起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活を続けます
「すみません、私。私のせいで迷惑をかけてしまって」
「突然どうしたんですか、私?」
決戦が終わった後、眠りについた俺は、夢の中でもう一人の俺に呼びかけられた。
アリシア・ブライトネス。
俺が変身したばかりの頃の姿とそっくりな彼女と正面から向かい合う。まるで鏡映しのようだが、あれから少しばかり成長したせいか、実際に鏡に映る姿は少し違うだろう。
もう一人の俺は申し訳なさそうに眉を下げて、
「私がいなければ、あなたの元の生活がなくなることはありませんでした」
なんだ、そんなことか。
「気にしないでください。過ぎたことですし、あなたがそうしたわけでもないんですから」
「でも、これからもう、元に戻れないことがはっきりしてしまいました」
そう。
教授と話をしたことで変身の原因がはっきりした。俺たちが「ある日突然元に戻る」ことはないだろう。邪気を大量に祓った際にどうなるかはわからないものの、少なくともそれは「ある日突然」ではない。
俺は微笑み、胸に手を当てて。
「ほっとしました。突然戻されても困ってしまいますから」
「……私。本当にいいのですか?」
「もちろんです」
しっかりと頷く。
俺としては本当に今更だ。アリシアとして生きて行くと決めた約一年前から覚悟は決まっていた。
教授にも告げた通り、俺は今の生活が楽しい。このまま、これからも続けていきたいと思っている。
朱華あたりからはまた「お人好し」と言われそうだが。
「あなただって、逆の立場なら同じことを言ったでしょう?」
「……そうですね」
くすりと微笑んだアリシアは、俺の方へとゆっくりと歩いてくる。
俺もまた、彼女を迎えるように足を踏み出した。
二人の距離が十分に縮まったところで、アリシアは俺に手を差しのべてきた。
「もう、こうして会う必要もないでしょう」
「そうですね。私たちはもともと同じ存在なのですから」
答えて、アリシアのそれに自分の手を重ねる。
聖女の身体がゆっくりとほどけ、俺の中へと入り込んでくる。ここで同化するわけではない。俺たちは元からひとつだった。
心と身体を慣らすために少しずつ「思い出して」きたそれが十分に馴染んだことを俺自身が認識し、受け入れたという証。
「これからも頑張りましょうね、私」
「はい。頑張りましょう、私」
これからは二人になって話し合うまでもない。考えも答えも、全て自分の中にある。
アリシアの記憶を全て思い出した私は、胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
私は、アリシア・ブライトネスになった。
けれど、それはオリジナルのアリシア・ブライトネスに全てを侵食されたわけじゃない。
男子高校生としての『俺』の記憶も感情も考え方も消えてはいない。『俺』とオリジナルのアリシアが一つになった、この世界で生きるアリシア・ブライトネス。それが私だ。
「まだ、一年半も経っていないんですよね」
たったそれだけの間に色々なことがあった。
これからもきっと、色々なことがあるだろう。
過去と未来に想いを馳せながら空を見上げて、
「さあ、行きましょう」
自分の身体をゆっくりと目覚めさせた。
「あ。アリスー、やっと起きた?」
目を覚ますと、ぷよぷよした女の子に見下ろされていた。
お腹の上に乗られている格好だけれど、あまり重さは感じない。もともと軽いのと、ベッドにも広がって体重を分散してくれているせいだろう。むしろ柔らかくて少し心地いい。
眠気は十分に取れている。
身体はまだ若干重い。やっぱり疲れていたようだ。
私はスライムの少女に「おはようございます、スララさん」と微笑みかける。
「えっと、今は何曜日の何時でしょう?」
「えっとねー、日曜日の九時だよー」
やっぱり、そんなことだろうと思った。
眠りについたのが土曜日の午前二時とか三時とか。それから丸一日以上眠っていたらしい。前にも似たようなことがあったので驚きはない。
配信の連続記録が途切れてしまったが、前もって予告しておいたので視聴者のみんなも許してくれるだろう。
優しく撫でて感謝を伝えると、スララはぽよぽよしながら下りてくれた。起き上がってぐっと伸びをする。とん、と床に足を下ろすと、白いうさぎのブランシュが「だいじょうぶ?」というように寄ってきた。抱き上げて羽毛を撫でてやる。
「おはようございます、ブラン。心配かけてすみません。お腹、空いてませんか?」
「あたしがごはんあげたからだいじょうぶだよー」
「そうだったんですね。何から何までありがとうございます、スララさん」
「えへへー」
嬉しそうにするスララがなんとも可愛い。もちろんブランも同じくらい可愛い。しばらく二人と戯れていると、ぐう、とお腹が鳴った。
「……私もご飯を食べないといけませんね」
お祈りもしたいしシャワーも浴びたい。ただ、先に栄養を補給しないと辛そうだ。パジャマから部屋着に着替え、スララたちに挨拶してから部屋を出る。
一階へ下りてリビングへ行くと、ノワールにシュヴァルツ、朱華、教授にラペーシュと結構なメンバーが揃っていた。
「おはようございます、アリスさま。体調はいかがですか?」
「おはようございます。お陰さまで、明日からも学校に通えそうです」
「アリシア・ブライトネスのことですから心配はしていませんでしたが、エネルギー残量や充電時間が表示できないのは不便なものですね」
未来世界の姉妹はいつも通りメイド服姿。シュヴァルツも不本意そうながらだんだんメイドが板についてきていて、その分、ノワールも楽になっているようだ。
「はよー、アリス。……なんかあんた、疲れて寝てた割に肌とかつやつやしてない?」
「そうでしょうか?」
朱華も寝起きなのか、眠そうにしながらもそもそと朝食を口に運んでいる。
肌艶に関しては自覚がなかったが、十分に睡眠時間を取ったせいだろうか。それとも、気にするべき事項が減ったせいか。
ちらりと視線を向ければ、大きく広げられた新聞が見えた。
「その、なんだ。いい朝だな、アリス」
「もう。どうしてそんなにぎこちないんですか、教授」
「し、仕方ないだろう! 吾輩としては少々気まずいのだ!」
ときどき幼女みたいになるのはずるいと思う。
私はくすりと笑って、最後に桃色の髪の少女を見た。彼女は食後のティータイムなのか、のんびりと紅茶の香りをあ楽しんでいる。
「おはようございます、ラペーシュさん」
「おはよう、アリス。私が最後なのは不満だけれど……今日は一段と綺麗だから許してあげる」
「ふふっ、ありがとうございます」
「アリスさま。朝食を召し上がりますか?」
「はい。お願いします」
ノワールたちが俺の分を用意してくれている間に洗面所へ行って顔や髪を整える。ふと気になって鏡を注視すると、金色の髪に碧色の瞳をした白い肌の女の子がいた。きょとん、とした表情。ここ一年以上、鏡で見てきた私の姿に間違いない。
男子高校生の姿に戻っていたり、全く別の人物になっていたりはしない。
「なにか変わったでしょうか……?」
自分ではよくわからず首を傾げた。やはり、外見というよりは内面の変化なのだろう。自分のことだからこそ、自分のことがわからない時もある。
リビングに戻った私は、ノワールたちの作ってくれた朝食を噛みしめるように味わった。身体がエネルギーを欲していたのか、いつもよりも多めに平らげ、満足感を覚えながら食後の紅茶を飲む。そんな私の様子をラペーシュや朱華、さらにはノワールとシュヴァルツ、教授までもがじっと見ていた。
「ど、どうしたんですか、みなさん」
「や、幸せそうな顔するな―って」
朱華の返答に思わず顔が真っ赤になる。
「それは、だって、幸せに決まっているじゃないですか。……こんなに素敵な仲間がいて、毎日楽しくて、美味しいご飯まで食べられるんですよ?」
「魔王と戦ってへとへとになったばかりの子が言う台詞じゃないわね」
「当の魔王本人が言う台詞でもないが」
ラペーシュが苦笑し、そんな魔王の様子に教授が苦笑する。
「美味しいご飯だなんて……シュヴァルツ、アリスさまに褒められましたよ」
「いえ、今のはお姉様を褒めたのでしょう」
淡々と答えるシュヴァルツだったが、若干嬉しそうに見えるのは人間そっくりのボディが無駄と思えるほど精巧にできているせいか。
「ところでアリス、シャワーを浴びるなら早めの方がいいわよ」
「そうね。暑い時期だし、そんな匂いを嗅がされたら少し変な気分になりそうだもの」
「そ、そういうことは先に言ってください!」
私は慌てて紅茶を飲み干し、いつもより長めにシャワーを浴びた。
「……ふう」
洗濯済みの下着を身に着け、部屋着をあらためて纏う。女神様の聖印も忘れずに首にかけてから部屋に戻ろうとして──。
「あ、アリスちゃんおはようー」
「わっ。……おはようございます、シルビアさん」
階段の下まで来たところで、下りてきた少女に抱きしめられた。
消耗したポーションを補充していたのか、いつも通り眠そうな表情。入浴などは不精していそうなのにふわりと香る独特の匂い。
そういえば、この家に来た時もいきなり抱きしめられた。
あの時はメンバーの奇抜さに驚いたものだ。今は……驚くまでもなく、みんなが個性的なことを知っている。
「そうだ。アリスちゃん。また聖水作ってくれる? あれ素材にすると結構効くんだよねー」
「わかりました。じゃあ、後で容器をいただきに行きますね」
今日の朝食も美味しかったと伝えると、シルビアは目を輝かせてリビングに向かっていった。
一人が動き出すとみんなつられるのか、今度はアッシェが下りてきて、
「ああ、アリシアさん。一昨日? 昨日? はありがとうございました。お陰で傷痕も残りませんでしたわ」
「そんな。むしろ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます」
深く頭を下げれば、アッシェは微笑み、
「でしたらお礼を身体で払っていただいても?」
「労働ということでしたら喜んで」
「……もう、わかっていらっしゃるくせに」
アッシェもまたリビングに向かって歩いていく。ノワールたちに「今朝のお肉はなんですの?」と尋ねる声が聞こえた。前から思っていたが、魔物使いになると食の好みまで動物に近くなるのだろうか。
というか、私を二階に上がらせまいという力でも働いているのか。
シェアハウスのメンバーが増えたことを実感する。今度は玄関から音が聞こえてきたと思ったら、トレーニングウェア姿の瑠璃が顔を出した。さすが、真面目な彼女はさっさと朝のルーティンをこなしていたらしい。
「おはようございます、瑠璃さん。ランニングですか? 私も見習わないといけませんね」
ドアを開けたら私がいたからか、瑠璃は少し目を丸くしながら「おはようございます、アリス先輩」と柔らかく微笑んでくれた。
「私の場合は『やれ』と瑠璃の感性がうるさいので。むしろ、アリス先輩は少し頑張りすぎです」
後半、むっとした表情で睨まれた私は「……あはは」と苦笑した。
「すみません、性分なもので。でも、瑠璃さんだっていつも頑張っているでしょう?」
「わ、私はいいんです」
「どういう理屈ですか」
結局、私たちは似た者同士なのだろう。軽く睨み合って、それから笑いあったところで、瑠璃は「シャワーを浴びてきます」と思い出したように去って行った。
これで、メンバーは全員のはず。
これ以上誰かが現れることはないとほっとしながら階段へと足をかける。すると、半分程上がったところで家のチャイムが鳴り「こんにちはー」と椎名の声が聞こえてきた。用はノワールかシュヴァルツだろうから、対応は彼女たちに任せることにする。
部屋に戻ってスマホを手に取ると、眠る前に送っておいた戦いの報告に、千歌さんと吉野先生から返信が来ていた。未読のままで心配をかけただろうからお詫びと共にこちらからもメッセージを送信。友人たちから来ていた他愛ないメッセージにも返信をしながらノートパソコンを起動する。
「それじゃあ、配信の準備を始めましょう」
現代式の布教活動はまだまだ続けたい。
これから夏休み。他にもやりたいことはたくさんあるし、どれからやっていいのか迷うくらいだ。
朝起きたら金髪碧眼の美少女聖女になっていた『俺』の生活は、この一年ちょっとで大きく変わった。
辛いことも苦しいこともあったけれど、私は今、こうして幸せでいられている。
これからもこんな生活を続けていこう。
似たような境遇の仲間たちと一緒に、一歩ずつ。
変身してしまった私たちなりの方法で。
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