい反応をしてくれるのがなんというか救いというか癒しである。


「瑠璃よ。このバイトには参加しなくてもいいぞ。いつものボス戦なら我らも死力を尽くす羽目になる。一つ間違えば本気で死ぬかもしれんからな」

「っ」


 目を見開き、唇を噛む瑠璃。

 しかし、決して大袈裟ではない。不死鳥の時もシュヴァルツの時も、ボスオークの時も。敵があともう少し強ければやられていたかもしれない。

 次は勝てるという保証もない。

 瑠璃は俺たちの顔を順番に見て、


「皆さんは行くんですよね?」


 全員が頷く。


「どうして、そこまでして『バイト』をするんですか?」

「我らが国の敵ではないと示すのに必要だからな」

「今後のためにお金を稼いでおきたいですから」

「珍しい素材が手に入るかもしれないし」

「バイト代が入らないとエロゲ買えないし」

「邪気を払えば世の中が良くなりますからね」


 それぞれの返答を聞き、瑠璃は噛みしめるように頷く。

 漆黒の瞳が一瞬揺らぎ、それからすっと強い輝きを宿して前を向いた。


「なら、私も行きます。それまでに訓練して、もっと強くなります」


 これには教授が破顔する。


「よく言った。アリスやシルビアに護衛がつくだけでも大分違うからな。そういう意味では頼りにさせてもらうぞ」

「はい。……では、少なくともアリス先輩に白兵戦で勝てるくらいにはならないといけませんね」

「いえ、今でもたぶん負けると思うんですが……」

「おそらく、今の私ではあの錫杖の守りは突破できません」


 ああ、なるほど。木刀に比べると錫杖はリーチが長い。あれで防御に専念すれば確かに近づくのも困難だろう。しかし、あの錫杖は決して白兵武器ではないのでそこだけ注意してもらいたい。






「ねえ、アリスちゃんアリスちゃん」


 週明けの月曜日。

 いつもの四人で中庭へ行き、それぞれのお弁当を広げたところで、隣に座った芽愛めいが話しかけてきた。


「バレンタインはどうするか、決まってる?」

「バレンタインですか」


 そのイベントについてはつい先日思い出したばかり。

 言わずと知れた二月十四日。元はお菓子会社の販売戦略だとか、外国だと男子が女子に渡すイベントだとか言われてはいるものの、日本においては女子がチョコレートを用意し、好きな相手やお世話になっている相手へ渡す、という行事だ。

 それに先駆けてお菓子メーカーや製菓店はこぞってチョコレートを売り出す。珍しいチョコレートや美味しいチョコレートが安く手軽に手に入るチャンスとあって、他人にあげる気のない「食べる専門」の女子や、甘いものに関しては肩身の狭い「甘党男子」も心待ちにしているとかいないとか。

 変身してから初めてのバレンタイン。俺としては、


「はい。せっかくですから手作りチョコにチャレンジしてみようと思っています」

「だよね、だよね? やっぱりそうなるよね?」


 返答した途端、楽しそうに声を弾ませる芽愛。文化祭で美味しいお菓子を作ってくれたように、彼女の料理への情熱はお菓子作りにも及んでいる。こういうチャンスは逃すつもりがないようだ。

 一方、料理やお菓子作りにはそれほど興味のない鈴香すずか縫子ほうこはというと、


「アリスさんの」

「手作りチョコ」


 と、何やら意味ありげに顔を見合わせていた。

 なんだろう。自慢じゃないが、文化祭の試作の際も俺は芽愛の助手をきっちり勤め上げている。得意な人間に対抗できるかどうかはともかく、チョコの味がしないようなものを作るつもりはないのだが。


「いえ、誰にあげるつもりなのかと」

「私は、姉さんが喜びそうなネタだな、と」

「あ、なるほど」


 チョコづくりが動画のネタになるのか。意外だが、それなら俺も作る方に集中できるしアリかもしれない。

 それはそれとして、


「あげる相手は普通じゃないかと。鈴香さんと縫子さんと芽愛さんと、クラスのみんなと、それからシェアハウスのみんな、あとは担任の先生とかでしょうか」


 ああ、椎名とシュヴァルツにも作ろうか。意外と数が必要になりそうだから、またネットや本で情報収集をしなければならない。

 と、鈴香はお弁当を食べ進めながらも瞳を輝かせて、


「誰が本命なのかしら?」

「ほ、本命!? いえ、そういうチョコはない、と思うんですけど」


 考えたこともなかった。俺がみんなにあげたいのは普段のプレゼントの延長のような、いわゆる「友チョコ」だ。愛の告白とセットにするような本命チョコは作りたくとも相手がいない。

 変なことを言われて頬が熱くなってしまった俺は「あ」と指を立てて、


「じゃあ、鈴香さんに本命チョコを作りましょう」

「な……っ!?」

「ふむ。アリスさん、意外に大胆ですね」


 俺の反撃に真っ赤になる鈴香。縫子が冷静に呟き、芽愛はなおも楽しげに、


「アリスちゃんの本命は鈴香だったかー。これは受け取ってあげないとね、鈴香?」

「っ、アリスさん? 芽愛? あまり私をからかわないでくれないかしら」

「鈴香が先にからかったんじゃない。……あ、じゃあ私も鈴香に作ろうかなー、本命チョコ」

「いいですね。一緒に作りましょう、芽愛さん」

「うん、アリスちゃん」


 にんまりと笑って頷きあう俺たち。

 厳密には恋愛感情がない時点で本命にはならないのだろうが、そこはそれ。チョコ自体の大きさやラッピングを工夫することで「それっぽく」見せることは可能だ。既製品でもない限りハート形のチョコはなかなか作らないものである。

 ……待てよ。なら、朱華たち相手のチョコもハート形にしたら受けが取れるのだろうか。少し面白いかもしれない。


「待ちなさい。女子からの本命チョコがそんなに幾つも届いたら……もはやテロじゃない」

「性質が悪いですね」


 淡々と評価した縫子がある意味一番、危険な気がした。

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