聖女、専用武器を手にする

 朱華のところに戻ったら、開口一番「なんかやったの?」と聞かれた。

 信用がないと言うべきか、俺のことを良くわかってると言うべきか。ひとまずその場は苦笑いを浮かべて帰宅を促した。

 これから帰るとノワールにメッセージを入れてからスーパー銭湯を出て、


「で?」

「そのですね。なんか、武器が出せるようになりました」


 何言ってんだこいつ、みたいな顔をされるかと思いきや、


「ああ、それね。あんたもそこまで行ったんだ。……っていうか、本当にサウナで覚醒してんじゃないわよ」

「あれ?」

「あ、意外そうな顔。安心しなさい。武器出せるのはあんただけじゃないから」

「初耳なんですが」

「言ってなかったしね」


 未知の怪現象かと思えば、俺達の間では別に珍しくないらしい。

 なんということだ。

 じゃあ、朱華も何か出せるのかと尋ねれば「いや、あたしは出せないけど」とのこと。


「だって超能力者よ? 専用武器とか持ってないし」

「ああ、なるほど。そういう話なんですね。……あれ? じゃあ、瑠璃さんも刀とか出せるんですか?」

「出せるんじゃない? 共鳴ユニゾンが十分に進めばだけど」

「瑠璃さんなら早そうな気がしますね」

「どうかしらね。……っていうか、あたしに説明させるより教授に聞きなさい。その方が詳しいに決まってるから」

「わかりました」


 今回は電車もバスも使わなかったので大した道のりでもない。

 俺達は何事もなくシェアハウスにたどり着いた。






「お帰りなさいませ、アリス先輩。朱華先輩」

「ただいま戻りました、瑠璃さん」

「ただいま。瑠璃、教授いる?」


 帰宅した俺達をゴスロリメイド姿の瑠璃が出迎えてくれる。よほど気に入ったのだろう。日曜で時間があるのをいいことに室内着にしているらしい。

 そんな彼女は朱華の問いに首を傾げて、


「教授ですか? はい、リビングでお茶を飲んでいますが」

「そ。ありがと」


 頷いた朱華はさっさと靴を脱いで奥へ向かっていく。

 若干冷たいような気もするが、朱華はいつもあんな感じな気もする。自分相手の時は既に慣れてしまっているので、いまいち感覚がわからない。

 まあ、朱華が説明を代わってくれるならありがたい……などと思っていると、くいくいと服の袖が引かれる。

 気づけば瑠璃が探るような視線でこっちを見ていた。


「先輩? もしかして、朱華先輩とデートだったんですか……?」

「で、デート!?」


 どうしてそうなったのか。

 いや、まあ、同性異性問わず「二人で遊びに出かけること」をデートと呼ぶなら確かにデートだ。校内でそういう使われ方をしているのを聞いたこともある。

 考えてみればお互い裸を見せあっていたわけで、親密度で言っても条件は満たしているような……?


「あの、瑠璃さん。デートっていわゆる恋人的なあれですよね? だったら全然違います。私と朱華さんは女の子同士ですし……」

「今時女の子同士なんて珍しくありません。アリス先輩は女の子が嫌いなんですか?」

「いえ、男性との恋愛は勘弁して欲しいですけど……そうじゃなくて! 今日の目的は修行なので、デートとかじゃないんですよ」


 サウナと水風呂で心身を鍛え直したかったのだ、朱華がついて来たのは単に興味本位だ、と説明すると、瑠璃はようやく納得してくれた。


「……一晩一緒だった後に二人で外出なんて、さすがに疑います」

「え?」

「なんでもありません。ですが、修行なら私も誘ってくだされば……」

「すみません。でも、修行は無理に進めるものじゃありません。瑠璃さんにはトレーニングもありますから、やりすぎも良くないんじゃないかと」


 瑠璃も和風キャラなので水垢離とか似合いそうではあるのだが、恥ずかしいから誘いたくなかった以上に、あまり根を詰めさせたくないのも事実。

 というか、変身して一週間も経ってない状態で外のお風呂に入りに行くとか、俺だったら絶対無理だったわけで。瑠璃を連れて行くという発想はなかなか出てきづらい。


「スーパー銭湯のチケットも買ってきたので、落ち着いたら一緒に行きましょうか」

「本当ですか? 約束ですよ?」


 ぱっと表情を輝かせた黒髪少女に「はい」と微笑んで答えて、


「おーい、アリス! 油を売ってないで新しい武器とやらを見せろ!」


 リビングから教授に怒られた。






 サウナでうっかり出してしまった時と同様、アリシアの錫杖はリビングでもしっかり呼び出せた。


 全長は一メートル以上。

 柄は黒檀のような黒く硬い木で作られているので極めて頑丈。尻の部分は突起状に加工された上で金のコーディングが施されている。

 先端も同じく金の装飾付き。中央にはリンゴにもハートマークにも見える女神の紋章がある。リンゴとハートはそれぞれ大地・豊穣と愛・生命の象徴。紋章の四方にはそれぞれ金環が一つずつ取り付けられており、上から見ると四葉のクローバーっぽく見えなくもない。

 なお、尻部分同様、先端にも刺さったら痛そうな突起があしらわれている。


「……こんな感じなんですけど」


 右手で握るようにして杖を召喚した俺は、流れで「たん!」と床に突き立てそうになるのをぐっと堪えてみんなを窺った。

 すると、メンバーは全員、言葉を失ったようにじっとこっちを見ていた。

 少し意外である。


「あれ? 瑠璃さんは初めてだとしても、皆さんは武器召喚くらい普通なんですよね?」

「普通というわけではないが……。まあ、もともと専用武器のない朱華以外は皆、なんらかの形で固有武装ユニークウェポンの具現化に成功しているな」


 固有武装。

 教授得意のラノベっぽいネーミングだが、これに関してはそのまんまの意味だろう。特に解説されなくても理解できる。

 ともあれ、俺は小さく首を傾げて、


「みんな、そんなもの使ってましたっけ?」

「吾輩のはわかりやすいだろう。魔法の力を秘めた本とローブだ」

「ああ、言われてみれば」


 あんな馬鹿でかい本を普通に買ったとは考えにくい。

 ましてあの本には魔法までかかっているわけで。

 初めて見たのが事情をあまり知らない頃だったせいもあって「そういうもの」だとスルーしてしまっていたようだ。


「わたしの場合は少々特殊で、アリスさまや教授さまのような『専用のすごい装備』ではなく、具体的にイメージした火器や刃物を実体化、常備することが可能です。実体化の度に大きく消耗するので戦闘中には使いづらいのですが……」

「お陰でノワールさんの部屋にはちょっとした武器庫があるのよね」

「私もノワールさんに近いんだけど、自作のポーションが私の固有武装。私が作ると少ない材料で良いポーションができるんだよー。あとあの割れやすい容器も作ったやつ」

「へえ、いろいろあるんですね」


 ノワールとシルビアの出費については常々疑問だったのだが、バイト代程度で賄えているのにはこういう秘密があったらしい。

 こうなると朱華だけ何もないのが可哀想だが、彼女の場合は超能力自体が固有武装なのかもしれない。

 条件が色々重なったとはいえ、ボスオークをKOしたのも朱華だったわけだし。共鳴のレベルに応じて更に強化されるとすれば、まだ威力自体も上がることになる。


「で、アリス? その杖って何が凄いの?」

「えーと……ゲームだと主に魔法攻撃力MATKが上がります。各種魔法の威力に影響しますね」


 ゲーム的には進行度に従って新しい杖を購入(あるいはドロップ等で入手)していくのだが、ステータス画面での立ち絵は変わらない。

 杖の形状がアイテムごとのアイコンに従っているとすれば、この錫杖は隠しダンジョンでドロップする最終装備『聖女の杖』だ。

 このレベルの杖になると物理攻撃力ATKの加算値も馬鹿にならないので、そこらの雑魚モンスターなら「えいっ」と撲殺することも可能。


「つまり、アリス先輩の魔法が強くなるんですよね?」

「ふむ。アリスよ、なんで今まで素手で戦っていたんだ?」

「だって、魔法の杖とか神聖な杖なんて普通買えないじゃないですか」


 適当な杖でいいならあの木刀だって、そこそこ樹齢のある木を削って作られているはず。最低限の霊的パワーは持っていたはずである。

 オーダーメイドするにしても高いし、アクセサリーとは別の工房に発注しなければならない。


「とにかく何か使ってみようよアリスちゃん」

「どの程度強化されたのか確かめておきませんと」

「そ、そうですね」


 何か手頃な実験材料はないかということで、シルビアが協力してくれた。


「ちょうど失敗したポーションの処分に困ってたんだよー」


 場所はシェアハウスの風呂場に移動。


 空の状態で栓だけしたお風呂にどぼどぼと流し込まれていくポーション。色んな色が混ざってひどいことになっていく。瑠璃なんか「うわぁ……」とドン引きした表情だが、当のシルビアはお構いなしである。

 で、あっという間に二割くらい溜まったところで俺の出番。

 まずは錫杖なしで《浄水ピュリフィケーション》。約半分の量が綺麗な水に変わったかと思うと、残りの混合ポーションに飲まれてどす黒く変色する。汚れたお湯程度なら湯舟一杯分くらい余裕なんだが、シルビアのポーションは汚染度が段違いなのだろう。

 さて、今度は湯舟の四割を超えたあたりまでポーションを足した上で錫杖を召喚して、


「《浄水》」

「あっ、綺麗になりました……!」


 瑠璃が歓声を上げた通り。

 溜まっていたポーションはあっという間に浄化されていき、湯舟には透明な水だけが残された。怖いので飲まないが、ほぼ綺麗になったと思っていいはずだ。

 一回目で綺麗になった水が多少中和していたとはいえ、


「これは元の二倍近く、いや二倍強はあるか……?」

「これなら雑魚オーク一確できそうじゃない?」


 ここで言う一確は「一撃で確殺」的な意味である。ゲーム、特に「攻撃回数あたりの撃墜数」が重要になるようなゲームでよく使われる。絶対に一撃で倒せるかどうか(二発目が必要になるかどうか)は現実でも重要だ。倒したかどうかの確認を省略、あるいは簡略化できれば戦闘のテンポが上がる。

 治癒魔法でなんとかできる範囲も広がったはずなので、俺の能力は大幅アップである。


「これなら、もっと皆さんの役に立てそうですね」

「すごーい。もうアリスちゃんだけでいいんじゃないかな?」

「シルビアさま。冗談でもそれはよくありませんよ。アリスさまにはあくまで後衛に徹していただかなくては」


 俺としては、自分一人で片付く戦闘ならそれでも全然構わない。その分だけみんなが楽になるということだからだ。

 残った失敗ポーションをついでに浄化しつつ、口元が緩むのを自覚する。

 やっぱり、俺は人の役に立つのが好きなのだ。


「怪我をしたとか、そういう時はいつでも言ってくださいね」

「ありがとうございます、アリスさま。わたしも、ますます精進しなければなりませんね」


 だったら俺も、ノワールにあまり負担をかけないように頑張らなければ。


「あの、教授。私も頑張って訓練しますから、次のバイトには必ず連れて行ってください!」


 と、瑠璃が勢い込んで教授に言う。

 戦いの話になったのでじっとしていられなくなったのだろうか。

 これには教授も頷いて、


「うむ、いい意気込みだ。もちろん連れて行くつもりだが、あまり焦るなよ? 年末年始は色々と立て込みやすい。別に年が明けてしばらくのんびりしてからでも全然構わんのだ」

「そうですよ、瑠璃さん。まずは戦いの動作に慣れるところから頑張りましょう?」

「あんたもね」

「あいたっ」


 軽く頭を叩かれてしまった。

 むう、今までは周りが先輩ばかりだったから、俺は「頑張りすぎるな」と言われる側だった。今なら言う側に回れるのではないかと思ったのに。

 頬を膨らませかけたところで、シルビアがしなやかな両腕で俺の首をホールドして、


「アリスちゃん。バイトの前に私との合唱だからねー?」

「あ、忘れるところでした……! 練習しないと!」


 英語版の歌詞が載ってるサイトはお気に入り登録してあるのでぼちぼち歌っていきたいところである。

 錫杖を呼び出せるようになったことで朝晩のお祈りも捗りそうだし、心機一転、頑張ろうと思った。

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