聖女、帰宅する

「……また増えてる」


 翌日の朝食バイキングにて、他の宿泊客からぽろっとそんな言葉が聞こえてきた。

 原因はアッシェと共にうきうきと食事を吟味しているピンク髪の少女だ。特徴的な瞳や角などは人化の魔法とやらで消しているので、一見ごく普通の外国人美少女ではあるのだが、昨日のアッシェに続いて「これ」なので非常に目立っている。

 魔王であるラペーシュも目立つのは嫌いでないらしく、優雅に笑顔を浮かべながら周囲にカリスマを振りまいていた。なお、笑顔を向けているのは女子だけで、男子はさりげなくガン無視である。


「ねえ、アリスは何を食べるのかしら?」

「そうですね……。今日でメニューを制覇できそうなのでそちらを念頭に、後はフレンチトーストやオムレツをリピートしようかと」


 そのラペーシュからの問いに苦笑しつつ答える。お高いホテルだけあって、バイキングには「連泊のお客様を飽きさせないように」と日替わりのメニューもあったりするのだが、そういうのを除けばだいたい一回は食べた。なので、食べたことのないものを選んだ後はお気に入りを味わうのみである。

 桃髪の美少女は「ふうん」と頷いてから、耳元で、


「私としてはアリスを味わいたいんだけど」

「そう言う冗談は止めてくださいって言ってるじゃないですか」

「残念だけど、冗談じゃなくて本気なの」


 本当に、魔王軍ご一行様はトラブルメーカーである。

 空気が読めるので逆にタチが悪い。ギリギリ許せる悪戯しかして来ないからだ。大人しく部屋で留守番しているスララが一番マシなのでは、とさえ思う。スララはスララでスキンシップが過剰なので一概には言えないのだが。

 さて。

 今日も今日とて思い思いに料理を取った俺たちは隣接した二テーブルを占領すると食事を開始した。

 なお、アッシェは肉料理多めのチョイス。ラペーシュは高そうなものを少しずつつまんでいる。本当はワインを飲みたかったようだが、見た目が未成年なので止められていた。


「さて。皆の者。本日帰還しようと思うが問題ないか?」


 食事を始めたところで教授が告げた言葉に、仲間たちはおおむね「まあそうだろうな」という反応を示す。

 最も残念そうにしたのは少女魔王で、


「あら。せっかくだからこの地を堪能していけばいいのに」

「何をしでかすかわからない輩と一緒に遊び歩けるか。それに、ちょうどいい提案をしてきたのはお主だろうに」

「? なんかあったの、教授?」

「ラペーシュ様が転移魔──移動手段を手配してくださるそうですわ」

「そういうこと。あなたたちの家には行ったことがないから直行は難しいけれど」


 鴨間小桃としての記憶があるのなら、学校周辺までは飛ぶことができる。そこからなら歩いて帰れるのでぐっと楽である。何より飛行機に乗っている時間が浮く。まあ、空の旅も楽しいものではあるのだが。


「楽でいいよねー。荷物も運びやすいし」

「手荷物にしたいもの以外は配送手配をすれば良いのですから、とても助かりますね」


 喉から手が出るほど欲しかった転移魔法使い。(一応とはいえ)敵なのがとても残念だ。ラペーシュに頼めば日帰りで青森旅行も簡単だし、なんなら何度か往復して荷物を運ぶことだってできてしまう。

 ベーコンやオムレツで白米を食べている瑠璃は呻って、


「つくづく反則ですね」

「私、欲しい物は手に入れる主義だもの」


 肩を竦めてこっちを見つめるラペーシュ。なんだかアプローチがすごい。むっとした瑠璃が俺を見て、


「あ、アリス先輩。私だってアリス先輩のこと、その、好きですからね」

「ありがとうございます、瑠璃さん。私も瑠璃さんのこと好きですよ」


 本当に、良い人たちに囲まれて俺は幸せ者である。


「瑠璃さまは失敗してしまいましたね……」

「お人好しすぎるせいで鈍いのよね、こいつ」


 なんか酷いことを言われた気がするが、追及して喧嘩になるのもアレなので、とりあえずフレンチトーストやオムレツに舌鼓を打っておいた。






 帰ると言ってもチェックアウトの手続きなどが残っている。

 荷物の配送に関しては置いていくものをひとまとめにして政府のスタッフに引き渡せば向こうで手配してくれるので問題ないが、それだけに荷物を増やすのなら先にやっておかなければならないわけで。


「土産をどっさり買って帰るぞ!」

「あ、それは確かに重要です」


 連休中、学校のみんなと遊びに行けなかった分、お土産を渡さなければ。もちろん椎名や千歌さんにも買わないといけないし、後は吉野先生にも渡したいところだ。芽愛たちを通じてクラスの分かれた友人にも渡してもらいたいので──うん、かなり大量になる。

 悪くならないお土産は外食のついでに買ったりしていたものの、まだまだ買いたいものはある。主に食品関係。高一女子に受ける食べ物といえばやはりりんごのお菓子だろうか。芽愛にはご当地食材や調味料がいいだろうし、縫子は写真をたくさん撮って送るのがいい気がする。鈴香には珍しいアロマオイルを買ってある。


「ねえアリス。私にはくれないの?」

「もちろん買いますよ。正確には小桃さんに、ですけど」


 今ここにいるラペーシュに、ではない。まあ、二人は同一の存在なわけなので同じことなのだが。


「吾輩も大学の皆に買って行かねばな。ううむ、やはりかなりの量になるな」

「お土産ね。あたしはアリスと共同でいいわよね」

「構いませんけど、朱華さんもクラスメートに渡す分はちゃんと選んでくださいね?」

「私も買うけど、チョイスはアリスちゃんと瑠璃ちゃんのを参考にしよっと」

「それは責任重大ですね……」

「ご安心ください、瑠璃さま。わたしもお手伝いいたしますので」


 というわけで、部屋に戻ってスララにクズ野菜をあげた後、俺たちは午前中からお土産調達に繰り出した。

 ラペーシュたちだけホテルに残しておくのも怖いということで全員での外出。スララには密度を上げてもらって俺の鞄の中に入ってもらった。もちろん、変なものを「もぐもぐ」しないように言い含めてからだ。お陰で大人しくしてくれていて、たまに道端で買ったスイーツなんかをこっそりあげると「わーい」と喜んでくれた。

 マスコットといえば、アッシェの買ったうさぎはいったん政府スタッフに預けてある。なのでエサの心配はないだろう。帰る時にしっかり連れて帰らなければ。


「うむ。土産といえば酒に、酒に、酒だな。……む。日本酒や焼酎が鉄板だと思っていたが、りんごの果実酒というのもご当地感はあるな。ノワール、どう思う?」

「そうですね。わたしはやはり果実酒の方が好みです。女性には喜ばれるかと」

「試飲できるなら私が選んであげましょうか?」

「有難いが、お主、その外見では無理があるだろう」

「お生憎様。あなたと違って身分証はないけど、その気になれば見た目くらい変えられるの」


 ホテルでやったらさすがに不審だから我慢していたらしい。成人女性に変化したラペーシュは教授と一緒に酒を試飲しては「これはなかなか」「いや、こっちも」などとやっていた。


「せっかくだし海産物も必要だよねー。主に自分用に」

「さすがに海の幸は学校に持って行くと臭いがね……。アリス、瑠璃。甘味のチョイスはあんたたちが頼りだから頑張りなさい」

「お任せください。……あ、実家じゃない、バイト先にも買って行かないとですね」

「私もいもう──他校のお友達に送らないといけません」


 そうやってたっぷりお土産を買い込み、昼食として最後にご当地フードを堪能してから、荷物をまとめてホテルをチェックアウトした。

 その後は送ってもらう荷物やレンタカーをスタッフに預け、ラペーシュの認識阻害魔法+透明化魔法で他の人の視界から隠れ、転移魔法でひと飛び。学校から数分の位置に降り立った。

 立て続けに魔法を使ったラペーシュは(酒のせいで)赤くなった顔で、


「さて、タクシーを拾いましょうか」

「別にここからそんなに遠くないんだけど?」

「歩く距離は短ければ短いほどいいのよ」


 さすがは魔王様だった。

 とはいえ、手荷物もそれなりにあるので結局その提案には賛成し、俺たちはあっという間にシェアハウスへと帰り着いた。


「あら。ここが皆様の住処──案外小さい家ですのね」

「本当ね。我が城の兵舎の方が何倍も大きかったわ」

「おふろー」


 外観を見るなり魔王様ご一行は言いたい放題。でかい奴もいるであろう魔族の城と比べられても困る。あと、うちにはお風呂が一つしかないのでスララに占有されるのも遠慮したいところだ。


「我が儘を言うな! これでも現代日本基準なら十分広い家だ」

「ま、この人数だとさすがに手狭だけどね」

「皆さまの部屋割りも決めましたのでご安心くださいませ」


 ちなみにその部屋割りはというと、俺の部屋にスララ。朱華の部屋にアッシェ。一階にはまだ部屋が空いているのでそこにラペーシュという感じだ。


「私はアリスと一緒で構わないけど?」

「私が構います!」

「っていうかあんた、階段上るの面倒とか言いそうじゃない」

「無礼者。その位言わなくても察しなさい」


 やっぱり面倒だったらしい。朱華やシルビアより我が儘とはなかなかである。

 なお、その朱華とアッシェが一緒なのはお互い薄着でも気にならなさそうだからというのと、ビーフジャーキーとか転がってても「これ一つちょうだい」「いいですわよ」で済みそうだからだ。

 俺がスララを引き受けたのは一番可愛い……もとい、無害そうだからだ。部屋でぽよぽよしている分には特に問題ない。ついでというかなんというか、うさぎも一羽引き取った。他の四羽はリビングを定位置としてアッシェが世話係。ケージや当面のエサなどは向こうのペットショップで購入済みである。


「アッシェだっけ? あんたちゃんとうさぎの世話できるの?」

「わたくしは魔物使いモンスターマスターであると同時に獣使いビーストマスターですのよ? 一度従僕とした者には責任を持ちます」

「その割に獣を使い捨てにしていましたが……」

「戦闘用に使役したものは戦いの中で散るのが定め。そうなるように教えますし、彼らもそれを覚悟しております。ですがこの子たちは愛玩用ですからね。……五羽は多すぎたと後悔しておりますが」


 とりあえず世話は大丈夫そうだ。むしろ俺の方が初めての経験なので心配である。まあ、困ったらアッシェに聞くなりネットで調べるなりできるし、なるべく使わずに済ませたいものの魔法を使うという手もある。


「はー。やっぱり我が家は落ち着くな」

「私達もなんだかんだで長いもんねー」


 荷物を運び込んでリビングで一休み。ノワールがすかさずお茶を淹れてくれた。彼女は「まずはお掃除を頑張らなければいけませんねっ」と燃えている。


「すみません、ノワールさん。家事がますます大変になってしまって……」

「アリスさまが気になさることではありません。……ですが、そうですね。手の空いた際にお手伝いをしてくださると嬉しいです。もちろんわたし一人でもなんとかしてみせますが、精神的に捗るものがありますので」

「はい。もちろんお手伝いさせてください」


 ラペーシュが料理や洗濯なんかするわけないし、スララも同様。アッシェは「動物を捌くのは得意ですが……」と得意分野が偏りまくっている。新しい同居人に期待するのは酷だろう。


「ところでアリスさま。その子のお名前は決まったのですか?」

「あ、いえ。まだです」


 大人しくケージに収まってくれている一羽のうさぎ。一番人懐っこかった子で、白いふわふわの毛並みが特徴だ。名前は何がいいだろうか。

 首を傾げていると朱華が、


「白いし、シロでいいんじゃない?」

「なんか犬みたいな名前じゃないですか?」

「じゃああんたは何がいいのよ」

「えっと……白、雪……スノウとかどうですか?」

「あ、わたしもいいと思うよー」

「吾輩は『ウサ美』とかがいいと思うが」

「アリス先輩。ユキ、でも可愛らしいと思います」


 なんかこんなやりとりを前にもしたような気がする。

 ここからさらにラペーシュが「ネージュはどう?」と言い、スララが「うさうさー」と参戦してきたところで、ノワールの「ブランシュはどうでしょう?」という提案が採用された。普段は縮めてブランと呼ぶことにしようと思う。


「残念。今回はノワールさんの勝ちだったねー」

「なんならあと四匹もいますし、名づけ親になっていただいて構いませんわよ」

「じゃあこの茶色っぽいのは『茶々』にしましょ」


 なんとまあ、シェアハウスが一気に賑やかになってしまった。

 ゴールデンウィークが終わっても慌ただしい日常が続きそうだ。そして、


「楽しみにしているわ。あなたと──あなたたちとの決戦を」


 力強い視線を俺に向けてくるラペーシュに、頷いて返した。


「負けません。全力で迎え討ちますから安心してください」


 決戦のタイムリミットは夏休みの始まり。一学期の終わりまでに俺たちは見つけないといけない。もっと強くなる方法を。そして、強大な魔王を打ち倒す方法を。

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