聖女、コラボ配信する

「みなさんこんばんは、千秋ちあき和歌のどかです。突発的な生配信でごめんなさい。これにはちょっと事情がありまして……。え? 気になる? ふふふ、慌てなくても大丈夫。ちゃんとこれから説明するから」


 お仕事モードの千歌さんは割増しで格好いい。

 普段とは違い、空いている和室を借りての配信。深呼吸の後に開始ボタンを押した俺は、悪戯でもしているような心境で口を開かずにいた。

 まだまだ無名とはいえ、始めた当初に比べればだいぶ見てくれる人も増えた。そのため、日によってまちまちな開始時間にも関わらずチャンネルには既に多少の視聴者がいてくれて、コメントに「お?」「なんだ?」などと書き込んでくれている。


「えー、もしかしたらもう気づいた人もいるかもだけど、なんと! 今日は新人Atuberのキャロル・スターライトちゃんとのサプライズコラボ配信です! というわけで──」

「こんばんは、キャロル・スターライトです。初めましての方も多いかと思いますが、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。……って、私に言ったんじゃないんだけど。あ、うん、わかる。声だけ聞こえてるとちょっと変な感じだよね。でもしょうがないんだよ。キャロルちゃんと私がそのまま並ぶのはちょっと技術的にアレだから。

 うん、そうそう。今日はキャロルちゃんのお家に来てるんだ。

 リアルで知り合いだからね。もともとは妹の知り合い? みたいな感じ。今は私ともお友達だけど」


 俺たちは和室の真ん中に低いテーブルを置いて、向かい合うように座っている。カメラは自分に向いているので、俺の配信だと千歌さんは声だけ、千歌さんの方も同じ状態だ。

 どうして急にこんなことになったかと言えば、話し込んでいる間に時間が経ってしまったのが原因。泊まっていってもらった方がいいのでは、という話になり、ならいっそコラボ配信してしまおうということになった。ノートパソコンは千歌さんが持ち歩いていたし、マイクなんかの機材は俺用の予備があったのでそれを使っている。


「キャロルちゃんの事、知ってる人はどれくらいいるかな? 知らない人も多いかな。じゃあまずは簡単に自己紹介から行こうか」

「はい。私──キャロル・スターライトは異世界出身の聖職者です。大地と愛を司る女神様の教えを広めるために、この世界で活動を続けています」

「っていう設定ね」

「設定って言わないでくださいっ」


 キャラ付けが台無しである。

 すかさずツッコミを入れたものの、千歌さんはさらっとスルーして、


「実はキャロルちゃんとは前に一回、二回? 配信したことがあるんだよ。……そう、それ。カラオケの時と、あとお面被って出てくれた子がいた回あったでしょ? あれがキャロルちゃん。恥ずかしがり屋だからお面被ったりウィッグ付けたりしてもらってたけど」

「配信なんて初めてだったんですから仕方ないじゃないですか」

「あれですっかりハマっちゃった癖に」

「……うぅ」

「というわけで、私はキャロルちゃんと知り合いなの。この子は事務所には所属してないからプライベートの知り合いだけどね。うん、私は素顔見たことあるよ。超可愛い。ダメでーす、みんなには見せません。わざわざキャロルちゃんの部屋も避けて和室借りてるんだから」


 なお、和室にはラペーシュが魔法をかけ、音を遮断する結界を張ってくれている。このお陰で防音はばっちりである。

 ちなみに、異空間に部屋を増設したりできないのかと聞いてみたところ「さすがに疲れるから嫌」とのこと。魔力は使わないけど神経が磨り減るらしい。それでも、配信の間だけならまだなんとかなるものの、自室を作ってそこに住むとかは絶対無理だとか。


「だから今日は、キャロルちゃんの配信と私の配信は基本同じ内容になるよ。両方見てると音が被っちゃうから、そういう人は片方ミュートした方がいいかも。……片方だけ見ればいい? それじゃ視聴人数減っちゃうじゃない」


 というわけで、俺たちはしばし、顔を合わせながら自分の視聴者とトークし、かつ相手と会話を繰り広げるという特殊な配信に勤しんだのだった。






 そして。

 なんだか普段の配信の倍は疲れたような気分になりつつ、自室に戻ってひと息をつく。


「……まさか、ノワールさんが声優をすることになるとは」

「私も今日までそんなこと考えてなかったけどね」


 相槌を打つのは千歌さんだ。スララはいない。千歌さんに泊まってもらうなら俺の部屋だろうということで、一時的にノワールに引き取ってもらった。あの悪戯娘もノワールの言う事はよく聞くので問題ない。

 瑠璃のパジャマを強奪──もとい、借りた千歌さんは白いうさぎのブランを膝に乗せてあっけらかんと言う。

 俺たちの身の上話を聞いた後でこれなのだから本当にすごいと思う。彼女には感謝してもし足りないくらいだ。


「でもまだ確定したわけじゃないよ。事務所の伝手でスタッフに紹介して、テスト的なことをしてもらうだけ」


 ノワールの声優の件だが、ひとまず話を進めてもらうことで決定した。


『わたしが、わたしの役をやるのですか?』

『あー。ノワールさんと同じ声の新人声優が出てくるのかと思ってたけど、そういう可能性もあるのか』


 件のマンガがまだアニメ化していなかったこともあり、これまでノワールの声についてはベースが謎のままだった。

 朱華も千歌さんも知らないのだから少なくとも現状の声優界では無名の人物なのだろうが──まさか、ノワール本人にオファーが来るとは。


『あれ? それってノワールさんのオリジナルの声をノワールさんがやるってことー?』

『鶏が先か卵が先か、というような話になりますね……』

『先なのはオリジナルに決まっているでしょう? 私たちが単なる被造物に過ぎないというのなら、記憶の件はどう説明するのかしら』

『魔王のコピーであろう存在に言われてもな……。と言いたいところだが、吾輩としてもそちらに賛成だ。我らのオリジナルは実在する異世界人だと思う。……その異世界が最初からあったのか、創作された瞬間に生まれたのかはともかく、な』


 しかし、原作がマンガであるノワールの声はどうやって決まっているのか。

 場合によってはノワールがノワール役をやらなかったことでノワールの声がノワールの声ではなくなる可能性もある。『ノワール』が多すぎて何を言っているのかよくわからないが。

 ともかく、ノワールは声優の件を了承した。


『そのお話、せっかくですのでお受けしたいと思います』


 うまく行った場合、俺のマネージャーのはずだったノワールが声優として事務所所属、なんていうことになるかもしれない。

 もちろん、個人事業主ということでアニメ会社と契約してもいいのだろうが。


「でも、ノワール役でノワールさんに勝てる人ってそうそういないですよね?」


 何しろ本人である。

 例えばこれが偉人伝とかなら、当人が高齢に達していて若い頃の自分役はできない、などということもあるだろうが、今回はアニメで声だけな上、ノワールも作中の年齢プラス一、二年といった程度。自分役ならほぼ素のままでもそれっぽくなるのだから相当有利なはず。

 すると千歌さんは笑って、


「アニメの声優って、なんていうかちょっと『演技っぽさ』みたいなのを出さないといけないところがあるから、一概には言えないかも」

「あ、なるほど」

「それを踏まえてもノワールさんはかなり凄いんだけどね。よく通る声してるし、声優かアニメキャラみたい」


 オリジナルのノワールからして裏社会の女王様だったわけで、人に命令したり声を出す機会は多かったのだろう。うちのメンバーはなんだかんだ大体そんな感じなので、戦闘時の声だしで困ったことはない。


「スタッフロールに『ノワール:ノワール・クロシェット』って書かれるの楽しそうだよね」

「作者さんが知り合いをねじ込んできた、と思われそうな気がします……」


 芸名を使った方がいい気がする。ノワールの髪色ならハーフとかクォーターでも通るはずだし。

 千歌さんはこれに「残念」と呟き、


「絶対バズるのに。イベントに自前のメイド服着て出てくだけで大好評だよ?」

「目に浮かびますね。作品の出来には関係なさそうですけど……」

「大事だってば。現場の人は本人の雰囲気も見て決めるし、人気が出るか出ないかで二期があるかないか変わってくるし。ノワールさんがノワール役やってたら他の声優さんがやる気出すかも」

「あ、それはありそうです」


 キャラ当人としか思えない女性がいれば、知らないうちに作品世界へ没入していくこともあるだろう。特に主人公役の声優さんとか。男性声優がやるのか女性声優がやるのか、男性だとしたらノワールがトラブルに巻き込まれないか、少し心配な気もする。

 その点、他のメンバーにはそういう心配はあまりなさそうだ。特に朱華なんか、件のエロゲがアニメになったとしても絶対出演させられないし。


「アリスちゃんもあのゲームがアニメになったら主人公役ワンチャンあるかもよ?」

「千歌さんがやればいいじゃないですか」

「それでもいいけど、中の人の性格が声ににじみ出たりするかもだし」

「その割に大人しい子の役が多いですよね?」

「私って声が清楚だからねー」


 ふふん、と胸を張る千歌さん。縫子がいれば「何言ってるんですか姉さん」とでも言うところだろう。俺としてはその通りだと思うので何も言えない。


「じゃあさ、双子役やろうよ。生配信でボイスドラマ」

「あ、ちょっと楽しそうです」

「でしょう?」


 などと、話はだんだんと雑談へと移っていく。

 ああでもないこうでもないと話していると、次々にアイデアが浮かんでくる。忌憚なく話せるのは秘密を打ち明けたお陰だ。


「千歌さん、本当にありがとうございます。私たちのこと、わかってくれて」

「……もう、それはいいってば。私は瑠璃あいつが生きてただけで十分だし、ついでに楽しい話まで聞けたんだから」


 再び笑った千歌さんはこてん、と首を傾げて、


「信仰稼ぎだっけ、協力するよ。ついでに私のフォロワー稼ぎにも協力してください」

「はい。喜んでお手伝いします」


 そして、俺もまた笑みを浮かべて千歌さんに答えるのだった。



   ◆    ◆    ◆



『千秋和香、新人Atuberと突然のコラボ配信。いや、割とマジでびっくりした』

『見逃した。そういう面白い事は予告してからやって欲しい』

『予告したらサプライズにならないだろ』

『っていうかキャロルとかいう奴、和香に関わりすぎ。名前聞いた事もなかったし。

 知り合いになったのも知名度上げるためなんじゃね?』

『にわかかよ。キャロル・スターライトはもう結構毎日配信続けてるぞ。

 単にA界隈に詳しくないだけだろ』


『しかし本当に声そっくりだな。マイクの性能のお陰か位置関係がわかったからいいけど』

『片方映ってれば、口が動いてない時はもう一方が喋ってるってわかるしな』

『千秋和香の声が好きな俺としては、コラボなのに好きな声しか聞こえて来なくて嬉しい』

『日本の芸能事務所がクローン技術を完成させていた件について』


『お姉さんぶってるのどかんも新鮮で良い』

『のどちゃんとしかコラボしてないからかもだけど、キャロルちゃんは妹気質だよな。なかなか相性がいい』

『同じ事務所の声優がコラボ配信の感想呟いたぞ』

『今度は私ともコラボして欲しい……。これ、どっちに対してだ?』

『両方じゃね?』


『千秋和香とキャロル・スターライトのフォロワー数、ファン数がかなり増えている件。さすがにキャロルの伸びの方がいいけど』

『Win-Winか。上手いな』

『キャロルちゃんもついに名前が売れ出したか。古参としては鼻が高い』

『さすがにまだ気が早いだろ』


『でもこの子、なかなか独特なキャラ付けしてて意外と面白い。ガチの宗教家って感じじゃないし』

『いや、逆に息をするように神様信仰してる感じだろこれ。人に押し付けてこないのもそれが当然って感じ』

『単に中の人が日本じ──おっと誰か来たようだ』

『愛の女神様短気すぎない?』

『この調子だとキャロルちゃん収益化条件クリアしそうだな。祭壇設置プロジェクトいよいよ開始か?』

『なにそれ?』

『収益化できるようになったら稼いだ分で祭壇を作ります、って前に言ってたのよ。神様に信仰を届けるためだって』

『ガチのお布施じゃねえか。笑った』

『面白いからちょっと協力してあげたい』

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