聖女、普通のラーメンを希望する
「いや、ちょっと待て、増えるのか!? それは反則じゃないか!?」
「んなこと言ったって増えたものはしょうがないじゃない!」
俺たちもさすがにパニックである。
分裂して動き出したスライムたち。さすがに体積が増えたりはしていないようだが、動きの方は心なしか早くなっているような……?
「と、とりあえず《
近場にいたスライムが聖なる光を受けて消滅する。さすがに小さな奴なら一発で倒せるらしい。それとも耐性自体目減りしているのか。まあ、触られただけで溶けるという時点で恐ろしい脅威なのだが。
《
常夜灯とLEDランタンによる明かりを反射し、白刃が一閃。
霊力を纏った瑠璃の刀がスライムの一体を一刀両断。まるでアニメでも見ているかのような光景に、思わず一瞬見惚れてしまった。
なお、今日の瑠璃は以前に着ていた和装メイドスタイル。一応和装なので気持ちが引き締まるらしいが、そういう意味でも(別系統の)アニメっぽい。
「どうやら私の刀なら斬れるようですね」
「霊力を纏うと特殊属性ダメージ扱いになるのかなー? アリスちゃんの神聖魔法は効きが悪そうだけど」
「魔法ダメージも軽減するのかもしれんな。瑠璃の霊力は魔法ではない扱いか」
「これは瑠璃さまに頑張っていただくしかないかもしれませんね……」
手近な敵を蹴りつけながらノワール。つま先を叩きつけられて吹き飛ぶミニスライムだったが、ノワールの丈夫なブーツにも先端に小さな傷ができた。やはり通常の物理攻撃は危険だ。
瑠璃は刀を両手で握り直しながら笑みを浮かべて、
「構いません。私が前衛で、アリス先輩が後衛。とても分かりやすいです」
「待ちなさい。あたしがいることも忘れないでよね……!」
朱華が声と共に、携帯していた小さな容器を開栓。中身をぶちまけて発火する。ぶっちゃけただのサラダ油だが、一気に燃え上がったそれはスライムの一体を巻き込み、どろどろと溶かし始めた。直撃しなかった他の個体は「これはやばい」というように炎から距離を取る。
「っし。やっぱり火属性には弱そうね。やっとあたしの出番が来たんじゃない?」
「うむ。ならばここは年少組をメインに攻略するか。ノワール、シルビア。我らは露払いに徹するぞ!」
「了解だよー」
「かしこまりました。……ここはLEDランタンよりも松明が必要な場面ですね」
言って、ノワールはスカートの裾を破いて布を作──ろうとして止め、代わりにハンカチを裂いて適当な棒へと巻きつけ始めた。そこに油をたっぷり染みこませて火を付ければ即席の松明が完成である。
教授は教授で消火器を取り出してノズルをスライムに向け、噴射し始めた。
「お、意外に効くぞ! 科学の力か!?」
消火器から放たれる粉を吸い込んだ奴らはなんだか動きが鈍くなる。よし、これなら……!
「瑠璃さん、朱華さん!」
「はい!」
「はいはい……!」
聖なる光が、霊力を纏った日本刀が、サラダ油と発火のコンボが古より伝わる魔物達を駆逐していく。
ノワールの作った松明と教授の消火器も敵を近づけさせない役割を果たし、シルビアは水鉄砲のタンクに油を詰めて発射し、朱華を助けた。
一匹にさえ触れられてはいけない、しかも見づらいというのが非常に神経を使う作業だが、逆に言えば注意さえしていれば倒せない敵ではない。
周囲をよく見渡し、飛びかかってくる個体をかわす。すかさず攻撃を加えて倒し、次の標的を見定める。この繰り返し。
小一時間ほど、俺たちはそんな作業を繰り返して、
「……はぁ。さすがにそろそろ倒し尽くしたんじゃない?」
地面のあちこちが焦げ、消火器の痕が残る広場内。
ぐるりと見渡してみてもスライムの姿は見えなくなっていた。このパターンで一回泣きを見ているので一応、シルビア謹製のポーションを飲みつつ警戒するも、結局「超巨大スライムくん」みたいなやばい敵は現れなかった。
程なくして邪気の気配が消えていくのもわかり、俺はほっと息を吐く。
「なんとかなりましたね」
「そうね。分裂した時は割と焦ったけど、落ち着いて対処すればゾンビとかと大差なかったわ」
「あれが何匹もいたらと思うとぞっとしますが……」
幸いにもそんなことはなかった。
「教授。警戒してたこの地方の邪気ってこんなもんなのー? これならよっぽどオロチの方が強かったけど」
「いや、そんなはずはない。これでこの地の邪気を払い切れたわけではなかろう」
首を振ってそう答える教授。
「あの寺と違って所詮は公園だ。邪気が特殊な形を帯びる程の因縁がなかったのかもしれぬ。あるいは……いや」
言いかけた言葉の続きが紡がれることはなかった。
「とにかく、また明日も継続だ。今度は別のポイントに向かう。分割して祓えるのならそれに越した事はなかろう」
「了解。あー、うん。明日もあると思うと結構しんどかったわ、今日の敵」
「皆さん、回復魔法をかけますからゆっくり休んでくださいね
俺たちは車に乗ってホテルへ戻り、休息を取った。
俺は一人でスイートルームである。俺の感覚でもアリシアの感覚でも広すぎる部屋というのは落ち着かないのだが、ベッドルームの一つを選んで「ここを使おう」と決めると気分が楽になった。なんというか貧乏性である。スイートは五分で飽きるとか言ってた朱華達も同じだろう。
幸い、聖職者衣装は傷も汚れもつかなかったので、脱いだらブラッシングだけしてハンガーにかけておく。
「また明日もよろしくお願いしますね」
それから、今日の戦いが無事に終わった感謝や、次の戦いも上手く終えられるようにという願いを込めて夜のお祈りをして、ふかふかのベッドで眠りについた。
朝はホテルでバイキング。
割合すっきりと目覚められた俺はシャワーと朝のお祈りを済ませてからみんなと合流、栄養バランスを考えつつ、香ばしい焼きたてパンやふわふわのオムレツなどに舌鼓を打った。なお、朱華や教授がカレーやらローストビーフやらではしゃいでいたのは言うまでもない。
食事中の話題は今夜のバイトのこと──というわけにもいかないので、今日食べる名物グルメの話になった。
「青森のラーメンと言えば味噌カレー牛乳ラーメンらしいぞ」
「何よその名前だけで凄いやつ。それは一回食べてみたいわね……」
「いえ、あの。胃もたれしそうなのでもう少し普通のラーメンがいいんですけど」
「では、アリスさま。わたしと別のお店に参りましょう。シルビアさまと瑠璃さまはどうされますか?」
「私も普通のラーメンがいいかなー。一口食べたい気はするけど途中で飽きそう」
「えっと……私は教授についていきますね。人数も丁度いいですし」
無理しないでもいいと言ってみたが、瑠璃は「大丈夫です」と微笑むだけだった。どうやら普通に食べてみたかったらしい。そういうところは男の子である。ちなみに食べてみた感想は「意外とクリーミーでした」とのこと。そう言われると興味があるが、俺たちの食べた煮干し系ラーメンも美味しかったので後悔はない。
「さて、午後はのんびりしましょうか。夜もまた動くわけだし」
バイトに備えての休養とエロゲやりたい欲求、どっちがどのくらいの割合か少し気になる。
「私も配信したりすることにします。……あ、でもせっかくなのでおやつは食べたいですね。ここのレストランのデザートも美味しそうだったので」
「ではアリス先輩、私と一緒にお茶をしましょう」
「いいですね」
「アリスさま、瑠璃さま。でしたら私もお伴させてください」
というわけで、おやつには美味しい紅茶とアップルパイをいただいてしまった。ノワールの料理やお菓子も美味しいけれど、こうして旅先で食べるものというのはまた違った喜びがある。
他にも配信をしたり、ホテル自慢の大浴場を堪能したり、夕食にはご当地のB級グルメを堪能して、再びバイトの時間に。
「今度はどこに行くのー?」
「別の公園だ。ホテルからは少々距離があるが、車なら問題なかろう」
「また公園なんだ」
「夜間に人気がなく、少々の騒音も問題ない場所というとどうしても限られるからな。下手に海岸を使ってイカだのタコだの相手にしたくはないだろう?」
そう言われては何の反論もできない。
到着した俺たちは昨日と同じように配置につく。装備の消耗が最小限に抑えられているので準備は万全。さあ、今度は何が来るのか。
「昨日のスライムが今度は二匹、とかですと嫌ですね」
「瑠璃さん、そういうのは言っちゃ駄目です!」
しかし幸い、瑠璃の発言がスライムを招くことはなかった。
邪気が集合して形作ったのは無数の影。体毛に覆われたそれらは明らかに人とは異なる姿をしている。
「これは……熊に狼、それに鷹か!?」
ずんぐりとした巨体、すらりとした狩人の肢体、翼と鋭い爪を持つ獣の姿。
これはまた、でかいのが一匹だけだった昨日とはうって変わって数が多い。
「くっ。あれだ、車で轢いた方が早いのではないか?」
「残念ですが、あっという間に車がボロボロになるかと」
「ええい、ならば仕方ない! 各自、車まで退却! 脱出用のアシを守りつつ敵を掃討せよ!」
「了解です!」
毎度のことながら、多少の準備時間がもらえるのが有難い。
俺たちは車まで走って戻ると防御陣形を組んだ。俺とシルビアは屋根の上へとよじ登り、ノワールはボンネット部分に立つ。朱華はノワールから受け取ったナイフを構え、瑠璃や教授と共に抗戦の構え。俺は矢継ぎ早に全員へと支援魔法を唱えた。
「アリス、魔法の使いすぎに注意せよ。今回ばかりは回復魔法の出番だ」
「はいっ!」
答えつつ、俺はひとまず撃てるうちに
光の雨が敵の数体に命中して、鷹と狼はそのまま消滅する。熊はさすがにタフなのか、よろよろしながらも生き残った。
「集まってくる前に……!」
立て続けに手榴弾や爆発ポーションが投げられ、大口径の拳銃が連続して火を噴く。鮮血が飛び散り、動物の悲鳴が公園内に木霊する。これは事後の掃除がいつになく大変そうだ。
なんて考えている間にも、獣たちは仲間の死を乗り越えて俺たちへと殺到してくる。本当に数が多い。後から後からやってくる感じで、瑠璃たちに頼らず勝つのはとても無理だ。
「ただの獣がこれほど積極的に攻撃してくるものか……!?」
「言ってる場合じゃないでしょ! 来るわよ!」
敵が密集しているところにはノワールやシルビアが爆発物を投げ込む。ノワールはその傍ら銃を操り、飛行してくる敵を主に撃ち落としていく。飛びかかってくる敵を瑠璃が斬り、教授が本で殴りつけ、朱華が殴って蹴ってナイフで切り裂く。
俺は散発的に《聖光》を撃ちながら仲間に回復魔法を飛ばす。瑠璃たちもうまく攻撃を避けながら戦っているが、どうしても敵の爪や牙が届いてしまうこともある。そのまま放っておくと動きが鈍る原因になるので、すかさず治さなければならなかった。
そうして、仲間たちの身体に重く疲労がのしかかり始めた頃、教授が叫んだ。
「これは無理だ! 朱華と瑠璃は車に乗り込め! 悪いがアリスたちはそのまま迎撃を頼む!」
「承知しました。……アリスさま、シルビアさま、振り落とされない方を優先してください」
「りょ、了解です!」
「私なりに頑張るよー」
そうして無理矢理に車を発進させ、獣を何匹か跳ね飛ばしながら公園の入り口を突破。途端、邪気は霧散して辺りは静けさを取り戻した。
「……いえ、その。ちょっと昨日の今日でこれは厳しいです」
「昨日のスライムと合わせたら十分にボス戦ですね……」
何かあったのかと尋ねてくる政府関係者に説明をしつつホテルに戻った俺たちは、一日しっかり英気を養った上で翌日にリベンジ。
敵の数がだいぶ減っていたこともあって無事に討伐に成功した。
これで二箇所。
さすがに邪気も減ってきたのではないかと思っていると、教授が気難しげに唸って、
「これはさすがに確定だろう。考えたくはなかったが」
「なんの話よ、教授?」
「今回の戦いには何かしらの意図が感じられる。何者かが我々の戦力を測っていると思われる。やはりこの地には何かあるようだな」
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