聖女、ゾンビ退治をする
炎の赤色が夜闇を照らす。
朱華のかざした手の先──腐乱した人型の一体は突然発火した身体に対処できず地面へ倒れた。呻きながら跳ね起きようとするも、焼け落ちていく四肢がそれを許さない。
腐った肉の焦げる臭いに思わず鼻を押さえたくなる。
「アリスに釣られたのかしら。今回はわかりやすくゾンビじゃない」
「って、それ、焼いちゃっていいのかよ!?」
「安心しろ。あくまでも陰気の集合体であって、本物の死体が動いているわけではない」
「ああ、まあ、それならいい……のか?」
そう、敵はゾンビだった。
腐った肉体を動かし、意味のわからない呻き声を上げながら迫ってくる群れ。あまりにイメージそのままなので、作りもの感は強い。
日本は火葬からの土葬が主流。
肉の残ってる死体って時点で墓地に埋められた人々は本当に関係ないんだろう。
と。
シルビアが白衣の内側から細い試験管を数本纏めて取り出すと、栓を抜いてゾンビ達に投擲する。
ガラスの割れる音……が響くかと思いきや、すこーんといい音がして、中の液体が降り注ぐ。じゅっ、と焼けるような音。どうやら中身は酸の類か。
「……そんなことより、アリスちゃん。結界とか作れないー?」
「そんな都合のいいものは──あ、作れそうです」
都合が良いのは
魔法として存在してはいなかったはずだが、可能だということが感覚的にわかった。そういえば、ゲームでもアドベンチャーパートで使っていた気がする。
回復魔法を使った時もそうだったが、キャラに備わった能力は自然と使い方がわかるものらしい。
無意識に従って両手を胸の前で握り、身体の中にある温かな「何か」を広げるようなイメージをする。すると、俺の身体から聖なる光が膨れ上がり、墓地一帯を包み込んだ。
これで邪魔は入らない。
聖なる結界だからか、ゾンビ達の動きも若干鈍くなった気がする。
「でかした! 後は寝ててもいいわよ!」
歓声を上げた朱華を筆頭に、俺以外のメンバーが一斉に動きだす。
「って、回復は!?」
「こんな雑魚相手に手こずると思う!?」
化け物相手にあまりにも不遜な態度だと思ったのだが──結論から言えば杞憂だった。
あちこちから集まってきたゾンビ達は軽く数十体はいたのだが、それらはあっさり、朱華達によって倒されることになったのだ。
「参ります」
意外にも、先陣を切ったのはノワール。
ロングスカートのメイド服を着ているとは思えない速さで駆け出すと、どこからともなく包丁に似た刃物(もしかしたらそのものかもしれない)を取り出し、両手で構えて閃かせる。
銀色の煌めきが走ったかと思うと、亡者達の肉がすぱすぱと見事に断ち切られて宙を舞う。まるでゾンビを素材にした料理を披露するかのような手際の良さ。
あのノワールが戦えて、しかも強いとか聞いてないんだが。
まあ、昨今の創作物におけるメイドというのは「なんでもできる人」というイメージなのでこうなるのも当然……で、納得していいのか?
「さーて、じゃんじゃん燃やすわ!」
「どんどん溶かすよー」
「お前らは墓地に被害出すなよ!?」
朱華とシルビアは俺の側面にそれぞれ立つと、己の攻撃手段で遠距離攻撃。
紅髪紅目の少女が手をかざしたゾンビが次々と発火する中、銀髪蒼目の錬金術師の酸を浴びたゾンビは身体の重要部位を失って倒れ伏す。
派手さは対照的だが、意外と撃墜ペースはそう変わらない。
「さて。後方は吾輩の担当か」
「教授。大丈夫なのか、そんな本で」
「馬鹿者。さてはお主、本の角でたんこぶを作った経験がないな?」
「そういう問題か……?」
俺が訝しげに呟く間に、小さな大学教授は身を翻した。
彼女が持つと物凄く重そうに見える本が思いっきり振りかぶられ、大きくスイング。
ごっ!!
聞くだけで痛そうな音が響いたかと思うと、食らったゾンビが「ぐあっ!?」と悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。そいつは歩いてきていた別の一体に衝突すると一緒に倒れ、じたばたともがき始める。
振り返った教授が得意そうに胸を張り、
「どうだ。吾輩も捨てたものではなかろう?」
「とか言ってる間に次が来てるからな!?」
「む。……ええい、面倒な。アリス、少し手伝わんか?」
「さっき寝てていいとか言われたんだが」
まあ、少しくらいならいいかと、俺は手頃なゾンビに手のひらを向ける。
守られているお陰で緊迫感が薄れてはいるものの、放っておくと迫ってきそうで怖いし。
「《
聖なる光が手のひらから飛び出し、亡者を包む。嫌な臭いも音も無く、哀れなアンデッドモンスターは浄化されて消滅した。
ほっと一息。
別に死体ではないらしいので気にしなくてもいいんだろうが、神聖な力で倒せばなんとなく成仏してくれそうな気がする。
「助かる! ようし、後は吾輩が──」
嬉しそうな教授がどっかんどっかん、本でゾンビを吹っ飛ばし、
「お待たせいたしました。前方はあらかた片付いております」
駆け付けたノワールによって残りも掃討されたのだった。
戦いが終わると、残っていたゾンビの死体(?)はひとりでに消滅した。
化け物の痕跡は何も残らない。
朱華の炎による焦げ跡やシルビアの酸が地面を溶かした跡は残っているものの、二人はそっぽを向いて見なかったことにしたようだった。
ともあれ。
「……終わった、のか」
いきなりのバトル展開が無事に終わったことに安堵の息が漏れる。
結局、俺がやったことと言えば結界を作ったのと、ゾンビを一体倒しただけ。それでも慣れないことをしたせいか、身体にはずっしりと疲れがのしかかっていた。
と、肩を軽く叩かれて、
「良くやった。初めてにしては上出来だ」
「教授」
にやりと笑った少女──もとい女は、本の汚れをぱんぱんと払いながら、
「撤収するぞ。報酬の分配は戻ってからだ」
俺達は来た時と同じようにノワールの運転する車に乗り込み、家へと戻った。
「あんなこと、いつもやってるんですか?」
時刻が深夜にさしかかろうという中、リビングに集まってお茶を飲む。
さすがに戦いの後ですぐ眠る気にもならないし、俺には聞きたいことがあったからだ。
「いつも、というわけではないな。上からは『毎日やってくれてもいい』と言われているが、こっちとしても身が持たん。……まあ、隔週から月一の間くらいの頻度か」
「あたし達としても良いお小遣い稼ぎになるから助かってるわ」
「十分な額を別途いただいているので困っているわけではありませんが、お金はあって困るものではありませんからね」
「私としては研究にお金が飛んでくから死活問題だよー」
「……なるほど」
いつもではない。だが、日常に組み込まれる程度には当たり前にこなす事らしい。
あれが恒例行事か、と、ゾンビの群れを思い出しつつ嫌な気分になっていると、教授がこほんと軽い咳払いをして、
「ともあれ。今回の報酬だ」
「待ってました!」
それぞれに差し出されたのは何の変哲もない茶封筒。
中に紙幣が入っていることは厚みでわかった。歓声を上げて手を伸ばす朱華に倣い、一つを自分の分として手に取ると、
「……結構入ってるんだけど」
「身体を張った報酬なのだから当然だろう?」
一万円札が六枚で、計六万円。
高校生が割とがっつりバイト入れて稼げる月額とだいたい同じだ。それを一回、一、二時間程度の労働で稼げるのは中々美味しいかもしれない。
教授の言う通り、命の危険があることを考えれば当然の報酬だが。
紅の髪の少女は可愛い顔ににんまりとした笑みを浮かべてご満悦の様子。
「ふんふん。そっか、五人で割ると一万五千円減ね」
「そうか、俺の分だけ減るのか。なんなら割り当てを減らしてもらっても──」
「気にしなくていいわよ。その分、楽に戦えたし」
本当に気にしていないらしい。
朱華は「何買おっかなー」と、さっさと話題を打ち切ってしまう。何を買うも何も、こいつの普段の言動からすると目当てはエロゲだろう。
ノワールもにこにことして、
「アリスさまのお陰でずいぶん助かりました。怪我や、無関係な方を巻き込む心配をしなくていいというのはとても嬉しいです」
「ポーションの費用も減らせるしねー」
「む。……そういえば、これからは回復薬代がいらなくなるのか。報酬の分配を変えねばならんな」
「……え。あの、教授? それは聞いてないよー? せっかく安く作れるポーションを配ってポーション代を着服──じゃない、労働報酬としてもらってたのに」
「なんだと!? 飲んでも微妙に疲れが抜けないと思ったら粗悪品だったせいか!? ええい、罰として回復手当はアリスの報酬に振り替えだ!」
「そんな殺生なー!?」
どうやらシルビアには消耗品代が別途出ていたらしい。
教授はシルビアの報酬から二万円をむしり取ると俺に差し出してくる。いらない、と言っても断り切れそうになかったので有難く受け取った。
代わりに、全員の疲れを回復魔法で癒す。ポーションと同じだけの役割くらいはきちんと果たさなければ。
銀髪の錬金術師はそんな俺を恨みがましい目でしばらく見つめていたが、やがて思い出したように声を上げた。
「……そういえば、アリスちゃん。回復魔法なんだけど、効果が低い気がしない?」
「何だ、シルビア。そんなことを言って回復役に復帰する気か?」
「そうじゃなくて。ゲームの支援役だったんでしょ? マッサージ機と栄養ドリンクがあれば代わりができそうな程度の効果なのかなって」
「言われてみれば……」
シルビア達に使っているのは一番簡単な《小治癒》。なので、大きな効果がないのは当然といえば当然だが……ゲームの序盤はこの魔法でも全回復する。
運動した疲れくらい軽く吹き飛ばせないとおかしい気もする。
「俺のレベルが足りてないとか」
「でも、あんた他の魔法も使えるんでしょ?」
「ああ、アリシアが覚える魔法は全部使えると思う」
ここはゲームではなく現実なので、レベルと魔法のラインナップが一致していなくても不思議はないが。
「アリスさま。ほかになにか思い当たる原因はありませんか?」
「原因と言われても……」
黒に近いノワールの瞳に見つめられた俺は、ゲーム内でのアリシアを思い返してみる。
彼女が魔法を使う時のモーションは胸の聖印を握るような仕草を取って神に祈りを──。
「あ。聖印を持ってないから、とか?」
「ありうるな。神の実在する世界においては信仰を届きやすくする効果も備えているはず。あるとないとでは魔法の効果が変わるかもしれん」
「でも、架空の神様のしるしとかどうすんのよ? 作るの?」
「アクセサリーの十字架で良ければ確か手持ちがあったと思いますが……」
「とりあえずそれで試してみればいいんじゃないー?」
なんで十字架なんか持っていたのかと言えば、前に買ったメイド服についていたらしい。
ノワールはメイド服をコレクションするのが趣味なんだそうだ。
「では、持ってまいりますね」
十字架はシルバーっぽいデザイン(たぶんメッキだろう)の小さなものだった。
衣装のオマケなので大した品ではないが、十字架には違いない。本物の金属製よりは軽くて持ち運びもしやすそうだ。
「じゃあ、付けてみます」
「アリスさま。せっかくですのでわたしに付けさせてください」
「え、あの。恥ずかしいんですけど……」
ある意味では役得か……?
何故か楽しそうなノワールが後ろに回ると、言われるまま髪を持ち上げさせられる。
メイドの良い匂いと胸の柔らかさをかすかに感じながら首に腕を回され、細いチェーンが留められる。軽く胸元に下がる形になった十字架に軽く触れると、何故か満足感のようなものが湧き上がった。
全員が固唾を呑んで見守る中、俺は片手で聖印を握るとあらためて唱える。
「《小治癒》」
「わあ……っ」
「ほほう、これは」
膨れ上がった光は、これまでよりもずっとはっきりとしていた。
試しにかけられた朱華は手を握ったり開いたり、腕をぐるぐる回したりして頷き、
「これはいいわ。さっき回復してもらった分もあるからあれだけど、寝起きより元気が有り余ってる感じ」
「徹夜でゲームとかするなよ」
「するわよ。なんなら一緒にやる?」
「……いや」
チャイナ服を着た紅い少女が薄暗い部屋でエロゲーをやっている光景を想像し、俺はお誘いを丁重にお断りした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます