聖女、マッサージをする

「どうしたのよ、急にマッサージなんて」


 俺のベッドにぽすん、と座った朱華はやや怪訝そうな表情で言った。

 俺は、なんと説明したらいいものか、と思いつつ答える。


「私、エステに行ってきたじゃないですか」

「行ってきたわね、羨ましい」


 前置きのつもりだったワードへ妙に反応された。

 朱華だって行きたければ行けばいいと思うのだが。


「……もしかして、例のジンクスってそういうのでも発動するんですか?」

「可能性としてはね。あんたが行った高級エステみたいなとこなら、女しかいないしまず大丈夫だけど」

「他にはどんな場所が危ないんです?」

「んー……夜道は全般的に危険でしょ。あとは満員電車とか、大学の学園祭とか?」

「……大変ですね」


 不幸誘引体質というか、エロトラブル誘因体質か。


「まあね。だから、そういうところはなるべく避けるか、大人数で行くようにしてるかな」


 朱華はため息をついて肩を竦めた。

 友人なんかが一緒ならトラブルの可能性は低下するらしい。まあ、それでも、満員電車での痴漢とかは防げないらしいが。


「そういえば、あんたといる時は起きないかも」

「神聖力が働いてるんでしょうか」

「原作のレーティングの問題かもね」


 俺のオリジナルことアリシア・ブライトネスにはエロ画像どころか、普通の一枚絵さえ殆ど存在しない。容姿をメイクできるSRPGだから仕方ないのだが、そう考えるとある意味鉄壁である。

 ごろん、と、朱華はベッドに横になって、


「ま、現実のアリスはばんばん水着になったり下着になったりしてるんだけどね」

「仕方ないじゃないですか」


 少なくとも毎日風呂に入るのだから、その時は服を脱がないといけない。

 男子にとっては美少女の裸なんてレアすぎるイベントだが、美少女自身にとっては当たり前の光景なのだ。

 って、そんなことはどうでもいい。


「思ったんですよ。マッサージと神聖魔法を併用できたらもっと効果があるんじゃないか、って」


 エステで受けたマッサージは気持ちよかった。

 精神的な疲れが取れるというのもあるが、身体の内側からデトックスするのがいいのだろう。ということは、接触部から身体の内側へ回復魔法を浸透させられれば、疲労回復効果はアップするのではなかろうか。

 もし、接触して魔法、という手法が可能なら《聖光ホーリーライト》接射、なんていう技も開発できるかもしれない。

 と、朱華はこれに「顔面フォース……」と呟いてから、


「っていうかそれ、魔法っていうより気の領分よね」

「朱華さんならできますか?」

「人体発火ならできるわよ?」

「死にますからね、それ」


 まあ、気で似たようなことができるなら、魔法でも可能かもしれない。


「試すだけならタダですし、やってみようと思います」

「いいけど、マッサージならノワールさんにやってあげれば?」

「だって、ノワールさんには上手くなってからしたいじゃないですか」

「ああ、あたしは実験台なわけね」


 微妙な顔をした朱華だったが、「まあいいか」と言って身を起こした。

 寝たままでよかったのだが……と思ったら、身に着けていたキャミソールに手をかける彼女。

 って、それ一枚しか着てないだろうに。


「なんで脱ぐんですか!?」

「え? マッサージでしょ? そりゃ脱ぐわよ」

「そんなに本格的なのはできないんですが……」

「魔法だって、素肌に触れた方がいいでしょ」

「う」


 言葉に詰まっているうちに朱華は上半身裸になった。

 と、思ったら下のショートパンツのファスナーを下ろして、中のショーツごと、


「ストップ」

「言いたいことはわかるけど、全部脱いだ方が楽じゃない。そりゃお店で受ける分には全裸だと問題あるけど」

「……なんでしょう。私、最近自分が調子に乗ってたんだって認識しました」


 女子になると息巻いて、女子同士の気安さを舐めていた。

 鈴香達は「同性の友人」として仲良くなったし、体型は中学三年生の域を出ない。しかし、変身直後に出会って「仲間」としてやってきたこの少女は、エロゲキャラの名に恥じない発育をしている。

 俺はがっくり肩を落とすと朱華に謝罪した。


「すみませんでした、私が悪かったです。許してください」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい。アリス、からかいすぎたのは謝るから、ガチでヘコむのはやめなさい!?」

「お帰りください」

「だから、あんたそんなキャラじゃないでしょうが!?」

「その格好で起き上がらないでください!?」


 ぎゃあぎゃあと騒いだ挙句、マッサージはすることになった。








 朱華・アンスリウムは俺やシルビアほどではないものの色白だ。

 元ゲームはSF系なので、人種が混ざっている設定。こっちの朱華もハーフとか、そんな感じの設定になっている。

 なので、一糸纏わぬ背中はとてもすべすべで綺麗だった。


「……んっ」


 そっと指で触れれば、どこか官能的な吐息が漏れる。

 感触を確かめるように軽く押してやると、


「あっ、ふああぁっ!」

「へ、変な声上げないでください!」

「だ、だって、アリスの指がくすぐったいんだもん」

「我慢してください」


 こっちまで変な気分になったらどうするんだ。


「あんただってエステの時、声出したんでしょ?」

「……それは、まあ」

「じゃああたしだって出していいじゃない」

「私はその時はされる側だったんです」


 する側の俺がプロじゃないんだから、無心になれと言われても困る。


「さっきも言いましたけど、見よう見まねですからね。肩もみの延長くらいのことしかできませんよ?」


 うつ伏せ状態の朱華を見下ろして告げる。

 ブラもなにもつけていない胸はシーツに押し付けられていて、軽く形を歪ませている。

 少女の顔はこちらを見ていないが、


「大丈夫、んっ、十分、気持ちいいからっ」

「……こういう時ってなにを数えるんでしたっけ」

「羊?」

「それは絶対違います」


 マッサージと言っても、指で軽く押したりもみほぐす真似をするだけだ。

 素人が強くすると逆に良くないことになりそうだし、本命は実験の方である。


「あっ、あっ、んんっ」


 こいつ、わざとやってるんじゃないだろうな……?

 それとも、俺が自分からマッサージなんて言い出したせいで朱華のジンクスに捕まってしまったんだろうか。 

 まあいい。

 ここに回復魔法をかけてやれば、変な遊びをしている余裕はなくなるだろう。

 指を動かしながらだと意識を集中しにくいが、もともと低級の魔法は気軽に使えている。アリシアの身体が使い方を覚えているのかもしれない。


「《小治癒マイナー・ヒーリング》」


 成功した。

 光が対象に向けて降り注ぐのではなく、指と手のひらから光が生まれて朱華の肌に吸い込まれていく。

 浸透効果があったかどうかは謎だが、接触してかける方が効率的なのは今までの経験からわかっている。

 マッサージの効果と合わせれば、


「ふあああんっ。すごっ。これっ、すごいよおっ!?」

「だから、変な声出さないでくださいっ!」


 俺としては無駄に疲れたマッサージだったが、朱華はなんだか気に入ったようで、時々俺にねだってくるようになった。


「……ね、アリス。あれ、またしてくれない?」


 恥ずかしいのか、服の裾を掴んで囁くように言ってくるから始末が悪い。

 しおらしい態度を取られると拒否しにくいのだ。


「……わかりました。じゃあ、夜に私の部屋に来てください」


 言うと、ほんのり頬を染めて頷き、


「うんっ」


 無駄ににこにこし始める。

 そんなやり取りがある時、たまたまシルビアに見られてしまい、大変なことになった。


「……あっ。ふーん。そっか。アリスちゃんと朱華って……ごめんねー、お姉さん全然気づかなかったよ」

「え? ……あの、シルビアさん? なんの話ですか?」

「あたしはアリスにマッサージしてもらうだけなんだけど」

「わかってる、大丈夫だよ。マッサージ(意味深)だよね?」

「違います!」


 朱華と二人がかりでなんとか誤解をといた。

 代わりに、シルビアにもマッサージをすることになった。


「ただのマッサージなら、お姉さんにもしてくれるよね?」

「はい、もちろんいいんですけど、変な声出さないでくださいね?」

「……朱華ちゃん?」

「待ちなさい、濡れ衣よ!?」

「ばっちり主犯じゃないですか」


 幸い、シルビアは普通に気持ちよさそうにするだけだった。

 終わった後「お礼にアリスちゃんにもやってあげる」とか言って押し倒してきたので、必死に押しのけて逃げる羽目になったが。

 そうしたらノワールが騒ぎを聞きつけて、


「みなさんばっかりマッサージなんてずるいです」


 上達してから披露したかった相手が拗ねてしまったので、仕方なく、俺は拙いマッサージをノワール相手に用いることになった。

 なお、教授には肩もみと肩たたきが喜ばれた。


「おお、これはいいな。アリスの手の大きさが吾輩の肩にはちょうどいいらしい。あぁ~」


 あらためて、教授は我が家になくてはならない人だな、と思った。

 







「……『上』からまたバイトの依頼が来た」


 ある日の夕食時。

 我が家で一番小さい身体でありながら、ある時は大学教授、ある時は俺達のリーダーとして奮闘してくれている教授が厳かな声で告げた。

 告げながらも、その手は大皿に盛られたオムレツを大きく切り分け、自分の皿に移動しており、食い意地が張っていることが伺える。

 リーダーがそんな調子でいいのか、という気もするが。


「依頼、ということは、また別の場所ですか?」


 自分の食事を進めつつも、おかわりの要請がないか気を配っているノワールが首を傾げて尋ねる。


「うむ。指定された戦場は近隣の多目的公園だ」


 ブランコや砂場があって子供達の遊び場や主婦の井戸端会議の場になるような公園ではなく、もう少し大規模な、例えばグラウンドが併設されていて野球のリトルリーグの試合が行われたり、住民の散歩コースとして使われたりするような公園だ。

 学校ほど人の多いスポットではないが、住宅地の中にあることを考えると、周りで発生した悪意がここに集中していてもおかしくない。

 不死鳥のような強敵の発生も覚悟した方がいいかもしれない。


 と、朱華が眉を顰めて。


「にしても早すぎない? いや、不死鳥戦はあたしたちの独断だったけど」


 あの戦いで十分な成果があったからといって、「もっと戦ってください」と言われる所以はないのだが。

 教授は「うむ」と頷いて、


「向こうとしても、この間の不死鳥戦で味を占めたのだろうな」


 不死鳥を倒したことにより、近隣の反社会組織が一つ壊滅寸前に追い込まれることになった。

 組織を壊滅させたのもノワールの尽力あってこそなので、偉い大人の人達にはもっと自力で頑張って欲しいところではあるが。

 俺達がバイトをすればするほど世の中が良くなるのなら、ばんばんやらせてしまおう、と思う気持ちもわかる。


「方針転換に踏み切ったのにはアリスの加入もあると思われる」

「え、私のせいですか?」

「せい、というか『お陰』だな。シルビアのポーションだけでは戦闘中の回復能力が不十分だった。加えて、不死鳥のようなボスクラス相手にも有効な神聖魔法。お主の加入でパーティの安定性が異次元レベルで増した、と考えても不思議はない」

「……それってあれだよねー。頑張り屋で有能な子が入ってきた途端、その子に仕事振りまくるブラック上司」


 嫌そうに言ったのはシルビアだ。

 まあ、要するに「回復魔法でアフターケア万全だからばんばん戦えるよね!」と言われているわけで、俺としてもそういうイメージはなくはない。

 どちらかというと難色を示すメンバーに教授は苦笑しつつ「まあそう言うな」と言う。


「吾輩が似たようなことを言って交渉したところ、なんと今回のバイト代は相場の二倍になった」

「二倍!?」


 多めに金が貰える、となると色めき立つのは庶民の性。

 当面の生活に困っていないとしても、お金というのはあって困るものではない。特に、女子という生き物があれこれ買い物を必要とすることは俺もだんだんと理解してきている。

 ノワールへプレゼントしたメイド服の件もあるし、稼いでおいて損はない。


「うむ。また不死鳥のような大物が来るかもしれんからな。危険手当は十分に必要だろう」

「教授は消火器代も稼がないといけないしねー」

「ええい、その話は今いいだろう!? ……ともかく、この話は受けようと思っている。問題はないか?」

「いいんじゃない? バイトなんていつものことだし」


 安全優先、撤退前提で戦うという方針さえ徹底されていれば、後は「暇な日に予定を入れてくれ」という話でしかない。

 俺達は口々に了承を告げ、


「よし。では、ボーナスのために戦おうではないか」


 再び、俺達の戦いが幕を開けることになった。

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