聖女、園芸部に入る

「見たよー、アリスちゃん。初めてにしては上出来だよ。すごいすごい。やっぱり私の目に狂いはなかったねー」

「ありがとうございます。千歌ちかさんにアドバイスいただいたお陰です」


 なんて、千歌さんはだいぶ贔屓目で見てくれたのだろうが、通しのリハーサルで大きなミスが出なかったということで、俺は配信開始を決意した。


「いつから始めるの? チャンネル自体はもう出来てるけど。っていうかもう登録したけど」

「いつの間に!? 重ね重ねありがとうございます」


 チャンネルを開設するのは配信開始より何日か前の方がいい、というのはもともと千歌さんからのアドバイスだ。

 新人の配信者には当然ながらファンがいない。リアルの友人知人が多いとか、別の活動によるファンを抱えているとかでない限り、そもそも知られていないので人も来ない。だからせめて人目に触れる機会を増やす。

 チャンネルさえできていれば、Atuber(アバターを利用した配信者の呼び名だ)が好きな人がたまたま見かけて登録してくれるかもしれない。初回配信を何人見てくれるかは配信者本人の精神衛生的にも大事である。

 同じ要領で「キャロル・スターライト」としてのつぶやいたーアカウントも開設した。こっちでも宣伝を行うことでAtuberを好きな人が以下略、である。


「気にしなくていいよー。アリスちゃんの初回配信に被せたいだけだから」

「……私を潰しにかかるつもり、じゃないですよね?」

「違う違う。私達が別人だっていう証拠、こっそり作っておきたいだけ」


 俺と千歌さんは同じ声をしている。

 キャロル・スターライトがAtuberである以上は「キャロル=千秋和歌」疑惑が絶対出てくるので、同じ時間に生配信をするなどしてアリバイを作るのだ。

 ここでポイントなのは仰々しくやらないこと。さりげなく、わかる人にしかわからない程度でいい。


「聞かれたら関連を匂わせつつ、でも別人っぽく振る舞っておけばみんな勝手に深読みして盛り上がってくれるってわけ」

「……すごいです。みなさんそんなに考えてやってるんですか?」

「みんな、ってわけじゃないと思うよ。私の場合は事務所がついてるし、個人でも参謀を用意してる人もいるだろうし。別にこういう小細工が必須ってわけじゃないしね」


 千歌さんが協力してくれるのは千歌さん自身の利益にもなるから、というのが大きい。

 キャロルの人気が出れば同じ声の声優も注目される。後々、千歌さん側の配信にも出る予定となれば猶更だ。

 こうして有難いサポートを受けた俺は本番配信を生で実施。


「……だんだんお腹が痛いような気がしてきました」

「アリスって本当、初めての時は大袈裟に緊張するわよね」

「慣れちゃうとすごく堂々としてるのにねー」

「大丈夫ですアリスさま、わたしも陰ながら応援しております」

「アリス先輩、私も配信、部屋で見ますね」

「うむ。吾輩は寝るが、心の中で応援している」


 同じ部屋にいるのは遠慮願ったが、仲間がリアルタイムで見てくれているのは嬉しい。何かやらかしそうになったら「ちょっと待った!」と乗り込んできてもらうことも可能だからだ。

 幸い、そこまで大袈裟な事件は起きなかったが。

 予想通り初配信の視聴者数は一桁。うち一人は瑠璃なのが確定していることを考えると、実質的な観客は本当に少なかった。

 それでも、見てくれている人がいる。

 ファンを増やす、なんていうのは初回を見てくれている数名を楽しませられなければ夢のまた夢。俺はまだまだ慣れないところのある操作に四苦八苦しながら笑顔を作り、喋り、ゲームで遊んだ。


「ありがとうございました。良かったら、また見てくださいね!」


 ぺこりとお辞儀をして配信を終了した瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。

 けれど、やりきったという達成感はある。まずは成功だったと言っていいだろう。


「お疲れ。ま、頑張ったんじゃない?」

「お疲れ様でした、アリス先輩。朱華先輩は素直じゃないだけなので無視して構いませんよ」

「瑠璃こそ、いつアリスに変なこと言い出すかと思ってヒヤヒヤしたわよ」

「なっ!? そんなことするわけないではありませんか」


 終わってすぐ、朱華達が労ってくれたのもとても嬉しい。

 俺は漫才を始めた二人を笑顔で見守りながら「ひとまず、もう少し続けてみよう」と思った。





 底辺配信者が有名になるための道のりは遠い。

 配信自体を面白くすることはもちろん、つぶやいたー等を利用した宣伝も大事。宣伝と言っても「配信するから見てね」と言うだけではなく、例えば日常の何気ないことを呟いたりして関心を引くことも大事になってくる。

 そして何より配信の頻度。

 千歌さんからのアドバイス、それから自分で調べたセオリーから言っても「しばらくは毎日配信する」というのが秘訣らしい。

 これはやはり実績を作ること。目に留まる機会を増やすことなどが理由だ。アクティブに活動している配信者には期待も集まる。そうすることでフォロワー数という「目に見える注目の度合い」を増やし、その数字が更なるフォロワーを呼んでいく。

 というわけで、


「やることが多いです」

「でしょうねえ」


 愚痴をこぼしたら「さもありなん」という反応をされた。

 いや、でも本当に忙しいのだ。

 治療のバイトは今もなお、平均して数日おきに入ってきている。高校の授業も軌道に乗って宿題も増えてきた。配信以外にもやりたいこと(料理や裁縫の練習とか)はあるし、学校の友人と話を合わせるためにも少女マンガを読んだり、エンタメ系の知識を最低限入れることも重要だ。

 もちろん美容のための肌・髪のケアも欠かせないし、健康のためにはある程度の睡眠時間を確保しないといけない。何より、朝晩のお祈りは絶対忘れてはいけない。


「マンガとかゲームのヒロインみたいな完璧超人目指すからよ」

「そんなことしてません。私はしたいことをしてるだけです」

「ほんと、アリスちゃんはそういうところだよねー」


 シルビアがしみじみと言えば、瑠璃も「全くです」と頷く。

 いや、みんなはそう言うが、このシェアハウスの住人達はだいたい同じ穴の狢である。エロゲにメイドに製薬にファッション、好きなことをしすぎて時間が足りていない。仕事の忙しい教授だけがある意味例外である。


「だから、朱華さんには言われたくありません」

「まあ、エロゲしてるよりは有意義よね。アリスの場合はちゃんと寝てるわけだし」

「アリスさまの栄養管理もわたしがきちんとしておりますので、お任せください」


 さすがノワール。

 公私共にすっかりお世話になってしまっている。彼女が三食美味しいご飯を作ってくれなかったら俺はこんなに頑張れない。

 そのうち個人事務所みたいなノリを作って給料を払うべきなんじゃないだろうか。





 ともあれ、努力の甲斐あってか配信の視聴者数は少しずつ増えていった。

 配信内容は当初ゲーム配信としたが、人が増えてくるに従って視聴者と会話する機会も出てきた。話しかけてくる人と来ない人はかなり顕著で、ゆくゆくはどの程度コメントに反応するかも考えなくてはいけないだろうが、とりあえずはできる限りコメントへ反応するようにした。

 

「〇〇さん、応援ありがとうございましゅっ!?」

『噛んだ』

『噛んだな』


 会話をしていると中にはこんなこともある。

 すかさず反応されるのでなんとも恥ずかしい。かと言って下手に表情を変えると「かわいい」とかコメントが付くので油断ならない。俺の思っている以上にキャロルのアバターは些細な表情を変化を拾い、画面に反映させてしまうのだ。

 そんな中、視聴者との会話から思わぬ収穫もあった。

 コメントによる質問の大半はキャロルの設定に関するものだったりするのだが、それに答えるためにアリシアの記憶を覗く機会が増えた。それにより、俺でさえ知らなかったアリシアのことをどんどん知っていける。

 アリシアが土いじりをしたがっていた、というのもその一つだ。

 いや、大地と愛の女神なんだから当然と言えば当然なんだが。


『そうですよ、私。もっと早く気づいてくれてもいいのに』

『もっと早く言ってくれてもいいじゃないですか』

『私はあなたなんですから、あなたが聞こうとしないと伝えられないんです』


 アリシア・ブライトネスは最終的に聖女と呼ばれるまでになった優秀な聖職者である。

 彼女が世界を救うことになったのはゲームのストーリー的に偶然なのだが、その素質が十分であるのは幼少期の時点で神殿側も把握していた。

 短い下積み期間の後はひたすら、神聖魔法の練習などのエリート教育を施されていたアリシアは、大地に対する感謝を説きながら、作物や果実を育てる時間を取れていなかった。

 その点、この世界なら園芸は手軽だ。

 ホームセンターに行けば種から道具、土に至るまで揃えられる。流通している品種も多いし、育て方だってネットで調べられる。考えてみればノワールやシルビアもシェアハウスの花壇でいろいろ育てているわけで。

 そうか、園芸があった。

 というわけで、俺は部活動の体験入部期間が終了してしばらく経ってから、学園の園芸部へと接触を試みた。


「突然すみません、見学させていただいても大丈夫でしょうか?」

「見学? この時期に──って、アリスちゃ、ブライトネスさん!?」


 園芸部は部室を持っているものの、十人以上いる部員の多くは部室が「放課後、部室に常駐しているわけではない」という状態だった。

 やる気のない生徒が多いという意味ではなく、むしろ逆。活動する時は屋外に出ることが多いこと、勉強などで忙しい中「それでもやりたい」という生徒が多いこと、特に熱心な生徒は自宅など別の場所でも植物の世話をしていることなどの理由だ。

 つまり、たまり場でお茶を飲んで雑談するだけ、という部活ではないということ。

 初めて部室を訪れた際、たまたま部室にいた二人きりの部員は、俺にそんなことを教えてくれた上で「どうしてここに?」と尋ねてきた。


「それは、その。経験はあまりないんですが、少しでも土に触れてみたくて」

「うちで育ててるの、お洒落な果物とかはあんまりないけど……」

「大丈夫です。むしろ野菜の育て方の方が気になります」


 甘い果物はもちろん好きだが、ファンタジー世界において庶民の腹を満たすのは素朴なパンや茹でたじゃがいも、クズ野菜のスープなどだ。そういうありふれた作物の育て方こそ知っておくべきだと思う。


「そこまで言うなら、少し花壇とか見学してみる?」

「いいんですか?」


 園芸部が管理している花壇や小さな畑に案内してもらい、どんな物を育てているか教えてもらった。興味のない人間からすれば「土と植物を眺めるだけ」という時間なわけだが、俺にはその時間がとても貴重なものに感じられた。

 男時代には特別興味を持ったことはなかったが、体育や剣道部でシゴかれていた経験上、土の地面に忌避感はない。

 武士や戦国武将を支えていたのだって農民・百姓なわけで、その有難みを知るのは大切なことだ。


『あの、アリシア? 作物の育ちを良くする魔法もあるんですよね?』

『もちろんです。ある意味、私達が最も得意とする分野と言ってもいいと思います』


 わかりやすい成長促進の魔法から悪い虫を追い払う魔法、土の栄養状態や水はけを良くする魔法、植物の健康を回復させる魔法、受粉を助ける魔法などなど、様々な魔法があるらしい。

 あまり手出ししすぎると逆に迷惑かもしれないと思いつつ、少しくらいならいいだろうかと手を差し伸べ、控えめに(こっそり)魔法をかけたりしていると、部員たちから「まるでお祈りしてるみたい」と言われてしまった。


「お祈りするのもいいですね」


 と、ついつい素で答えてしまうと目を丸くされた。

 しまった、ドン引きされたかと思った矢先、


「ブライトネスさん、本当に好きなんだね」


 どうやら引かれなかったらしい。俺は「はい」と笑顔で答え、園芸部に入部することを決めた。

 それから暇な時は部室へ顔を出すようにしたところ、何故か部員の出席率が上がった。理由を尋ねても「気にしなくて大丈夫」と言われるだけなのだが、みんなあれこれ俺に園芸や植物について教えてくれるので、俺としては大助かりだった。

 なお、その年の園芸部の作品はこれまでの活動で一番のものになったとかならなかったとか。

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