聖女、質問する
「
「? アリス、急にどうしたの?」
月曜日の登校後、教室にて。
隣の席に座った新しい友人へ問いかけると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
俺は、そりゃそうなるかと苦笑して、
「いえ、大したことじゃないんですが。小桃さんのこと、まだまだ何も知らないな、と」
「そりゃ、知り合ったばっかりだしそりゃそうでしょ」
ごもっともです。
とはいえ、こういうことは思い立った時にやっておくべきだ。女子の会話は情報量が多いものの、内包されている情報には偏りがある。普通に過ごしていたら知りたいことをいつ知れるかわからないし、聞き逃したり忘れてしまう可能性もある。
それに、
「ほら、お昼休みは一緒に食べないこと多いじゃないですか。だから時間のある時に、と」
「なるほどねー。アリスは真面目だなあ」
笑った小桃は「んー……」と少しだけ考えるようにして、
「飴とか好きかな。ほら」
と、制服のポケットから細い棒状の、なんというか、ガムみたいにパッケージされたキャンディを取り出してみせる。言われてみれば前にも食べているのを見かけた気がする。
ついでとばかりに「はい、あーん」と一粒差し出してくれるので、素直に口を開けて受け取る。甘い。ついつい口元が綻んでしまう。
「アリスも飴、好き?」
「そうですね。……というか、その、甘い物全般好きです」
「うん、知ってた」
「そんなにわかりやすいですか、私?」
そう言うと、周りにいた生徒たちがさりげなく頷く。ばっちり聞かれた上に肯定されるとは。
そんな俺にくすくす笑って、小桃は続けて、
「後はそうだなー、チーズとか。イチゴとか、あとなんて言ったっけ。赤くて甘酸っぱい、こう、細い軸がついてる果物」
「さくらんぼですか?」
「そうそれ。あ、ビーフジャーキーとかもいいよね」
「なんでしょう。方向性がよくわからなくなってきました」
単に甘い物好きというわけでもなさそうだし、ビーフジャーキーとはまた特殊なチョイスである。いや、教授が食べているのを一つもらったりすると脂のうま味と塩気で妙に美味しかったりはするが、食べ過ぎると確実に健康にも肌にも良くない。
強いて言えば大人っぽいイメージのあるもの、だろうか? ノワールがワイン片手に晩酌している時、お伴にしてそうなイメージ。
「……まさか小桃さん、こっそりお酒好きだったり?」
「まさか、ないない。お酒なんて飲んだことも──」
言いかけて止まる小桃。それはもう、ぴた、という止まり方だったので、俺としても不思議だった。
そのままじっと見つめていると、少女は首を横に倒して、
「うん、飲んだことないよ。たぶん」
「飲むと記憶失う系じゃないですよね……?」
「違うんじゃない? ……あ、さくらんぼと言えば私、あれ得意なんだ。軸を舌で結ぶやつ」
「ああ」
朱華がいたら反応しそうなネタである。
「あれが上手い人はキスが上手いっていうやつですよね」
「え……? アリスって意外とそういうエッチな話するんだ?」
「え、小桃さんが振ったんじゃないですか……!?」
すると小桃は「ごめんごめん」と笑って謝ってくれる。
「でも、私はそういうつもりじゃなかったから。……えーっと、で、アリスは得意?」
「いえ、やったことないですけど……多分、苦手な気がします」
裁縫とか料理で手先の器用さは鍛えているつもりだが、舌使いはまた別だろうし。俺はそういうの、初見で上手くできないタイプだ。
「だよね。知ってた」
俺が知らないことを知っていたというのか。
愕然とするも、周りの生徒がなんだかほっとしたような表情なのを見て、まあいいかという気分になる。
仕方ない、という風にため息をついてから小桃を見て、
「言っておきますけど、私、キスなんてしたことないですからね」
「私だってないよ。……あれ、ないよね?」
「だから知りませんってば」
なんとなく、俺の中で小桃が「酔うとキス魔になる子」になった。
「そういえば、瑠璃さん。そろそろアルバイト始めるんですか?」
夕食の席で尋ねると、すっかりシェアハウスに馴染んだ後輩は「そうですね」と頷く。
「少し学校生活を経験してから、と思っていたのですが、色々考えた結果、週末までには電話しようかと思っています。それで土日あたりで面接に行ければと」
「実家でバイトするのに面接を受けるってのも変な話よね、しかし」
「他人という設定になったので仕方ないですね」
苦笑する瑠璃。ここに来てからの彼女は本当にのびのびしていて、女になったことを後悔している様子はない。しかし、すっかり女子と化した彼女を見るのは親御さんとしては複雑なのではないだろうか。……いや、それとも「うん、知ってた」なのか?
「でも、そうですよね。学校に慣れてからの方がいいなら、そこまで急がなくてもいいんじゃ?」
「いえ、その。……慣れるのを待っていると遅くなりそうなので」
「お主、まだ苦戦しておるのか? アリスは初日でマスコットと化していたぞ」
教授が面白そうに呟く。いや、後半の内容は待って欲しい。全面的に事実だがさすがに恥ずかしい。
「瑠璃さまでしたらすぐ溶け込めると思ったのですが……」
「あれだよ。興奮しすぎて自分を抑えられないんでしょ」
「……恥ずかしながらシルビア先輩が正解です」
「朱華さんの裸で慣れたんじゃ?」
「っていうかあたしの裸の扱い悪くない?」
それはともかく。
瑠璃は恥ずかしそうにこくんと頷いて、
「クラスメートの着替えや下着姿は意識しすぎないようになりました。ただ、その、女子校の生活が想像以上に楽しくてつい……」
「むう。瑠璃は何故、最初から女で生まれてこなかったんだろうな」
「……正直、私もそう思います」
学校生活を始めてからの瑠璃は前にも増して生き生きしている。可愛い制服を着て華やかな生活を送るのが性に合っているのだろう。
「瑠璃ちゃんは教室でどんな感じなの? みんなの人気者になってる感じー?」
「いえ。自分で言うのも変な気分ですが、おそらく真面目な優等生という扱いに落ち着いたかと。……ファッションの話題には率先して参加していますが」
「それは……人気者なのでは?」
ノワールが首を傾げる。うん、お洒落の話に乗ってくれる話しやすい優等生なんて、みんなから親しまれるに決まっている。
「話を戻しますが、上手く面接に受かれば週に何日かアルバイトが入ると思います。アリス先輩との鍛錬が出来なくなる日もあると思いますが……」
「気にしないでください。私からキャンセルすることも多いんですから」
「っていうか瑠璃が落ちる可能性ってあるの? ないでしょ」
「まあ、順当に行けば受かるだろうな。……この数か月で先方の人手不足が解消していれば話は別だが」
「人は畑では育ちませんからね」
そして案の定、バイトに応募した瑠璃は順当に合格、見事(?)アルバイト先を手に入れることになる。
「アリス先輩、少々お時間よろしいですか?」
「? はい、どうぞ」
「ありがとうございます。失礼しますね」
土曜日。
瑠璃は午前中から面接に出かけていき、その場で合格を勝ち取ってきた。
なんでも「父に変なものを見る目で見られました」とのことで若干へこんでいた。一方、大学生になった妹さんは「私、店の手伝い減らせるよね?」と好感触、製菓担当としてバイトしている男子大学生に至ってはなんというか男子らしい喜び方をしてくれたとか。
瑠璃としても実家で働くのは若干複雑なようだが、そこはそれ。「仕事を覚える苦労が少ない上にバイト代が手に入る」と喜んでいた。身内として手伝っていた時はバイト代が正規料金で出ることなんてなかったのだそうだ。
まあ、なんにせよ良かった。
瑠璃は普段から服やアクセサリーを色々買っている上、日本刀の購入まで検討している。お金はいくらあっても足りないだろう。
と思いつつ、昼食後、自室でノートパソコンとカメラを前にアバターの表情を作る練習をしていると、その瑠璃が部屋のドアをノックしてきた。
さすが、我が後輩は律儀だ。朱華ならガチャっと開けながら「入るわよー」とデフォルト。そのくせ同じことをやり返すと高確率でエロゲをしているから困る。って、それはともかく。
「どうしたんですか? 何か相談でも……って!?」
アプリを閉じて振り返った俺は、ドアから入ってきた少女を見て絶句した。
瑠璃の長い髪の約三分の一ほど、根元側を黒く残したまま、残りの部分をグラデーション的に栗色へ染まっている。しっかり染まった先端の方はくすんだ金色にも見える感じだ。
さらに、身に着けているのはグラビアアイドルが使用するような布地の少ない黒ビキニ。その上からシースルーのレインジャケット? を羽織っており、レースクイーンか何か? と言いたくなるような状態である。
「な、なな、なんですか、精神攻撃でも受けたんですか!?」
すかさず魔法を使おうとすれば、瑠璃は目を丸くして「ち、違います。ただのファッションです!」と慌てたように言った。
良かった、中身までパンクにはなっていないようだが……。
とりあえずドアを閉めるように言って、それから尋ねる。
「急にどうしたんですか、まさか、バイトの内定を無理やり取り消そうと……?」
「違います。ただ、バイトが始まる前に思い切ったコスをしておこうと思っただけで」
「ああ、なるほど……?」
高校時代やんちゃしてた奴が大学進学前に最後のやんちゃをするような感覚だろうか。
「でも、さすがにそれは過激すぎますよ……?」
「そう思ったので家の中で着ることにしたんじゃないですか」
「家の中でも危険です!」
シルビアあたりが見たら「撮影会しようよ」とか言って二人きりになった挙句、いい雰囲気を作って押し倒したりしかねない。
「廊下で誰にも見られませんでしたか? 帽子とコートを貸すので戻って着替えましょう」
「いえ、あの、アリス先輩相手なら大丈夫かと思ったんですが……」
頬を赤く染めて「アリス先輩も変な気持ちになりますか……?」とちらちら見てくる。可愛い。って、そうじゃなくて。
「いくら私でも誘惑されてると勘違いするじゃないですか」
「ええと、そう思ってくださっても一向に──」
「というか、そんな髪じゃ学校に行けませんよ。週明けどうするんですか」
せっかくの綺麗な黒髪だったのに……と嘆いていると、瑠璃は「先輩の魔法で髪を伸ばせると聞きましたので」と言う。確かに治癒魔法を髪に浸透させることで促成栽培? を行うことは可能である。
明日の夜、染めた部分をばっさり切って伸ばし直せば万事解決ということらしい。一応解決策は考えてあったのかと少しほっとする。
「物凄い荒業ですけど……」
「だって、こういう派手な格好もどうせならしてみたいじゃないですか……」
叱られた子供のような顔で漏らす瑠璃。そういう顔まで様になっているからずるい。
というか、発想がさすが、ファッションだけでなくコスプレまで好きな子である。いや、メイド服やら何やら色々着ている俺が言うことではないんだが。
俺としては可愛い系ならともかく、エロく見えちゃうようなのは極力ノーサンキューである。
「いっそ瑠璃さんもヨーチューバーとかやったらいいのでは……?」
「コスプレもお洒落も好きですけど、不特定多数の間で有名になるのはちょっと……」
若干基準がわからない俺だった。というか、配信をしようとしている俺としては若干胸が痛い。
「きちんと学校には通いますから、今日明日だけこの格好を楽しませていただけませんか?」
「あ、はい。そういうことなら私としては何も言いません」
「ありがとうございます、アリス先輩」
そうして、瑠璃はその過激な格好のまま、しばらく俺の部屋で過ごしていった。俺の貸したマンガやラノベを静かに読んだり適当な雑談をしたりという程度だったのだが、スタイルが良く美人である瑠璃が肌もあらわな格好をしているのは色々目に毒だった。
なお、さすがに夕食では服を着替えていたものの髪はそのままだったため、朱華からは「ビッチっぽい」とからかわれていた。
「言っとくけど瑠璃。染めてもアリスみたいな天然の金髪には全然及ばないわよ」
「いいじゃないですか。……気分だけでもアリス先輩とおそろいになりたかったんです」
そんな告白を聞いた俺は「さっきは言いすぎてしまった」と反省。瑠璃に詫びると共に「何かして欲しいことはないか」と尋ねた。
すると、
「じゃあ、一緒に記念写真を撮って欲しいです」
というので、二人仲良く並んだ写真を朱華に撮ってもらった。
そうして見ると明らかに俺が後輩っぽかったが、まあ、そこについては深く考えないことにした。
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