聖女、豚退治をする(前編)
豚に似た鳴き声が幾つも重なり合うようにして、夜の森へと響き渡る。
一人一つずつ持ってきたアウトドア用のLEDランタンのお陰で、敵の姿がはっきりと見えた。
オークはゴブリンと同様、ファンタジーでお馴染みの魔物だ。
人型かつ二足歩行、容姿としては豚に例えられることが多い。体色は作品によって緑色だったり、より豚っぽかったり様々だが、今回俺達が遭遇したのは後者のタイプ。
体重は優に百キロを超えるだろう。下手をすれば二百キロオーバーかもしれない。
でっぷりとした身体を支える筋力が人並み以上なのは明らか。そして、手には粗雑なこん棒や剣、斧、槍などを握っている。
数は、ざっと見ただけで二、三十。
広場だからって出てき過ぎじゃないかと言いたいが、おそらく、ここにいる奴だけで全部ではないだろう。
生理的嫌悪感と同時により単純に「ぶん殴られただけで無事では済まなさそうだ」という恐怖を覚えた俺だったが、それでも、いや、だからこそ身体はすぐさま動いた。
「《
右手に持っていたLEDランタンを躊躇なく足元へ落とすと、手のひらに生み出した聖なる光で最も近い一体へと解き放つ。
ある程度の物理的衝撃を伴う光はオークの巨体を焼きながら後方へ吹き飛ばし、近くにいた二、三体を巻き込んで転倒させた。
うまい。
だが、直撃させた奴もまだ消滅していない。お祈り効果等々で魔法の威力も上がっているはずなのだが──それだけ敵のバイタリティが豊富ということか。
同時に複数の銃声。
側面にいたオークのうち二体がのけぞるようにして倒れていく。見れば、彼らが手にしているのは弓矢。飛び道具を持っている奴もいたらしい。
抜け目なく発見、優先して銃撃したノワールは駄目押すようにそれぞれの心臓へ弾を叩き込んだ。
そして。
「ナイス、アリスちゃん! 朱華ちゃん、アルコール行くよ!」
「いきなりですか。……まあ、ここなら木には燃え移りませんけどっ!」
高校球児も褒めてくれそうなコントロールで、転倒したグループへ試験管が命中。
薄く割れやすい素材で作られていたそれは中の液体を撒き散らし、直後には液体が発火。量が大したことないので長く燃え続けることはないものの、オーク達の着ているボロ服に引火。
火傷は痛いうえにその痛みが長引きやすい。喰らった奴らも悲鳴を上げて火をなんとかしようと暴れ出す。
ここで、荷物運びを担当していた教授がいつものでかい本を取り出しながら、
「数が多すぎる。アリス、今のうちに大技をやってしまえ!」
「はい! ──《
《聖光》何発分にも及ぶ聖なる輝きが、広場を一瞬強烈に照らした。
「よし、円陣を組め! 順次迎撃するぞ!」
「あーもう、オークとか最悪じゃない。絶対言霊のせいよこれ」
「ですが、人型の相手だっただけ良かったかと。……目を狙えば確実に無力化できます」
「ピンポイントで目に当てられるのとかノワールさんだけだけどねー」
試験管入りポーチを分けてもらった朱華が、アルコールをぽいぽい投げつつ
ノワールは自分で言った通り、主にオーク達の目を狙って一体ずつ戦力を削いでいく。
シルビアはシルビアで強酸ポーションをオークの顔面にヒットさせ、ある意味ノワールより酷いダメージを与えている。
俺はというと、いつものアレである。
「《聖光》! 《聖光》!」
以上、四人が円陣というか方陣? を組む中、教授は中央で指示を出している。
「ノワール、右斜め前に弓持ちだ! アリス、森から固まって三体だ、蹴散らせ!」
一人だけ楽をしているように見えるが、実際指示出しをする人間も必要である。持ってきた荷物を放置してもおけないので守ってもらう意味もある。
教授もケミカルライト(折ると一定時間発光するアレ)をあちこちに投げて視界を確保したり、懐中電灯の光をオークの顔に当てて目くらましをかけたり、草むらに燃え移りそうな火に消火器を向けたり、声を出しながら色々な方法でサポートしてくれている。
「でも、私達を狙ってくるっていうのは確かみたいですね」
魔法を連発しながら言うと、
「私達が魅力的なだけだったりして?」
「全然嬉しくないからやめて欲しいんだけど!?」
なお、敵オークはどうやら全員オスのようである。
なんでわかるかって、あいつらボロい服しか着ていないからである。興奮しているような鼻息と、それから下半身の状態を見れば嫌でもわかる。
いやまあ、わかりたくもないし、サイズとか確認したくもないんだが。
「アリス。絶対捕まるんじゃないわよ?」
「もちろん捕まりませんけど、どうして私限定なんですか?」
「だってオークよ。あきらかに聖女様が一番危ないじゃない」
割と言いがかりっぽい理屈だった。
「最近は現代ものやSFにも当たり前のように出てきたりしますよ?」
「何よその出来の悪いエロゲみたいな設定」
エロゲ出身者が言うことなんだろうか。
と、教授が呻って、
「いや、アリスが捕まるのは本当に困る。何しろお主は邪気誘引性能が二倍だからな」
「あ……」
今までの調査で「邪気誘引性能(仮)」三人分で化け物が出現することがわかっている。
つまり、俺以外の誰か一人でも森に残っている限り、このオーク達を緊急消去できない。
ノワール達が全員脱出できれば不死鳥戦やシュヴァルツ戦の時のように仕切り直すことはできるだろうが、もし俺が気絶なりなんなりで自力帰還できなかった時が厄介だ。
シェアハウスのメンバーが助けに行こうとすると「三人分」の条件を満たすのでオークが再出現してしまう。そうなったら泥仕合である。
想像した俺はぶるっと震えて、
「滅ぼしましょう。一匹残らず。あれは悪い種族です」
「アリスさま。聖職者としてその発言は大丈夫ですか?」
「問題ありません。仲良くできない種族は滅ぼしていいんです」
「あんた、適当言ってないでしょうね?」
そんなことを言われても、俺だって詳しい設定は知らない。少なくともゲーム中のアリシアが「悪しき者」をばんばん浄化していたのは事実だ。
「……しかし、数が多いなこいつら」
雑談(?)をしながらも俺達は手を休めていない。
教授以外の四人がそれぞれ十や二十は倒しているので、合計すれば結構な数になるのだが──森のあちこちから次々に増援がやってくる。
今のところは遠距離攻撃で食い止められているものの、弾薬にもポーションにも神聖魔法にも限りがある。
教授は「仕方ないか」と呟くと、荷物から俺用の木刀を放ってくる。
「アリス、受け取れ」
「っ。……あの、教授。これを渡すってことは、もしかして?」
「うむ。念のためだ。接近戦フェーズに移行するぞ」
「う」
……教授の頭を木刀で殴ったら中止にならないだろうか。
「なんだその顔は。仕方ないだろう。多少は余力を残しておくべきだ。最後にボスが出て来たらどうする」
「また現実になりそうな予想をするわね……」
「シュヴァルツで経験済みなのだから『言うと招く』も何もなかろう。吾輩も肉弾戦に参加するから我慢しろ。シルビアには代わりに荷物を任せる」
「おっけー。……私はか弱い薬師だからね。肉弾戦は任せるよー」
俺だって本来はヒーラーなんだが。
まあ、言っても仕方ない。俺は自分の木刀と朱華の手足、ノワールのコンバットナイフに《
魔法攻撃が止んだことでオーク達の包囲網は狭まりはじめ、代わりにシルビア以外の四人が前進して陣の幅を広げる。
「ィィィィィィィ!」
「うるさい。いいから死んどきなさい!」
こん棒による一撃をかわすと、朱華はでっぷりとした腹に拳を叩き込む。
聖なる力に覆われ、更にその上から炎を宿したパンチは少女の細腕とは思えないダメージを発揮。たまらず悲鳴を上げたオークは、ぼっ、と突如身体のあちこちから火を噴きだして卒倒する。
人体発火拳。
まさか本当に目にする時が来るとは。
「さて、休んでいた分くらいは働かせてもらおうか!」
小さな身体で槍を上手にかわした教授は例のでかい本の端を持ち、本の角で殴りつけるようにして振るった。
ごっ!!
聞くからに痛そうな音。しかも、あの本は幾つもの魔法のかかった特別製らしい。神聖魔法とはいえ競合する可能性があるからと支援魔法も断られた。言うだけのことはあるようで、本自体の重量も相まってオークの巨体が吹っ飛んだ。
何かのゲームだと硬い本はクリティカル率高かったっけ、と他人事のように思った。
「……ふっ」
メイド服のスカートを翻すようにして接近したノワールは、近距離から相手の顔に銃撃。
片手で目を押さえながら剣を振り回すオークに難なく肉薄すると、無防備になった喉をコンバットナイフで切り裂いた。
濁った赤い血が噴き出し、白い肌が僅かに汚れるも──戦闘モードのメイドさんは意に介した様子もなく、ただの木偶と化したオークの身体を遮蔽に使い、他の個体へと銃撃を開始した。
「ああもう、できれば近づきたくないんですけど……っ!」
俺のところへ来た最初のオークは斧持ちだった。
威力が高い分、大振りでかわしやすい。機械人形と違って迫力があるのが嫌なところだが、意思が介在している分、狙いがわかりやすくもある。
かわしたところで相手の手首を木刀で一打ち。ごき、と、いい音がした。斧を取り落としてこっちを睨んできたので、今度は足を思いっきりぶっ叩いてやる。これで一体目は仰向けに倒れた。
「ィィィ!」
「《聖光》!」
隙あり、とばかりに飛びかかってきた一体は魔法で吹き飛ばし、続く一体を木刀で迎え討つ。
確かにこれは、攻撃魔法だけでは捌ききれないかもしれない。
一体どれくらいの時間が経ったか。
せいぜい三十分くらいだとは思うのだが、スマホを取り出す余裕もない。
木刀が鉛のように重い。
手をだらりと下げ、深い息を吐きながら辺りを見回せば、さすがに大方のオークは消滅し、残っているのは十数体程度になっていた。
彼らは俺達の戦いぶりに怯んだのか向かってこようとしない。
振り返れば、仲間達もまた全身に疲労をたたえた状態で立っていた。
「これで打ち止め、でしょうか?」
「……さすがにそう信じたいところだな」
本を地面に立てて、それに寄りかかりながら教授。
汗のせいか、チャイナドレスを肌に貼りつかせた朱華が苦笑して、
「こいつらどんだけいたのよ。誰が何体倒したか、カウントしとけば良かったかも」
「カウントって、身体に正の字でも書く?」
「……書いた途端、オークが強くなったりしたら洒落にならないわね」
ないと言い切れないあたりが怖い。
「そう考えると、余力を残したのは正解でしたね」
かなり疲労が濃いが、まだ《聖光》数回程度なら放てる。
オークを退治しに来た聖女が魔法を切らした……なんて、明らかに負けフラグである。そんな状態になったら、見える範囲のオークが全滅していても絶対どこかから湧いてくる。
「では、さっさと掃除してしまいましょうか」
拳銃のマガジンを交換しながらノワールが言えば、教授が「うむ」と頷いて、
「回収して価値のありそうな所持品もないし、さっさと終わらせてしまおう。……まさか、こいつらの肉を食うわけにもいかんしな」
「豚肉みたいなものだとしても、さすがに人型してる生き物の肉は……」
何はともあれ終わって良かった。
シュヴァルツの言っていた「貴女が鍵」という言葉。あれに籠められた期待に、俺は応えることができたのだろうか。
ノワールが一体ずつ銃で片付けていくのを横目に、俺は仲間達に呼びかける。
「回復しますので集まってください」
ぞろぞろと朱華、シルビア、教授が集まってくる。
「あー……帰って寝たい」
「本当。ちょっとポーション飲んだくらいじゃ足りないよー」
「そうだな。いっそ車内で少し仮眠して帰るか? ノワールもここから運転はきつかろう」
「ノワールさんには強めに回復魔法をかけないとですね」
やばい、言ってるうちにかなり眠くなってきた。
思えば、俺は他のメンバーと違って昼寝もしていない。ここまでは気を張っていたからなんとかなったが、糸が緩んだ途端にこれだ。
多分、車に乗った瞬間に限界が来るだろう。
シルビアのポーション──栄養ドリンクも貰った方が良さそうだと思いながら、まずは教授に向けて手をかざして、
ずしん。
地面の震える音に手を止めた。
「……え?」
ずしん。ずしん。
音は続けて何度も響く。地震ではない。何か、大きなものが近づいてくる音。木の枝をかき分けるような音も同時に響く。
嫌な予感。
俺は、構わず卒倒したくなるのを必死で堪えながら言った。
「すみません、治療は中止させてください。シルビアさん、代わりにポーションをみなさんに配ってもらえませんか?」
誰からも異論は出なかった。
強力な栄養ドリンクをぐいっと飲み干し、意識を強制的に覚醒させた俺は、雑魚を掃除したノワールがこちらに走ってくるのと、最後の敵が姿を現すのを見た。
全長三メートル以上の巨体。
部分的ながらも金属製の鎧を身に着け、自身のサイズに見合う長大な剣を手にしたそのオークは、俺達を見て咆哮した。
ロードか。キングか。ヒーローか。
間違いなく、こいつがオーク達の親玉だった。
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