聖女、敵に心配される

「……さあ。ようやく暴れられますわね」

「たたかい、さつりく、ころしあいー」


 夜。俺たちは昨日行ったのと同じ公園へと集まっていた。

 魔物使いビーストテイマーアッシェは既に踊り子風の露出の多い格好に戻っており、スライム娘のスララはその隣でぷよぷよした腕を振り上げている。

 なお、魔王ラペーシュは少し離れた場所で傍観者っぽい立ち位置。実際、今回は戦闘に参加しないことを明言しているので、戦いの見届け役といった感じだ。

 俺たちも可能な限りの武装を行っている──が。


「うう、やっぱりやりにくいです……」

「そう? あたしはそうでもないけど」

「朱華さんは人間相手慣れてそうですもんね……」


 なにせSFだし。宇宙モンスターとかバイオモンスターとかもいるだろうが、銃持った人間とか超能力者との戦いも多かったはず。ついでになんというか、悪意ある人間の実例も多く見ているので、人型との戦いに支障はないだろう。

 ノワールや教授もあんまりそういうの気にしないだろうが、俺は気になる。

 なにしろ話し合いが終わった後もアッシェたちとは手を焼かされた。特に、邪魔をしないようにと言い含めて配信を始めた時なんて、


『なにと話してるのー?』

『面白そうなことをしていますわね。……ええと、ちゃん?』


 ニヤニヤしながら普通に話しかけられた。カメラの前には立たない、配信中はアリスと呼ばないと言った事柄はきちんと押さえてくれていたが、そのせいで視聴者からしたら声だけが急に聞こえてきた形。彼女たちの分の立ち絵なんて用意していないのでどうしようもなく、誰の声かと聴かれた俺は咄嗟に、


『えっと、知り合いの妖艶なお姉さんとスライムさんです』


 キャロルちゃんがまた妄言吐いてるよ、みたいな受け方をした。いやでも嘘は言ってないし……と思いながらなんとか配信を終了した時にはなんだかどっと疲れていた。


「邪魔しないでください、って言いましたよね?」

「いっしょに遊ぼうとおもっただけでじゃまじゃないよー?」

「配信とやらはよくわかりませんが、作法は最低限守ったと思いますが?」


 契約で縛られていないとこれである。仕方ないので「穏便に済ませてくれてありがとうございます」とお礼を言った。

 すると、ひどいことを言われた。


「アリスは本当に損な性格ですわね」

「誰のせいですか!?」


 そんなことがあったので、今更「敵と見做せ」と言われても困る。

 眉を下げた俺を見て、アッシェやラペーシュは軽く肩を竦め、


「さっきまで笑いあっていた相手と殺し合うなんて別に珍しくもないでしょう?」

「トドメは刺せないように契約で縛っているんだし、試合だとでも思えばいいわ」


 彼女たちの価値観はちょっと修羅の国すぎる。

 するとノワールが微笑んで「大丈夫ですよ、アリスさま」と言ってくれる。


「アリスさまはできる限り後衛に徹してくださいませ。アタッカーはわたしたちが務めます」

「でも」

「違うよアリスちゃん。そうしてくれないと、私達を治せる人がいなくなっちゃうから」


 シルビアにそう言われて「あっ」と思う。殺さないように手加減が必須とはいえ、瀕死までは持って行ってOKというレギュレーション。誰かが傷ついた時のために回復魔法は必須だ。それはアッシェたちにかけるのも含めてである。


「わかりました。お願いします」


 こくりと頷き、ぎゅっと錫杖を握りしめる。

 空気が徐々に引き締まっていき、辺りから生まれた邪気がラペーシュに──集まろうとして「邪魔」とばかりに払いのけられる。代わりとばかりに邪気が向かった先はスララとアッシェ。彼女たちは意気揚々とそれを取り込み、そこから拡散させる。

 生み出されたのは小さいスライムと狼がそれぞれ数十匹。結構数が多いのはラペーシュが邪気を横流ししたせいか。視線を送ると「これくらいはいいでしょう?」とばかりに笑った。

 確かに、予想の範囲内ではある。


「ふっ。一度見た相手に何の対策もしていないわけがなかろう。行くぞ皆の者」

「かしこまりました。瑠璃さま、朱華さま、手筈通りに」

「はい」

「おっけー」


 スララたちが「やれ」とばかりに手を振り下ろすと同時、雑魚が一斉に襲い掛かってくる。

 すかさずぽいっと投入されたのはシルビア謹製の爆発ポーション。蓋を開けた状態で装置により射出されたそれは、自らの進行方向へと指向性をつけて爆発する。丈夫に作られた特製容器と、空気に触れたことによる反応を利用した新型らしい。賢者の石を併用しているので威力も十分。巻き込まれた雑魚はスライム、狼問わず吹き飛ばされていく。

 しかし、統率を受けているせいか、それとも知能が低いからか、仲間がやられても残りの者たちは怯まない。そこにノワールの放つ銃弾が雨のように降り注いだ。単純な衝撃が敵の勢いを殺し、狼の身体を穿つ。スライムには大して効いていないものの、突出したそいつらには瑠璃と朱華が反応する。


「はっ……!」

「とっとと潰れなさい!」


 霊力の籠もった日本刀が半液体の身体を構わず断ち切る。熱を纏った朱華の拳はスライムの身体に触れるなり「じゅっ!」と溶かし、ついでに跳ね飛ばす。

 なお、教授が何をしているかというと、


「喰らえ!」


 香料強めのスプレー缶を両手に構えて敵に発射していた。狼の顔にかかれば視界を奪えるし、香料のお陰で嗅覚にもダメージがある。スライムも色がついてくれれば狙いやすくなるし、いっぱい取り込んだ場合は粘度が高くなってくれる……かもしれない。

 仲間たちのお陰で余裕がある。俺はひとまず支援魔法をかけることに専念。

 アッシェたちもノワールの銃弾をかわすのに手いっぱい──と、思いきや、


「っ。お行きなさい、スララ!」

「はいはーい」


 ぷにょん、と進み出たスライム娘がアッシェへの射線を遮り、そのまま前進してくる。彼女は同時にずももも、とその威圧感を増加。近くにいた狼やスライムに触れると構わず飲みこんでさらに体積を大きくしていく。


「くっ、そういえば密度を変えられるのだったか……アリス、あやつはどれくらい大きくなれるのだ!?」

「わかりません! 少なくともバスタブいっぱいにはなってましたけど……!」

「あの時のスライムより小さいってことはなさそうだねー」


 ノワールが手榴弾を投げ込もうとして停止、結局そのままマシンガンを乱射し、先に雑魚を掃討していく。また分裂されたら厄介だからだ。代わりにシルビアが瓶に入った油をぽいぽい投げ込み、それが銃弾によってぱりんと割れれば、


「朱華ちゃん、頼んだ!」

「任せなさい!」


 飛び散った油が引火、炎となってスララを襲う。これで倒せるとは思えないが、多少のダメージを与えることくらいは──。


「へいき、へっちゃらー」

「なんで効かないのよ!?」

「炎耐性が高いのかもしれません。前のスライム以上、もしかすると彼女はキング種、いえ、クイーン……?」

「なによ、スライムの王様って結構弱そうな響きなのに!」


 それも某国産RPGのせいである。って、そんなことはどうでもよく、俺は慌てて《聖光ホーリーライト》を放ってスララを攻撃する。これは通った。着弾部分の身体が微妙にへこみ、削れたのがわかる……が。


「アリス、もぐもぐさせてー」

「倒せるまで魔法を撃ちこむなんて無理ですよ、これ!?」

「む。ちょっとスララ、アリスをもぐもぐしていいのは私だけよ。そこのところ忘れないで頂戴」


 どうでもいいことを言っているラペーシュはこの際無視である。

 雑魚スライムの数が減ってきたので、瑠璃が予備用のナイフを抜いてスララへと投擲。霊力を籠められた刃物はぷよぷよした身体をしっかり切り裂くも、ぷにょん、と中に取り込まれてしまう。その後はじゅうう、と溶かされる雰囲気。さすがに金属は消化に時間がかかりそうだが、慰めになるかどうか。


「特殊属性ダメージなら通りはする。……が、何度も与えるには接近戦しかないか」

「瑠璃さまが危険すぎます。アリスさまの魔法をかけていただいてわたしが──」

「あら、よろしいのですか? 最大戦力がスララにかまけるのであれば、わたくしにも考えがありますが」

「っ!?」


 声がしたのは巨大化したスララの奥、良く見えないのでスルーしていたアッシェからだ。しかし彼女は魔物使い、配下の魔物がいないと大したことはできないのでは──。

 思った俺は、足元に何か柔らかな感触を覚えた。

 ぴょこん。


「ぴょこん?」


 下を見ると、五匹ほどの可愛いうさぎが足に纏わりついている。くっついてきているだけで痛みはない。むしろ「いじめる?」とでも言いたげなつぶらな瞳なのだが、これを攻撃するのはどうにも、


「ちなみにその子たちはラペーシュさまに買ってきていただいた本物ですわ」

「契約なんてなくても攻撃できませんよ!?」

「アリスはうさぎ好きだものね」


 そんなつもりは……ないこともないが。やばい、身動きが取れなくなった。そして俺が、そしてみんながうさぎに気を取られている間に、アッシェは人のものとは思えないような咆哮を上げた。

 公園内に高らかに響いた声はまるで──。


「しまった、獣化か!」


 みるみるうちにもこもことした体毛に覆われ、四肢が強靭なそれに変わっていくアッシェ。阻止しようにもスララを回り込む必要があり事実上不可能。そうこうしている間に、アッシェは通常の二倍以上はありそうな、白い体毛の巨大狼へと姿を変えていた。

 ぐるる……と獰猛な唸り声を上げる魔物使いを見て、ノワールは、


「皆さま。スララさまはお任せしてよろしいですか?」

「……それしかないだろうな」


 獣の俊敏性は恐ろしい。メンバーで最高の機動力を持つノワールが抑えてくれなければそれだけで全滅しかねない。まさかオロチより強いなんてことはないだろうが、問題は巨大スララがいるということだ。


「頼んだノワール。ええい、これは飲まないとやってられん……!」


 言って、携帯していた小瓶の一つを煽る教授。中身はもちろんウォッカ、ではなくシルビア特製のポーションだ。賢者の石を使用して限界まで効果を高めた一品で、今までの栄養ドリンクよりも格段に疲れを忘れられるらしい。使用後しばらくは最高にハイになって限界を超えて戦い続けられるとか。


「……ん。あたしも飲んどこ」


 朱華が続いたのを皮切りに、俺たちは次々とポーションに手を出す。飲まなかったのは製造者であるシルビアだけだ。なんか騙された気分になるが、シルビアの場合は労働担当じゃないので必要ないだけである。おそらく。本当にラペーシュ陣営に寝返っている、なんていうことはないはず。

 幸いポーションの効果はすぐに効いてきて、俺はなんでもできそうなくらい体力が漲るのを感じる。となれば、やるなら今のうちだ。


「《聖光連撃ホーリー・ファランクス》!」


 惜しげもなく魔法を起動し、スララの進行を食い止めつつその身体を少しでも削る。その間にノワールは飛び出し、アッシェと高速戦闘を開始した。いかにファンタジー的な巨大狼といえど、現代の銃器が持つ速度と威力には対処が難しいはず。

 ノワールが頑張っている間にこっちは俺たちでなんとかしなくては。

 俺が魔法で牽制しつつ、瑠璃と朱華がペアで接近。無理せず一太刀入れては離れる戦法を取り、危なくなったら朱華が代わりに払いのける。炎に巻かれた程度では駄目だが高熱はある程度効果があるらしく、少なくとも素手で触れても取り込まれる様子はなかった。見るからに発熱しているのがわかる状態になった朱華はある意味適任である。


「喰らえ、聖水鉄砲!」

「うわ、なんかぴりぴりするー?」


 教授は聖水入りのウォーターガンで攻撃。

 シルビアも色々な薬品を取り出し──てはしまう動作を繰り返していた。


「シルビアさん!?」

「いや、うん。私も困ってるんだよー。うまく薬品を使ったらスライムの組成を崩せると思うんだけど、下手したら死んじゃうかなって身体がストップをかけてて」

「駄目じゃないですか!?」


 逆に言うとスララも迂闊に俺たちを触れないわけだが──身体の表面が焼けただれても死ななきゃOK、みたいなノリで来られたら困る。

 なんというか、ボス戦は毎度「触れられたら終わり」になっている気がする。か弱い人間が戦うには仕方ないんだろうが……。

 と。

 何度目かのヒット&アウェイを敢行しようとした瑠璃が空振る。狙いを間違えたわけではない。攻撃を受ける直前、スララがボディを変形させたからだ。


「じゃまー」


 刀の通り道を作るように身をへこませた彼女は、その分だけ左右から触腕のようなものを伸ばし──。


「危ない!」


 咄嗟に瑠璃を突き飛ばした紅髪の少女が、スライムの体内へと吞み込まれた。

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