聖女、人形をぶっ壊す

 夏ということもあり、市民公園には多くの緑が生い茂っていた。


「いい空気ですね」


 深呼吸すると夏の生温かい空気に混じって緑の匂いがする。

 公園に来るだけでこれなのだから、高原の避暑地なら猶更のはず。少し楽しみな気分になりながら、天高く昇る月を入り口すぐの遊歩道から見上げる。

 十字架を握って力を籠めれば、辺り一帯に人払いの結界が張られる。公園の入り口は防犯的観点から簡易的な柵で封鎖されているし、よほどのことがない限り邪魔が入ることはないだろう。

 ちなみに俺達は柵を無視して乗り越えている。

 一応、政府認可の害獣駆除業者ということで許可証を貰ってきているので、何か言われても対処は可能である。


「この公園、人形公園っていうらしいよー」


 入り口の表示を見たのだろう、白衣姿のシルビアが言う。

 いつも通り露出度の高い赤チャイナの朱華が首を傾げて、


「普通の公園だけど……なんで人形?」

「うむ。その昔、この地域では人形作りが盛んだったとかなんとか」

「わたしはもともと『地蔵公園』だったものが格好悪いと変更になった、と聞きましたが」


 教授とノワールがそれぞれに答える。

 結局、由来はよくわからないらしい。

 それはそれで構わないのだが、


「大量の市松人形とか出てきたりしないですよね……?」

「いや、ビスクドールも怖いと思うよー?」

「キョンシーも人形っちゃ人形よね」

「お前ら、言霊の作用が本当にあるなら、言えば言うほど招きかねないからな?」


 とはいえ、敵の予測をしておくのも重要ではあるわけで。

 俺達はうだうだ言いながら遊歩道を進んでいく。あまり入り口近くで開戦するのも動きの自由度が少なくて微妙だからだ。

 幸い、道がしっかりしている分、逃げる時は迷わなくてすむだろうし。

 そんな中、教授が普段よりも真剣な声で、


「おそらく、不死鳥ほどの強敵は出てこないはずだ。学校ほど人が密集する場所ではないからな。だが、油断はするなよ」

「わかってるわよ。……緑に燃え移らないようにするのが面倒だけど」


 そうしているうちに周囲には敵の気配が生まれ始める。

 黒い靄のようなものが密集して形成されるのは複数の影。どうやらボスキャラが一体、というのは防げそうだが──。


「ねえ、数が多くないかな?」


 シルビアの指摘通り、黒い靄はその姿を見せていた。


「……今度は無数の雑兵、というわけですか」


 コンバットナイフのようなものを構えたノワールが呟くと同時、不確定だった敵の正体が明確になる。


 人型。

 身長百五十センチ程度の女性を模したボディはつるつるした素材でできており、構造の複雑な関節部からは金属色をした部品が覗いている。

 ところどころ、骨格と関係のないラインが入っているのは内蔵武器でも持っているからか。

 つまり、敵は人形は人形でも『機械人形』。

 痛みを感じない鋼の兵士達が無数に立って、虚ろな瞳を俺達へと向けてくる──!


「ああもう、あたしは絶対生きて帰るからねっ!」

「各自散開しろ! 密集していては逃げ場がない! 敵の数を考えても各個撃破するしかあるまい!」

「こんなこともあろうかとポーション小分けにしておいたから持って行って!」

「皆さま、敵は防御力に富んでいると思われます。関節を狙うか、打撃を行うなら渾身の力を込めてください」


 朱華がやけになったように叫び、教授が手早く指示を出す。

 俺を除いた三人に小さなウェストポーチ(ポーションの瓶が入っているのだろう)が投げられ、ノワールが戦闘のアドバイスを口にする。

 その間に俺は首のアクセサリーを持ち上げて、


「《神聖守護ホーリー・プロテクション》!」


 ないよりはマシだろうと防御魔法を全員にかける。

 そして、飛びかかってくる機械人形の群れに向け、シルビアやノワール、朱華と息を合わせて飛び道具を叩き込んだ。







「……はぁっ、はぁっ!」


 荒く息を吐きながら「トレーニングしておいてよかった」と心から思う。

 道の端に立っている常夜灯に寄りかかりほっと一息つくと、がしゃがしゃと足音が聞こえてくる。追いかけてきた機械人形に俺は慌てず騒がず《聖光ホーリーライト》を叩き込み黙らせた。

 これでおそらく三十二体目。

 物理防御力はそれなりだが、魔法防御力は大したことないらしい。聖職者の基本攻撃魔法一発で沈んでくれるお陰でなんとかなっている。

 正直、魔法も無限に撃てるわけではないのでぶん殴って倒せればそうしたいが──木刀を持ってきていても俺の筋力では太刀打ちできなかっただろう。


 とはいえ、敵も徐々に減ってきている。


 最初は道にうじゃうじゃいたのを蹴散らして進まなければならなかったが、今は巡回中の機械人形を出会いがしらに吹き飛ばすだけになっている。

 公園の別地点からどっかんどっかん聞こえてくる音も原因かもしれない。

 シルビアかノワールが爆発物を使っているのだろう。人形達はセンサーを備えているようなので、光以外熱さえ発生させない俺の《聖光》よりも向こうに反応するはずだ。

 つまり、他のメンバーはもっと大変かもしれないわけだが、俺もわりといっぱいいっぱいだ。無理せずできる範囲で敵戦力を削いでいきたい。


 これ、不死鳥戦よりはマシだけど、立派にボス戦レベルだ。


「……はあ。一休みしたし、少しでもみんなの負担を軽くしないと」


 素の状態で独り言を呟きつつ、音のする方向へ歩きだす。

 すると、予想通り出くわす機械人形の数が多くなった。

 動きはそれほど速くなく、武装も近接武器のみなので、きちんとよく見て吹き飛ばしていく。バイト初体験のゾンビ戦での総敵数を既に俺一人で倒しているんだから凄い話だ。


 さて、向こうで戦っているのは──。


「ノワールさん!」


 金属的な打撃音と銃撃音。

 計四体の機械人形に群がられながらもメイド服の裾を翻し、華麗に戦うノワールがいた。

 ちょうど複数の道の合流地点で少しだけ広くなっている場所。

 飛びかかってくる人形をかわしてはコンバットナイフを関節に突き立て、あるいは銃弾を叩き込んでひらりと離れる。ノワールの戦い方はそんな感じだ。

 やはり物理攻撃は効きづらいのだろう。彼女達の足元には既に複数体分の残骸が転がってはいるものの、なかなか数を減らせていないように見える。


 何より、苦戦の証が彼女の胸元に大きく刻まれている。

 ざっくりと斬られたメイド服。

 ポーションを使ったのか出血自体は止まっているものの、白い素肌がちらちらと覗いてしまっている。あのノワールが攻撃をかわしきれなかったとは、これは。


「アリスさま、危険です!」


 声をかけながら近づいた俺に、ノワールが叫ぶ。

 新たな敵の出現に気づいたのか、機械人形の一体が方向転換、俺の方へと向かってくる。更に俺の後ろから二体、戦いの音に釣られたのか新手が出現。

 だが、俺にとっては好都合だ。


 前方から来た一体の攻撃をさっとかわすと、その背中に手のひらをかざして《聖光》を唱える。

 衝撃を伴う光が飛び出し、機械人形の身体を後ろから来た仲間の元へと飛ばした。もちろんその程度あっさりかわされたが、次の魔法を唱える程度の時間は稼げた。

 もう二発の《聖光》で俺の方へ来た敵は終了。

 俺が三体を片付けている間にノワールも自分の分を片付けていた。数が減ったのと増援を引き受けたのは大きかったようだ。


「ご無事ですか、アリスさま!?」


 ぱたぱたと駆け寄ってきたノワールへ、俺は「はい」と答えて、


「ノワールさんこそ大丈夫ですか? 他に怪我は──」

「ご心配なく。外傷はもうございません」


 答えながら、ノワールはウエストポーチ(なんと右腕に巻かれていた)からポーションを取り出してぐいっとあおる。

 最後の一本だったらしく、空になった瓶はポーチごと放棄。

 ……でも、後で掃除することになると面倒なので俺が拾って身に着けた。考えていなかったのか、真っ赤になったノワールは「ありがとうございます」と小さな声で言った。


「即効性はありませんが、ポーションを飲むと気分的に楽になりますね」

「お疲れなら回復魔法もかけますけど──」

「いいえ。それはいざという時のために取っていてくださいませ。……アリスさまも、もうあまり余裕がないのでしょう?」

「……わかりますか?」


 小休止が入っているとはいえ、そろそろ魔法も打ち止めだ。

 後二、三発撃ったら本格的に「無理をしている」領域に入る。振り絞れば出るのが神聖魔法とはいえ、オリジナルのアリシアが助けてくれたあの時のようなご都合主義はそうそう何度も起こるものではないだろう。

 顔が引きつりそうになるのを堪えて笑うと、ノワールが泣きそうな顔で俺の頭をぽんぽんと叩いた。


「お願いですから、無理をなさらないでください。……全員で、家に帰らないといけないのですから」

「……はい」


 助けに来たつもりが、余計に心配させてしまったか。

 今後は無理しない程度に無理する方法を考えようと思いつつ、ノワールに提案する。


「ノワールさん。これ、ボス戦はボス戦ですけど雑魚掃討なんですし、手頃なところで撤退しても問題ないですよね?」

「ええ、その通りですが──」


 するとノワールは少し迷うような表情を見せてから、今のところ何も来る気配のない道の先を見据え、


「わたしとしては、この戦いが単なる掃討戦なのか疑問があるのです」

「……というと?」

「雑兵に統率者がいる可能性──ないとは言い切れないと思いませんか?」


 ぞくっとした。

 全員バラバラにされて、消耗戦を強いられた挙句に、ボス登場?

 それは下手したら不死鳥戦よりも危険なのではないだろうか。


「さ、さすがにそんなわけ──」


 笑い飛ばそうとしたその時、道の一方から静かな足音が聞こえてきた。

 緊張が身体を硬直させる。

 俺達は反射的に身構え、足音の主を見据えた。ただの雑魚ならがしゃんがしゃんと音がするはずだし、仲間達の足音とはどこか違う気がする。

 そして、


「さすがはお姉様。裏社会で磨いた勘は鈍っていないようですね?」


 姿を現したのは、まるでノワールを若返らせたような十五、六歳の少女だった。








「……ノワールさん、あれはなんだったんですか?」


 家のリビングに集まった俺達は神妙とした面持ちでノワールを見つめた。

 あの後。

 ノワールは俺にすぐさま撤退を提案。ノワールに似た少女もそれを止めようとしなかったため、俺達はスマホで教授達と連絡を取り、各自公園から脱出した。

 機械人形は完全に掃討しきれなかったものの、倒した分だけ邪気は払われたはずなので、まあ、部分的成功といったところか。


 気がかりなのはあの少女だが。


 直接見たのは俺とノワールだけなので、教授達は更なる情報待ちといった状態。

 そんな中、ノワールはどこか硬い表情で口を開いて、


「おそらく、彼女が今回のボスです」


 ぼんやりと予想していた通りの答えを告げた。


「つまり、ノワールよ。その少女とやらは敵なのだな? 他の機械人形と同じく、邪気によって作り出されたモンスターだと」

「ええ。彼女はわたしたちを逃がす際、待っていると言っていましたから」


 確かに言っていた。


『待っていますよ、お姉様。貴女が自ら死地に赴いてくるのを』


 逃げに徹されたらどうしようもないが、決戦に臨んでくれさえすれば自分が勝つ──そう言っているかのようだった。

 彼女がボスで、あの公園から出られないのなら辻褄は合う。


「でも、喋るボスなんて前代未聞だよー?」

「ノワールさんは、そいつが何なのか知ってるってわけ?」


 朱華達からの更なる問いにもノワールは頷いて、


「あれはシュヴァルツ。わたし──ノワールが対峙することになった、全盛期のわたしを模した機械人形マシンドールです」


 原作。

 例の、近未来を舞台にしたラブコメもののことだ。ラブコメものなのにバトル展開が挟まれるのはどうかと思うが……まあ、ラブコメ業界においては割とよくあることな気もする。

 なるほど、と納得する俺だったが、これに教授が唸り、


「だが、ノワールよ。そんな展開は原作にないぞ?」

「え?」

「当然です。原作の物語はまだ

「えええ?」


 二人が言いたいことはわかった。

 俺は途中までしか読んでいないが、原作漫画では既刊分はおろか雑誌連載の最新話まで含めても「ノワールとシュヴァルツの邂逅」なんていうエピソードは描かれていないらしい。

 そしてノワールは、未だ描かれていない未来のエピソードを記憶として備えているらしい。

 それは、なんというか、


「展開予測をネットに書き込んだら神になれるのでは……?」

「そこですか、アリスさま」

「アリスって時々、物凄くズレた発言するわよね」


 否定はできないが、朱華にはあんまり言われたくない俺だった。

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