アリシア・ブライトネス ファンクラブ活動記録
私立
富裕層だけでなく一般家庭にも向けた淑女教育を目指す、いわば「ライトなお嬢様学校」であるこの学園には、ガチのお嬢様から制服に憧れただけの庶民まで、様々な少女達が在籍している。
比較的高めの学力レベルや厳しめの校則などの関係から、生徒は真面目で大人しい者が多いものの──多様性を否定していない校風上、中には若さゆえに勢い余ってしまう者もいる。
学園の闇。
一般生徒にはあまり知られていない非合法的課外活動を行う生徒達などが、例えばその「勢い余った」者の例である。
まあ、非合法とは言っても「部活動として生徒会に登録していない」という程度の意味であり、活動にはごく普通に空き部屋の使用を申請して許可を得ていたりするのだが。
「……では、これより『アリシア・ブライトネスファンクラブ』の第五回会合を始めます」
文化部棟の最上階。
用の無い者が立ち入ることのほぼない一室には、総勢十名弱の少女達が集まっていた。
入り口のドアには鍵がかけられ、いきなり開かれることがない状態。隣は軽音部の部室なので騒音を気にする必要はあまりないが、司会の声は万一にも外に漏れることのないよう相応に潜められている。
そんな中。
部外者である(と、少なくとも本人は思っている)少女、朱華──アンスリウムは、その紅の瞳でファンクラブのメンバー、どう見ても普通の生徒でしかない少女達を見つめてため息をついた。
「ねえ、あたし帰っちゃ駄目?」
「駄目です。なんのために来てもらったと思っているんですか」
「そうです。今回は朱華さんが主役みたいなものなんですから」
「いや、まあ、それはそうなんだけど」
窓の外にある空を半眼で見つめて、
「この活動、なんか馬鹿らしくない?」
「「そんなことはありません」」
サラウンドで返答があった。一斉に朱華を見つめてくる少女達の瞳はいたって真剣である。とてもネタでやっているだとか、朱華をハメて遊ぼうなどという風には見えない。
つまりは純粋にファンなのだ。朱華にとっては友人であり同居人でもある少女──アリシア・ブライトネスの。
なんでも、萌桜学園において「ファンクラブ」の存在は珍しくないらしい。
毎年そこそこの人数が入学してくる関係上、一人くらいは容姿や能力、あるいはカリスマ等によって特に人目を惹く生徒、俗な言い方をしてしまえば「有名人」が出てくる。昔から学園ではそんな生徒を対象としたファンクラブが作られてきたらしい。
主な活動内容はその人物のファンが集まって「ここが素敵」などと言いあう事。
ターゲットが卒業してしまえば当然、その活動も終了となるので、同じファンクラブが長く残ることもない。ターゲットよりも下の学年の生徒達が翌年からまた新しい生徒のファンクラブを主導するなどして伝統は続いてきたという。
で。
そんな伝統へ見事に引っかかったのがアリスことアリシアだったらしい。
あの少女が注目されること自体に不思議はない。見た目が目立つ上に行動力があり、かつあの性格だ。そりゃあファンもできるだろう。
まあ、などと言いながら『朱華・アンスリウムファンクラブ』、あとついでに『シルビア・ブルームーンファンクラブ』の存在も知っていたりする朱華だが、そっちについては何も関知していないものとしている。
ともあれ。
「わかった。わかったわよ。大人しく協力するから」
逃げられないことを再認識させられた朱華は苦笑を浮かべながら手を振った。
「で? あたしは調査結果を発表すればいいの?」
すると司会の少女は「はい」と頷く。真面目な表情を取り繕ってはいるが、目が期待できらきらと輝いている。
「朱華さんのデータに私達の調査結果を加えて、より意義のあるデータを完成させます」
「完成させてどうするの?」
「もちろん、私達で楽しみます」
朱華以外の少女達が「ねー?」と頷きあう。可愛い上に毒気がない。
彼女達はいたって善人なのだ。
弱みを見つけて脅迫しようとか、あられもない写真を盗撮しようとか、着替えを盗んでオークションにかけようとかそういう気は全くない。朱華としてはむしろそういうムーブの方が良く知っているのだが、閑話休題。
「おっけ。……じゃあ、読み上げるからちゃんと聞いてなさい」
先日、朱華はこのファンクラブからちょっとした調査依頼を受けていた。
目的はアリスの魅力について再確認すること。
調査内容は『アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?』というアンケートだ。
【回答者No.1 朱華・アンスリウムの場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.そりゃ、やっぱりあの性格じゃない?
天然すぎるくらい天然な上に真面目。それでいてノリも悪くないんだから話しやすいったら。
「あれ? 朱華さん、名前出しちゃっていいんですか?」
「だって名前伏せたら『回答してない』って言われそうだし。じゃなくてもどれがあたしのかバレそうな気がするし」
悪用のしようもないアンケートなので特に気にしていない。
なお、もちろん他の回答については誰のものか伏せている。
【回答者No.2の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.素直で勉強熱心なところですね。
色々教えて差し上げたくなりますし、お世話をしたい欲を抑えられなくなります。
「わかる」
「アリスちゃん、一生懸命すぎて危なっかしいところあるんだよねー」
【回答者No.3の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.ちっちゃくて抱き心地がいいところ。
「……え?」
「……そんなに頻繁に抱いてるってこと?」
「なにそれ羨ましい」
「朱華さんの担当分だから関係者だよね? このファンクラブにはいないよね?」
一瞬で高まるギルティの空気に、朱華はとある錬金術師の無事を願った。まああの人だとわかれば「絵になるからセーフ」でスルーされるだろうが。
【回答者No.4の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.多すぎて絞りきれませんが、強いて言えば清らかな雰囲気でしょうか。
「なんかこの人レベル高いね……?」
「絞りきれないのは普通だけど、そこで雰囲気って言えるのすごいね」
「尊敬……していいのかな?」
朱華としては真顔で「全部です」とか言われなくて良かったと思っている。
【回答者No.5の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.やはり癒しオーラだろうな。あれには何度助けられたことか。
「ああ、これわかるー」
「見てるだけで癒されるよねー」
「猫とかハムスターとかと同じ感じ」
なお、回答者当人は回復魔法の事をぼかして言っている。かの御仁はアリスを眺めているといきなり「くそっ、吾輩より大きい!」とか言い出し始めるので、あまり小動物的可愛さは感じていないはずだ。
【回答者No.6の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.あざと可愛い癖に男っ気が全くないところですかね。
「えーと、わかる、けど……?」
「なんか邪な気がする……?」
アリスを狙っているわけではなく、むしろ「これで男にモテモテだったら殺意が湧きます」という方向性だが、まあある意味邪かもしれない。
回答者当人は日々パソコンばっかり弄っていて恋愛どころじゃない女なので、少しくらいの怨嗟は許してやって欲しい。
【回答者No.7の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.可愛さと透明感を併せ持った声かな。
「声かー。声も捨てがたいよね」
「声優さんとかアイドルできそうだもんね、アリスちゃん」
誰の回答か知っている朱華としては「自賛じゃん」としか言えない。
【回答者No.8の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.馬鹿正直で裏表が全くないところですね。
「わかるけど、ちょっと棘がない?」
「ツンデレなんじゃない?」
回答者である電子生命体に「あんたツンデレって言われたわよ」と伝えてみたくなったが、怒られそうなので止めておいた方がいいだろうか。
「はい。あたしが調べてきたのはこれで全部ね」
「ありがとうございます。でも、学校以外でアリスちゃんと親しい人、結構いるんですね?」
「全員女だから安心していいわよ。あと、どれが誰かは詮索しないこと」
「わかってます。アリスちゃんのプライベートまではそこまでよく知りませんし」
友人が多い上に用事も多いので、同じ人物と頻繁に遊ぶ事は多くないのだ。まあ、朱華達や芽愛達中庭組は別、ということになるが。
「では、私達が調べた分もいくつか公開しますね」
【回答者No.9の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.可愛いところ! って言いたいところだけどそれじゃ答えになってないよね。
色んな遊びに嫌な顔せず付き合ってくれるところかな。
「なお、回答者が誰かは私達も把握していません。アンケート用紙に無記名で回答してもらい、その中からピックアップしているので」
「でも、この子はなんとなく親しそうな感じだよね。クラスメートかな?」
「可愛いところ、って言いたくなる気持ちわかる」
「だから、どこが可愛いのか聞いてるんだよ! って話だけどね」
それをわかった上で素直に「可愛いところ」と書けるのだから、この回答者もなかなかだと朱華は思う。
【回答者No.10の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.色々あるけれど、友達思いなところかしら。
「わかる」
「具合悪そうな人がいるとすぐ声かけてるよね」
「うん。友達以外でも声かけるからすごいと思う」
朱華も、あの少女がこっそり回復魔法かけようとしているのを見て「もっとバレないようにやれ」と言った事が二、三回はある。
道でおばあさんが困っているの見つけると「放っておいても大丈夫よ」と言っても「ううー」と言っているので、仕方なく二人で手伝ったことも二、三回はある。
【回答者No.11の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.類稀な容姿です。
「いや、直球過ぎでしょこの子」
「朱華さんが我慢できなくなってツッコんだ!?」
まあ、だいたい誰なのか予想はつくが。
……服のモデルとしてアリスの容姿を求めているのなら許容範囲ではあるだろう。
【回答者No.12の場合】
Q.アリシアさんの一番の魅力はどこだと思いますか?
A.うーん。綺麗な色の目が一番好きかな。
「マニアック……でも、ないかな?」
「アリスちゃんの目綺麗だもんね」
「うん。ずっと見てられる」
宝石のように綺麗な瞳なのは同意だが、ずっと見ているのはなかなか難しいと朱華でさえ思う。正面切ってじっと見つめてなんかいればほぼ確実に視線を逸らされてしまうからだ。
まあ、真っ赤になったアリスの顔もそれはそれでオツなものなのだが。
「他の回答としては『さらさらの金髪』『すべすべの肌』『ぷにぷにのほっぺ』などがありました」
「そういえば髪が出てなかったのか。……っていうか、このアンケートの中に
心なしかフェチっぽい回答が多かった気がするが。
「わ、私達の回答とは限りません。あくまでも既出の回答以外で被っていないものをピックアップしただけなので」
「そういうことにしておくわ」
やれやれと苦笑する朱華。
蓋を開けてみれば平和な会ではあったが、尊厳を削られたメンバーもいそうである。この件がアリス本人を含む外部に漏れないことを願うばかりだ。
「じゃあ、あたしはこれで帰──」
「ところで朱華さん」
「ん?」
「アリスちゃんって好きな人とかいるんでしょうか?」
「あー」
朱華は軽く頬をかきながら「どうしたものか」と思った。
二、三秒ほど誤魔化そうかと考えてから、特に誤魔化しようも思いつかなかったので素直に答える。
「いないんじゃない? あいつ、男っ気とか全然ないし」
実家に帰った時に旧友と会ったと言っていた程度。その他は店の店員くらいとしか話していないに違いない。……それだけ環境が変化したら女子に順応していくのもある意味当然である。
と、司会はおずおずとさらに質問を繰り返してくる。
「じゃ、じゃあ女の子同士とか……?」
「それもないと思うけど……」
今のところ、可能性があるとしたらそっちか。
シェアハウスには「女子相手の方が好み」という美少女(自賛)が揃っているわけで。特にシルビアか瑠璃あたりのアプローチに応じる気になれば話は一瞬で片付く。そうならない確信があるかと言われれば朱華にはない。
とりあえず肩を竦めて、
「まあ、恋ってわからないもんだし。急にイケメンが現れてアリスが惚れる可能性もゼロじゃないでしょ」
「……アリスちゃんがイケメンに惚れる?」
「やだ、考えたくない!」
変な事を頼まれた仕返しにはなっただろうか。
朱華はにやりと一人笑いながら「あたしだって考えたくないわよ」と思い、けれど、敢えて口には出さなかった。
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