聖女、海鮮丼を食べる
「はるばる来たぞ、青森!」
教授の声が、遥か北の地の一角へと木霊した。
いや、遥か北って言っても国内どころか本州内なんだが。いくら便利になったとはいえ、地方外に出る機会はなかなかない。そういう意味ではここは立派に異国の地である。
それはそれとして、楽しげな幼女(※中身は成人)の姿は、道行く人々から微笑ましげに受け止められた。
「教授、めっちゃ目立ってるわよ」
「くっ……しまった。こちらの地酒や食材を思ってついテンションが上がってしまった」
悔しげに唇を噛む彼女。我らがリーダーも時々こんな風に我を忘れることがある。俺たちとしてはもう慣れっこなので苦笑程度でそれを流して、
「でも、暖かくなってきてからでよかったよねー」
「そうですね。こっちは気温が違いますから」
シルビアの声に相槌を打つ。寒い時の北国は割と洒落にならないと聞く。それはそれで美味い物が多いとか利点があるとはいえ、戦いの場において余計なファクターは少ない方がいい。
と、和風の黒髪美少女と洋風の黒髪風美女も空港の建物内から現れて、
「お待たせしました、皆さま」
「飛行機だと早くて助かりますね」
ゴールデンウィーク初日。朝早くから空港へ向かい、飛行機へと乗り込んだ俺たちはあっという間に目的の地へと到着した。
自動車で行くか飛行機を使うかはまた悩ましいところだったのだが、これで正解だったかもしれない。さすがにこれだけの距離だと運転手の負担も大きい。ノワールにもできるだけベストのコンディションでいてもらわなければ。
髪の色のまちまちな女子の集団に、さっきとは異なる視線が集まってくるのを感じながら、俺はノワールに確認する。
「えっと、ここからはレンタカーなんですよね?」
「ええ、そのはずなのですが……」
答えて辺りを見回すノワールは、不意に一つの方向で視線を止める。その先からスーツ姿の男性が歩いてきて、
「ご依頼をいただいたクロシェット様でお間違えないでしょうか」
「ノワール・クロシェットです。空港までわざわざ申し訳ありません」
短いやりとりの後でレンタカーの鍵を受け取る。今回俺達が借りたのは広めのワゴン車が二台。二手に分かれて乗り込めば車内で着替えをするくらいのスペースは取れる。現地でのアシはどうしても必要になるので、滞在中はこれを借りっぱなしになる。
ちなみに費用は破損した場合の弁償金を含めてぜんぶ政府持ちだ。
ノワールと教授をドライバーに車へと乗り込んだ俺たちは、まずホテルに移動してチェックインを済ませた。そこそこ高級なホテルなのもあって、普通に私服でいる分には俺たちもそこまで目立たない。
それが終わったら、
「飛行機は早いけど、途中で美味しいもの食べたりできないのが難点よね」
「その分、こちらで食べれば良かろう。……というわけで、良さそうな店を探すぞ!」
「おー!」
朱華、教授、シルビアの食いしん坊トリオの先導で、俺たちは昼食へ向かうことになった。ホテル内にもレストランがあるものの、それはいつでも行けるということで後回し。
「この辺りって何が美味しいんでしたっけ?」
「名物だけでも幅広いのですよ。マグロやウニといった海産物は言うまでもなく、地鶏やご当地のB級グルメやラーメンなどもあります。昼食には向きませんが、もちろんリンゴも忘れてはいけません」
「本当に色々ありますね……」
瑠璃と顔を見合わせて「何から食べればいいのか」という思いを共有する。そこはそれ、教授たちはノリノリで、
「どうせしばらくこっちにいるんだから、何日かかけて制覇すればいいじゃない」
「うむ。ホテル近辺の美味い店はあらかじめリストアップしてあるので無駄に歩く必要もないぞ!」
「夜食とかおやつ用に持って帰れる物も買わないとねー」
うん、彼女たちについて行けば何の問題もなさそうだ。
というわけで、昼食は教授リサーチの美味い店の中から海鮮系の店に行き、海鮮丼や焼いた海の幸などをたっぷりと味わった。
これでマグロとかタコとかイカとかがモンスターとして出てきても平らげられるかもしれない。語呂合わせがアリならゲン担ぎも少しは効果があるのではないだろうか。
「……もう食べられません」
デザートにりんごのジェラートまで注文してしまった俺は、すっかり苦しくなったお腹を抱えて息を吐いた。
「この後はどうしましょう?」
「すまぬ、店員よ。焼きホタテを一つ。それから日本酒を冷でくれ。身分証ならここにある」
「まだ食べるの教授!?」
さすがに朱華もツッコんだ。
「当然だ。さっきのは食事。ここからは肴をつつきながらのんびり酒を飲む。各自自由行動ということで良かろう」
「そうだねー。私もおやつ買ったり、園芸屋さんとか覗きたいし」
「それが良さそうですね。……あ、でも朱華さんは一人で行動しちゃ駄目ですよ。旅先で単独行動とかフラグですからね」
「あんたも人の事言えないでしょうが。っていうかアリスはしたいことないわけ?」
「お土産は買いたいですけど、今買うと物によっては悪くなってしまいますし……強いて言えばホテルに帰って日課を済ませたいくらいでしょうか」
夜にバイトがあることを考えればチャンスは今のうちしかない。
ノワールがふっと微笑んで、
「しっかりと続いていらっしゃいますね、アリスさま」
「続けられるうちはきちんと続けないと、手伝ってくれた皆さんにも申し訳ないですし……何より、私も結構楽しんでいますから」
「アリス先輩の笑顔はたくさんの人を癒していると思います。……では、アリス先輩。私と一緒にホテルへ戻りましょうか」
「あたしも帰る。部屋でゲームやってていいなら気楽だし」
「わたしも装備の手入れをしておきたいので、みなさまと一緒に戻ります」
「なんだ、遊ぶのは吾輩たちだけか」
俺と朱華は遊びに帰るようなものだが、外をふらふらするのは教授たちだけだった。
「ああ、アリスよ。どうせなら最初からスイートで寝泊まりしてもいいぞ?」
「え? そんな、私だけ悪いです」
「そうは言うがな。どうせ朱華とシルビアは夜遅くまで作業するだろう。二人部屋では何かと不便があるかもしれん」
「言われてみると……」
朱華のエロゲはまあ「我慢しろ」で済むが、シルビアはポーションが足りなくなったら作らなければならない。これから園芸店を回るのだって珍しい植物を探しに行くのだろうし。
となると教授と瑠璃で一部屋、シルビアには一人で部屋を使ってもらい、銃の整備をしたりするノワールとエロゲをしたい朱華が同室……というあたりが無難か。
「気にしないで使っていいんじゃない? あたし絶対スイートルームなんて落ち着かないし」
「ああいうのって割と五分くらい堪能したら満足するよねー」
「スイートルームの神様とかいたら怒りますよ」
「八百万の神々はスイートルームの神まで完備しているのでしょうか……」
ともあれ、そういうことならありがたく使わせてもらうことにする。その方が鍵の受け渡しとかで面倒くさくないだろうし。
と、ホテルへ移動する前につぶやいたーで生配信告知をしておく。きりの良い時間にするため四、五十分後に決定して投稿。少しずつこういうのにも慣れてきた気がする。
そうしてホテルに戻った俺たちはフロントで部屋の鍵を受け取り、とりあえず全員でスイートルームに移動した。さすが高いだけあって広くて豪華。ベッドもふかふかだった。で、五分くらいしたら朱華とノワールは部屋に戻っていった。
「本当に五分なんですね……」
「あまり長居してもお邪魔でしょうし、ノワールさんは整備もありますものね」
「瑠璃さんはどうしますか? こちらの古着屋さんとか見て回らなくていいんですか?」
「それも心惹かれますが、もう少し刀に霊力を通しておこうと思います。……その、ついでといってはなんですが、ここでやってもいいでしょうか?」
「カメラに入らなければいいですよ」
「ありがとうございます、アリス先輩」
こうして俺は「抜き身で箱に収めた日本刀をなでなでする瑠璃」をノートパソコンの向こうへ置きながら遠征先での配信を行った。
いつもとは違う環境。とはいえわざわざ「青森にいます!」とか言ったりはしないし、カメラも部屋の内装を反映したりはしないので視聴者からしたらいつも通りである。せいぜい回線がいつもより不調だったかも、という程度だ。
一時間と少しくらいが経ったところで無事に終了し、切断。ふう、と息を吐くと、瑠璃がぱちぱちと拍手をしてくれた。
「……なんだか、急に物凄く恥ずかしくなりました」
「え、私、何か変な事をしましたか……!?」
いや、素に戻らされただけなので瑠璃が悪いわけではない。たぶん。
さて。
夜は居酒屋兼定食屋みたいなお店で地鶏の焼き鳥や唐揚げ、丼などを堪能した俺たち。一度部屋に戻って準備を整えてからいざ戦場へと出発した。
「……静かですね」
夜間は閉鎖される公園だけあって辺りは静寂に包まれている。出入口は警備員に扮した関係者が見張ってくれており、俺たちを車ごと中へと通してくれた。本当はいけないのだが、広場のような場所の近くまでそのまま乗りつける。道中で結界を張って内部への人払いもする。
車から降りて広場まで歩いていけば、その間に辺りには邪気が立ち込め始めた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「蛇はこの前出たし、今度は鬼かもねー」
「あの、皆さま。言うと招くのでは……?」
いっそ与しやすい相手を招いてしまいたい。
などと思っているうちに、邪気は一つに集合して巨大な形を取る。サイズ的にはちょっとした一軒家くらい……って、明らかにボス級の気配である。
とはいえ俺たちも慣れたもの。前回の神社と違ってフィールドも広い。ひとまず瑠璃には下がってもらい、先制による総攻撃の準備。
やがて明確な形となって現れた今回の敵は──。
「……何もいない?」
奇妙なことに姿がない。確かに邪気は集合した。もしや姿を消せる敵だとでも言うのか。
「違うぞ! 消えているのではない、ほぼ透明なだけだ!」
教授は持参の便利アイテムからペイントボールを取り出すと『それ』に投げつける。通常なら命中と同時に割れて対象を色付けするはずのボールは、相手の半固体半液体状の身体に「ふにょん」と取りこまれて不発に終わった。
ただ、宙に浮かんだようになったボールのお陰で俺たちは相手がだいたいどこにいるのか把握できた。
よくよく見れば、ほぼ透明に近いゼリーのようなモノが広場にでん、と鎮座している。
──スライム。
この国においては某国民的RPGの影響から雑魚扱いされることが多いが、かの魔物は作品によって能力がかなりバラバラだ。
例えば電源ゲームが生まれる前、古のTRPGにおいては物理攻撃に強い耐性を持ち、冒険者の装備を溶かす酸、あるいは溶解能力を備えていたという。
取り込まれたペイントボールがじわじわ溶けているところを見ても、あれは雑魚ではなく強敵の方のスライムと見て間違いないだろう。
ひとまずノワールがマシンガンを構え、無数の銃弾を乱射するも──やはり、弾はスライムの身体に取り込まれるだけでダメージはほぼ皆無と見えた。
「まずいよ。瓶が割れないんじゃ私役立たずだよー?」
「捕まったら溶かされる方が問題よ。迂闊に接近戦できないじゃない」
「朱華ちゃんなら服が溶かされるだけで済むんじゃない?」
「媚薬効果とかあったらどうすんのよ」
「言ってる場合か! とにかくやれ、アリス!」
「はいっ! 《
複数の《
「効きますね」
「だが、大したダメージにはならんか。これはなかなか厄介だぞ」
「ご心配なく。物理攻撃を取り込むだけなら手はあります」
言って一歩進み出たノワールは手榴弾を二つほど取り出すと、ピンを抜いてスライムへと投げた。当然それは体内へと取り込まれて──炸裂!
強烈な爆発を体内で受けたスライムはさすがに耐えきれなかったのか、勢いのままに四散。あちこちの地面へとべちゃっと張り付く。危うく俺たちにもかかりそうになったので慌てて飛びのいた。
って、べちゃっと張り付いた……?
「待ってください。これ、もしかして」
俺が懸念を口にしようとした途端、無数に分かれたスライムの身体はふにょん、と丸みを取り戻し、小さな大量のスライムと化したのだった。
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