聖女、エステに行く
「アリスさま、アリスさま。この衣装、可愛いと思いませんか?」
椎名の一件以来、ノワールと更に仲良くなった。
夏休みで暇があるのも手伝って、リビングにいるとはしゃいだ様子で話しかけられる。
見せられたのはとある衣装のカタログ。
色合いとしては白と黒が多めだが、意外と他の色も多い。特に青は大人しいイメージのせいか結構目立った。中にはチャイナメイド服なる不思議なコンセプトのものもある。
あ、メイド服だとバラしてしまった。
俺は夏休みの宿題をする手を止め(もう残り少ないので慌てる必要はない)、ノワールの指さした衣装を覗き込んで、確かにと頷く。
テーマは聖職者メイド服で、前に使ったものに近いのだが、こちらの方がより本格的だ。
清楚な中で神々しさ、神聖さを表すためか刺繍による装飾が施されており、結果としてロングタイプのメイド服でありながら可愛らしさも感じられる。
イメージとしては俺が持ってる聖職者衣装と同様、創作物内の聖職者といった感じだ。
「可愛いですね」
凝った作りの分だけ値も張るようだが、可愛いのは間違いない。
するとノワールは嬉しそうに微笑んで、
「じゃあ注文しますねっ」
「待ってください」
くるりと身を翻したノワールのスカートを軽く掴む。
もう一度振り返った我が家のメイドさんにして頼れるお姉さんは、不思議そうに首を傾げて、
「……他のメイド服の方がよかったでしょうか?」
「ではなくて、その、もしかしなくても私用ですよね?」
普段着より格段に高いものを一分の会話で「買いますね」と言われても恐縮する。
「お気になさらないでください。思いがけず高額の臨時収入がありましたので。思う存分、趣味のものを購入しようかと」
もしかしなくても例の出入りの件だ。
政府からの直接の依頼だし、内容が裏稼業の摘発だ。口止め料と手間賃を含めてえらい額が振り込まれていてもおかしくない。
「だったら自分の服を買ってください」
「わたしがアリスさまにプレゼントしたいのですが……」
「いえ、ほら。料理道具とかもいいと思うんです」
調理家電なんかは次々良いのが出るらしいし、冷蔵庫とか買い替えだしたらお金はいくらあっても足りないはず。
ノワールはここでようやく濃茶の瞳に理解の色を浮かべて、
「では、アリスさまでも使いやすい包丁などを一式──」
「変わってないじゃないですか!」
「……もう、アリスさま。いったいなにがご不満なのですか。お金があるのですから欲しいものは買えばいいのです」
うん、ここ最近よくわかってきたのだが、意外と
それとも、俺が正式にメンバーになったことで気を許してくれるようになったのだろうか。だとしたら少し、いやかなり嬉しい。
「普段着がよろしいのでしたら、こちらに北欧ブランドのドレスのカタログなども」
「それ普段着じゃないです」
俺達の言い合いというか相談というかじゃれ合いは「何してんの?」と朱華が胡乱な目つきで突っ込んでくるまで続いた。
結論としては最初にノワールが示したメイド服を買ってもらい、代わりに俺がノワール用のメイド服をプレゼントすることに。
お金ならまだまだ余裕があるし、足りないようなら稼げばいい。
高校生になったら普通のバイトをするのもいいかもしれないし、ノワールにプレゼントする分には散財も気にならない。
「って、あんた、結局ノワールさんと同じことしてない?」
「え。い、いえ、そんなことは」
ない、と思うのだが。
「メイド服ですか? ……はい、技術と材料さえあれば作れますよ」
翌日、俺は白く美しい建物の中で薄い紙のような下着とショーツだけの姿になっていた。
最寄り駅から電車で一時間ほどの距離に位置するとある街。そこに店を構える会員制高級エステサロンの店内は、ホテルか何かのような清潔感と高級感のある作りをしていた。
紹介者であり、クラスのトップカースト三人娘の一人である
『このお店、いいですね』
お嬢様である
良さそうなところなら自分も使おうと考えているのだろう。
すかさず店員が寄ってきて、縫子の紹介なら是非御贔屓にと、料金プランなどを簡単に紹介していた。
『ね、アリスちゃん。私、すごく場違いな気がする』
『私もです』
『いや、アリスちゃんはすごく似合ってるけど』
比較的庶民に近い芽愛は俺の癒しだった。
何故か見た目だけでお嬢様側に入れられたのは不本意だが。なんだかんだ俺達は揃ってきょろきょろしながら、案内されるままに移動した。
(鈴香のお付きの理緒さんは終わるまで待機)
医者と美容師の中間のような格好をしたスタッフさんは(女性向けサロンなので)全員女性。
簡易更衣室のようなところで脱衣を指示されると、なんだか遠い昔のように感じる、入学前の採寸の時のことを思い出した。
まあ、このメンバーで着替えるのは初めてでもない。
そこまで気負う必要もないだろうと服を脱いで行くと、縫子がさりげなく、しかし真剣な様子で俺達の着替えを見ているのに気づいた。
おそらく、下着をチェックしているのだろう。
服はいつでもチェックできるが、下着を合法的に見る機会はかなり限られる。同性とはいえ邪な気持ちであれば咎めるところだが、純粋な知的好奇心からだというのはわかっているので指摘は避ける。
しかし、見てみると縫子も鈴香も芽愛も、海の時とは違う下着をつけている。
まさか、同じ下着にならないように気をつけているのだろうか。だとしたら凄い心配りだ。そういう俺も一応、別の下着をつけてはいるものの、それは「エステに行くときって下着どうするんでしょう?」とノワールに相談したからだ。
ノワールは「施術着等を着用するところが多いし、女性が施術するので気にしなくてもいい」(実際そうだった)と教えてくれた上で、海に持って行ったのとは違う下着を選んでくれたのである。
下着の上に施術着をつけた上で通されたのは広めのスペース。
簡易ベッド的な感じの施術台が並んで置かれており、そこで四人いっぺんに面倒見てくれるらしい。
「スタッフさんが全部やってくれるので、私達は普通に話してて大丈夫です」
縫子の言った通り、施術台に寝かされたら後は姿勢を変えたりする程度で、ただされるがままになっているだけで問題なかった。
行きがけに朱華から受けた「リンパマッサージに気をつけなさい」という警告は当然のごとくまるで意味がなかったし、「子供にエステとか必要あるのか……?」という思いが吹き飛ぶ程度には気持ち良かった。
これは、ハマったらやばい。
今は同性とはいえ女性にマッサージされるとか大丈夫かと思っていたが、いやらしい雰囲気は一切なく、丁寧な施術が続く。
四人それぞれに専属の人がついているわけで、シフトとか人材確保とか大丈夫なのかと心配になってしまったくらいである。縫子いわく「前もって予約したから大丈夫です」とのことだったが、実は縫子達の一族は結構なお得意様なのではなかろうか。
と、思いつつ俺達は雑談に興じて──話は最初に戻ってくる。
ノワールとの衣装の件を思い出し、衣装といえば縫子、ということで「メイド服も作れるのか」と尋ねてみたのだが、なんと作れるとのこと。
「メイド服でもドレスでも、やることはあまり変わりません。型紙を作って生地をカットして、縫製するんです」
「なるほど……。じゃあ、凝った作りの服なら自分で作った方が安く上がりそうですね」
「そうですね。既製品には人件費や輸送費などが加算されますし。オーダーメイドになればそういった諸経費の方が大きくなります。もちろん、相応の腕が必要ですけど」
それはそうだ。
普通の人は服なんか作れないからこそ、プロが作った服を購入するのである。
縫子によれば、なかなか売っていないような服を欲しがる人──例えばコスプレイヤーなんかは服飾の勉強をして、自分で作る人が多いという。
メイド服に関してはもう既にかなり市民権を獲得しているので、専門に作っているブランドもあるらしいが。
「安芸さんもコスプレするんですか?」
「私は作る専門です。服の映える素材に出会えれば、コンビを組んでイベントに出るのも吝かではありませんが」
「メイド服かあ。アリスちゃんなら似合いそう」
「あら。アリスさんはむしろ、傅かれるお嬢様ではないでしょうか」
鈴香が言うと「お前が言うな」感が凄い。
「そっかあ。そうだよねー。メイドさんが金髪でお嬢様が黒髪じゃちょっと地味かあ」
別に金髪が偉いというわけではないが、黒髪を見慣れている日本人からするとやはり、別の色味の方が主張が強く見えてしまう。
「でも、染める方法もあるんですよね?」
「ありますが、天然同様の色味はなかなか出ませんよ。髪は伸びますから、定期的に染め直さないといけませんし、髪へのダメージも無視できません」
だとすると子供がやるのは良くないだろう。
ある程度成長した上で、将来的な髪質と今のお洒落を天秤に載せるのなら構わないだろうが。鈴香のようなお嬢様ならヘアケアを入念に行うという方法もあるだろうし。
と、鈴香の発言に縫子も同意して、
「特にアリスさんは未来永劫駄目です」
「死ぬまでですか!?」
「うん、まあ。その金髪を白髪染めで黒くするとか冒涜だよね」
「背徳的すぎる行為ですね」
芽愛まで同意し、再度鈴香が追い打ちをかけてくる。施術してくれているスタッフさんまで思わず、といった様子でうんうん頷いており、俺の味方が誰もいないことがわかった。
「染める予定はありませんけど、この髪、どこに行っても目立つんですよね。……この間なんてナンパされそうになりましたし」
「アリスちゃん、その話詳しく」
「アリスさん? 何事もなかったんですよね?」
「アリスさん、知らない人について行ってはいけないんですよ」
「ちゃんと防犯ブザーを持っていましたから大丈夫です」
かつての友人には悪いが、年上かつ体育会系の知らない男子なんて、中学生女子からしたら猛獣みたいな扱いだった。
「……ふぅ」
エステの後は近くの喫茶店で一息つく。
専門家の施術のお陰で夏場の疲れが一気に取れた。身体の疲れなら魔法で癒せるとはいえ、マッサージによる精神的な癒し効果は馬鹿にならない。
ただ、全身に刺激を受け続けたので一時的な疲労感がある。
施術中待ちっぱなしだった理緒さんも交え、帰る前に少し休憩である。
俺はアイスティーとレアチーズケーキを注文。
一口食べた途端、えもいわれぬ幸福感に包まれる。もはや言い逃れのしようもなくスイーツが好物となっている俺は、衝動のまま至福の笑みを浮かべた。
さすがにあざとすぎるかとも思ったが、みんなもそれぞれに美味しい物を食べて笑顔を浮かべているので問題ないだろう。
若干、こっちを見て微笑んでいるような気もするが……。
「ね、アリスちゃん。そっちもちょっとちょうだい?」
「? はい、いいですよ?」
芽愛の申し出に快く頷いて皿を差し出す。
「じゃあ交換ね。はい」
「わ。ありがとうございます」
芽愛の食べていたショートケーキも美味しそうだったのでむしろ願ってもない話だった。
一口貰って口に運び、こっちも美味しいと幸せの中で思う。
「あ、ずるいですよ、芽愛」
「ふふん。早い者勝ちだよ」
「はい。アリスさん。私のも」
「あ、ありがとうございます」
「なっ!?」
抜け駆けに気づいた鈴香が芽愛と(可愛く)睨み合っている間に縫子とも交換する。彼女のスイーツは卵の味をしっかり感じる特製プリンだった。
「む。……アリスさん、私のもどうぞ?」
「ありがとうございます、鈴香さん」
四人で交換し合った後、理緒さんにも食べてもらおうとしたところ「私はドリンクだけですので」とクールに断られてしまった。
「ふふっ。仕事中だから遠慮していますが、理緒の部屋には甘いものが常備されているんですよ」
「お嬢様!」
なるほど。
子供達が仲良く甘いものを食べている中、一人コーヒーを啜らなければならないとは、なかなか辛いお役目である。
ノワールなら嬉々として一緒に楽しみそうだが……。
そういえば、芽愛は料理、縫子は衣装、鈴香はお嬢様らしいお嬢様と、全員ノワールと相性が良さそうだ。女子力の塊のような人なので、女子力を日々高める鈴香達と相性が良くても当然ではあるが。
やはり、俺も精進しなければ。
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