聖女、デートする(前編)

 朱華と二人、ノワールに見送られて出発する。

 向かったのは駅の方向。

 何気ない足取りの少女を追いながら俺は尋ねた。


「タクシー拾います?」

「そんなのお金もったいないじゃない。心配しなくても大丈夫よ、たぶん」

「そうでしょうか……?」


 まあ、日曜とはいえ痴漢が出るほど混まないとは思うが。


「っていうか、可愛くない話は控えなさいよ。痴漢が怖いから電車は使わない女の子とか、百合マンガには出てこないじゃない」

「今時の百合マンガなら意外といそうですけど」

「あー。男性恐怖症のお嬢様とかなら普通にいけるか。絶対あたしの立ち位置じゃないけど」


 エロゲ大好きな外国人美少女の方が百合漫画で珍しいのは間違いない。

 若干先行していた朱華は俺に並ぶようにペースを落として、


「アリスの見た目なら男性恐怖症もお嬢様も普通に通りそうね」

「朱華さん、怖いからタクシー使いましょう……って感じですか」

「あははっ、そうそう。まあ、それでも電車乗るんだけどね」

「鬼ですか」


 涙目でうるうるしながら引きずられていく男性恐怖症のお嬢様を想像していると、紅の髪の少女はにっと笑って、


「変な奴がいたらあたしが守ってあげるから安心しなさい」


 変な奴が出たら十中八九、朱華のせいである。








 思った通り、電車は言うほど混んではいなかった。

 目的地は何駅か先にある大きめの街らしい。

 うまく二席隣り合って空いているところを見つけて腰を下ろしながら朱華に尋ねた。


「何をするかは決めてるんですか?」

「んー、まあ、買い物とか?」

「あのあたりにサブカル系のお店ってありましたっけ?」

「ラノベとかマンガの総合ショップと、あとメイド喫茶があるわよ。……って、別にそういうつもりじゃないっての」


 少し意外だった。

 ならPC用品でも買うのかと思えばそれも違うらしい。

 綺麗な紅の瞳にジトっと睨まれて、


「普通に服とかアクセとか雑貨とか見て、合間に甘い物とか食べて、ファミレスか何かでお昼しながら休憩して、時間余ったらカラオケにでも行けばいいでしょ?」

「デートじゃないですか」

「だからデートだって言ってるじゃない」


 ちなみにデート云々はお互いに若干小声で言い合った。


「言っとくけど、あたしのデート知識なんて付け焼刃なんだからね」

「私もデートなんてマンガとかでしか知りません」


 ラブコメの定番デートというとヒロインに連れられて服屋に入って、プチファッションショーをするヒロインに見惚れたり、アイスとかクレープで「一口ちょうだい」なんてイベントをやったりして「後は楽しい時間を過ごしました」的な雰囲気だけ作って終わる感じだ。

 つまり、さっき朱華が言ったようなルートになる。


「あれなら映画とか見に行ってもいいんだけどさ」

「映画は上級者向けだと聞きますね」

「見てる間は話せないし、お互いの好みが合うとも限らないしね。付き合いたての彼氏が映画中に寝てたりしたら殺意湧くでしょ」

「あー……。よく知ってる相手なら許せるかもしれませんけど、付き合いたてだと嫌ですね」


 俺達はしばらくそのまま「デートの定番だけど実は上級者向けなスポット」あるあるで盛り上がった。








 あっという間に目的の駅に到着。


「アリス。なんか買いたいものある?」

「あ、なら冬物の服を見たいです。服とか、あと手袋とか」


 今は冬物の売り出しシーズン。

 今年の初夏から女子になった俺は当然、冬物の服なんて持っていないので、まとまった量が必要になる。

 この前、鈴香達と百貨店に行った時にも軽く店を回ったし、その時にデザインの良いコートを見つけて購入したりはしたのだが、まだまだ足りていない。

 これに朱華は頷いて、


「あたしも少し買い足したいし、まとめて済ませましょうか」


 というわけで、まずは駅ビル内の服屋を回ることに。


「冬って着こまないといけないから大変ですよね」

「荷物は確実にかさばるわよね。でも、夏は夏で、いくら暑くても脱げる服には限度があるじゃない」

「永遠に決着がつかない系の論争ですね……」


 この身体アリシアになって特に思うようになったのは、夏場は汗でべとつくのが面倒、ということだ。かといって手足に直射日光が当たるのもあれなので半袖とかにするのも勇気がいる。

 そういう意味では冬の方がまだマシだろうか……?

 しかし、こればっかりは実際に経験してみないとわからないところもある。


「あれ? そういえば女性の方が身体が冷えやすいって言いませんか?」

「ああ、あれガチだから気をつけた方がいいわよ。着こむ量は多めに見積もっときなさい」


 マジですか……。

 となると、今も穿いているがタイツ、ストッキングの類は欠かせなさそうだ。冬用に厚手のものを多めに買っておいた方がいいかもしれない。

 出先でタイツを買い込むのもアレなので、今日は服優先だが。


「あんた、コートは白いの買ったんだっけ」

「はい。結構奮発してしまいました……」


 なんだかんだ、友人と一緒でテンションが上がっていたのだろう。

 お嬢様ズからの「可愛いと思います」「絶対これがいいよ!」といった後押しもあって、なかなかに値の張るふわふわのコートを買ってしまった。

 なお、鈴香達が推してきたコートはもう一種類あって、


「赤い方にしなくて良かったとは思います」

「そう? アリスなら似合いそうだけど」

「赤いコートなんて着てたらサンタクロースみたいじゃないですか」

「……ああ、あんた金髪だから似合うわよね。色んな意味で」


 押し殺すような感じで笑われたので、とりあえず頬を膨らませて睨んでおく。

 サンタは白髭のイメージの方が強いし、帽子被ってるから髪はそんなに関係ないはずだ。


「赤いのは朱華さんの方が似合いますよ、絶対」

「うん、まあ似合うだろうけど、絶対目立つわよそれ」


 髪も瞳もコートも赤だともう、人目を惹く要素しかない。


「っていうか、あたしは去年買ったコートがあるし」

「何色ですか?」

「ブラウン」


 滅茶苦茶普通だった。

 とはいえ、無難な色のものは使いやすい。普段使いするならそういうものの方がいいだろう。

 俺も朱華を参考に、手袋やマフラーは薄いブラウンのものを購入した。

 メインになる服の方はノワールや縫子から得た知識などを動員しつつ、色味が偏らないように気を付けて選んだ。ある程度暖かい季節なら白のワンピース、以上! と言えるが冬だとそうもいかないので、組み合わせは色々気をつけないといけない。

 出かける度に複雑なコーディネートをするのかと思うと「面倒くさいな……」という思いが湧いてくるが、同時に別の部分では色々試せそうでわくわくしている自分もいた。


「アリス。帽子とか耳当てもあるわよ。ほら」

「って、当たり前のように赤いのを渡さないでください!」


 その辺はコートと色を合わせていいだろうと、白い耳当てにした。








「しまった。お昼時になっちゃってるじゃない。まだ甘いもの食べてないのに」

「それはおやつでいいんじゃないですか?」

「午前と午後二回食べれば二回楽しめたでしょ」


 などと言いつつ、どこで昼食にするか検討する。

 付近にはファミレスやファーストフードから普通のレストランまで色々な店が揃っている。よりどりみどりではあるが、日曜ということで安い店は結構混んでいる。そのあたりも踏まえつつ選ばなければならないが、


「ねえアリス。ノワールさんのいない時こそジャンクなもの食べなきゃ嘘じゃない?」

「いいですけど、さすがに牛丼屋とかはなしですよ?」


 露骨に「服を買いすぎてお金がなくなった女子中学生(金髪と紅髪)の図」になってしまう。

 値段が大して変わらなくてもハンバーガーやフライドチキンなら問題ない。単なるイメージの問題だが、多少はトラブル防止にもなるはず。

 これに朱華「んー、じゃあ……」と思案して、


「あ。五分くらい歩くけど、確か美味しいラーメン屋があるのよ。そこ行きましょ」

「まさか予想が当たるとは」

「何の話?」

「いえ、なんでもないです」


 ディナーではなくランチだったのは幸いかもしれない。消費カロリー的に考えると本来は朝>昼>夜の順で食事を重くした方がいいとかなんとか聞いたような気がするし。

 買い物袋は駅の貸しロッカーに預けて朱華の案内で歩く。


「でも、ラーメンなんて久しぶりです」

「あんたカップ麺とかも食べてないもんね」

「はい。友達と一緒でもラーメン屋に行こう、とはなりませんし」


 遊びに行く機会の多い鈴香達の場合、麺類ならほぼ確実にパスタだ。他のクラスメートと遊びに行った時に提案するとしても、うどんか蕎麦がギリギリだろう。ラーメンはほぼ確実に却下される。


「着いたわよ。あ、ラッキー、すぐ入れそう」


 到着したのは個人経営の、さほど広くはない店だった。店内は特にこじゃれてないし、店主は普通に中年男性。別に女性向きというわけではない、ごくごく普通のラーメン店。

 ただ、男だった頃の感覚が「ここは当たりっぽい」と告げている。

 カウンターが二席空いているのを見た朱華は嬉しそうに表情を歪め、からからと店の戸をスライドさせる。


「いらっしゃいませー」


 朱華の後に続けば、元気の良い声が俺達を出迎えてくれる。

 直後、店の中にいた客からちらりとこちらへ視線が送られ──大半が驚いたように二度見してきた。まあ、外人が来ることはあるだろうし女性客が来ることだってある、中学生だけのグループも休日なら珍しくはないだろうが、全部複合しているケースはさすがにレアだろう。

 気にしているのかいないのか、朱華はそのまま入り口脇の券売機の前に立つ。さすが、慣れてる。彼女のラーメン屋経験が朱華になってからのものなのか、それともなる前のものなのかはわからないが。

 俺は少女の後ろから券売機のボタンを覗き込んで、


「何よこれ、知らないんだけどこんなメニュー」


 不満そうな小さな呟きを耳にした。

 どうやらこの店はとんこつラーメンの店らしい。「豚骨ラーメン」「特製豚骨ラーメン」「特製背脂豚骨ラーメン」と並ぶ中から朱華は迷わず特製背脂をチョイスしたようだ。あとライス。とんこつとなると相応にこってりしているのでご飯が欲しくなるのはわかる。

 で、彼女が見て憤慨したのは別枠で用意された『カルボナーラ風ラーメン』。

 カルボナーラ風。おそらくはとんこつをベースにコショウを利かせたものだろう。場合によってはスープにチーズ、あるいは卵を混ぜ込んでいる可能性もある。


「美味しそうじゃないですか、カルボナーラ風」


 初めての店ではスタンダードな品、グレードが分かれている場合は真ん中をチョイスするのが俺的なラーメン店攻略法なのだが、これは心惹かれるものがある。


「いや駄目でしょ。こんな明らかに女子受け狙ったようなメニュー。ラーメンっていうのはもっとこう、硬派なものじゃない」

「それを女子が言いますか」


 脇にどいた朱華の代わりに券売機の前に立つと、俺は紙幣を投入。『カルボナーラ風ラーメン』のボタンを押した。


「あっ」


 すぐに出てくる小さなチケット。出てきたおつりを拾い、俺は更に『杏仁豆腐』(150円)を購入。カウンター越しに券を提示して席につく。


「……裏切り者」

「朱華さんだって興味ありますよね、カルボナーラ」

「あるけど。……あんただって特製豚骨食べたら『こっちの方が好き』ってなるわよ」


 朱華のも一口くれるらしい。普通のも気になっていたのでそれは素直に嬉しい。


「はいよ、お待ちどうさま」


 やがて、俺達の元にそれぞれのラーメンが提供される。

 朱華のは見るからに背脂の増量されたとんこつラーメン(+ライス)。俺のは白濁したスープに黒コショウの浮いたラーメン。

 上に載っている具材は──。


「チャーシューじゃなくて焙りベーコン……!?」


 特製背脂の方は普通にチャーシューなのだが、カルボナーラ風は焙りベーコン。ほうれん草は共通のトッピングで、ナルトの代わりにチーズ入りかまぼこを斜めに切ったもの、煮卵の代わりに別の器で卵黄が提供される。

 何だこの念の入れようは、と、店主の顔を見ると、彼は得意げな顔で俺を見返してきた。


「朱華さん」

「……うん、食べましょ」


 そこからはほぼ会話なし。

 先に相手のを一口食べさせてもらったら、後はひたすらラーメンをすすった。スープが服に撥ねないように、髪が器に入ってしまわないように気をつけながらなのがもどかしかった。そういえば、女子高生がラーメンを食べる某マンガではヘアゴムを使っていたな、と食べながら思った。

 味の感想は、一言で言うと至福。

 特製背脂豚骨はオーソドックスにラーメンとして美味しかった。ただ、アリシアになった今の俺にはこってりしすぎている印象。一口だけ食べさせてもらったのはちょうどよかったかもしれない。

 カルボナーラ風は確かに、ラーメンかというと若干怪しい感もあったが、女子となった俺の舌には合った。飲み干す必要はないと知りつつ、スープも半分くらい飲んでしまった。


 そして、口の中がこってりした後の杏仁豆腐の美味しさといったら筆舌に尽くしがたい。


 二人とも麺やライスを残すようなことはせずに完食し、店を出てから恍惚のため息を吐く。


「美味しかったでしょ、ここ」

「はい。朱華さんこそ、カルボナーラ風はどうでした?」

「まあ、うん。イロモノでも手を抜かずにベストを尽くしたのがわかる味だった。あたしは一口でいいけど」

「私は気に入りましたけど……あ、でも、今度は普通のも食べてみたいです。背脂追加なしで」


 近くの自販機で紅茶を買って口の中をさっぱりさせたら、朱華が「あたしにもちょうだい」と言うので、中身が半分になったペットボトルを渡した。

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