聖女、スライムに餌付けする

「涼しい土地の衣装というのはどうにも面倒ですわね」


 大騒ぎの夜が明けて、次の日の朝。

 幸いにも俺の貞操は守られた。どうやら合意の上でないと「そういうこと」はできないらしく、二人とも襲っては来なかったのだ。

 まあ、スキンシップの範疇なら問題ないとばかりに抱きしめられたりうにょうにょと絡みつかれたりはしたが、《聖光ホーリーライト》が必要になるような事態にはならなかった。ベッドも複数あるので別々である。

 そうして起きたら次の問題が発生。獣使いアッシェスライム娘スララの食事をどうするかだ。


「宿泊客としては登録したのでしょう? でしたら酒場? 食堂? でいただけばいいではありませんか」

「それはそうなんですが、お二人ともその格好だと目立つんですよ」

「あたしはめんどーだからいいよー。その辺のゴミでもたべるからー」

「ホテルの廊下にはゴミとか落ちてないんです! 落ちていたとしたら高確率で誰かの落とし物です!」


 まあ、スララは味とか栄養には拘らないらしいので、ホテルのスタッフに野菜の切れ端とかそういうのをもらえるように頼むことにした。動物園に行く予定がある、とでも言えばおそらく分けてくれるだろう。

 で、アッシェの方は──人種が違うのは俺たちといれば目立たないはずなので、服だけどうにかすればいい。スララと違ってある程度マナーはしっかりしてるし。というわけで、背格好の近いノワールに服を貸してもらうことになった。

 ノワールは快く服を持ってきてくれて、アッシェも一応は大人しく着替えてくれた。

 清楚で大人っぽい服に身を包むと、これがまた、なかなか似合う。褐色肌もあいまって、ノワールとはまた違った雰囲気の美人だ。

 当の本人は動きづらいと不満そうだが。


「でも、いつまでもあの格好じゃ寒いでしょう?」

「ええ、まあ。毛皮でも着こみたいところではありましたわ」


 ああ、なるほど。コート的な羽織るタイプなら抵抗感も薄いか。


「じゃあ、とりあえず食事に行きましょうか」

「ええ。……スララ。いい子にしていなさい」

「はーい」


 ぽよぽよとしたスライム娘は思考が単純なので、いまいち大丈夫なのか不安になるところがあるが、今のところ変な悪さはしていない。保護者に命じられれば素直に従える子なのだ。それがわかるとペット的な感覚で割と可愛い。


「一般人の立ち入る場所にしては清潔かつ豪華ですわね。食事もなかなかに……。でも、もっと肉々しいものはありませんの?」

「む。肉ならそこのローストビーフとか、そっちのベーコンとウインナー、後はカレーにもごろごろ入ってるからオススメだぞ」

「まあ、これは良いことを聞きました」


 朝食バイキングもまあ、割と平和だった。

 金髪銀髪紅髪のグループに褐色美女が増えている件については驚かれはしたものの、特に騒がれたりはしなかったし、アッシェも教えれば普通に作法を覚えた。

 なんだかんだいいながらホテルの料理も気に入ったらしく、特にローストビーフとカレーに目を輝かせていた。

 スタッフにお願いしたらビニール袋一袋ぶんのクズ野菜をくれたので、帰ってからスララに食べさせた。


「わーい、ごはんだー」


 スライム娘は密度の調整が可能らしく、バスタブいっぱいにでろん、と溜まった状態のまま野菜をぱくん、と体内に呑み込んだ。

 取り込まれた野菜がみるみるうちに分解・吸収されていく様は、見ている分には結構面白い。自分がああなる可能性を考えると物凄く怖いが。


「さて、お腹もいっぱいになりましたしひと眠り……」

「待ってください。用事があるって昨夜言いましたよね?」

「……残念ですわ」


 アッシェが服を脱がないうちに釘を刺し、午前中のうちに仲間たちと共に政府関係者を迎えた。

 なんだかんだスイートルームが大活躍である。「上」の人たちも今回の遠征のためにそこそこの人員を派遣してくれているので段取りもスムーズだった。


「ええと、それで、こちらのお二方が……?」

「アッシェですわ」

「スララだよー」


 若干「マジかよ」といった様子で尋ねてくる担当者さんに、アッシェたちが気負いなく答えた。

 と、二人の正面──何もなかった空間に突如として桃色の髪の美少女が出現。魔王ラペーシュは優雅に髪をかき上げると「間に合ったかしら」と笑った。


「魔王こと、ラペーシュ・デモンズロードよ。以後よろしく」

「………」


 呆然として顔を見合わせる皆さん。前もって話は通しておいたのだが、さすがにショックが大きかったらしい。うん、まあ、ぶっちゃけ彼らにしてみたらキャパオーバーだろう。今すぐ最高責任者にバトンタッチしたい、と思ったとしても無理はない。

 我らがリーダーである教授や、良くも悪くも偉そうなラペーシュがそんなことに構うはずもなく、


「さて、単刀直入に言おう。我らは魔王勢力との条件付き和解を考えている」

「奇遇ね。私としても同意見よ」

「ま、待ってください! この方達は災い──邪気から生まれた存在なんでしょう?」

「そうだが、話し合いのできる相手と殺し合うのも馬鹿らしいだろう」


 というか、戦力的な意味でもラペーシュとは殺し合いたくない。

 すると魔王がくすりと笑って、


「私の条件はアリスとの結婚だけどね」

「おい、首相に伝えろ。今すぐ女子の結婚可能年齢を十八に引き上げるのだ」

「ちょっとそこのチビは何を言っているのかしら?」

「こっちの台詞だ!? 結局お主はアリスを娶るつもりか!」

「当たり前でしょう。私の優先順位一位はアリスよ」


 流し目が送られてくる。こんな美少女からこんなにも好かれたことがあっただろうか。いや、確実にない。

 そこで俺の後頭部に何か柔らかいものが押し当てられて、


「アリスちゃん、アリスちゃん。あの子と結婚するくらいならお姉さんとでもいいんじゃない?」

「あら。じゃあ、こういうのはどう? あなたは錬金術師でしょう? 私に協力してくれたら十分な研究場所と研究費用を提供するわ。ついでに私のいた世界の魔法・錬金術師の知識」

「……教授、寝返っていいかなー?」

「いいわけあるか!?」


 交渉や人心掌握もできるとか、ラペーシュ、ちょっとスペック高すぎじゃないだろうか。

 これには担当者の皆さんが冷や汗をかいて、


「そもそも、この国では同性婚ができないのですが……」

「じゃあ事実婚でもいいわ」

「あの、教授殿。……彼女達が信用できるという保証はあるのですか?」

「ない。ないが、テレポート可能な魔法使いなんぞ、吾輩達だけでどうしろというのだ」


 テロにでも徹されたらどうしようもない。契約魔法で縛れる行動がどこからどこまでなのかも定かではないし、無理に戦う必要がない。

 そう言って納得できるわけないのも確かだが──。

 ラペーシュが肩を竦めて言う。


「面倒だから首相を契約で縛って傀儡にしましょうか」

「そうか、そんなこともできるのか。それはどうしようもないな」

「どっちの味方ですか!?」

「アリシアさん、なんとか止めてください」


 もう余裕がないのか、俺なんかに振ってくる皆さん。

 しかし、


「……ラペーシュさんも、環境が違うとはいえ国政の経験者です。知恵を貸してもらうのも悪い話ではないのでは?」

「あんたそれでも聖職者か!?」

「心外です。愛の女神の信徒が『魔族は全部滅ぼしますね』なんて雑な行動を取るわけありません」


 話し合いのできない相手は滅ぼしてもいいが、逆に言うと、話し合いができるうちから攻撃性をむき出しにするのは正しくない。


「で、ですが、邪気があると良くない事が起こるんでしょう?」

「だから条件付きだと言っている」

「私だってタダで仲良くできるなんて思っていないわ。永遠に我慢がきくわけでもないしね」


 邪気の影響を我慢する、という話か。

 桃色の、悪魔めいた瞳が俺を見据えて、


「私は今、魔王の権能とアリスへの想いによって衝動を抑えている。だけど、これは行き過ぎると逆に暴走の引き金になりかねない」

「すると、どうなるのです?」


 恐る恐るノワールが尋ねれば、少女魔王は「わからない?」と言って。


「アリスを手に入れるためならなんでもする、真の魔王が完成するのよ」

「今だって大して変わらないじゃない。このぽんこつ魔王」

「全然違うでしょう!?」


 いや、うん。ラペーシュは魔王としてはとても理性的だと思う。朱華の発言にわざわざツッコミまで入れてくれているし。


「ですが、契約魔法がありますよね? アリス先輩はそれで守られているのでは……」

「邪気の影響は果てしないわ。思考や判断力にも影響が出る。なら、それによってと心の底から思い込めば?」


 結婚という結果のためならどんなことでも行える『魔王』が誕生する。

 そこまで行ったら「俺に嫌われる」なんていうのはストッパーにならない。嫌われてでも俺を幸せにする、と言えてしまうからだ。


「き、期限はどれくらいなんですか……?」


 俺は恐る恐る尋ねた。別に嫌いな相手でもないし、本当にいざとなったらラペーシュと結婚してもいいかな、と思いながら。


「そうね。今年の夏前には影響が出始めるんじゃないかしら」

「待て、かなり早いぞ!?」

「仕方ないでしょう。この国の邪気の大半が私に集中しているのよ? それに、この世界の人間はどうやら、霊的な存在への敬意と感謝を忘れているようだし」

「……それは」


 今でも古い風習が残っていないわけではない。しかし、多くは形骸化してしまっているし、それらにと信じている者はほとんどいないだろう。

 加えて言えば、人の営みが複雑化したことによって、生まれる負の感情はどんどん多様かつ大量のものとなっている。

 月一で近所の墓地へ行く程度では全然足りていなかった、ということだ。

 足りない分はラペーシュが吸収していた。そして、吸収された分はなくなっているわけではなく、魔王の力を増大させる助けになっていた。

 ならば、溜め込んだ邪気を吐き出す場が必要。


魔王ラペーシュわたし正義の味方あなたたちの決戦。少なくとも夏休み前までにそれを行うことが、私の希望する最大の条件よ」

「……殺し合い、ということでしょうか?」

「ええ。もちろん、契約で縛ることは可能よ。でも、勢い余って殺してしまうのは止められない。私は本気で戦うから、あなたたちも本気で来なければ死ぬと思いなさい」


 結局、そうなるのか。

 教授が「仕方あるまい」と重々しいため息を吐いて、


「時間的な猶予ができたことと、多少の保険ができたこと。それだけでも儲けものだ。……魔王の側近とは今日、決着をつけられるわけだしな」

「ええ、わたくし達はさっさと『すっきり』してしまいたいです」

「あばれるの楽しみにしてるんだよー」


 ラペーシュとの決戦に二人が参加しないだけでもだいぶ違う。いや、忠誠心で参加するのかもしれないが、邪気パワーで強化されることはなくなるはずなので多少はマシだ。


「で、そっちの条件は?」

「魔王側への要求はほぼ満たされたと言っていい。定期的な邪気祓いへの協力を申し出るつもりだったからな」

「構わないわ。雑魚を召喚する程度でも多少は発散できるし」


 ラペーシュがいればバイト時に敵の強さを調節できるということだ。そういう言い方をするとお助けキャラみたいだが。


「で、では、政府側こちらへの条件は──?」

「私達の住む家を用意しなさい。それと生活費も」

「こちらにも特別報酬を頼む。何しろ邪気の解明が進み、その影響も食い止めたと言っていいのだ。危険な連戦を行っていることを加えれば、これは本当に家くらいもらってもいいのではないか?」

「待ちなさい。家なら私たちが先よ」

「いやいや。それならばこうするのが良かろう。彼らには吾輩達の新しい家を建ててもらう。引っ越せば当然、今まで住んでいた家が空く。六人で住んで余裕のある家だ。お主ら三人くらいどうということはなかろう」


 張り合い始めた教授とラペーシュを見て、朱華が半眼で呟いた。


「こんな時になんの話してんのよ二人とも」

「本当ですね」

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