聖女、旅行を最後まで満喫する
具材を切って、切って、さらに切る。
単純作業は素晴らしい。ただ、欲を言えばもう少しこう、みじん切りとかにしたい。
夕飯のメニューはバーベキュー。大部分は食べやすく串焼きにするそうなので、あまり小さく切っても仕方ない。女子の口を考えて多少小さめにはなるものの、具材の形がある程度残るくらいに切る。
牛、豚、鶏、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、トウモロコシ、しいたけ、エリンギ等々。
魚介系なんかは芽愛や理緒さんが下ごしらえをしてくれている。
「私はこのくらいの役割の方が好きです」
縫子は用意された具材をひたすら串に刺す係。
鈴香は俺と縫子の遅れている方を手伝ってくれた。
「みんなで何かをするのって楽しいですよね」
「ああ、だったら二学期はいいイベントがあるわ」
「?」
「文化祭だよ、アリスちゃん」
ああ、それは楽しそうだ。
「女子校の文化祭ってどういう感じなんでしょう?」
「あまり変わらないんじゃないかしら。当日は男性も入場可能だし」
「あ、でも男子は招待状がないと入れないから、割と安心だよー」
「そうなんですね」
じゃあ、雰囲気は割と普通なのか。
違うのは男が客側にしかいないこと。迎える側は全員女子。数少ない男との接触機会になるわけだが、出会いを求めて気合を入れる生徒もいるんだろうか。いるんだろうな。
というか、わざわざ女子校の文化祭に来る男の中には下心のある奴もいるだろう。もちろん保護者や兄弟、親戚が圧倒的多数だろうが、男子時代、伝手を使って学祭のチケットを入手し、積極的にナンパしにいく勢力の存在を見聞きしたことがある。
芽愛が「割と安心」と言ったのはそういう辺りだろう。
「そういえば、アリスちゃんは好きな男の子とかいないのー?」
「え。ここで恋バナですか……!?」
「だって、クラスでやったらみんな集まって来ちゃうし」
なるほど、確かに仲の良い相手だけに留めて貰えた方が楽だ……って、そういう問題ではなく。
「い、いませんよ、そんなの」
「あら? 一瞬答えに迷わなかったかしら」
「迷いましたね」
鈴香と縫子はなんでこういう時に息ぴったりなのか。
「本当にいません。そういう機会もありませんでしたし」
「本当? 前にいた学校の男子とかは?」
「全然」
ツルんでいたのは当然、野郎ばっかりだったが、男の身体に欲情したことはない。
なんなら今だって付き合うならノワールとか朱華とかシルビアみたいな可愛い女の子が良い。教授? あれは犬猫愛でるのと同じ感覚だから除外だ。
きっぱり即答したせいか、芽愛は「なんだ」と頬を膨らませた。
「つまんない。面白い話が聞けると思ったのに」
「好きな男性は徳川光圀です、とか言った方が良かったでしょうか」
「本気で言っていた場合、少し引くわね」
気づいていたが、鈴香は仲良し相手には割と毒舌だ。
「でも、文化祭で声をかけられることはあるかもしれませんね」
「えー。アリスちゃんが彼氏作ったら遊べる時間が減っちゃうよ」
「芽愛さんは私にどうなって欲しいんですか」
恋の話は聞きたいが、俺に彼氏ができるのは困るらしい。
こういう時は他の人物に振るに限ると、試しに鈴香に好みのタイプを聞いてみたところ「高学歴、高収入、美形、高慢でなく、それでいて適度な自信を持っている人」という答えが返ってきた。
高望みしすぎて結婚できないタイプの女そのものだが、彼女の場合は自分が割と条件を満たしているので妥当なのかもしれない。とりあえず「さすが鈴香さん」と矛先を逸らせたので良しとした。
「ところで、これ、作りすぎなのではないでしょうか」
別荘の前庭にバーベキュー用のコンロを設置して、やや明るい時間から始める。
あまり遅い時間になってしまうとレジャーシーズンの別荘地とはいえ近所迷惑になってしまうし、昼食後も散歩をしたので腹は十分に空いている。
ということで、用意した具材をばんばん運び込んで焼き始めたのだが──冷静に考えると女子が五人なんだよな、メンバー。
串焼きだけだと栄養が偏るから、とおにぎりまで用意されており、正直「食べきれるのか、これ?」と戦慄してしまう量だ。
「理緒さんが張り切り過ぎたせいです」
「芽愛様が頑張り過ぎたせいかと」
「アリスさんが野菜を切りすぎたのも」
「か、完成品を作っていた安芸さんが一番把握しやすかったのでは」
俺達が目線を逸らしながら責任逃れをしていると、鈴香が「なすりつけ合っても仕方ないでしょう」と呆れたように言った。
全体を俯瞰できる立場にいた彼女もさりげなく自身から矛先を逸らしているのだが。
争っていても仕方がないのは確かだ。
「私、頑張って食べます」
「私も、できる限り頑張ります」
「その意気よアリスさん、アキ」
「では焼きそばもご用意いたしますね」
「デザートもあるからねー」
言った端から燃料が追加されていたが、もう誰も突っ込まなかった。
焼きそばに関しては海の家の恨み(?)もある。
焼けた食べ物ばかり積もっていっても仕方ないからと網や鉄板のサイズは控えめ。焼いた端から口に入れながら、空いたスペースに具材を載せていく。
ノリとしては焼肉なんかに近い。
ちなみにバーベキュー奉行は意外なことに縫子だった。スペースがあると埋めたくなる性分らしく、芽愛や理緒さんが食べ頃を計算しつつ適度な間を置いて具材を載せていくのに対し、パズルゲームでもするかのように隙間を詰めて置いていく。
なお、くまなく敷き詰めたとしても具材が消えたりはしない。消えても困るが。
飲み物は冷たいジュースだ。
芽愛と縫子はサイダー、鈴香はジンジャーエール、俺はオレンジジュースをチョイスした。肉を食べるなら甘いドリンクなんて邪魔なだけだと男の本能が訴えるのだが、甘い=幸せの方程式がある女子の本能にはそんなものは通用しない。
口の中をさっぱりさせるメリットを食欲増進効果が上回れば問題ないわけで、甘い物は別腹という理論はきっとこういうところから生まれるのだろう。
「理緒。今日くらいお酒を飲んでもいいのよ?」
「ですが」
「どうせ他に誰もいないのだし、今日帰るわけでもないじゃない」
「……そうですね。では、お言葉に甘えて」
しっかり缶ビールが用意してあった辺り理緒さんも期待していたのか。それとも串焼きを少し取っておいて晩酌するつもりだったのか。
部屋に戻ってから一人でビール開けるとか少し寂しい気がするので、どんどん飲んで欲しい。
「みんな、味の方はどう?」
「最高です!」
さすが、料理上手二人が厳選しただけあって具材は新鮮で質が良い。
肉は噛むほどにじゅわっと肉汁が出てくるし、野菜の甘みもしっかり感じられる。
味付け用の塩や醤油等も合う物をチョイスしているのか、ぐっと味が締まって感じた。
具材ばっかりだと味が濃すぎるかな、という時はおにぎりの出番だ。塩をやや控えめにしてあるのか、それ単体だと若干物足りないが、おかずと一緒ならとても食べやすい。
「では、そろそろ焼きそばと参りましょうか」
待ってました。
理緒さん手製の焼きそばはエビやイカなどがたっぷり入った海鮮塩焼きそばだった。焼いた具材に醤油を垂らして食べるのとは味が変わってこれも美味しい。
使い捨ての小皿に盛られた焼きそばを興味深そうに口にした鈴香は感嘆の息を漏らして、
「美味しい。こういうのが海の家の焼きそばなの?」
「それは絶対違う」
「海の家でこれが食べられたら行列ができると思います」
芽愛と二人で思わずツッコんだ。
食べ始めてしまえば結構食べられるもので、なんだかんだ用意した具材の八割以上はみんなの胃に収まった。
焼いていない残りは翌日に回すことにして、それこそ別腹とばかりに芽愛の用意した杏仁豆腐に舌鼓を打つ。っていうか杏仁豆腐って自家製可能だったのか。
「……芽愛さんはいい奥さんになりますね」
「えへへ。もし行き遅れたらアリスちゃんが貰ってくれる?」
「芽愛さんと結婚するには調理師免許が必要でしょうから、そうなったら頑張らないといけませんね」
そういえばノワールは持ってるんだろうか。持っていてもおかしくないというか、さらっと一級船舶とか出してきそうな人ではあるが、変身して一年くらいじゃ取ってる暇がないか?
バーベキューの後はみんなで片づけをして、風呂に入った。
鈴香達と風呂に入るのもこれで三度目。なんだかんだで慣れてきた感がある。これからもこの回数は増えていくのだろうか。
「……ふう。まだお腹が重たいわ」
「私も。じゃあさ、せっかくだしみんなでお話でもしない?」
「そうですね。食べてすぐ寝ると牛になると言いますし」
「牛柄。水着だと下品になりがちですが、スカートや小物なら……?」
風呂の後は胃が多少落ち着くまで、と言いながら雑談をした。
明日には帰らないといけない、というのをみんなわかっているからだろう。残り少なくなってきた時間を惜しむようについつい話が弾んだ。
挙句、ホームシアターを使って映画を一本見てしまい、結局晩酌もしていたらしい理緒さんに「寝坊したら遊ぶ時間が減りますよ」と注意されてようやくベッドに入った。
昨日たっぷり散策はしたので、翌日はややゆっくりめに起きて残った食材を片付け、帰る前の掃除をして別荘を発った。
車で少し足を延ばして近くの神社を参拝したり、ワイナリーやショッピングモールに立ち寄ってお土産を買い足したり。
学園の最寄り駅で解散となったのはもうすぐ日が暮れ始めるという時間だった。
「みんなお疲れ様。掃除も手伝ってもらってありがとね」
「いいのよ。こちらこそ、楽しませてもらったわ」
手持ちのお土産は紙袋一つ分だけ、比較的身軽な芽愛は電車で帰るという。
お土産自体は食べ物中心にどっさり買っていたが、日持ちする物に関しては全て宅配の手続きをしていた。後日、送られてきた品々はお店のスタッフに配られたり、両親と一緒に研究に使われたりするのだろう。
「いい写真が撮れました」
「安芸様。SNS等に載せる際はくれぐれもお気を付けください」
「了解です」
縫子はタクシーを使うらしい。
彼女が買ったのはヘンテコな置き物だったり、ユニークな箸置きだったり、奇妙な柄のハンカチだったり。これも彼女なりの研究に使われるに違いない。単に好きだから買っただけかもしれないが。
「アリスちゃんはほんと日焼けしないねー」
「日焼け対策はばっちりですから」
俺は駅に着く前にノワールへ連絡済みだ。
少し待っていれば迎えに来てくれる手筈なので、お土産は結構沢山買ってしまった。
なお、芽愛が言った通り、俺以外は少々日に焼けている。ほんのり小麦色の肌もこうして見ると可愛いと思うのだが、俺は魔法まで使って紫外線防止に努めたためいつもの肌のままだった。
もう少しファッションに自信がついたら日焼けしてみるのもいいかもしれない。でも、朱華の影響か、日焼け=ビッチみたいなイメージがないでもないんだよな……。
「では、みんな。次は始業式かしら」
「はい。みなさん、お元気で」
「あはは。大袈裟だよアリスちゃん」
親戚にも配るらしい大量のお土産を車に詰め込んだ鈴香が理緒さんの運転で去っていくと、残りのメンバーも解散になった。
心地いい疲れとイベント後特有の寂しさから息を吐いた俺は、目立つところに移動しようと歩き出したところで見慣れた車がこっちに来るのを発見した。
窓から顔を覗かせたのはいつものメイドさん──に、ちびっこ最年長と白衣の薬師、紅髪のエロゲ少女だった。
「みなさん、お揃いでどうしたんですか?」
「うむ。土産を奪いに来た」
奪いに、って歯に衣着せないにも程がある言い方だな。
後部座席へ荷物と共に乗り込みつつ苦笑すると、朱華が肩を竦めて、
「いやさ。どうせなら早く食べたいからノワールさんと一緒に迎えに行く、とか教授が言い出したもんだから」
「じゃあ私達も行くしかないよねー」
「……なるほど」
食い意地の張ったメンバーである。
そんなことだろうと思って食べ物は多めに買ってきた。酒は論外として、個包装されたクルミ入りのタルトも紅茶と一緒の方が美味しいだろうから──。
「じゃあ、このりんごパイとか」
「でかしたアリス! 夕食前の腹ごなしだ!」
腹ごなしって、ご飯の前に食べたら夕飯に響きますよ教授。
あっという間に箱を強奪され、包装紙だけはやけに丁寧に剥がしながらパイを取り出す三人をぽかんと見ていると、
「すみませんアリスさま。どうせならこのまま外食しようという話になっているのですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
バーベキューの影響もあって昼食は軽めに済ませたのでお腹は空いている。
ノワールは「良かったです」と微笑んで、
「では、あらためまして。おかえりなさいませ、アリスさま」
「……ただいま帰りました」
俺は気恥ずかしいものを感じながらも答えた。
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