聖女、刀を振り回したがる
「……ついに届いてしまいました」
四月が終わりに近づいたある日の放課後。
帰宅した俺は、大きめの箱を抱えて呟く瑠璃の姿を見た。
ついに、という少女の言葉から、箱の中身がなんであるかはわかった。
「届いたんですね、瑠璃さん」
黒髪の少女はこくん、と頷いて、
「届きました。……本物の日本刀が」
そう。
来たる遠征に備え、瑠璃はついに本格的な武器を手に入れたのだ。
かかった費用は軽く百万円以上。これまでのバイト代や政府からの援助金があってもなお、決して安いと言える額ではない。まして、ここに来て最も日の浅い瑠璃であれば。
それでも。
長い本物の刃物には、それにしかない力がある。
「開けますか、瑠璃さん?」
「是非開けましょう」
「ノワールさん?」
後輩の後ろから顔を出したノワールは明らかにわくわくしていた。
「ノワールさん、刃物好きなんですか?」
「ええ、まあ。人並みにですが好んでおります」
人並みの刃物好き度ってどれくらいだろうか……?
少なくとも一般人はナイフや包丁を見て「わー、便利そう」とは思っても目をきらきらさせたりはしないような気がするが。
元は裏社会の女王だった彼女だ。武器の類には一家言あるのだろう。
俺はそう納得して、瑠璃たちと共にリビングへと移動する。テーブルは今誰も使っていないので色々広げても大丈夫だろう。
「朱華さんたちも呼びますか?」
「いえ、朱華先輩は『あたしはいいわ』と言っていました」
やりたいエロゲでもあったんだろうか。まあ、他人の武器にそこまで興味はないのかもしれない。
シルビアはいつも通り薬でも作っているんだろうし、教授も気にするのは戦力の増加具合だろうから、このメンバーで開けてしまって問題ないだろう。
俺は頷きと視線で瑠璃を促す。
「……では」
輸送用の段ボールを開けると、厳重に梱包された二つの木箱が現れる。
一つは長く、もう一つは小さめ。瑠璃はそれらを丁重に持ち上げると、テーブルの上へと並べた。
息を呑む様子があった後、木箱が開かれる。そうして現れたのは、しっかりとした拵えの、紛うことなき日本刀だった。
当然、鞘に入った状態だが、それでもその重厚感はわかる。
小さい箱の方は短刀。長い方の刃渡りはだいたい、一般的な木刀と同じ程度だろうか。鞘に入ったままの状態で刀を手にした瑠璃は「重いですね」と呟く。
「さすがは本物。……これならば生き物の身体も切断できるでしょう」
「物凄く物騒なことを言わないでください」
「すみません、アリス先輩。つい」
「ですがアリスさま、刃物には美術品としての価値もあります。見ている分には綺麗なものですよ」
「それはわかりますが……」
と言いつつ、抜いたところも見せてもらう。
十分に俺たちやテーブルから離れたうえ、瑠璃が刀を引きぬく。すらり、と現れた刃は部屋の明かりを反射して独特の輝きを見せた。
「……確かに、これは見事ですね?」
「そうでしょう? あちこちの刀剣販売サイトを巡って見つけた掘り出し物です」
包丁やナイフの目利きに長けたノワールも刀選びに協力していた。朱華は中華系とはいえSF出身者なので刃物には特別詳しくない。ともあれ協力者がいてくれたお陰もあって、なかなかの一品が俺たちの元へやってきてくれた。
しかし、日本刀というのは実際独特の美しさがある。
ファンタジー出身であるアリシアの記憶を呼び起こしてみても、あっちの刃物というのはもっとこう、叩きつけて切るようなのが主流だ。まあ、ゲームには東方の刀使いとかもちょい役で出たりしていたが……。鋭さで斬る細く長い刀には機能美というか、ある種の芸術的美しさがある。
アリシアの仕える女神は「農機具としても使える武器」を推奨しているが、刃物も草の刈り取りや果物の採集等に用いられるので特に忌避感はない。俺自身としても元剣道部だったわけで、本物の刀には「すげー、かっけー」という小学生的感想を抱かずにはいられない。
「……瑠璃さん、少し振らせていただけませんか?」
「すみませんアリス先輩。危ないのでそれは……」
「アリスさまは刀を握らない方がよろしいかと」
わくわくしながら申し出れば、なんということか、瑠璃とノワール二人から「触るな」と言われてしまった。俺だって剣道の心得はあるのだが、ドジを踏んでどっか斬りそう、みたいな扱いである。しかし「やだやだ」と我が儘を言うわけにもいかないので諦める。
「これは大事に使わないといけませんね」
「はい。それについては一つ対策を考えています」
そう言った瑠璃は自室から小さなアイテムを持ってくる。黒塗りの上品な簪。そこそこ上等な品であるのは材質やデザインからわかるが、それ以上に何か清浄な雰囲気を感じる。
「この簪には霊力を籠めてあります」
「霊力を籠める……。瑠璃さま、その力はあまり長持ちしないのでは?」
「ええ」
ノワールの問いに瑠璃は頷いて、
「物質に籠めた霊力は時間と共に目減りし、短時間で消えてしまいます。ですが、何度も繰り返し霊力を付与したり、多くの霊力を籠めることで目減りする量を減らすことができるようなのです」
「何度も付与する間に、品物自体が霊力に適応していく……ということでしょうか」
「おそらく」
俺の神聖魔法とは違うものの、瑠璃の霊力も清らかな力だ。何度も付与することで品物自体を浄化して質を向上させていたとしてもおかしくはない。
ならば、
「同じ要領で、この刀も強化できる……?」
「どちらかというと、耐久性が上がって欲しいところですが」
可能性は十分にある。
もちろん、大きさが違う以上、上手く行っても簡単ではないだろう。それでも試してみる価値はある。夜寝る前とかに試すなら疲労も心配しなくていい。いざとなったら俺の回復魔法やシルビアのポーションもあるわけで──って、魔法?
「あの、瑠璃さん。私の《
「あ」
顔を見合わせる俺たち。
俺は前にもお守りづくりなどで物に神聖な力を籠めたりしている。あれはどちらかといえばおまじない的なもので、ガチのご利益が継続するとは正直考えていなかったが……何度も祈りと魔法を籠めれば話は違ってくるかもしれない。
「で、でも、さすがにアリス先輩の負担になりませんか?」
「気にしないでください。私も寝る前にやりますから、終わったら寝るだけです」
「寝る前に、アリス先輩と……」
呟き、何かを考えるように遠い目をする瑠璃。
まあ、同時にやると力が喧嘩するかもしれないので交代の必要はありそうだが。幸い、思考から戻ってきた少女は微笑みを浮かべて「よろしくお願いします」と言ってくれた。
これにはノワールも「アリスさまと瑠璃さまの共同作業ですねっ」と喜んでくれた。
大学から帰って来た教授にも報告すると、彼女も「ほう」と感心した上で「無理のない範囲で試してみればいい」と言ってくれる。遠征まではもう日がないので上手くいくかは成り行き次第だ。
「ところで、教授。大学の休みは取れたのー?」
「うむ、問題ない。普段の勤務態度が真面目なお陰だな」
「……ま、こんな見た目幼女が頑張ってるの見たら『たまには休め』って言いたくなるわよね」
ああ、実際いろいろ、見た目が可愛い女の子だと得だよな……。
「各自、物資の輸送準備も問題ないか? 多めに準備して、送れる物は送ってしまえ」
「ん。ってもあたしはチャイナドレスがあれば最悪大丈夫なのよね。とりあえず油とかウォッカとかは送る荷物に詰めといた」
「ふふふ、私も抜かりないよー。この時のためにたくさん徹夜してポーションを作りためたからねー」
「わたしも、この際なので大型の銃器を送り込むつもりです。せっかくなので対物狙撃銃なども使ってみたいのですが……」
「敵の数と種類がわからんからな……。あらかじめ位置取るのも難しかろう。ちなみに吾輩は全員分の防弾ベストなどを購入済みだ」
「私は刀をギリギリまで手入れするつもりなので特別には……。強いて言えば着替えくらいでしょうか。アリス先輩は大丈夫ですか?」
「はい。私も衣装と聖印の予備くらいです」
一応、遠征用としてシスターメイド服(アリシアの衣装ではなく、ノワール御用達のサイトで普通に売られているもの)を買い直してある。その他は着替えや化粧品、それから聖水をいくらか量産して送っておくくらいだろうか。いや、結構あるなこれ。
「アリスはしょっちゅう服が傷つくんだから、次のも頼んでおきなさいよ?」
「もちろんです。オーダーメイドを追加するつもりで今、デザインの最終調整をしています」
頼むのは微調整したアリシアの衣装と、それからキャロル・スターライトの衣装の予定だ。後者は主に「いつか必要になりそう」というのが理由だが、普通に聖職者衣装としても使えるはずなので、いざとなればバイトに持ち出しても構わない。
それとは別に縫子からも「キャロルちゃんの衣装を製作中です」と報告を受けているので、なんかキャロルの衣装も増えそうである。まあ、縫子が作ってくれた分はバイトで汚すわけにはいかないんだが。
「もうすぐですね、遠征」
「そうね。……ところで教授? 連休の中日ってどうするわけ? 普通に学校あるんだけど」
「いざとなったら休んでもらうしかないだろうな」
あっさりサボりを要求された。
「ずる休みは気が引けるんですが……」
「別にズルではなかろう。立派な家庭の事情だ。というか、連休に学校休んで旅行に出かける女子高生など珍しくはないぞ」
「そうなんですか、瑠璃さん?」
「そうですね。
うちはお嬢様学校に近いのでサボりのノリで休む生徒はほぼいない。しかし、お金持ちの家というのは「数日学校を休むデメリット」と「長期の旅行に行けるメリット」を天秤にかけて後者を選んだりするらしい。真面目に生活を送るのと損得勘定をしっかりするのは両立できるという考え方。
そう言われると鈴香あたりがやりそうだな……と思った。
ちなみに向こうへ滞在中はホテルに泊まることになる。
ランク的には四つ星。主要スタッフに話は通っており口止めも十分、場合によっては裏口から入れるような手筈も整っているとのこと。
別地方の良いホテルとか、普通に内装や食事も楽しみである。
部屋は二人部屋を三つと、広いスイートルームを一つ。スイートは主に作戦会議用だ。
遠征している間はさすがに配信はしなくていいかな……と思っているものの、一応機材的にはノートパソコンとWebカメラ、後はwi-fi用のルーターあたりがあれば問題ないので、一応やることも考えておこうと思う。その場合、防音的にもスイートルームを借りることになりそうだ。
「戦場はどこになったんだっけー?」
「大きく、かつ夜間は閉鎖される公園だな。一応他にも幾つかの場所を確保してある」
最初の公園では支障があった場合、あるいはあっさりとクリアできてしまった場合は翌日から他の場所へと移ることになる。
「どんな相手が来るのでしょうね……」
「んー、空飛ぶ巨大マグロとか?」
「瑠璃よ、そうなったら解体を頼むぞ」
「私の刀はマグロの解体用ではないのですが……!?」
ああ、テレビで見るマグロの解体はなんか物干し竿みたいな長いの使ってるもんな……って、そういう問題でもない。そもそもプロの料理人でも空飛ぶマグロを生のまま解体したりはしないし、さすがにそんなアホな生き物は出てこないはずだ。
「とにかく、気を引き締めておきます」
「そうだな。何が出てきてもいいようにしておけ。どうせ強敵が出たら撤退するのだ。そのための宿泊準備なのだからな」
気分はレイドボスとかそんな感じである。
そうして俺たちは遠征に向けた最後の準備を始めた。もちろん平日の昼間は学校があるし、放課後は放課後で配信したりと忙しいのだが、その合間を縫って荷造りをして宿泊先のホテルへと送った。長期休暇中に遊びに行こう、という友人たちの誘いは申し訳ないが「家の用事があるので」と断った。
俺を誘うのに失敗したクラスメートは代わりに(?)小桃を誘っていたが、彼女もまた「ごめーん、私も用事があるんだ」とのこと。やっぱりこの時期はみんな忙しいんだな、と思うと同時に、小桃が断ってくれたお陰で少しだけ気が楽になった。
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