聖女、説明する
「お邪魔します」
核心を突かれた俺たちにできるのは、
シラを切り通すのは無理そうだし、このまま帰したら何がどうなるかわからない。千歌さんもさすがにノーとは言わず、素直に靴を脱いでくれた。表情は硬いものがあったが、
俺は、事情を知っているであろう瑠璃に尋ねる。
「いったいなにがあったんですか?」
「……それが、あの方がバイト先に来られまして」
瑠璃の顔を見るなり驚いた顔で詰め寄ってきたのだという。
「お知り合いだったんですか?」
「その子じゃなくて、その子のバイト先の長男とね」
と、これは千歌さんが答えてくれた。
内緒話という声量ではなかったので想定内だが、そのお陰でいろいろややこしい事態だということがわかった。
瑠璃のバイト先──和菓子屋の長男というのは当然、変身する前の瑠璃自身のことである。そしてもちろん、千歌さんはそのことを知らない。
俺も千歌さんと瑠璃が知り合いだとは知らなかったのだが。
「じゃあ、どうして瑠璃さんのことを?」
「その子のことも知ってたからだよ。私が一方的に、だけど。……アリスちゃんたちならわかるんじゃない? 早月瑠璃は、あいつがTRPGで使ってたキャラなの。一緒の卓にいたから良く知ってる」
同卓していたのなら一目瞭然だっただろう。
瑠璃とフルネームが同じで、イメージもぴったりの女の子が現実に現れた。しかも、プレイヤーの実家のアルバイトとして、だ。
そんな偶然があるわけない。
最初、千歌さんは瑠璃にモデルがいたのだと思ったらしい。『元の瑠璃』のことを知っているのか。彼とどういう関係なのか。彼が今、どうしているのかは? と、思わず詰め寄ってしまった。
「そうしたらその子、妙に挙動不審だったの。……怪しいと思うでしょ?」
「瑠璃さん?」
「瑠璃さま?」
「……いえ、その、なんといいますか」
気まずそうに目を逸らす瑠璃。
とはいえ、これに関しては彼女が悪いとも言い切れない。
千歌さんを納得させられるレベルの嘘を構築するのはかなり難しいだろうし、それを突き通すのはもっと難しい。加えて言えばご両親にも嘘に協力してもらわないといけないのだ。
「説明してくれるよね、アリスちゃん?」
「……もちろんです」
こうなったら説明するしかない。政府には事後承諾になってしまうが、そこは我慢してもらおう。
と、しばらく立ち話が続いてしまったが、俺たちはリビングへと移動して、
「何か問題かしら? なんなら私達は席を外しているけれど」
「ら、ラペーシュにアッシェ!? そんなのまでいるの!?」
「あ」
そういえば、ラペーシュの登場したエロゲには千歌さんも出演しているんだった。なら、見ただけでラペーシュだとわかってもおかしくはないだろう。まして今は「ゲームやアニメの登場人物が現実にいるのかも」という思考になっているわけだし。
そして、良くなかったことがもう一つ。
千歌さんを見た、というか、千歌さんの声を聞いたラペーシュがにんまりと笑みを浮かべたのだ。
「あら? 面白い子が来たじゃない。アリスと、それからあの子とも同じ声」
ねっとりとした声音。思わずぞくっとしながら、ラペーシュが俺を褒める時に「声」を挙げていたことを思い出す。なら当然、同じ声をした千歌さんだって好みのはずだ。
ラペーシュは千歌さんの傍まで歩み寄ると、彼女の顎に指を這わせて、
「ねえ? 『アリシア・ブライトネスはラペーシュ様に永遠の忠誠を誓います』──って耳元で囁いてくれない? やってくれたらご褒美をあげる」
「ご褒美? それはちょっと魅力的かも……?」
「そういうのはよそでやってください! というか、他人の名前を勝手に使わないでくださいっ!」
なんかもうめちゃくちゃである。
「……なんだこの状況は。一体何があったのだ」
「あ、教授だ。もうなんでもアリじゃないこの家」
そうこうしているうちに教授まで帰ってきてしまい、千歌さんの知っているキャラクターがさらに増えてしまった。
仕方ないので食事をしながら話をすることに。
メインの料理はきのこたっぷりの和風クリームパスタ。麺の量さえ増やせば後は調節がきくということで、一人分増えても特に問題はなかった。
千歌さんはパスタを一口食べて「美味しい」と呟いてから俺を見て、
「で、アリスちゃんたちって本当にゲームとかマンガのキャラなの?」
「あくまで私に聞くんですね……?」
「だって、アリスちゃんとそっちのシルビアちゃん以外、知ってるキャラで怖いし」
「わかる。二次元キャラが三次元で出てくるとなんかこう、お化けでも見た気分になるわよね」
「朱華さんはどっちの味方ですか」
千歌さんと話の合う紅髪の少女をジト目で見てから、俺はこほんと息を吐いて、
「このことは他言無用でお願いします。こんなことが知れたらどんな騒ぎになるかわかりませんから」
「……わかった、約束する」
こくん、と、千歌さんが頷くのを待ってからかいつまんで事情を説明した。
魔王様ご一行以外のメンバーはある日突然、起きたら「こう」なっていたこと。元キャラの記憶なんかも持っているし、能力も使うことができるが、アニメやゲームのキャラそのものなのかと言われればなんとも言えないこと。
ラペーシュたちはキャラそのものであり、他に行くところがないのでうちにいること、などなど。
なんというか「どこのラノベの設定?」と言いたくなるような話だったが、声優でありオタクでもある千歌さんはこの手の設定には慣れている。話の流れ自体にはツッコミが入ることもなく最後まで話が進んで。
「……なるほどね。シルビアちゃんは自作小説のキャラ。で、アリスちゃんはあのSRPGの主人公か」
「はい。黙っていてすみません」
「いいよ、気にしないで」
怒られたり、気持ち悪いとか言われるかとも思ったが、千歌さんはにっこりと笑って、
「言えない事情があるのはわかったし、別に悪いことしてるわけじゃないんでしょ? なら、アリスちゃんは悪くないじゃない」
「千歌さん……」
「まあ、ラペーシュさまは魔王なので悪人なのですけれど」
「アッシェ? その通りだけど、ここで話をややこしくしないで頂戴」
いや、ラペーシュの言動も大概だと思うが。
千歌さんは魔王たちの漫才をスルーし、瑠璃を睨んだ。
「で、後輩? 何か申し開きはある?」
「いえ、あの。なんのことかわからないと言いますか、変身前の個人情報は秘密なので──」
「私の家に来るなりクローゼットの匂い嗅いだの大学のみんなにバラす」
「待って、待ってください! それだけは! っていうか誇張入ってるじゃないですかぁ!」
おお、瑠璃がここまで慌てるところは初めて見た。
というか、千歌さんから前に聞いた変態さんがまさか瑠璃のことだったとは。いや、誇張って言ってるからどこまで本当かはわからないが。
なんにせよ、これで瑠璃の正体までバレバレである。
これはもう、脅迫とかされるかもしれない。ラペーシュに頼んだら記憶消去とかしてもらえるだろうか……と。
「……そっか。そうだったんだ。元気にしてたんだ」
千歌さんの反応は、俺としても意外なものだった。
切なげに声を震わせ、俯いて涙を落とす。その姿に瑠璃は絶句。他の面々も「どうしていいかわからない」という風に硬直した。俺にできたのも、そっと肩に触れてハンカチを差し出すことだけ。
「ありがとう、アリスちゃん」
微笑んで涙を拭う千歌さん。深呼吸をして前を向いた時には表情はほぼ元通りだった。
でも、さっきの様子が嘘だったとは思えない。
前に彼女が言っていた「入院した後輩」というのは瑠璃のことだったのだと今ならわかる。思えば千歌さんは何度も瑠璃──変身する前の瑠璃について口にしていた。声優をしている美人女子大生の彼女がプライベートで一緒にTRPGをしたり、自宅に招いたり、急な入院を心配したり、実家の和菓子屋に顔を出したりする相手。それはやっぱり「そういうこと」なんじゃないだろうか。
もちろん、関係としてはただの友人、先輩後輩だったんだろう。
それでも、瑠璃へ「今すぐ男に戻れ」と言いたい衝動が起こらなかったかといえば、もちろん起こった。盛大に。リア充爆発しろ。
「……なんだか、少しだけ恋人が欲しくなりました」
「本当? じゃあアリス、今すぐ結婚しましょう?」
「まっ、アリス先輩。その
思わず口走った言葉に反応するラペーシュ。すかさず瑠璃が忠告してくれるが──これに朱華が「あんたたちも懲りないわね」と苦笑した。
そして千歌さんは「……ふうん?」と、何故か怖い笑顔を浮かべて。
「へー? いや、うん、わかるよ? アリスちゃんは可愛いもんね? でもさ、女の子になったと思ったら、私と同じ声の金髪ロリにその態度ってどういうこと? え?」
「ひぃっ!? 先輩、声優としてあるまじき顔になってますからっ!」
瑠璃もいつもの「真面目な優等生」の顔が台無しである。素直に付き合ってればよかったのに、などと思わなくもない。
「……もう、いっそのこと私、アリスちゃんと付き合おうかな」
「へ?」
なんか丸く収まりそうなので傍観していたらぎゅっと抱きしめられた。
「あの、千歌さん?」
「アリスちゃん、私じゃ嫌? 結構趣味も合うと思うんだけど」
「……いえ。えっと。あれ? はい、全然嫌じゃないですね……?」
ラペーシュみたいに会って日が浅いわけじゃないし、ゲームなんかの話もできる。それでいてお洒落とかにもある程度気を遣っているし、可愛いものにも目がない。縫子たちとも繋がりがある人だし、何より秘密を共有できる仲になった。
別にそれでもいいんじゃ? という気になってきた俺だったが、これには複数人が慌てだし、
「待ちなさい。それは許さないわ。二人とも私の物になるならともかく」
「そうです。先輩とアリス先輩がくっつくなんていけません。猛犬と子猫を結婚させるようなものです」
「いや、あのね瑠璃? あんた、そういうところよ多分」
「なんだか楽しそうな展開になってきましたねっ」
「うむ。まあ、見ている分には楽しいな」
「うーん、こういう人もいるんだねー。お姉さん常識に自信なくなってきたかも」
賑やかなうちに夕食の時間が過ぎていったのだった。
なお、千歌さんからの告白は「冗談だよ」と撤回されたのであしからず。
「それで、安芸千歌……だったか? 我らのことは黙っておいてくれる、という認識でよいのか?」
「はい。言ってもみんな信じないでしょうし、広めるメリットもありませんから」
「助かる。一応、政府には連絡を入れなければならんから、そのうち誓約書か何か書かされると思うが、それは我慢してくれ」
「わかりました」
ノワールの淹れてくれた食後のお茶を飲みながらあらためて千歌さんの意向を確認。
「……バレたのが先輩で助かりました」
「いや、私以外じゃあのバレ方はしなかったでしょ」
瑠璃の呟きにツッコミが入る。確かに、瑠璃のオリジナルを知っていて、かつ他のシェアハウスメンバーと面識があるのは千歌さんくらいである。
一緒にTRPGをしていた他のメンバーも程度の差こそあれオタクだそうだが──今後は千歌さんが口裏合わせに協力してくれるらしい。彼女も瑠璃のことを前から知っていた、と説明すれば、周囲は「ふーん」で済むだろう。
「でもほんと、みんな違和感なく美少女やってるのね……。ノワールさんなんかあのノワールにしか見えないもん」
「ありがとうございます。褒めていただいても何もお出しできませんが……あ、パンケーキでも焼きましょうか?」
言った端からデザートを追加しようとするノワール。なんだか嬉しそうである。
「あ、話し込んでいるうちに結構時間が経ってしまいました。今日の分の配信を忘れないようにしないと」
「アリスちゃんも結構続いてるよね。私とも今度やろうね?」
「はい、よろしくお願いします」
俺は微笑んで答える。千歌さん当人に隠さなくて良くなったことで、一般向けの情報操作はやりやすくなった。アバターで配信を始めて設定を広めたこともあって、これから顔出しする分には「ウィッグを使っているだけの女子中学生」である程度は通るだろう。
これに千歌さんも頷いて、「私もお仕事頑張らないとなー」と呟く。それから思い出しように「あ」と声を上げて、
「声優で思い出した。ノワールさんに一ついい話があるんです」
「? わたしに、ですか?」
首を傾げるノワール。俺としても二人の繋がりがいまいちわからないんだが、
「あのマンガ、今度アニメになるんです。ノワールさん、ノワール・クロシェットの声優やりませんか?」
「な」
織田信長の声優を信長本人にやらせる、みたいな話だった。
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