聖女、魔王を止める

「……あれ?」


 炎弾は、いつまで経っても降り注がなかった。

 見れば、ラペーシュは攻撃直前の状態のままぴたりと静止している。彼女自身も目を丸くしているが、俺たちはもっとわけがわからない。


「何よ。アリスに嫌われるのがそんなに嫌だったの……?」

「アリス。許さないって、具体的にどうするのかしら?」


 朱華の問いかけを聞いたのか、それとも無視したのか。

 桃色の髪の少女魔王はすっ、と、俺の方だけを見て問いかけてくる。仲間たちが「慎重に答えろ」と念を送ってくるのがなんとなくわかったが……そもそも、一体どう答えるのが正解なのか。


「それは、もちろん程度によりますけど……えっと、もちろん結婚なんかしませんし、あとは絶対口をきかないとか。そして、仲間の誰かを殺したり、人様に迷惑をかけるつもりなら命をかけてあなたを倒します」


 相手が魔王だというのなら、どうにかするのは俺の使命だ。

 オリジナルの倒した魔王とは別物だが、RPGの魔王とは基本的に「人類を脅かすもの」なのだから。

 果たして。

 俺の返答を聞いたラペーシュは──準備していた炎弾を全て消滅させた。


「まおーさま?」

「いいところだったのに、どうして止めてしまわれるのですか」


 部下たちも混乱しているところを見ると、予定調和の流れではないらしい。

 全員からの視線が一人に集まり、


「……い」

「?」

「仕方ないじゃない! 私はアリスと『友達』なんだから!」

「は?」


 俺がいつ彼女と友達になったというのか。

 いや、小桃とはもちろん友達だ。仲良くなったし、友達の証として指切りもした。


「ん? ……ああ、そうか。そういうことか。だからあやつはアリス達だけを『殺すな』と言ったのだな」

「どういうことですか、教授さま」

「我らが省かれたのは、鴨間小桃とかいうあれの『端末』と面識がないからだ。ラペーシュはアリス達と顔を合わせた際に友達になると『約束』をしたのだろう」

「あー、そっか。契約魔法!」


 朱華曰く、魔王ラペーシュは契約を司る魔法の使い手だ。

 その魔法には、疑似的にどんな魔法でも使えるというチート機能の他に『約束を守らせる』という効果がある。

 あの時の小桃との指切りによって俺たちの間に『契約』が成立していたとすれば。

 瑠璃が呟くように、


「彼女は、私達との『友達関係』を精一杯維持しなくてはいけない……?」

「……そうよ」


 さっと髪をかき上げ、ラペーシュが笑った。


「契約は双方合意でなければ解除できない。それまで私は友達を殺せないし、信頼を裏切るような真似もできない。アリスに絶交されるというなら、他の二人を殺すことも不可能ってこと」

「いや、あの、あんたひょっとして結構ぽんこつなんじゃないの?」

「うるさい」


 苛立たしげに朱華を睨むラペーシュ。


「わかっているのかしら? 契約の効果はあなたたちにも有効なのよ。あなたたちは友達を平気で殺せるほど情の薄い人間なの?」

「……あー、それはちょっと困っちゃうねー」


 ただでさえ人間型をしていてやりにくいのだ。ラペーシュを倒すことが「友達への攻撃」になると言われてしまえばとても戦えない。

 まして、


「特にアリスは致命的よね。あんた、ノワールさんや教授が戦うのも止めるでしょ」

「……止めますね。倒すどころか手を出すだけで嫌かもしれません」


 仲間が「こいつ悪者だから殺すね?」と友人を手にかけるとして、それを黙ってみていられるかという話。看過できるならそれはそもそも友達ではない。普通なら「もう友達とは思わない!」と言えるが、契約によって縛られている以上、お互いが「絶交ね」と承諾しない限りは効果が続く。

 どうするんだこれ、とばかりに途方に暮れる一同。ご丁寧に、残っていた獣やスライムまでもが進行を停止している。

 部下たちはラペーシュから命令を受けているだけ。彼女たちはノワールや教授を殺せるはずだが、俺が怒ると認識してしまった今、ラペーシュは部下を止めなければならない。


「あの、ラペーシュさま? アリスさまを娶りたいのであれば、友達になってしまってはまずかったのでは?」

「仕方ないじゃない。鴨間小桃にそこまでの目的意識はないもの。あの指切りを契約とみなし魔法をかけるのだって『端末』状態ではギリギリだったの」


 実際、俺たちとの無駄な争いを避けられたのだから、契約魔法も無駄になったわけではない。


「アリスと結婚するには一度友人関係を解消しなければならないわけだがな」

「アリス。結婚するフリをして寝首かいてきなさい」

「色んな意味で無理に決まってるじゃないですか!」


 遠征先で出会った最強の敵。

 魔王ラペーシュは下手すれば単騎で俺たちを全滅させられる強者だが──話は思わぬ方向に猛スピードで突っ込んでいってしまった。

 お互いに顔を見合わせ、なんとなく気まずくなりながら仲間同士で固まる俺たち。雑魚敵はラペーシュが消滅させてくれた。


「あの、ラペーシュさんたちって、私たちが公園から出るとどうなるんですか?」

「別に消えるわけじゃないわ。この子たちは実体化した後、今日までこっそり隠れてくれてたし、私だって一度実体化してしまえばこの身体を維持できる」

「えっと、ちなみにどこにいたんですか?」

「わたくしは夜のうちにここへ移動して、後は木立ちの陰や建物の中に」

「あたしはおねーさんの服の中だよー」

「私ですか!?」


 ああ、そういえば、スライム戦から帰ってきた後、アリシアの衣装に大きな手入れはしていなかった。例えばとか。

 小さなスライム状態ならドアの隙間とかから外に出られるだろうし、落ちてるゴミとか吸収して身体を復元することも可能だっただろう。いや、おっきーのやっつけられたとか言ってたので、彼女はあの巨大スライム自身ではないのかもしれないが。


「むう、そこだ。ラペーシュよ。それはお主ら──邪気によって形作られた者に共通する能力なのか?」

「一定以上の『格』と知性を備えた者なら、戦闘領域を出さえすれば『受肉』できるはずよ。そういう意味では答えはイエス。……でも、この子たちにそれができたのは私の影響」

「どういうことー?」

「私たちは、あなたたちが邪気と呼ぶモノで形作られている。その影響で戦闘本能に縛られるの。だから、通常は侵入者の排除を優先する。今までもそうだったでしょう?」


 その通りだ。これまでに会話が可能だったのはシュヴァルツだけ。彼女の場合はラペーシュが言った『格と知性』を備えていたということだろう。もしかしたら、ドロップ品扱いにしなくても公園から連れ出せたのかもしれない。

 シュヴァルツの場合はその戦闘本能の他に「ノワールを殺せ」というプログラム付きだったので、和解自体が困難だったが。


「その口ぶりだと、貴女ラペーシュの方が自由度は低いと聞こえますが」

「その通りよ。この子たちを仮に『魔族』とするなら私は魔王。邪気の影響力も、力の規模も段違いだもの」


 どこか誇るように口にする彼女。

 見た目はシルビアと変わらない歳の女の子なので「ふふん、すごいでしょう?」感が否めない。戦闘モードの抜けた今の気分だと素直に可愛いと思ってしまう。


「私には他の『魔族』と違って実体化前から自意識があった。自分が異世界に存在していて出番を待っていることもなんとなく理解していた。力の行使には大きな制限がついていたから、できたのは年単位で力を溜めてなお、端末を作ることと契約魔法を行使することくらいだったけど」

「成程な。この北の地が特別、邪気の影響を受けていたのはお主のせいか」


 マグロの美味しい「大間おおま」の地が言霊によって魔王を引き寄せてしまったのだ。


「せめて『おうま』読みの土地を探しなさいよ」

「本州の北端っていうのが都合良かったのよ。魔王や帝国ってのは北の不毛な土地から攻め込んでくるのが定番でしょう?」

「ああ、海を隔てていると輸送の手間がかかりますから、印象として脅威度は下がりますね」


 海の向こうから大軍勢が押し寄せてきた、も怖いは怖いのだが、ファンタジー世界でも場合によっては大砲とか、魔法兵器とかあったりするからな……。海上にいる間に撃ち落とせ、という話になってしまって、勇者とか冒険者が出張るスケールではなくなる。


「で、まあ、あなたたちが来てくれたお陰でようやく実体化できたってわけ。一回身体を得てしまえば後はどうにでもなるの」

「それで、これからどうするつもりですか? まさか世界征服とか……」

「ああ、それも悪くないかもしれないわね」


 にんまりと笑ったラペーシュが俺へと流し目を送ってくる。瑠璃が表情を硬くして刀を握り直した。


「……本気ですか、ラペーシュさん?」

「私個人の意思としては『別に世界なんてどうでもいい』んだけどね。私という存在があるだけで、この国の邪気は大半が私に集まってくる。そうすると狼藉の限りを尽くしたい気持ちとか湧いてくるのよ。どうにかして発散しない限りは際限なく」

「なんですか、その爆弾のような仕組みは」


 邪気が原因でそうなっているのだとすれば、発散させるのに一番いい方法は──。


「結局、話はそこに戻ってくるというわけか」

「そういうことね」


 肩を竦めたラペーシュはスライム娘と魔物使い、二人の部下に視線を送る。


「私はある程度我慢できるし、魔王という性質上どうしようもないところがあるけど、この子たちの邪気は早いうちに祓ってあげてくれないかしら。既に実体化している以上、ほどほどに痛めつけてやれば邪気の影響から解放されるはずだから」


 撃破した後のシュヴァルツは口こそ悪いものの、俺たちにある程度協力してくれている。スライム娘たちも同じように「正気に戻って」くれるということか。


「えっと、それはお祓い的なことをして終わりというわけには……?」

「だめにきまってるよー」

「わたくしどもとしましても、やられっぱなしでは気が済みません。せめて全力でぶつかり合わなければ、愚かな現地人もどきと仲良くなどできないでしょう」

「ですよね」

「なら、戦いは明日ということでどうだ? ……今日はもう戦う気分ではないし、時間も経過してしまっている」

「いいわ。なら、明日またこの場所で」


 そういうことで、俺たちは公園を後にした。

 ちなみに、ラペーシュたちが明日までどうするのかというと──。






「あら。なかなか豪勢な部屋に泊まっていますのね」

「ね、ひろいよねーここ」

「どうして明日戦う相手と一緒の部屋なんですか……」


 スイートルームへ二人を案内した俺は、楽しそうに声を上げるデコボココンビにツッコミを入れた。

 すると魔物使いの方が振り返って「あら」と笑う。


「説明は既に終えているでしょう? それとも、意外と好戦的なんですの?」

「そういうことじゃありません」


 話はわりと簡単だ。ラペーシュはいったん小桃に戻るということで、宿泊先などはひとまず不要。主人である彼女の代わりに明日の夜までの一日、俺が二人を預かることになったのだ。


『あんた、この期に及んで学生する気あるのね?』

『身分まで作ってしまった以上は責任持たないとね。……未読スルーで電話にも出ないままじゃクラスメートが心配するでしょう?』

『意外と馴染んでるねー、魔王様』


 俺が保護者に指名されたのは邪気除去能力(仮称)が高いからだ。俺の傍にいると二人は邪気の影響を受けづらいということで、こうしていても凶暴性を見せる様子はない。ラペーシュとも新たに「俺たちを傷つけない」という契約を結んでいるので、ほぼ危険はないと言っていい。

 といっても不思議な状況なのは確かなのだが──。

 まあ、こっちがツンツンしていては仲良くなれるものも抉れてしまう。ここは納得して受け入れようと心に決める。


「ところで、お二人はなんていう名前なんですか?」

「あたしは『スララ』だよー」

「わたくしはアッシェと申します。以後お見知りおきを」

「アリシア・ブライトネスです。あらためてよろしくお願いしますね。……それで、お二人とも現代の設備は使えそうですか?」

「寝台や絨毯に関しては質がいいだけのようですから問題ありません。その他の道具の使い方は教えていただければ対応できるでしょう。が──」

「あたし、おふろで寝るからへいきだよー」


 スライム娘──スララの方は思考も単純なのか、あっさりと文明的な生活を放棄した。まあ、スイートルームだけあって浴室も複数付いているので、バスタブの一つにスライムが「溜まって」いても問題はないだろう。バスタブ自体を溶かしたりしなければ汚れもないだろうし。


「明日は昼間のうちに政府の人たちへ話を通したいので、そのつもりでいてくださいね」

「かしこまりました。……うふふ。アリシアさんはなかなか世話焼きな性格のようですね。魔王様の物になる前に、少し味見……いえ、下ごしらえをしたくなってしまいます」

「そ、そういうのも危害と見做しますからね!?」


 いや、本当に大丈夫だろうか、この二人。

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