聖女、始業式に出る

「で? なんか収穫はあった?」


 ノートパソコンを持って部屋にやってきたと思ったら、朱華はそれを開きもせずに尋ねてきた。

 旅行の収穫という意味だろうが、また今更というか、改まった聞き方だ。

 俺は首を傾げて、


「お土産、足りませんでしたか?」

「じゃなくて、なんかバイトのヒントはなかったのかってこと」

「そう言われても、私、遊びに行ったんですよ?」


 するとじーっと見られて、


「滝行がどうのはどうなったのよ」

「今回の敵は魔法でどうにもならないじゃないですか」


 もちろん、どうにかなるならどうにかしたいが。

 俺はベッドにぽすんと腰かけつつ「あ」と思い出して。


「テレポートとかできたらいいな、と思いました」

「あんたの神様ってそういうのだっけ?」

「……違いますね」


 移動魔法が聖職者の役割になっているゲームはあまり多くない。

 アリシアの魔法リストにも含まれていないので望み薄だ。

 細かい位置指定ができるなら奇襲に使える目もあったのだが。


「つまんないわね」


 なんか無茶言ってくる彼女にジト目を送りつつ、


「朱華さんこそ、何か思いつかないんですか?」

「あたしは夏休みの宿題でそれどころじゃなかったわよ」

「やったんですか!?」


 驚いて聞くとふくれっ面になって、


「ノワールさんが『アリスさまに頼る前にできる限りご自分で終わらせてください』ってスパルタ指導してくるんだもん」

「さすがノワールさん。ありがとうございます」

「あたしとしては生涯で一番ノワールさんを恨んだっての」


 自業自得だろうに。

 ともあれ俺はほっとして、


「じゃあ、宿題は終わったんですね? 手伝わなくていいんですね?」

「甘いわねアリス。あたしやシルビアさんが完璧に終わらせてると思う?」

「なんでパソコン持って私の部屋に来るんですか」


 さっさと終わらせろと背中を押すようにして部屋に戻らせる。

 本当に、成績だって悪くないはずなのにやる気がなさすぎる。


「待ちなさいアリス。ノワールさんの面倒くさいところは見習わなくていいから」

「剣道も聖職者も規則正しい生活は基本です!」


 俺とノワールの奮闘が効いたのか、朱華とシルビアはなんとか夏休み最終日までに宿題を終わらせた。








「なんか、制服着るのも久しぶりだな……」


 薄手の白ブラウスとスカートに身を包み、姿見の前であれこれ確認してみる。

 相変わらず、金髪碧眼の色白美少女が向こうからこちらを見つめてくる。

 いい加減見慣れてはいるものの、こうしてあらためて考えると色々感慨深いというか、奇妙な話もあったものだとしみじみ思う。


「まあ、特に問題はないか」


 始業式なので大した荷物は必要ないが、鞄に全部入っているか確認してからリビングへ。

 朝食の良い匂いと共にノワールが振り返って微笑んでくれる。


「おはようございます、アリスさま」

「おはようございます、ノワールさん」


 料理の勉強をするようになって以来、食事の時間になると早めにリビングへ来てノワールの仕事ぶりを観察するのが日課になった。

 昔ながらの職人は「見て覚えろ」と言うらしいが、実際、人の作業を見ているだけでも結構発見はあるものだ。

 ノワールも「恥ずかしいです」とか言いながら結構ノリノリで、時々鼻歌を口ずさみながら料理をしている。控えめに言っても可愛いので、将来悪い男にでも捕まらないか心配だ。


「おはよー……」

「ふあ……ねむ……」


 しばらくすると朱華とシルビアが起きてきて席につく。

 食事の後に着替えるつもりなのかパジャマのまま。まさに寝起きという感じの姿だ。こっちは男に幻滅されないか若干心配になる。


「シルビアさん、また調合ですか?」

「朱華ちゃんこそ、またゲームしてたんでしょ」


 夏休みも今日で終わりだと思うと「寝なければ今日が終わらないのでは」みたいな衝動にかられてしまうらしい。もちろんそんなことはあるはずないが、旅行の際、俺も似たようなことをしたのであまり人のことは言えない。


「おはよう。……うむ。今日から新学期か。わかりやすくていいな」

「教授は夏休みとかあんまり関係なかったですもんね」

「講義に時間を取られない分、休み中の方が研究に専念できる面さえあるからな」


 嫌々やってる仕事ならともかく、好きでやってるならそれはそれで幸せなのだろう。


「はい、できましたよ。熱いうちにどうぞ」

「いただきます!」


 ノワール特製、チーズたっぷりオムレツ他色々でたっぷりお腹を満たした俺達は、ノワールに見送られて出発した。







「おはようございます、アリスさん」


 校門を通り抜けたあたりで丁寧な挨拶を受けた。

 ここまでにも朝の挨拶は何度もしていたので笑顔で振り返ると、そこには上品な笑みを浮かべた芽愛がいた。一瞬「何を猫被ってるんだ」という気分になったものの、そういえば学校だとこんな感じだったか。本格的に仲良くなったのが夏休み中なので忘れていた。


「おはようございます、芽愛さん」


 別に名前呼びは問題ないよな、と思いながら反応を窺うと、芽愛は「よくできました」とでも言いたげに微笑んだ。

 いや、しかし見事な擬態である。

 鈴香は素が出なければ敬語だし、縫子は素でも敬語というか喋り方に関係なくマイペースなのは変わらないが。ああ、あれか、接客で慣れてるからか。

 芽愛とは挨拶だけして「また」といったん別れた。

 朱華がつんつんと肘でつついてきて、


「結構板について来たじゃない」

「……デフォルトで敬語だと間違えなくて気楽ですね」


 正規のお嬢様ではないどころか正規ルートの女子ですらないので、ある程度気を張っておかないとまだまだやらかしそうで怖いものがある。


「じゃ、行ってくるねー」

「始業式中に寝ないようにね」

「頑張るー」


 シルビアと軽く手を振って別れ、自分達の教室へ。

 着いたら早速歓声が上がり、それぞれの友人達に取り囲まれた。


「おはようございます、皆さん」

「あ、アリスちゃんだ!」

「おはようアリスちゃん。良かった、ちゃんと学校来たんだね」


 いや、そりゃ来るだろ。

 と、言いたいところだが、夏休み前は「元の身体に戻りたい」って言っていた時期だ。本当に戻っていたら「アリシア・ブライトネス」は消滅していたわけで、学校に来ない可能性は実際割とあった。

 なんか、既に遠い昔の話のような気がしてしまうが──終業式でみんなと別れた時の俺と、こうして始業式で会っている俺は、ある意味全く別の状態なのだ。


「っていうかアリスちゃん、白!」

「まさか夏休みの間、どこにも行かなかったとか?」

「入院してたとか」

「みなさんとも買い物に行ったりしたじゃないですか」


 外出しなかったどころか、生涯最大級に遊んだ。


「そうだ。お土産もあるので後でお渡ししますね」

「やった! ちゃんと私も持ってきたから交換しようね!」

「って言いながら今出すんじゃない。終わらなくなるでしょ」


 うん、今始めると確実に先生に怒られる。

 などと言いながらわいわいやっていたらHRの時間になって、担任教師に「席についてください」と言われてしまった。

 結局、あんまり変わらなかったかもしれない。







 校内ではちょっとした噂ができていた。


「花壇の花が元気になってるんだって」

「中庭とか桜並木の木もでしょ? 凄いよね」


 これが逆(枯れてた)だったら犯人は誰か、という話になっていたかもしれないが、元気になっていた方なので偉い人が何か言うこともなく、みんな「不思議だね」とただ言い合っている。

 おそらくは不死鳥を倒した影響だろう。

 校庭にゴミが散乱していた、みたいな話もなかったので教授達はさぞかし必死にゴミ拾いをしたんだろうな、と、おかしい気分になりつつ、自分達のしたことで学園が良くなった、ということになんとなく嬉しさを感じた。


 始業式も何事もなく終了。

 式の後のLHR(ロングホームルーム)で話された内容で大きかったのは、やはり二学期の行事についてだった。


「二学期は文化祭や生徒会主催のハロウィンパーティ、それから学期末になりますがクリスマスパーティなどがあります。行事の準備も多くなってきますので、皆さん、前もってアイデアを考えたり、準備を行うように心がけてください」


 ハロウィンパーティにクリスマスパーティか。

 男だった頃に通っていた中学、高校だとそういうのはなかった。公立だからっていうのもあるんだろうし、女子校だとそういうのをやりたがる生徒が多いんだろう。

 萌桜ほうおう学園は宗教色の強い学校ではないため、ハロウィンやクリスマスは純粋に楽しむためのパーティらしい。もちろん、キリスト教系の信者やハーフの生徒なんかはここぞとばかりに力を入れるらしいが。


「アリスちゃんもやっぱり、そういうの気になる?」

「私の場合はお守りみたいなものなので特別には。でも、楽しそうなので是非参加したいです」


 ちなみに修学旅行はというと、残念ながら一学期に終了してしまっているらしい。

 俺が参加しようと思ったらもっと早くアリシアになっていないといけないので諦めるしかない。むしろ、学園祭にきちんと参加できる分、一学期中に通い始めておいて良かったと思う。


 放課後はお土産交換会が盛大に行われた。

 先生の分は前もって取り分けて纏めて渡したのだが、さすが女子ばっかりの学校、マメな生徒が多いのか結構な量になっており、先生も目を丸くしながら「ありがとう」と喜んでいた。

 そしてもちろん、俺達自身も同じくらいの量を受け取ることになって、


「なんだか、得をしてしまっている気がします」

「錬金術だね」


 クラス用のお土産は鈴香達と相談して別の物を用意したので品物でバレる心配は低い。

 いや、別に聞かれれば話すので秘密にしているわけではない。同じ物を三つも四つももらって困ることがない、というだけなのだが。







「始業式はいかがでしたか、アリスさま」

「はい。久しぶりで楽しかったです」

「その感想が出てくるようになったのなら、大分馴染んだと言っていいだろうな」

「最初の頃は覚えることだらけでしたからね」


 帰宅後、夕食時。

 俺は教授の言葉に頷いて答えた。


「もう少ししたら受験があると思うと憂鬱ですけど……」


 こればっかりは二度も経験したくない。

 どうして高校受験をもう一度経験しないといけないのか──と。


「内部進学なら問題起こさなきゃ普通に上がれるわよ?」

「え」

「大学受験もそこまで楽じゃないけど、系列の大学に推薦枠あるし、普通に受験するより楽だよ?」

「なんですか、それ」


 私立学校のパワーというものを思い知らされる話だった。


「共学の高校行きたいとかなら外部進学だから話は別だけど」


 山盛りの唐揚げを箸で自分の皿に移しつつ朱華。


「いえ、せっかくできた友人と離れるのも嫌ですし」


 鈴香達が外部進学するという話は聞いていない。

 このまま高等部に進学する前提で話をしていたはずなので、俺もそうしようと思っている。

 さすがに高校三年生からの進路は大きく分かれそうだが。

 芽愛と縫子は調理師学校と美術大学に行きそうだし。


「へえ、いいの? 男と話せるチャンスよ?」

「といっても、あんまりエロい目で見られたりするのも面倒かな、と」


 男時代の幼馴染に言い寄られたのを思い出して「うへえ」という気分になる。

 男としての自意識は「あれは紳士的な方」と言っている。あれでマシな方なら少々気づまりと言わざるを得ない。


「朱華さんは──あ、やっぱりいいです」

「うん。あたしが共学行くのは危ないからやめとくわ」

「身の危険を感じたいわけじゃないんですね?」

「現実はゲームオーバーになってもやり直しできないじゃない」


 運動部は軒並みアウト、吹奏楽部、漫研、演劇部、生徒会、風紀委員などはエロ描写の常連。帰宅部の場合は下校中に通り魔に襲われる可能性があるし、宿題をサボったりすると成績をネタに脅迫する教師が現れたりする。

 遠い目になった俺はあまり深く考えないことにした。


「私は外部受験するよー」

「やっぱり薬学部に行くんですか?」

「うん。私(シルビア)には独自の理論があるけど、リアルの薬づくりも学んでおいた方が役に立つだろうしねー」


 薬学部か。

 シルビアにはそれ以外考えられないって感じだけど、医学部程ではないにせよ難関だったはずだ。学費も高かったはずだし──って、学費?


「シルビアさん、お金は大丈夫なんですか?」


 まさか政府がそこまで出してくれるのかと思いきや、


「うん。まあ、ちょこちょこポーションを売って稼いではいるんだけど──」

「今なんて言いました?」

「だけど、バイト増やした方がいいかも。この前のアレ倒せれば結構違うかなあ」


 俺のツッコミを無視したシルビアの言葉に、ノワールがぴくりと反応した。


「ノワールさん、無理はしなくても」

「もちろんです、アリスさま。……ですが、彼女とはいつか決着をつけないといけないのも事実。時間をかけてもその状況は変わらないかと」


 ノワールも覚悟はできているようだ。

 自分の分身、妹のような存在であるあの機械人形に対して思うところがあるのだろう。

 俺はこくりと頷いて、


「でも、もう少し。もう少し待ってください。せめて勝率を上げないと危なすぎます」

「ありがとうございます、アリスさま」


 微笑むノワール。とりあえずわかってくれたかとほっとして、


「しかしアリスよ。お主、修行するどころかスランプ気味ではないか? 昨夜もらった回復魔法があまり効かなかった気がするのだが」

「え?」


 教授の指摘に何気なく十字架を見下ろし──その輝きが妙に鈍っていることに、今更気づいた。

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