【ラペーシュエンド】聖女、偶像になる

 周囲を歓声が埋め尽くしている。

 とあるドームのステージ上に立った私は、装着した小型マイクに向けて声を上げる。


「みなさん、今日はお集りいただきありがとうございます」


 身に纏っているのは白を基調とするステージ衣装。

 衣装の袖には「しゃらしゃら」と音の鳴る仕掛けが施されており、儀礼的な装束としてもある程度の役割を果たす。ローヒールのブーツはタップシューズに似た造りで、靴音が響きやすくなっている。

 首にかけた聖印はチェーンを短めの物にチェンジし、踊っている最中に揺れるように。

 ウィッグは着けず、長い金髪をアクセサリーで飾り、顔にはナチュラルメイク。

 必要以上に媚びることはせず、心から生まれる自然の笑顔を観客へと向ける。


「待たせたわね、下僕ども。熱狂する覚悟はいいかしら?」


 並んで立つのは、桃色の髪をした少女だ。

 私とは対照的な黒ベースのドレス。肩の露出する煽情的なデザインながら、下へ向かうにつれて大きく広がり、ボリューム感を演出している。

 漆黒のロンググローブとガーターベルトが彼女の妖艶な魅力を十二分に引き出すと同時、常人には手が届かない、手を伸ばしてはいけないものだということを強くアピール。

 靴は私と違ってハイヒールだが、そんなことで彼女の動きは妨げられない。


 アリシア・ブライトネスとラペーシュ・デモンズロード。


 対照的な私たちのパフォーマンスに、観客は更なる歓声で返してくる。

 私たちはちらりと視線をかわし、小さく頷き合うと、みんなに答えて。


「どうか、今日は心ゆくまで楽しんでいってください」

「いい夢を見せてあげる。興奮しすぎて倒れても、責任は持てないから」


 流れだした音楽に合わせて、私たちは唇から歌を紡いだ。






「お疲れさまでした、ラペーシュ様」

「アリシア様。とても感動的なステージでした」


 約三時間後。

 ライブを終えた私たちは会場である某ドームの控え室に戻ってきた。

 すかさず声をかけてきたのはスタッフたち。会場のスタッフではなく、が擁するメンバーだ。

 誰が誰をメインの担当にしているかは腕章やチョーカーの色などで区別できるようになっていて、当然、黒がラペーシュ、白が私を表している。

 ちなみに、事務所のスタッフはほぼ全員が女性だ。


「ありがとうございます。大事なく進行できて何よりでした」

「あら。そんなこと当然じゃない。問題なくステージを進行すること、そして、不測の事態が起きてもなんとかするのがこの子たちの仕事だもの」

「もう。また、そういうことばかり言うんですから」


 二、三人がかりで衣装を脱がせてもらいながら、私はラペーシュを軽く睨んだ。


「私たち二人だけではこんなステージ、絶対できないんですから。ちゃんとみなさんに感謝しなければ」


 けれど、ラペーシュは意に介した様子もなく笑って、


「いいのよ。この子たちは私の下僕なんだもの。ね?」

「「はい、ラペーシュ様」」


 ラペーシュを信奉するスタッフたちが声を揃えて答える。

 いや、その、なんというか凄い結束力である。朱華あたりなら「全員調教済み」となんの遠慮もなく評するだろう。

 実際、その表現はそう外れてもいない。

 うちの事務所は発案から出資、中核メンバーの人選までをラペーシュが行っている。社長は別の人間が務めているものの、彼女にもしっかりラペーシュの息がかかっており……やろうと思えばどこまでも好き放題できる体制が整っている。

 私は思わず遠い目になって、


「やっぱり、これはやりすぎだったと思うんですが」


 いったい、私たちのために何人が動いているのか。

 計算しようとしたら途方もない数字になりかけたので断念していると、


「アリスったら。……もしかして、妬いてるのかしら?」


 下着姿になったラペーシュが歩み寄ってきて、私の頬に手を伸ばしてくる。

 細く白く、柔らかな指先。

 あの頃から、その感触は全く変わっていない。

 熱っぽく私を見つめてくる瞳の色も。


「安心しなさい。私はこれまでも、これからも、あなたを一番に思っているわ」

「……そうですね」


 私は微笑み、目を細めて、ラペーシュの手に自分の手を重ねた。


「知っています。……そして、そうありたいと願っています。これからも」






 私たちの関係が大きな転機を迎えたのは、高校一年生の文化祭だった。

 一学期の終わり、夏休み直前に鴨間おうま小桃こももを捨て、ラペーシュ・デモンズロードとしての素の自分を表に出したラペーシュは、二学期が始まるとすぐにクラス、学校に馴染んだ。


『おはよう、鴨間さ……あれ? えーっと?』

『どうしたの? もしかして、夏休みの間に私の名前、忘れてしまったのかしら?』

『あ、ううん。ごめんね、ラペーシュさん。私、変なこと言ったよね?』


 当初こそ小さな違和感を覚える者がいたものの、それもすぐに収まり、元からクラスの人気者だったこともあって、私とセットで注目の的になった。

 見た目的には小桃よりもずっとうさん臭くなったと思うのだけれど、不思議なことに鈴香すずかなどはむしろ、前よりも好意的になった。


『ラペーシュ。アリスとの結婚式には必ず呼んでね?』

『もちろん。きちんと祝ってくれるなら大歓迎よ』


 ラペーシュが以前よりも大々的に私への好意をアピールしだしたのも原因かもしれない。

 過去がないせいでどこか信頼しきれない雰囲気のあった少女が「女の子が大好きな我が儘お嬢様(?)」になったわけで。裏表がなくなって付き合いやすくなったのはあるだろう。

 その気のない子を強引に口説いたりはさすがのラペーシュもしないので、みんなとも普通に付き合える。

 一方、告白してくるような子には誠実に答えていた。


『知っていると思うけれど、私はアリスのことを愛しているの。それでもよければ、可愛がってあげてもいいけれど』


 いや、うん、これで男だったら一発ひっぱたいた方がいいというか、美少女でも若干許されないんじゃないか、という気はしないでもないけれど、なんの嘘も隠し立てもしないという意味では格好いいし、誠実だった。

 それでもいい、と答えた子も中にはいたみたいで──そんな子たちとどんなことを話してどんなことをしたのかは詳しく知らない。知っても仕方のないことだったし、想像しただけで胸がざわざわして落ち着かなくなるので意識しないようにしていたのだ。

 多分、嫉妬だったのだろう。


『結局、ラペーシュさんは平和に暮らせない人なんですね』


 拗ねて、妬いて。私は一時的にラペーシュを遠ざけた。

 喧嘩というにはあまりに一方的な確執。

 それを打ち破ったのは、文化祭のミスコンであっさりと一位をもぎ取ったラペーシュが、大勢の生徒の前で放った告白だった。


『アリシア・ブライトネス。私はあなたを愛している。私の人生をあげるから、あなたの人生を私に頂戴』


 好きだとか、愛してるとか、既に数えきれないくらい言われていた。

 けれど、まさかあんな大勢の前で堂々と告白するとは思わなかった。

 しかもミスコンの席だ。普通に流しておけば後で女の子からの告白が山ほどきただろうに、そういうのを全部放棄して、私に告白してくれた。

 気が付いたら、こみ上げる涙を堪えきれなくなっていた。

 客席にいた私にも注目が集まり、人込みが割れて道ができた。


『返事をもらえるかしら、アリス?』


 そう言ってマイクを差し出してきた彼女に、私は「はい」と答えた。


『……浮気しないでくれるなら、喜んで』

『……それについてはじっくりと話し合いましょうか』


 正妻それ正妻それ愛人これ愛人これ、というスタンスは譲れないらしい。

 若干動揺しつつもきっぱりと返してくる彼女を見て、ついつい、くすりと笑ってしまった。


『もう、しょうがないですね』


 話し合いを重ねた結果、どちらがどのように折れたのかは、今の私たちを見ればわかると思う。

 晴れて恋人同士になった以上、ラペーシュは恋人らしいことをどんどん求めてきた。その分だけ恋人扱いもしてくれるので、私もついつい流されてしまうことが多くて……。

 まあ、その、なんというか、せめて広くて個室があって防音も利いている二代目シェアハウスに移るまでは避けて欲しかったのだけれど、ラペーシュは「聞きたい人間には聞かせればいいじゃない」とお構いなしだった。

 翌朝とか、私がどれだけ恥ずかしかったか少し考えてみて欲しい。

 朱華とかシルビアとかアッシェは妙にニヤニヤしてくるし、教授は気を遣いすぎて挙動不審になるし、瑠璃なんかラペーシュと刺し違えるんじゃないかっていうくらいの過剰反応を見せるし──ノワールなんか「おめでとうございます」と言ってくれた上で「よろしければ、とっておきの技術をお教えしましょうか?」である。

 うん、正直ノワールの反応がトドメだった気がする。


 それでも別れずに今日まで来てしまったのはもう「惚れた弱み」としか言いようがない。

 超をつけてもいいレベルの美少女が何度断られてもめげずに告白してくれて、しかも付き合いだしてからも欠かさず愛を囁いてくれるのだ。いったん好意を自覚してしまったらもう駄目だった。欠点でさえ「そういうところも可愛いんですよね」と見えてしまって、大抵のことは笑って許せてしまう。

 刺し違えてでも魔王を倒そうとした私が、あれとは別人とはいえ魔王と愛を育むことになるなんて、人生何があるかわからないものである。


 と、話が長くなってしまったが……どうして私たちがアイドルとしてライブをすることになったかというと、私の大学進学が決まって間もなく、ラペーシュが言い放った一言のせいだった。


『私がアリスを本物の偶像にしてあげる』


 配信をしたり、同人誌即売会でコスプレをしたり、千歌さんなんかと共同で音声作品を作ったり、例のSRPGがOVAになるにあたって主人公の声優を担当することになったり、細々と(?)活動をしていた私だったが、それまでは特に事務所所属もしていなければ明確なアイドルというわけでもない存在だった。

 それがラペーシュには許せなかったらしい。


『私のアリスが一番だってこと、愚民どもに教えてあげましょう。……あ、まあ、正確には私と同率一位なのだけれど』


 それまでに稼いだ資金と人脈をぱーっと使い、芸能事務所を新規で設立。

 変身者もどんどん増え、そろそろ隠匿も限界だったのをいいことに政府に情報公開を促し、私や自分自身の素性や能力を世間へ周知。

 そして、芸能活動を主軸とする私たちのが始まった。


 ラペーシュはファンを『下僕』と称して。私はファンを『信仰への賛同者』として。ライブその他の活動を通してどんどん増やしていった。

 正直、ドームを満員にできるとは思っていなかったのだけれど。

 男性ファンなど本気で眼中になく「別に応援してくれる分にはいいけど、私の視界に入らないでくれるかしら? 目ざわりだから」と平然と言ってのけるラペーシュの態度が受けたのか、はたまた異世界の宗教を楽しそうに語る一見電波系の私が特定層にヒットしたのか、私たちのユニットは大ヒット。

 自ら志願してラペーシュの下僕や私(というか女神様)の信者になりたがる人もかなりの数登場し、私たちのユニット以外運用するつもりのなかった事務所は複数の姉妹グループ、子グループを抱えるまでに。


 こうして、ラペーシュはこの世界でも『魔王』に、私は『偶像』あるいは『聖女』になった。





「あらためてお疲れ様、アリス」

「ラペーシュさんこそ。少し頑張りすぎたんじゃないですか?」


 大学を卒業後、私たちは新居を購入して同棲を始めた。

 二人で住むには贅沢過ぎる、豪邸と言っていい家。当初、ラペーシュは二代目シェアハウスと同等の屋敷を希望していたのだが、さすがにそれは広すぎると却下した。

 最終的に決定した間取りですら十人から二十人くらいは生活できてしまうレベルなのだ。中には祭壇を置いた部屋や、舞いや歌を練習するための部屋まであるし、あまりにも十分すぎる。

 ……と、思っていたら、住み始めて一年ちょっとの現在、ラペーシュのメイドを志願した下僕さん(全員容姿の整った女性)や私の弟子志願が押し寄せてきて手狭になりつつあったりはするのだけれど。

 夜。

 二人でのんびりする時間は誰も邪魔しないよう、お互いのフォロワーにしっかり言い含めてある。


 ドームから家までの移動に魔法を使い、時間消費をキャンセルしたラペーシュは、ついでとばかりに魔法でナイトドレスに着替えると、冷蔵庫からワインとチーズを取り出した。

 二人分のグラスに美しい色合いの酒が注がれ、私たちは二人だけで乾杯する。


「……それにしても、お酒は何度飲んでも慣れませんね」


 美味しいのだが、飲み過ぎるといつの間にか理性が飛んでいる。

 自分を律することが求められる聖職者としては不甲斐ない限りだ。もちろん、できるだけ飲み過ぎないようセーブしようとしたり、つまみやチェイサーで酔いの軽減を図ったりするのだけれど。


「いいじゃない。酔いつぶれたらちゃんと、私が介抱してあげる」


 酒が減っていないとすかさず指摘し、グラスが空になるとすかさずお代わりを注いでくれる恋人がいるせいで、ついつい飲み過ぎてしまう。


「……そうやって、今度は私に何をする気ですか?」


 頬を膨らませて言えば、ラペーシュはとぼけるように笑って。


「さあ、なにかしら?」


 グラスに半分ほども残っていたワインを彼女はぐいっと飲み干すと、酒を口に含んだままキスをしてきた。

 拒めない。

 流し込まれる芳醇な香りと酒精を含んだ液体に、理性がとろんと蕩けていく。駄目だと思っても止められない。軽くもたれかかるように体重を預ければ、優しく肩を抱かれた。


「愛しているわ、アリス」


 その夜は、妙にゆっくりと更けていった。

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