聖女、スランプの原因を探る
「《
ぽわ、と、光が生まれる。
立て続けに五回。それぞれの身体に吸い込まれて消えた光は、ぱっと見、および体感的に──。
「三分の一以下、といったところか」
「私も同感です」
教授の呟きに俺は頷きを返した。
夕食が終わった後、とりあえず実験してみようということになったのだが、これは……意外と由々しき事態なんじゃないだろうか。
心なしか輝きの衰えた十字架を手のひらに載せて、はあ、と息を吐く。
シルビアが巨乳を持ち上げるようにして腕を組み、
「聖印のお手入れをサボってたとか?」
「一応、スマホの画面を拭くくらいの感覚では手入れしてました」
つまりは「そろそろ曇ってきたかな?」と思ったら息を吹きかけてティッシュで磨く程度の手入れ。
本格的な手入れの仕方なんか知らないし、そんなんで足りるわけないだろ、と言われれば立つ瀬はないが。
教授が無い胸を押しつぶすように腕を組み、
「ふむ。アリスよ、レベル自体がダウンしている、という線はないのか?」
「そう言われても、ステータス画面が見えるわけじゃないですし」
神様が怒って罰を下した、という線ならレベルが下がっていてもおかしくない気がする。
朱華が赤髪の先をくるくる回しながら、
「他の魔法はどうなのよ?」
やってみたところ、やはり同じように効果が下がっていた。
少なくとも回復魔法だけ下手になったわけではないらしい。
ノワールが困ったように頬へ手を当てて、
「全ての魔法共通であれば、何らかの要因で効果が鈍っている……というのが自然ですね」
「
神聖魔法の源というと、信仰心だ。
俺は「うーん」とクロスアクセサリーから手を離しつつ、
「ひょっとして、お祈りとかしないと駄目なんでしょうか」
「いや、それはしないと駄目なんじゃないか?」
教授がジト目で睨んできた。
「というかお主、あれだけ聖職者ムーブをしておいて神様パワーを借りっぱなしだったのか」
「だって、ゲームでも別にお祈りとかしなくても魔法使えましたし」
ゲームキャラの能力を持ってるだけなんだから俺自身は聖職者じゃないし。
「あんたね。例えば、自分の作ったエロゲを違法DLした挙句、遊んだ感想も書いてくれない奴のことどう思う?」
「……最悪ですね。って、なんでエロゲで例えるんですか」
「わかりやすいじゃない」
なるほど、今まで俺がしていたのは店の商品を買わずに「ご自由にお持ちください」の試供品だけを根こそぎ持ち去っていくような所業だったのか。
「思えば寝る前の回復魔法に虫よけ、日よけと便利に使ってましたね……」
「そりゃ神様だって怒るよアリスちゃん」
となると対策としてはどうすればいいか。
簡単だ。
これからはお祈りをすればいい。
「でも、お祈りなんてしたことないですよ?」
「適当でいいんじゃないのか? 今まで十字架で不自由なく魔法を使えていたのだろう?」
「それはそうですけど」
適当なのかきっちりしてるのか、一体どっちなのか。
代用品として他の神の聖印を持ち歩くのは構わないが、そもそも祈らないのは癪に障る、といったところか。
この世界にアリシア・ブライトネスの信じる地母神が存在しているのかは謎だが、少なくとも信仰を表す、という手続きを踏まないといけないシステムなのだろう。
「ですがアリスさま。祈りの言葉まで他の神様のものを使うのも逆効果かと。『目の付け所が四つ菱だね』などと言われてもメーカーの方は微妙な気持ちになるでしょう?」
「ノワールさんは家電メーカーで例えるんですね……」
下手にキリスト教へ寄せ過ぎるのもアウト、となると、
「とりあえず寝起きと寝る前に祈ってみることにします」
「まあ、妥当だな」
しばらく様子を見て、またそれから判断しようということで、会議は終了となった。
「……さて」
今日は始業式だったので宿題もなく、しないといけないことも少ない。
風呂に入って髪を乾かし、スキンケア用品を使い、明日の準備をして、空いた時間で料理やファッションの情報を検索するくらい──って、考えてみると結構あるな。あらためて女子になったことによる生活の変化を感じる。
ここにお祈りの時間が加わるのか。
慣れれば普通にできるようになるんだろうが、最初の一回目はなんというか、変な気分だ。まさか神に祈る日が来るとは思わなかった。むずむずするようなこの感情は不慣れなせいで発生する気恥ずかしさだ。
「一応、きちんとした格好をした方がいいんだろうな……?」
薄いピンク色のパジャマを脱いで聖職者衣装に着替える。
待った。下着も白か黒の方がいいのか? 今穿いているのは水色のストライプなんだが──気になってしまった以上は替えておいた方がいいか。後で「こうしておけば良かった」となっても逆に面倒だ。
結局、いったん全裸になった俺は「何をしているんだろう……」と思いながら上下白の下着を身に着け、聖職者衣装を身に纏った。
着るのは戦いの時くらいなので、条件反射で気が引き締まる。
髪や服が乱れていないかを姿見でチェックした後、どっちを向けばいいんだろうと思い、迷った末にカーテンを閉じた窓に向かって膝を折った。
床に膝をついて尻を軽く浮かせた姿勢。
十字架を両手でぎゅっと握りしめると、祈りを捧げるシスターのようだ。アリシアの肩書き的にはシスターどころか『聖女』なので割と間違ってはいない。
何を祈ればいいのだろう。
ゲーム仕様上、アリシアの仕える神についてもふわっとしており、俺の頭の中には具体的なイメージが湧かない。そもそも祈りの時間というのは何かを考えるものなのか。
座禅なんかは頭を空っぽにするものだったはずだが、あれは当人の精神修養が目的だからまた別か?
考えても良くわからないので、女神の『愛と豊穣を司る地母神』という性質に注目してみる。祈って願うとしたら五穀豊穣と家内安全あたりか。字面が和風すぎてアレだが。
(世界が平和で、良いお米がたくさん取れますように。みんなが健康で幸せに過ごせますように)
ノワールや朱華、シルビア、教授、鈴香、芽愛、縫子──クラスのみんなの顔を順に思い浮かべていくと「本当に無事でいて欲しいな」と思う。
と。
『私。お祈りはお願いをするだけではなく、神に感謝をするものなんですよ』
久しぶりにアリシア・ブライトネスの声が聞こえた。
『もう。信仰を忘れないように、って言いましたよね? 神様に叱られるのも当たり前です』
ああ、そういえば前にそんなことを言っていたか。
神への感謝。
思えば、神の奇跡──神聖魔法がなければどうなっていたか。
(神様、ありがとうございます。……これからも、どうか力を貸してください)
不死鳥との戦いのこと。
人形軍団との戦いのこと。その他もろもろを思い出し、素直にそう心に浮かべた瞬間──。
「わっ!?」
握りしめた十字架を中心に光が生まれ、俺は驚いて手を離した。すると光はすぐに消えて、何事もなかったように部屋へ静寂が戻った。
「……届いた、ってことでいいのかな?」
試しに回復魔法を使ってみると、効果が三分の一から二分の一くらいまでは回復していた。
少なくとも効果はあったらしい。
ほっとした俺はベッドに入──ろうとしてギリギリで止まり、聖職者衣装からパジャマへ着替え直した。下着はまあ、一度穿いてしまったしこのままでもいいだろう。
しかし、そうすると白か黒以外の下着は穿けない気がする。ひょっとして、だから聖職者には最初から服装規定があったりするのか?
白黒以外の下着で祈るのと
微妙な疑問を覚えつつ、俺はひとまずは「あまり派手な下着は穿かないようにしよう」と決めた。あまり厳密にやりすぎてもできるファッションの幅が狭くなってしまう。それはそれで色々と不便そうだ、というのが理由だ。
そして、それから数日。
お祈りは朝晩二回、一回につき五分ずつ行うようにした。
朝は起きてすぐ祈るつもりだったが、着替えて祈ろうとすると寝汗が聖職者衣装に移るのが気になる。仕方なくシャワーを浴びてからお祈りするようにしたところ、自然と起床時間が三十分ほど早くなった。
聖職者が早起きな理由もわかった気がする。
一週間が経った土曜日の朝、あらためて披露した回復魔法は眩い輝きに満ちていた。
「……これは、元の威力から二割増し、といったところか?」
「はい。素晴らしい成果です、アリスさま」
「ありがとうございます。……でも、元はといえば不摂生のせいですし、恥ずかしいですね」
「いいんじゃない? アリスちゃんはもっと堕落するべきだと思うよー」
「それは駄目です」
怠惰な生活を続け、欲望にまみれ、行き着く先はダークプリーストである。
「でも、これで少しパワーアップしました。多少はお役に立てるのではないかと」
祈るのを怠るとパワーダウンしてしまうだろうから、その点は注意が必要だが。
回復魔法だけでなく支援魔法も強化されたので結果的にノワールのパワーアップにも繋がる。祈りを継続していく、あるいは祈りの時間を長くすればもっと効果は上がるかもしれない。
後者についてはその、なんというか、もう少し慣れてこないと難しそうだが。
今のところはまだスマホのタイマー機能で五分測っており、祈りながら「まだ五分経たないのか?」などと考えてしまっている有様。集中して祈れているとは言い難く、創作物中の聖職者が平気で「一時間お祈り」とか言ってるのが信じられない。
申し訳ないが、ひとまずは朝晩五分ずつでいいだろう。
「防弾チョッキとか装備して行けば、回復魔法で疑似タンクができるんじゃないかと」
タンクとは(主に多人数で遊ぶ)RPGにおいて、敵の攻撃を引き付ける役のことである。
種類としては防御力が高いタイプとHPが高いタイプ、後は変わったところとして回避能力に特化した「避け壁」なんていうのがある。
俺がやる場合、防御力はないので残念ながら「ダメージは0です!」とかは言えない。
二番目のタイプの変形で、死にさえしなければ回復魔法で疑似ゾンビ戦法が可能、という立ち位置になる。
「危険ですし、できればお止めいただきたいのですが……」
もっと危険な役割を担おうとしているノワールは眉を顰めてそう言ってから「ですが」と続けて、
「アリスさま。よろしければ一度、特訓に付き合っていただけませんか?」
「? 特訓、ですか?」
俺で良ければと快諾すれば、ノワールはすぐさまどこかへ連絡を取り、翌日の日曜日に俺を車に乗せた。
走ること軽く一時間以上。
辿り着いた先は地下に設置された屋内型の競技場。テニスとかバスケの練習をする用の施設のようだが、ネットやゴールの類はあらかじめ取り除かれて広々している。
施設管理者の方は俺達を案内したところでさっさと退散し、俺達の『事情』を知っているらしい政府関係者数名が監視を兼ねて人払いに協力してくれる。
どうやら電話していたのは、人知れず戦闘訓練ができる場所を借り受けるためだったらしい。
『わたしは先方に貸しがありますので、これくらいのお願いなら聞いてもらえるんです』
可能ならドーム球場とかの方が良かったらしいが、さすがにそれは許可が下りなかった。
俺は聖職者衣装に着替え、ノワールはメイド服のままながら各所にウェイトを装着し装備の重さを再現。武器は左手に持ったピコピコハンマーと右手に持った高性能水鉄砲、ウェイトと一緒に隠し持ったキーホルダーサイズのぬいぐるみだ。
「アリスさまは私に向けて攻撃魔法を放ちながら逃げ回ってください。わたしはそれをかわしながら攻撃します」
「私はいいですけど……攻撃魔法って危ないですよ?」
「ご心配なく。……もちろん、威力は絞っていただきたいですが、銃弾をかわすのを想定した訓練ですので」
なるほど。
せっかくここまで来たわけだし、四の五の言っても始まらない。「わかりました」と答え、戦う決意を固めた。
ある程度離れた位置から、
「いきます!」
「──はい」
威力は絞りつつ、弾数は増やした聖なる光を連射する俺。
ノワールは俺の放つ光をかわしながらみるみるうちに接近してきて、水鉄砲とピコピコハンマーで攻撃してくる。正直、戦闘モードの彼女は怖い。持っているのが玩具だとわかっていても、対峙すると殺されそうな雰囲気があった。
二、三発魔法を撃ったところであっさり接敵されて「ぴこっ♪」と頭でいい音。
「も、もう一回お願いします」
「こちらこそお願いします」
その日、俺達は夕方近くなるまで訓練に勤しんだ。
俺達の分はノワール手製のお弁当。教授達もほぼ同じメニューを「レンジでチンしてください」と渡されたらしいが、「外で食べた方が絶対美味しい」と何故か羨ましがられた。
なら公園にでもピクニックに行けばと言ったら「それはなんか違う」らしい。我が儘な話である。
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