聖女、またデートする(前編)
「アリス、デートをしましょう」
金曜日の夕食時。
いつも通り優雅に席へつき、箸の持ち方も上品に食事を始めたラペーシュは、とうもろこしのたっぷり入った炊き込みご飯を半分ほど口にしたところで、まるで世間話でもするかのように提案してきた。
副菜である大根とにんじんのきんぴらを食していた俺は、あまりの自然さに「はい?」と首を傾げてしまった。
ごくん、と、口の中の物を呑み込んでから、
「デート、って、どっちのデートですか?」
「女同士で遊びに行くのだから、どちらでも大差ないと思うけれど」
「それもそうですね」
「全然違います。騙されないでください、アリス先輩」
慌てて瑠璃が言ってくるも、
「でも、私だって少しくらい、女の子にドキドキすることありますし」
同族という意識が強くなっているので普段は平気なのだが、ふとした瞬間に「あ、可愛いな」と思うことは結構ある。
友達同士で遊びに行くという意味のデートだとしても、普段と違うシチュエーションであることには違いないわけで、意外と危険である。
「大丈夫です。遊びに行く以上のことは拒否しますから」
「……それなら、まあ、構いませんが」
「ふふっ。なら、アリスがその気になるようにエスコートすればいいのね?」
渋々頷く瑠璃と、笑顔を浮かべるラペーシュ。
女の子しかいない世界で幾多の女の子を落としてきたであろう女の子に言われると、いったい何をされるのか不安になってくるが。
「でも、どうして急に? なにか欲しい物でもあるんですか?」
ラペーシュは普段、欲しい物は通販で買うことが多い。
いわく「その方が楽じゃない」とのこと。魔王時代も買った物を城に届けさせるのが当然だったらしいので、そうした感覚の延長なのだろう。
だから、何か大きな買い物なのかと思えば、
「だってお互い、思い残すことは減らしておきたいでしょう?」
「あ……」
俺たちは近く、敵同士として戦う約束をしている。
殺し合いにするつもりはないが、勢い余って殺してしまう可能性は互いにある。だからこそ殺されないように、殺さないと生き残れない程の苦戦を強いられないように力を蓄えている。
そして、タイムリミットはもうだいぶ近づいている。
ラペーシュが言っているのは「少しくらい餌を与えてくれないか」ということだ。俺は彼女の求婚を袖にし続けている。
ことがことであるとはいえ、不義理なのは確かだ。
「わかりました。明後日の日曜で良ければ一日、私の時間を使ってください」
深く頷いて答えると、ラペーシュはとびきりの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。後悔させないような楽しいデートにしてみせるわ」
さらに「当日はおめかししてちょうだいね?」と言われてしまう。
普段から結構いい服を着ている俺だが、そう言われたからには特に高い服とか、秘蔵の下着を使うしかないか。
俺が頭の中でコーデの内容を考えていると、
「ずるいです」
「え?」
俺たちの話が気に入らなかったのか、後輩が頬を膨らませていた。
「それなら、私ともデートしてください。アリス先輩」
「えええ?」
なんだか大変なことになってしまった。
「で、どうして三人でデートすることになるのよ?」
「私に聞かないでください」
部屋に戻った後。
俺は一緒に部屋までやってきた朱華の問いかけに首を振って答えた。
「ラペーシュさんがそれで良いって言うんですから、問題ないんでしょう」
そう。
さすがの俺でも、あの流れで「じゃあ三人で出かけましょうか」などとは言わない。
とはいえ、そうするとラペーシュか瑠璃、どちらかを優先しなければならない。当然、先に言い出したラペーシュを先にするのが筋なのだが、ここで当の魔王が言ったのだ。
『いいわ。それじゃあ、私とその子のデート、いっぺんに終わらせましょう』
この提案、俺としては異存がない。
メンバー的にどういう流れになるか全く予想ができないが、俺にとってはどちらも仲が良い相手。楽しいに決まっている。
困惑したのは瑠璃だったが、
『どういう風の吹き回しです?』
『別に? 私はアリスに惚れているけれど、他の女の子にだって優しくできるの。人数が多いのも楽しいじゃない』
こんな風に言われてしまえば毒気が抜かれる。
というわけで、日曜日は三人でデートということになったのだった。
「瑠璃さんとラペーシュさんが相手じゃ、本当、服に手を抜けませんね」
「防犯ブザーはちゃんと持ちなさいよ。で、物陰には行かないように。それから抵抗力を上げる魔法とかあるなら先にかけときなさい」
「朱華さんは二人をなんだと思ってるんですか」
「魔王と元イケメン大学生?」
だいぶ違う人種な気がするが。
「何言ってんの。魔王って言ったらお姫様攫って『ぐへへ』が定番じゃない」
「全年齢作品では監禁だけで済まされますが、まあ、そうですね」
「で、男子大学生って言ったら女の子監禁したり泥酔させてホテル連れ込んだりして『ぐへへ』じゃない」
「いや、あの、ええと、成人向け作品だとそういう傾向はありそうですが」
「ほら大差ない」
胸を張る朱華。
本人が「あたしはあんまり成長しない」と言っていた通り、見た目の印象はあまり変わらない彼女だが、心なしか胸は少し大きくなっているような。
エロゲ出身だけあって見事なプロポーションだと今更感心してしまう。
「というか、そんな言い方したら聖職者だって『ぐへへ』になりません?」
「女聖職者がする場合、やることは合意の上と大差ないじゃない。泣き叫ぶ相手を滅茶苦茶にするような奴は邪教徒よ」
「……確かに」
いや、納得するのもアレなんだが。
ともあれ俺はにっこり笑って、
「大丈夫ですよ。デートは初めてじゃありませんし」
「あんた、あたしとのアレをカウントする気?」
「自分で言いますか」
サブカル系のショップ行ってラーメン食べてメイド喫茶行って、と、かなり特殊なプランではあったが、あれはあれで楽しかった。
そういう趣味があるなら本当の恋人同士でも十分デートだろう。
と、ここで朱華は遠い目になって。
「ま、大丈夫か。魔王の方は契約があるし、瑠璃はどうせヘタレるでしょ」
「……一応、身を守る準備はしておきます」
少しばかり「彼女たちだってやる時はやる」と擁護してあげたい気分になった俺は、朱華の言いつけをしっかり守ることにした。
そうして、土曜日を挟み当日。
手持ちから色々服を悩んだ末、俺はフリル付きの白ブラウスに黒のスカートを選んだ。
だんだん暑くなってきた時期なので重ね着はせず、けれど肌の露出は抑え目。膝下丈の黒スカートは広がりすぎないデザインなのである程度活動的な印象も出せるし、薄手の白いニーソックスを身に着けることで重い印象もカバー。
若干ロリータ系のファッションに近い感じ。
「本当、あんたそういうの似合うわよね」
「とても素敵です、アリスさま」
「アリシア・ブライトネスの武器が何かを良く把握したチョイスかと」
出来栄えを見に来てくれた朱華、ノワール、シュヴァルツに「ありがとうございます」と微笑んで答える。
おめかし、ということなので正直色々悩んだ。
男装まで脳内候補に挙がったりしたのだが、やっぱり俺らしい服装が一番だろう。
「問題はラペーシュさんたちがどういう服で来るかですね」
二人とも系統の違う美人なのでなんでも似合う。
エスコートされる側だってなんなくこなせるだろうから、俺なんか霞んでしまうのではないか……と心配しつつ、リビングでしばし、二人の到着を待って。
「お待たせ、アリス」
「アリス先輩。よくお似合いです」
やってきたラペーシュたちはやはり、それぞれに気合いを入れた服装だった。
ラペーシュはワインレッドを基調としたスーツ風のドレス姿。
なんと言えばいいのだろう。
制服っぽいデザインというか、そう、歌劇団の正装か少女騎士の装束辺りを思わせる、可憐さと凛々しさを合わせたスタイル。
桃色の髪と瞳とも相性が良く、これなら彼女自身が主役になることも、俺を引き立ててエスコートすることも可能だろう。
「どうかしら? アリスは白を選ぶだろうから、私は赤にしようと思ったのだけれど」
「素敵です。男装ではないですけど、格好いいですね」
「ありがとう。アリスもばっちり、エスコートされるお姫様になっているわ」
柔らかい笑顔と共に服装を褒められると、なんとも言えない心地良さが来る。
「……いつも通りのポンコツ魔王で構わないというのに」
「あら。瑠璃も素敵よ? あなたも自分のスタイルを分かっていたようね」
瑠璃は紺のパンツスーツ風スタイルだ。
男装ではなくレディースで、かっちりしすぎないカジュアルな雰囲気。
ジャケットの前は留めずにラフさを演出しつつ、首につけたボウタイが可愛らしさをプラス。長い黒髪は緩めに束ねられており、割と瑠璃の背が高いこともあってこれまた格好いい。
「同性をあっさり落とせそうです……」
「他の女性をナンパする気はないのでご安心ください」
思わず素直過ぎる感想を漏らせば、瑠璃は微笑んで答えてくれた。
「二人とも、アリスをエスコートする気満々って感じじゃない」
「それはもちろん、そう言ったもの」
「ラペーシュに任せてはおけませんから」
軽く睨み合った二人の間でばちばちと火花が散る。
本当、この二人はこういう時に気が合う。お陰で俺が二人から取り合いを受ける令嬢のようである。
「それで、お二人とも。今日はどこに行くんですか?」
俺の問いに、二人はふっと笑って答えた。
「デートの定番と言えば、やっぱり歌劇でしょう?」
「それなりに正装してしまいましたから、映画がいいのではないかと」
ラペーシュの魔法で移動した先は、とある映画館。
大きくもなく小さくもなく。日曜ということもあってそれなりの人で賑わっているものの、話題のスポットとまでは行かない、そんな場所だった。
俺も名前くらいは聞いたことがあったものの行ったことはない。クラスメートと遊びに行った際、近くまで来たことがある程度だ。
「私──っていうか小桃もそんな感じよ。たまたま通りかかってたから来られただけ」
「調べてみたらちょうど良かったので、ここに決定しました」
二人の言い方からして、何かしら目的があってこの映画館を選んだらしい。
俺は上映映画のポスターを見上げながら瑠璃たちに尋ねた。
「なにを見るのかも決まっているんですか?」
「ええ。瑠璃、チケットを取ってきてもらえる?」
「従うのは癪ですが、仕方ありませんね」
既にスマホから予約を終えていたらしく、瑠璃はあっさりと三人分のチケットを持って戻ってきた。
ファンタジー世界の魔王であるラペーシュはさすがにスマホアプリでの細々とした操作までは得意じゃないらしい。
代わりにと、瑠璃が戻ってくるのと入れ替わりに食べ物や飲み物を買って来てくれる。
「ドリンクはアリスと私の分がアイスティー、瑠璃の分はブレンド茶。それから食べ物はポップコーンね」
「やっぱりこれが定番ですよね」
他にホットドッグなども売っているようだが、落としてしまったり、手にケチャップが付いたりしないか心配になる。多少落ちても拾って捨てれば問題ないポップコーンはその点でも優秀だ。
味はキャラメルと塩の二種類。
「さ、温かいうちに一口どうぞ」
「わ。ありがとうございます」
せっかくなので口に運ぶと、どちらも良い味だ。特に気に入ったのはやはりキャラメルの方。ポップコーンの香ばしさに適度な甘さが加わって美味しい。
そんな俺に二人はくすりと笑って、
「アリスが真ん中に座るのだから、心配しなくても両方味わえるわ」
「え、いいんですか?」
「エスコートするって言ったでしょう?」
チケットの購入にフードの手配までしてもらって、なんだか本当にお姫様にでもなった気分だ。
「あの、もしかしてこうやって女の子を落としてるんですか? なんて」
「そうよ?」
「人聞きの悪い事を言わないでください」
冗談めかして尋ねると正反対の答えが返ってきた。
なるほど、ラペーシュは自覚的に繰り返しているタイプ。千歌さんから聞いたあれこれを考慮するに、瑠璃は無自覚でやっていたタイプか。
どっちにしてもモテない男からしたら敵かもしれない。
ところで、結局今日の映画はなんなのだろう。
俺はもらったチケットに目を落とし、そこに書かれていたタイトルを見て「あ」と声を上げた。
「まさか、アニメ映画で来るとは思いませんでした」
それは、俺たちにも関わりの深い映画。
何年か前に公開されたオリジナル劇場アニメーション──教授のオリジナルが登場する作品のリバイバル上映だった。
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