【番外編】瑠璃、即売会でコスプレする

 早月瑠璃は、普段から早起きを心がけている。

 早寝の方は諸々の事情──メイク動画やファッション動画に夢中になったり、スマホゲームのイベントを走ったり、撮りためたアニメを一気見したりで守れないことも多いものの、剣を振るう者として自堕落な生活はできる限り避けたいからだ。

 お陰で、中学校の同級生からは「真面目過ぎ」「格好いい」と言われている。シェアハウスの先輩方と比べても、紅と銀の二人よりはよほど自制できているはずだ。

まあ、家の家事全般を楽しそうにこなしつつ声優まで始めたメイドさんや、興味を持った事に片っ端から挑戦し続ける金髪の少女にはさすがに敵わないが。


「んっ……」


 そんな瑠璃にとっても、その日の起床時刻はひときわ早いものだった。学校のある日なら確実に二度寝を決め込む時刻。

 しかし、今日ばかりはここで起きなければならない。

 可愛いクッションとぬいぐるみが散りばめられたふかふかのベッドから身を起こし、ぐっと伸びをひとつ。眠気はいい感じに取れている。


「昨日はさすがに早く寝ましたからね……!」


 決戦の日である。ある意味、『人に言えない方のアルバイト』でボスに挑む時よりも気合いが入っているかもしれない。ぐっと両手を握って朝の身支度のために動き始める。


「天気予報は快晴、ですか」


 夏真っ只中。気温もかなり高い予想。シェアハウスは各部屋にエアコンが設置されていて過ごしやすく、今年の夏は寝苦しさも感じていないものの、外に出るなら対策は必須。

 まずは一階に降りてシャワーを浴びる。夜中に爆発音が響いたり、エロゲをプレイ中の某少女が奇声を上げたりすることもある家なので騒音はあまり気にされないが、一応、早い時間なので足音は殺しておいた。

 冷水に近いシャワーで身を清め、同時に気分をすっきりさせた後、全身に日焼け止めを塗る。海水浴に行くわけではないので防水よりも効能重視のものを選んだ。


「よし。こんなところでしょうか」


 上機嫌で頷き、下着と服を身に着けたところで脱衣所に人の気配が近づいてきた。


「おはようございます、瑠璃さん。早いですね」

「おはようございます。アリス先輩こそ、さすがです」


 金髪碧眼の妖精、もとい天使、じゃない聖女、アリシア・ブライトネス。淡いクリーム色の寝間着を身に着けた彼女は照れくさそうに笑って、首を振った。


「興奮して早く目が覚めてしまったんです。それで、今日の予定をチェックしてから寝汗を流しに」

「戦場に赴くわけですからね。入念な準備は大事です」


 真剣に答えると、アリスは「怖くなってくるじゃないですか!」と小声で抗議してきた。そうは言っても事実なので仕方ない。


「アリス先輩。日焼け止めの用意は大丈夫ですか?」

「はい。私も自分のがあるので大丈夫です」


 アリスは「後で日よけや虫よけの魔法をかけますね」と言って微笑んだ。彼女と入れ替わりで浴室を離れ、あらかじめまとめてあった荷物をリビングへと移動させる。


「あ、おはようございます、瑠璃さま」

「ノワールさん。わざわざ起きてくださったんですか?」


 さすがに朝早いので朝食は自分で……と言っておいたのだが、キッチンには当然のようにいつもの女性が立っていた。眠気を感じさせない笑顔で挨拶を送ってくる彼女に感謝しつつも驚いてしまう。


「はいっ。出発前にきちんと食べて英気を養っていただきたいですから」

「あ、ありがとうございます」


 人生経験をどれくらい積んだらこの人のようになれるのか。定位置に腰かけてその仕事ぶりを眺めていたら、シャワーを終えたアリスがやってきて流れるように手伝いを始めた。

 やっぱり、もう少し料理の勉強をした方がいいかもしれない。


「いただきます」

「いただきます」

「はい。たくさん食べてくださいね」


 ノワールのお陰で美味しい朝食をたっぷり味わうことができ、戦場に赴く準備はばっちり整った。食後のお茶まで飲み干して、食休みの時間も取ってからアリスと二人、席を立つ。


「それじゃあ、行ってまいります」

「お土産、買ってきますね。ノワールさん」

「行ってらっしゃいませ、アリスさま。瑠璃さま」


 向かうのは萌桜学園の最寄り駅。スマホで連絡を取り合いつつ他のメンバーと駅前で合流する。


「やっほー、瑠璃。アリスちゃんも」


 四人の女子のうち、唯一の成人女性が駆け寄ってきて瑠璃の腕を絡めとってくる。昔からノリの良すぎる人だったが、同性になったことでさらに気安くなった。

 というか、荷物も多いんだから疲れさせないで欲しい。


「おはようございます、先輩」


 適当に腕を払いのけつつ挨拶をする。その間にアリスは他のメンバーと声をかけあっていた。腐れ縁の先輩──安芸千歌はひとまず放っておいて、瑠璃も彼女たちに挨拶する。


「今日はよろしくお願いします、先輩方」

「うん、よろしくね。えっと、瑠璃ちゃんだよね?」

「はい。早月瑠璃と申します」


 芽愛に縫子、それから鈴香。三人は瑠璃の参加を快く受け入れてくれた。鈴香などは「ラペーシュじゃなくてこの子ならいつでも歓迎なんだけど」とまで言ってくれる。少しいい気分だった。

 縫子は瑠璃へぺこりと会釈を返しつつ首を傾げて、


「瑠璃さんは姉と仲が良いんですね。どこで知り合ったんですか?」

「私が行きつけの和菓子屋で瑠璃がバイト始めたのがきっかけかな。趣味が合うんだよ、ね?」

「バイトは事実ですけど趣味は合っていません」

「へー? 私の演ってるキャラの推し率高い癖に」

「中の人で決めているわけではありませんので」


 大学時代の延長でじゃれ合っていたら、芽愛達に「仲がいいんだ」と納得されてしまった。甚だ不本意である。

 合流後はさっそく電車に乗って目的地へと向かう。


「……結局、来てしまったわ」

「まあまあ鈴香。来たからには楽しもうよ」


 今日の目的は、国際展示場で行われる大規模な同人誌即売会だ。鈴香と芽愛は縫子から、そして瑠璃はアリスから誘われての参加であり、そういう意味では立場が似ているが、モチベーションには大きな差がある。


「瑠璃さんは何のコスをするんですか?」


 縫子の質問に、瑠璃は笑顔で答える。


「はい。『Mode:Curse』の新作スマホゲーム──『ミスメモ』の真綾を」

「なるほど。瑠璃さんならとても似合いそうですね」


 黒髪の学生キャラなので相性は良い。最近の流行りから良いキャラを探した結果だ。問題は普段着が黒いうえにやや地味なことだろうか。


「私も香蓮コス用意したから併せしようね」

「本当はアリス先輩と作品を揃えたかったんですが……」

「私は縫子の作ってくれた『キャロル・スターライト』の衣装で決まりだったので……」

「アリスのそれはコスプレって言うのかしらね……?」


 アリスをイメージして作った二次元のキャラクターをアリス自身がコスプレするわけで、ぶっちゃけほぼ本人である。ただし、もちろん、それだけにハマり役なのは間違いない。


「楽しみです。実際に体験すると、どんな世界が広がるんでしょう……?」

「本当に楽しそうだね、瑠璃ちゃん」

「はい。何しろ初めてですから」


 瑠璃はコスプレイベントに参加したことがない。正確に言うと千歌に連れられて見る側、同人グッズを買う側では参加したことがあるが、コスプレイヤーとしては未経験だ。

 理由は単純。

 男子大学生だった頃は女装して街を歩くだけで十分コスプレだったし、それで手いっぱいだったからだ。女性に憧れがあった分、自分との違いや差は認識していたのでなかなか自信も出なかった。

(ついでに、もし千歌に見つかったら絶対にからかわれると思ったから、というのもある)

 しかし、今の瑠璃は女子。

 女性にまざってコスプレしていけないわけがない。しかもアリスまで一緒となれば、これはもう夢のような話だった。

 この日のために衣装も頑張って用意した。こうなればもう、後は全力で楽しむだけである。





「想像以上に暑いわね……」

「しかもすごい人だよ⁉」


 最寄り駅から出た瞬間、いや、最寄り駅に着いた瞬間からイベントの規模が察せられた。夏の日差しだけが理由ではない熱気に、明らかに多い来場者たち。

 知識としてはあったものの、開場までまだかなり時間があるというのに長い列ができている。


「鈴香。理緒さんは後から合流するんですよね?」

「ええ。ホテルにチェックインして、駐車場に車を置いてから来ることになっているわ」


 アリスや芽愛達と一緒に列を乱さないように並ぶ。日傘は邪魔になるので代わりに帽子を用意している。ただ、この炎天下に長時間だとどこまで効果があるか。


 瑠璃はさりげなくアリスを背に隠し、彼女が日よけ虫よけ等、各種魔法をかけるのを助けた。

 千歌も先輩らしく他のメンバーに向けて注意事項を告げる。


「いい? 一応あらためて言っておくけど、人の多いところだから各種対策はしっかりすること。水分と塩分の補給はもちろんだし、怪我とか盗難、後は痴漢なんかも無いとは限らないから」

「はーい」


 参加者の大部分は欲しいもの、見たいものがあって来ている善良な人間。悪意を持った者はごく一部だろうが、女子の場合は特に用心しておいた方がいい。

 瑠璃自身がセクハラに遭った場合は容赦なく関節技でも極めてやるが。


「あの、すみません。入場前のコスプレは控えていただけると……」

「あ、すみません。これ地毛なんです」

「!? そ、それは失礼しました!」


 アリスが係員に勘違いされた。帽子を被るなどして目立たなくしてはいるものの、金髪に白いワンピースはさすがにハマりすぎだったらしい。なお、動きやすさを考えてワンピースの裾は絞りショートパンツ、白ストッキングを合わせている。

 瑠璃も同じように暑さ対策プラス動きやすい服装だが、本番は着替えてからである。


「鈴香、大丈夫? 私の影にいていいよ?」

「ありがとう。……芽愛は意外と平気そうね?」

「あはは。夏場の厨房も結構凄い事になるからねー」


 心頭滅却すれば火もまた涼し。意外なところに暑さ慣れしている人物がいたものである。


「そうだ。良いものをもらったんです」


 シルビアが「実験も兼ねて」と提供してくれた、仮称コールドドロップ。見た目も味もただの飴だが、舐めるとしばらく身体がひんやりするという優れもの。

 舐めてみると実際、夏の暑さがかなり和らいで感じられた。鈴香達からも歓声が上がる。難点は舐めるタイミングを考えないと屋内で凍えかねない事か。


「そういえば、先輩、お仕事での参加はないんですか?」

「明日は企業ブースで売り子やる予定。今日はホテルに前入りさえしてれば問題ないから宣伝がてらコスしに来たわけ」

「なるほど。さすが、売り込みの機会は逃しませんね……って、つねらないでください!」

 そんな風に、開場までの時間は会話などでひたすら潰すことになった。周りの参加者もアニメやゲーム、マンガなどの話題で結構盛り上がっている。単独の参加者はスマホを弄ってみたり、あるいは修行僧のような形相で立ち尽くしてみたり。

「あっ、動き出した」

「お、ようやく始まったかな」

 そして、イベントの幕が上がった。





「ここもかなりの人ですね……」

「コスプレする人ってこんなにいるんだ。すっご……。これならコスプレで接客するお店とかやっても結構応募来るだろうなあ」

「あはは、芽愛は相変わらずすぐ食べ物に結び付けるんだから」


 アリス、芽愛、千歌と共にコスプレ用の更衣スペースへと移動する。縫子と鈴香はコスしないので別行動である。縫子は自分の衣装を自分で世話したがっていたが、コスプレイヤーしか更衣スペースには入れないルールなので仕方ない。


「アリス、大丈夫? 一人でそれ着られる?」

「はい。それなりに慣れているので大丈夫だと思います」

「あはは。文化祭でもコスプレしたもんね」


 女子ばかりの賑やかなスペース。空いている場所を探すだけでも大変な有様の中、それぞれ服を脱いで自分の衣装を纏う。


 アリスは縫子が作った『キャロル・スターライト』の衣装。

 アバターの方は製作会社によって「普段着バージョン」「メイド服バージョン」「浴衣バージョン」などが追加されているが、今回の衣装は最初の聖職者風コスチュームを元にしている。

 美しく長い金髪を纏めて銀髪のウィッグを被るという暴挙の末、カラーコンタクトを装着。ファンタジーに和風テイストを加えた独特の衣装は三次元に起こすにあたってのアレンジや通気性を良くする工夫も加えられた上、しっかりとした完成度を保っている。

 ぶつかっても痛くない素材で作られた錫杖を併せた立ち姿は、オーダーメイドしたアリス本来の衣装を見ている瑠璃でさえ、ほう、と息を漏らしてしまうほど見事だった。

 ウィッグとカラコンによって作り物感が出ていて逆に良かったかもしれない。アリスの華奢な身体つきと素の色白さはそれだけで強力だ。これで金髪と碧眼まで天然で晒したらコスプレ以前に素の魅力だけで周囲を圧倒してしまいかねない。


「良くお似合いです、アリス先輩」

「ありがとうございます。……あ、でも、ここからは『キャロル』でお願いしますね」

「了解しました」


 ハンドルネームというかなんというか。一応、最低限の身バレ防止はしておこうという配慮である。配信の件は芽愛も聞いているらしく、素直に「キャロルちゃん」と言い換えてくれた。


「ね、私のはどうかな?」

「はい。とても可愛いと思います」

「えへへ、そっか。良かった」


 芽愛は「私、あんまりアニメとか詳しくないから」ということで、特定の作品知識が無くても着られるメイド服だ。一応、瑠璃や千歌のコスプレと同じ作品に出てくるメイドさんのイメージ。

 なお、メイド服自体はノワールが所蔵していた物を借り受けている。実家の店を手伝う関係でウェイトレスは慣れている芽愛なので、メイド服の着こなしもばっちりだ。

 元の容姿が良いのもあって、メイド喫茶で働けば売れっ子間違いなしだろう。


「瑠璃さんもとても綺麗です。黒で統一すると凛々しい感じもしますね」

「ありがとうございます、アリス先輩」


 瑠璃のコスプレ衣装は制服なのか私服なのか原作でも触れられていないっぽい女子用の黒ブレザー+スカート。作中の学園は男子が黒、女子が淡いイエロー系の制服なのだが、男子制服を着ているわけでもない。似合っているが若干、謎のあるコーデだ。

 リボンではなくネクタイなのもあって可愛らしさ+清楚さ+凛々しさの良いとこ取りをしたような印象。最近出たばかりのゲームなのでショップ等で購入した衣装ではなく普通の服を(ノワールやアリスにも相談しながら)上手く組み合わせたり改造したりして完成させたのだが、瑠璃としても良くできたと思っている。

 早月瑠璃も元キャラは武家の姫という設定だ。戦っていない時は(時代や世界設定はともかく)可愛い女の子だったはずである。


「ね、瑠璃。私はどう?」

「はいはい。先輩ももちろん可愛いですよ。決まってます」

「そ、そっか。もちろん可愛いかあ……えへへ」


 千歌が扮したキャラクターは、瑠璃の扮するゲーム主人公とある意味対を成すキャラクター。同じ人物をリーダーと仰ぎ、その指示に従って行動する紅の髪の戦士だ。

 彼女も黒ベースのコスチューム。こちらは学校ではなく所属組織の制服だが、瑠璃のコスともある種似通った雰囲気がある。


「先輩はもともと凶暴なところがありますから、あまり演じなくても大丈夫そうですね」

「そうね。うん、噛みついて欲しい? それとも引っかかれたい?」

「え、ええと、話は変わりますが、原作アニメだとソックスでしたよね? スカートの下、タイツか何か履いてます?」


 ソックスと太腿の間、いわゆる絶対領域があるべき部分は光沢のある何かで覆われている。アダルトコスプレ禁止のイベントなのでその対策かとも思ったが、もしかすると、


「瑠璃だって似たようなこと考えてるんじゃないの?」

「っ!? ……なるほど、そういうことですか」


 千歌に衣装の胸元、というかその奥にあるインナーを突かれた瑠璃は悲鳴じみた吐息を上げながら頷いた。どうやらお互いにちょっと仕掛けを用意しているらしい。


「まあ、そのせいで暑いんですが……」

「これ、そもそも色が黒いしね……」


 組織のリーダーである原作主人公のセンスだと思われるので仕方ない。組織の名前もいかにも男の子って感じでどうなのか、と話しつつ、メイクも手早く済ませる。

 最近は顔をキャラに近づける方法も色々増えていて、目の印象までがらっと変えられる。千歌の友人情報やヒットしたコスプレマンガの影響で知って大変驚いた。もはやちょっとした特殊メイクである。

 見れば、アリスと芽愛も互いにメイクをし合っていた。


「……ああ。キャロル先輩とペアを組むチャンスが」

「あんたね。キャロルちゃんは原作詳しくないんだから上手くメイクできないでしょ」

「同じ声でも中身には大きな違いがありますよね」

「何か言った?」

「痛いです」


 頬をつねられた。

 ともあれ、メイクも完成。


「みんな、トイレは大丈夫?」

「大丈夫ですけど……先輩。そういうことは着替える前に言ってください」

「あはは。まあほら、女子トイレはいつ行っても超混んでると思った方がいいから、行く回数はできるだけ少なめの方がいいかもね」


 誤魔化し笑いを浮かべる千歌のことはとりあえずジト目で見ておいた。そんな瑠璃たちを見てアリスと芽愛が顔を見合わせ、くすりと笑って、


「じゃ、鈴香たちと合流しよっか」

「そうですね」


 スマホの通信も重い感があったものの、なんとか待ち合わせることに成功。すぐさま「ここはもう少し調整の余地が……」とか言い始めた縫子を鈴香が「後にしなさい」と窘め、


「さあ、会場に行きましょう……!」

「ああもう、この子ったら水を得た魚みたいに」

「これは瑠璃さんも今のうちに捕まえておいた方がいい人材かもしれませんね……」


 縫子の呟きはどういう意味かよくわからなかったが、それはさておき。

 どうしてもっと早く来なかったのか。いや、男子だった頃は「羨ましい」「どうして女に生まれて来なかったのか」とフラストレーションが溜まってばかりだったからだが。

 屋外のコスプレスペースへと移動すると、そこは早くも多くの人で賑わっていた。


「わぁ……」


 同人誌即売会と銘打ってはいるものの、コスプレもこのイベントの目玉の一つだ。当然、コスプレをしに来るレイヤーも、そしてそれを撮影しに来るカメラマンの数も多い。

 カメラマンの目に留まったコスプレイヤーは撮影され、SNSなどにもアップされる。現地に来ていないファンも一大イベントに注目しているため、上手くすれば一躍有名人になることも可能だ。


「ふむ。やっぱり、コス数の多い作品は人気のスマホゲームね。後は広い世代に人気がある育成ゲームのヒロイン、今期のアニメキャラか」


 千歌は現役声優らしく市場調査(?)っぽいことを呟いている。そう言う瑠璃もあちこち目移りしているが、


「あのコスプレは出来がいいです。あっちのあのコスはどうやって作っているんでしょう。近くで見てみたいです」

「わかります」


 くいくいと服の裾が引っ張られ、縫子に握手を求められた。瑠璃は自分が着るためなら作ることも辞さない派、縫子は作る専門のようだが、作る側の視点を持つ者同士としての共感が生まれた。がっしりと握手して微笑みあう。


「さて。それじゃあ適当な場所に移動しましょうか。ネタ的に私と瑠璃。キャロルちゃんが一人だと可哀そうだから芽愛とキャロルちゃんがペアかな。それでいい?」

「いや、先輩、そんなに私とキャロル先輩を引き離したいんですか。芽愛先輩と一緒でも併せになるじゃないですか」

「原作だと二人の絡みないじゃない。まあ、それはそれで美味しいけど」

「ま、まあまあ。みなさん一緒でも楽しいんじゃないでしょうか」


 と、アリスの仲裁を受けた結果、千歌の提案したペアで分かれるものの、付かず離れずの距離を保って合流したりペアを入れ替えたりする、ということになった。


「あっちで『May』と『ミウ』が併せしてるって」

「マジか。とりあえずチェックしておかないとまずいな」


 周囲の参加者達も楽しそうだ。自分でコスプレもしたいが、周りのコスプレもじっくり眺めたい。いくら時間があっても足りなさそうだ。でも、そんな状況が楽しい。

 四人+二人でちょうどよく空いていたスペースに移動する。さすがにすぐカメラが寄ってくることはなかったが、鈴香と縫子が当然のように高そうな一眼レフを取り出し始める。


「なんで二人ともそんなに本格的なんですか!?」

「なんでって、ねえ?」

「貴重な資料──もとい、皆さんの晴れ姿を収めるのにスマホのカメラでは足りません」

「縫子は絶対違うこと考えてる。あ、ううん、やっぱり鈴香もダメ。面白がってるでしょ!」

「あの、キャロル先輩? 皆さんいつもこんなに仲良しなんですか?」

「はい。とっても楽しいです」


 どうやらアリスは良い友人を持ったらしい。羨ましいような嫉妬してしまうような複雑な気持ちになりながら、鈴香達の向けるカメラに向かってポーズを取っていく。


「すみません、撮影いいですか?」

「あ、はい。もちろんです」


 そうしているうちに他のカメラマンも少しずつ寄ってきた。鈴香達が意識していたかは謎だが、サクラとしての役割も果たしてくれたらしい。

 シャッター音が響く中、笑顔を浮かべながらポーズを変えていく。


「……楽しい」


 着飾った姿を撮られるのにはある種の快感がある。モデルと呼ばれる職業の中にはその快感に取り付かれた人間もいるだろう。

 自分の容姿が、あるいは美に対する努力と探求心が評価されたような感覚。それが嬉しくないはずがない。


「ね。楽しいよね」


 この時ばかりは千歌の囁きに「はい」と素直に答えることができた。

 昔からの腐れ縁。色んな意味で可愛がられて若干鬱陶しい時もあった。気兼ねなく接することのできる先輩なのでついつい憎まれ口ばかりきいてしまうが、同性になった事でお互いの視点、考え方が近くなった気がする。

 同じことをして楽しめるようになったのは、お互いにとって良かったのかもしれない。


「でも、キャロル先輩とも一緒に撮られたいです」


 臆面もなく言うと、千歌は「仕方ないなあ」とばかりに苦笑し「でもって何よ」と言った。


「ま、じゃあ交代しましょうか」


 今度はキャロルとペアを組ませてもらう。若干コスの系統が違うのでアンバランスだが、まあ、キャロルも設定が設定だし、現代風のコスと並んでも特に問題はない。あるいは瑠璃の方を魔法学校の生徒か何かに見立ててもいい。


「あの、瑠璃さん? 私、決めポーズとかないんですが」

「魔法を使ってるつもりでポーズを取ればいいのでは」

「な、なるほど……!」


 納得したアリスは手のひらを突き出したり錫杖を掲げたりと自然に動くようになった。彼女の動きは何度も戦場(本物)で見ているので、瑠璃がそれに上手く合わせる。

 ポーズの度にぼそっと「ホーリーライト」とか口走っていてとても可愛く思えるのも隣にいる瑠璃だけの役得だ。


「あれ? っていうか、香蓮コスの人、もしかして千秋和歌?」

「はあい、そうでーす♪ 来期のアニメにも出るから視てくださいね♪」


 千歌の正体もぼちぼち気づかれ出したようだ。気づけばカメラマンの数も増えてきている。縫子は自作コスの威力に満足したのかふっと笑い、瑠璃達に「本を買ってきます」と囁いてきた。


「補給物資は鈴香に預けておきますので、適宜受け取ってください」

「了解しました。……と、その鈴香先輩は……?」


 程なく、邪魔にならないところで日傘を広げる鈴香が見つかった。と、思ったら普通に「写真を撮らせて欲しい」と声をかけられている。カジュアルではあるが日焼け防止に長袖のお嬢様風のコーデなので、コスプレっぽく見られたらしい。


「いっそ私、鈴香と並んだらそれっぽいんじゃない?」

「さすがです芽愛先輩」


 鈴香のところへ移動した芽愛が日傘を受け取り、鈴香を日光から遮る──と見せかけて自分も恩恵に預かり始めた。撮影も続いているが、まあ、鈴香も撮られるのは慣れているようなので問題はなさそうだ。

 瑠璃も千歌とアリスと三人で撮影を続ける。千歌と瑠璃がサイドに着くとアリスの重要人物っぽさが上がってSPっぽく見えるのでこれはこれでアリである。

 なお、ギャラリーから聞こえた「あの作品にあんなキャラいたっけ?」という声は無視した。


「あの、それってキャロル・スターライトちゃんのコスですよね? めっちゃ出来いいですね」


 とかやっていると、アリスの方もバレ始めた。


「それと、キャロルちゃんの中の人もイベント来てるらしいんですけど、どこにいるか知りませんか?」

「あ、えっと、私がキャロルです」

「は?」

「初めまして、キャロル・スターライトの中の人です」

「はああああああっ!?」


 通りすがりのカメラマンの発した奇声によって周囲の注目が集まり、結果、不可抗力的にキャロル・スターライト(中身)の存在が広まった。千歌のネームバリューもあって人が加速度的に増えていき──一日が終わってホテルに着いてからチェックしたところ、SNSやら掲示板で「美少女Atuberの中の人がガチで美少女だった件」が祭りになっていた。

 千歌と二人で同じ声で喋っている動画もバズり、瑠璃もオマケとして若干有名になった。

 周りに人が増え、囲いと呼ばれる現象が起きるようになると熱気はさらに上昇、さすがに辛くなってきた瑠璃は温存していた手段に出る。


「……暑くなってきたので、脱ごうと思います」

「る、瑠璃さん!? 暑さでおかしくなっていませんか!?」

「大丈夫です。この衣装、最初から二段構えなんですよ」


 ギャラリーから歓声が上がったような気がしつつ(男は馬鹿だな、と、元同類としてつくづく思う)、衣装に手をかけると、これに千歌が乗ってきた。


「いいわね。じゃあ、私も脱いじゃおっと」


 二人は制服の本体をキャストオフ。すると、その下から黒いレオタード的な衣装が現れる。作中に登場するパイロットスーツを元にした隠し玉である。このせいで余計に暑かったわけだが、こうして上にあった衣装を脱ぐと、


「だいぶ涼しくなりましたね」


 黒なので目立ちにくいのをいいことにところどころメッシュ素材を入れたりしたお陰だ。動きやすさも抜群だし、肌はしっかり覆っているので露出度も無い。


「まあ、確かに露出はないけれど……」

「ちょっとえっちだよね」

「め、芽愛。もうちょっと言葉を選んだ方が……!?」


 脱いだ衣装を畳んで荷物と一緒に避難させてから、あらためて二人でポーズを決めると、ぱしゃぱしゃというシャッター音が前よりも強くなった。

 訂正。

 後日、瑠璃もそこそこ話題になった。





「あぁー、もう疲れたー。お腹空いたー」

「あの後で食欲があるのは流石ね、芽愛」

「それはそうだよ。私にとってはご飯がメインイベントだもん。ホテルのディナーでも外のお店でもいいけど、しっかりチェックしなくちゃ!」


 初めてのコスプレイベントはとても楽しいものだったが、同時にとても体力を使うものだった。

 日焼け止めだけでは追いつかないほどの日差し。そして暑さも良い勉強になった。瑠璃達にはアリスの魔法とシルビアの飴があったのでだいぶマシだったが、他の女性コスプレイヤー達はこんな中で戦っているのかと戦慄を覚えた。

 なお、お昼ご飯はノワールが持たせてくれたお弁当+芽愛が作ってきてくれたお弁当+鈴香の使用人が作ったお弁当という豪華メニューだった。ファストフードやコンビニをあたっていたら地獄を見たと思われるのでこれは良かった点である。


「皆さん、お疲れ様でした。お土産は私と縫子様でしっかり確保しましたのでご安心ください」


 鈴香のお付きである理緒も途中から参加していたらしい。同人誌・グッズの確保において獅子奮迅の活躍をしてくれたと縫子が教えてくれた。ホテルの手配も理緒の担当なので、もう頭が上がらない。


「ありがとうございました。宿も、これから家に帰ると思うと眩暈がします……」

「とんでもありません。先回りして不安を潰すのが使用人の務めですので」


 ノワールを思い出し、アリスと二人「なるほど」と頷く。

 なお、そのノワールには彼女のベースとなったラブコメの二次創作本がお土産だ。瑠璃達は同人誌購入に回る余裕などなかったのだが、そこは縫子の希望に協力した報酬ということになっている。

 ちなみに、他のシェアハウスメンバー用のお土産もあるが、中でもラペーシュと朱華へのお土産は千歌か理緒でないと買えないものだった。まあ、流石である。


「ホテルに泊まるのなら二日目も参加できますね。どうしますか?」

「私は縫子のその元気に驚くわ……」

「ええと……私としてはコスプレを撮影する側に回ってみたい気もします」


 別の衣装を用意していればもう一日撮られる側も悪くないが、生憎そうではない。だったら、それこそ参考資料として色々見てみたい。

 アリスもこれに頷いて、


「それも面白そうですね。普通の格好をしていれば目立たないでしょうし、お祭りを見て回るような感覚で──」

「うん、アリスと瑠璃ちゃん以外ならそれでいいと思うけど」

「私も駄目なんですか……⁉」


 アリスはともかく、と思ったら「瑠璃ちゃん、コスの時とあんまり印象変わらないし」と言われた。扮しやすいキャラを選んだ弊害だった。

 一日でだいぶ堪能したらしい鈴香がぐったりしながら「まあ、いいじゃない」と呟く。


「行きたい人だけ行けばいいわ。私は明日、お洒落なカフェか何かでのんびりしているから」

「そうですね」


 こくりと頷く。

 即売会は全部で三日間ある。お祭りはまだ終わりじゃない。泊りがけになる可能性はノワールにも伝えてあったし、泊まることになった事もメッセージを送った。

 明日もこのお祭りを続けられる。


「全力投球できるのは学生のうちだけです。今のうちにしっかり堪能しておきましょう」


 笑って言ったら、千歌に後ろから抱きつかれた。


「まだまだ学生でいられる子が何を言ってるんだか」


 大学卒業を待たずにデビューしてしまった千歌からしたら羨ましい話かもしれない。変身によって猶予期間が伸びるというミラクルを起こしている瑠璃は、同じ境遇のアリスと顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。

 しかし、声優である千歌はお祭りを開催する側に回ったとも言える。ある意味では引退するまで、彼女はお祭り騒ぎを続けられるわけだ。


「瑠璃さんなら、服飾の道に進むのもおススメします」

「何言ってるの。どうせなら声優目指しなさいよ。あんたもなかなかいい声してるんだから」

「えー、瑠璃ちゃん和菓子作り勉強してるんでしょ? そのまま職人さんになるのもいいと思うけど」


 縫子、千歌、芽愛が瑠璃の方を見て口々に言う。なんだか将来の選択肢が増えてしまった。漠然と「道場でも開けばいいかな」と考えていたのだが、一体どれを選べばいいのか。

 しかし、不思議と悪い気分ではなかった。

 瑠璃は心からの笑顔を浮かべ、仲間達に答えた。


「とりあえず、シャワーを浴びたいです」


 全員が「それだ」と同意してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る