第六章
聖女、バレる
「……ん」
スマホのアラームが鳴る前に自然と目が覚めた。
ぷにょん、とした枕から頭を上げた俺は掛け布団をはだけると、同じくぷよぷよした抱き枕? から身を離す。枕+抱き枕状に変形していたスララは「むにゃむにゃ」と古典的な声を上げながらぽよん、と人型に戻った。目覚めた様子はないので本能か、あるいは形状記憶的なアレらしい。
人懐っこいスライム少女から「いっしょにねよー?」と纏わりつかれた時はどうなることかと思ったが、自在に変形できる彼女の枕はとても寝心地が良かった。こちらの体温が移るまでは若干ひんやりするので冬場は寒そうなのが少々気になるが。
ぐっと伸びをして眠気を吹き飛ばしていると、隅の方に置かれたケージがかたかたと揺れる。
俺はケージに歩み寄り、その入り口を開いて白いふわふわのうさぎに挨拶した。
「おはようございます、ブラン」
腕の中に納まった新しい同居人を軽く抱きしめ、毛並みを堪能してから解放すると、彼女はとてとてとベッドの方へ移動し、スララの弾力ボディでぺしぺし遊び始めた。寝ぼけたスララにいじめられないか心配だが、危害はラペーシュの契約で封じているので大丈夫だろう。
カーテンを開け、シャワーの準備をして一階へ下りると、リビングから四羽のうさぎと共にノワールが出てきた。
「おはようございます、アリスさま」
「おはようございます、ノワールさん」
足にまとわりついてくるうさぎたちにも挨拶。引っ越してきたばかりだというのにみんな元気である。これもアッシェの力か、それともこの子たちが人懐っこいだけか。
「そういえば、お風呂の順番もまた決め直さなければいけませんね」
「さらに三人……じゃない、二人も増えるとさすがに戦争ですね」
スララを除外できるのがせめてもの救いだ。スライムである彼女は三大欲求に縛られない。食べること自体は好きなようだが、クズ野菜とかでも「わーい」と喜ぶので、むしろ生ごみ処理を手伝ってくれて大助かりだ。一家に一匹スライム娘というのもなかなかアリかもしれない。
「おはよう、アリス。今日も可愛いわ」
「お、おはようございます、ラペーシュさん」
さて、シャワーを……とバスルームへ向かうと、寝起きのラペーシュから挨拶をされた。余計というか過剰な一言が添えられていて思わず赤面してしまう。
ネグリジェ的な寝間着しか身に着けていないこともあって色気も凄い。朱華がラフな格好をしていると「雑だなー」という感想が先に来るのだが、押さえるところを押さえるだけでこうも印象が変わるものか。
「ラペーシュさんもシャワー浴びますか?」
「ええ、アリスと一緒なら是非……と言いたいところだけど、挨拶もしたし、もうひと眠りするわ。ノワールにはそう言っておいて頂戴」
「はい、わかりました」
どうやら朝はゆっくり眠る派らしい。さすが魔王様──って。
「今日から学校なんですから、さらっと二度寝しないでください!」
自室へ引っ込もうとするラペーシュの首根っこを慌ててつかまえた。
シャワーを浴び、朝のお祈りを済ませ、スララとブランに似たようなエサを与えてからリビングへ。
「初等教育ならまだしも、能力の違う者達に画一的な高等教育を受けさせるとか無駄じゃないかしら……」
相当朝が弱いのか、ラペーシュは席につきつつもぶつぶつ言っている。その様子を朱華はじっと見つめて、
「案外、あんたとあたしって気が合うのかも」
「あら、そう? なんならアリスを娶った後、側室にしてあげましょうか?」
「んー。あんた人使い荒そうだからパス」
なんとも雑な勧誘に、なんとも雑な断り文句が返されていた。
なお、残る一人であるアッシェはきちんと身支度を整えて席についている。普段着がそもそも露出度高すぎ、というのを除けば優秀だ。
「なんとなく、アッシェさんは寝坊しそうだと思ってたんですが……」
「獣使いは自然と朝が早くなるんですのよ」
「なるほど」
ニワトリを始め、明け方から起き出す動物というのは多い。そういう者達と付き合っているうちに自分もそういうリズムが身に付くのだろう。
「ラペーシュちゃんと逆なら良かったのにねー」
「……むう。アリス、回復魔法をかけてくれないかしら」
「えっと、構いませんけど、逆にダメージ受けたりしませんか?」
「アンデッドじゃないんだから大丈夫よ」
そういうことならと、軽くラペーシュを癒してやる。朱華と違ってきちんと眠ってはいるようなので、すぐに調子を取り戻した。
それを見た教授が「ん?」と首を傾げて、
「ラペーシュよ。お主、回復魔法も使えるんだろう?」
「ええ、まあね。でも『組み換え』るのが面倒だし、アリスにしてもらった方が気持ちいいかと思って」
「……組み換え?」
聞いたことのない単語に瑠璃も眉をひそめる。
と、少女魔王は得意げに笑って、
「契約魔法によって得た疑似魔法能力は、契約を解除するまで好きなように使用可能になるの。その代わり、契約解除まで魔力の上限が削られる仕組みになっているのよ」
「ほう。つまり、最大MPを削ることでMP消費0の特殊魔法を取得できるということか。取得する魔法はステータス画面からカスタマイズが可能だが、多少の手間がかかるわけだな」
「そういうこと」
あるいはTCGのデッキを組みなおす感覚と捉えてもいいかもしれない。
一応、まったくの無制限ではなかったんだな、と言うべきか、それとも「最大MPが削れても関係ないじゃん」と言うべきか。
例えば「テレポートとファイアーボールとバリアとサモン・モンスターを無限回使用可能になる代わりに他の魔法は使えません」とか言われても「チートですよね?」という感想にしかならない。
「ラペーシュさまは本当に規格外ですね」
ノワールが給仕をしつつ感想を述べると、ラペーシュは「ありがとう」と言って、
「ノワールも人にしては驚くべき能力よ。私がアリスと結婚した暁には専属として雇いたいくらいだわ」
「……それは、なかなかに魅力的なお話ですね」
「待ちなさい。あたしたちとも契約交渉をさせなさい! そうよねシルビアさん?」
「んー、私はラペーシュちゃんの方に付いても問題ないんだけど」
魔王に買収されそうな正義の味方が複数名。
これにむっとしたのは真面目な瑠璃。
「私はまだ、貴女を認めたわけではありませんからね」
「こっちだって簡単に認めてもらえるとは思っていないわ。……やっぱり、目下のライバルはあなたかしらね?」
「あの、お二人とも仲良くしてくださいね……?」
一応、仲裁をしようと声をかければ、二人からは「アリス(先輩)には迷惑をかけない」と返答があった。意外と気が合うんだろうか、この二人。
そんなこんなで。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、アリスさま。朱華さま。シルビアさま。瑠璃さま」
「行ってらっしゃい」
ノワールとラペーシュに見送られる形で家を出る。
なんで一緒に行かないかと言えば「一緒にいて噂されると恥ずかしいから」である。いや、どうせバレるとは思うのだが、大っぴらに見せびらかす必要もないだろうという話。
というか、小桃に戻った時に記憶がどの程度共有されるのか、という問題もあるので、迂闊に「同棲してます」とも言いづらい。
「でも、今日だけはもう一人欲しかった気もするわね……」
朱華がぼやいたのは手に下げた紙袋のせいだ。
俺や瑠璃、シルビアも似たような袋や鞄を手にしている。言うまでもなくお土産である。あげる相手が多いのでなかなかにかさばる。当然、重さもなかなかのものだった。
「しょうがないよー。みんなからも貰うことあるんだし、こういう時にお返ししないと」
「ええ。というか、実際、他にも旅行に行ってきた方はいるのでは?」
「そうね。この袋が帰りもいっぱいになることを願うわ」
それはなかなか夢の膨らむ発想である。
「瑠璃さん、今日はバイトに直行なんですよね? そっちのお土産も大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。しばらく休んでしまったので、その分を取り返さないといけませんね」
「私も園芸部に顔を出さないといけませんね……」
園芸部の分ももちろん買ってきている。今日もなかなか忙しくなりそうだ。
「あ、アリスちゃんだ!」
「おはようございます、皆さん。ご無沙汰していました」
教室に着くと、クラスメートたちと挨拶。しばらく会っていなかったが、ときどきスマホで連絡を取り合っていたこともあってみんな笑顔で出迎えてくれた。
買ってきたお土産を配っていると、入り口の方から歓声。振り返れば小桃が登校してきたのがわかった。もちろんピンク色の髪をしていたりはしない。一般人モードだ。
彼女は俺の顔を見るとにっこり笑って、
「おはよう、アリス。会いたかった」
「っ!?」
周囲から、きゃあ、という声が聞こえた。
「アリスちゃん、やっぱり鴨間さんと付き合ってるの……?」
「いえ、そういうわけでは」
自然に聞こえるように答えながら、まさかラペーシュの仕業かと警戒する俺。いやでも、小桃もこれくらいは言いそうな気がする。
「というか、小桃さんも訂正してください……!」
「あはは、ごめんごめん。アリスが可愛かったから、つい」
「……うう」
なんだか積極性と攻撃力が上がっているんじゃないだろうか。ラペーシュが目覚めたせいで影響が強くなっているんだろうか。
「これは
「何角関係なのかな、これ……」
いや、そういうのじゃないというか、図形が描かれているとしたら〇角関係ではなくアリシア・ブライトネス包囲網的な方向性じゃないだろうか。
「お久しぶりです、アリスさん」
「元気そうで良かったわ、アリス。旅行は楽しかった?」
「はい。せっかくなので楽しんできました。これ、お土産です」
昼休みの中庭では鈴香たちにお土産を渡した。彼女たちの分は他の友人よりも奮発した特別仕様だ。みんな喜んで受け取ってくれる。
「私はアーカイブを毎日追っていたのであまり久しぶりという気がしませんが、嬉しいです」
「アーカイブ?」
「あっ」
「……ねえ縫子。そろそろ教えてくれないかしら。アリスとどんな秘密を共有しているの?」
「べ、別に秘密というほどのことでは……」
恥ずかしいので誤魔化そうとしたら「なら教えて?」と迫られ、白状するしかなくなった。
まさか、ネット上で超マイナーなアイドルやってます、なんて自分から教えないといけないとは……。
「他の人には言わないでくださいね」
「安心して、言わないわ。……でも、意外ね」
「そうですね。まさかアリスさんがそんなことをしていたとは……」
顔を見合わせる鈴香と芽愛。失望されてしまっただろうか。
「早く言ってくれればよかったのに」
「え?」
「本当よ。知っていれば応援したのに」
二人は「別に馬鹿にするようなことでもない」と言ってくれた。
「まあ、アキがやっていたら笑うけど」
「どういう意味ですか。というか、やりませんよ。私は裏方の方が性に合っています」
「私はやるならお料理動画とかでしょうか。ちょっと楽しそうですね」
「……本当に、皆さん優しすぎませんか?」
しみじみと言ったら「お前が言うな」みたいな顔をされた。
吉野先生にもお土産を渡し、園芸部にも顔を出してから帰宅する。
単に姉の相手が面倒くさかったのかもしれないが、確かにそろそろ配信の約束を果たした方がいいかもしれない。そう思ってグループチャットでメッセージを送っておいた。しかし、放課後になってすぐ送ったメッセージは、帰宅した後も既読が付かないままだった。
やっぱり忙しいんだろう。そこまで急ぐわけでもないし待っていようと、俺は暇をしているスララの相手をしたりブランを撫でたり、ノワールの手伝いをしたりして過ごした。配信をするようになって放課後の時間が忙しくなったので、最近はなるべく休み時間に宿題を済ませるようにしている。ふとした時間に「今日の配信はどうしようか」と考えるのも日課になってきた。
「アリス。暇なら私のことも構いなさい」
「すみません。あまり暇というわけでは……」
食材の下ごしらえをしていたらラペーシュが寄ってきた。どうやら彼女的には本体を家に置いたまま幽体離脱するような感じで小桃モードと切り替えているらしく、その気になれば一瞬で帰宅が可能らしい。なのでその分だけ暇なのである。
「アッシェさんと遊んだらどうですか?」
「申し訳ありませんが、ラペーシュの相手は面倒──もとい、今、わたくしも手が離せませんので」
「今、面倒って言わなかったかしら?」
「気のせいではないかと」
そう言うアッシェは朱華から電子機器の使い方を教わりつつ、ネットで現代のうさぎの飼い方を勉強しているところだった。教える朱華の顔には「エロゲがしたい」と書いてある。そのくせきちんと教えているあたり面倒見がいいと思う。
なお、二人の周りにはブランも含めた五羽のうさぎが群れており、とても和む光景になっている。
うん、やっぱりうさぎは可愛い。アリシアの信仰的にも動物が愛するべき対象である。まあ、大地の神なので動物を狩って食べるところまで含めた自然のサイクルを信仰している感じだが。うちで飼っているのは愛玩用のうさぎなので食べない。
「今日は瑠璃さまと教授さまが帰られたら夕食ですね」
「はい。二人とも夕飯までには帰ってくると思うんですけど……」
予想通り、瑠璃は夕飯前には帰ってきた。
ただし、その表情はげんなりしていて、しかも足取りが重い。玄関から音がしたきり動きがないので見に行ったら開口一番「……申し訳ありません」だった。
「しくじりました。まずいことになったかもしれません」
「な、何があったんですか……!?」
「ええ、その、実はお客様がいらっしゃいまして……」
閉じていた玄関のドアを瑠璃が開けると、そこには一人の女性が立っていた。
俺と目が合った彼女は少し驚いたような顔をした後で「なるほど」と呟いた。
うんうん、と頷いた彼女──千歌さんはさらに、俺の後ろに立っていたノワールを見つめて、
「早月瑠璃にノワール・クロシェット。アリスちゃんがいるってことは朱華ちゃんもここにいるんでしょ? ……これは、もしかして、アリスちゃんもなんかのキャラだったりするのかな?」
完膚なきまでにバレた。
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