聖女、囮になる

「防弾チョッキって、一万円とかで買えるんですね」


 装飾の少ない白のショーツに、キャミソール。

 スポーツブラとかの方が動く時は邪魔にならないのだが、重ね着する物が物なので、肌に直接擦れて痛くならないように布面積を優先した。

 装着するのは薄手の防弾チョッキ──正確には防弾ベスト? だ。

 安物なのに防刃効果もあるらしく、しかも軽くて動きの邪魔になりにくい。科学の進歩は素晴らしい。


 と、着付けを手伝ってくれているノワールは苦笑して、


「安物の効果は値段相応──気休め程度とお考えくださいませ。極端な話、布一枚でも重ねれば、何もないよりは防御効果があるわけですから」

「はい」


 俺は素直に頷いて答えた。

 高くて質の良い物は沢山あるのに敢えて安物を選んだのは予算の都合もあるが、あまり仰々しい装備をしても動けなくなってしまうからだ。


 白とシルバーをメインに構成されたノワールの部屋。

 開帳されたメイド服満載のクローゼットの奥には黒くて重厚な装備の数々が眠っており、その中には防御用の装備もあった。

 ただ、そういうのを着て高速で動き回れるのは特殊な訓練を受けた者だけである。

 教授とシルビアは学者・研究者肌の、どちらかといえばインドア系。朱華は超能力以外は運動神経が良い程度の少女。俺ことアリシア・ブライトネスはファンタジー世界出身だけあって「チェインベスト」なんかのちょっとした金属装備も着用可能だが、あくまでも一般的な中三女子に比べて体力と持久力がある程度。


 防弾ベストの他は、一応防刃繊維が織り込まれているらしいリストバンドを手首に装着したりとか、その程度。

 重要部位だけでも壊れにくくなれば後は回復魔法でどうにかする方針だ。


 上からはいつもの聖職者衣装(コスプレ)。

 このところ毎日朝晩着ているせいか着心地も馴染んできた。すると今度は服へのダメージが気になるところ。クリーニングに出すことも考えると適当なところで新しい衣装を下ろさなければ。

 次はノワールにもらったシスターメイド服を着るとして──。


「シスター衣装のオーダーメイドとかも考えた方がいいでしょうか」

「素晴らしいと思いますっ」


 何気なく言ったら物凄く食いつかれた。

 背中を向けてはいるもの、姿見に映っているので表情ははっきりと見える。これから戦いに臨む意気込みはどこへやら、ノワールは目をきらきらさせていた。


「オーダーメイド可能なお店でしたらいくつかご紹介できます。お値段を考えますとコスプレ系の専門店が無難ですが、この手のお店も結局のところ質のいいところはそれなりに値が張ってしまいます。利点としてはなりきり的なこだわりに理解があるので細部に拘っていただける点ですが、オーダーの場合は注文側で詳細な資料を用意しておかなければならないというのが難点です。アリスさまの場合はまさにそこがネックになる可能性が──」

「の、ノワールさん、早いです。理解しきれません」

「あっ……。申し訳ありませんアリスさま。つい興奮してしまいました」


 しゅんとする彼女。しかし、可愛い衣装にうきうきする雰囲気は完全に収まっていない。


「この話はまた、のんびりできる時にいたしましょうね。わたしとしてはやはりメイド服がおススメなのですが……」

「ノワールさんは私にメイドになって欲しいんですか?」

「え。……ええと、その、どうでしょう。アリスさまを教育して一人前のメイドに仕上げるのはとても心躍る想像なのですが、上司と部下になってしまいますとあまり親しくできませんし……。何よりわたしがお世話する方が一人減ってしまうわけですから」


 今度は何やら真剣に悩み始めてしまった。

 まあ、俺としても料理はもっと学びたいし、衣装自体は可愛いと思うのだが、やはり予算が気になるところだ。

 コスプレ衣装のためにモンスター退治をするとかなんか物凄く変な感じがするし、散財しすぎると小市民根性が悲鳴を上げる。

 などと言っているうちに俺の衣装は完成して、


「はい、できました」

「ありがとうございます、ノワールさん」


 白系統の聖職者衣装に身を包んだ金髪碧眼の少女聖職者が姿見の前に立っていた。

 胸に下げたロザリオはすっかり輝きを取り戻してきらきらと輝いている。


「では、アリスさま。わたしの着替えも手伝っていただいてもよろしいですか?」

「が、頑張ります」


 エプロンを外し、胸元のファスナーを下ろしていく年上のお姉さんの姿に、憧れとドキドキと、その他色んな感情をいっぺんに覚えながら、俺はノワールの白くて柔らかな肌とは対照的な装備の装着を手伝うのだった。








「おお、主力メンバーが来たか。では、向かうとするか」


 みんなの待つリビングに戻ると、変なのがなんか喋っていた。


「……誰ですか?」

「吾輩に決まっているだろうが! 他に誰がいる!?」


 怒られた。

 いや、まあ、身体のサイズでなんとなくはわかるんだが、姿と声が違うせいで物凄い違和感があるのだ。

 教授は銃弾が怖いのか、厚手の防弾ベストに関節用のプロテクター、ヘルメットにゴーグル、更にはガスマスク的な物まで装着した完全武装状態。どうやら走り回るのを最初から諦めて「当たっても死なない(死ににくい)」装備を選んだらしい。

 それにしても、いつもながら女子力や格好良さを放棄したスタイルである。


「ま、やっぱ戸惑うわよね、コレ」

「これとはなんだ失礼な!」


 教授の格好をコレ呼ばわりした朱華は赤いチャイナドレスの上から肩まであるタイプの防弾ベストを羽織っていた。

 足は黒のニーハイソックスに飾りの意味しかないガーターリング。

 SF系の荒廃した世界観だったらギリギリ「軍属です」って言っても許されそうなスタイルだ。


「……朱華さんはもう少し着込みませんか?」

「人間の身体なんて重要な部分多すぎなんだから、ちょっと守ったってどうせ無駄よ」

「いや、覚悟決まりすぎです」

「ふっ。そもそもあたし、高度に発達した科学文明って奴が嫌いなのよ。あいつら『研究して作りました!』って言えば洗脳装置も超能力禁止装置もやばい媚薬も当たり前に作れると思ってるんだから」


 超能力なんて非科学的なものを使っている側と果たしてどちらが非常識か、難しいところではある。

 俺は遠い目をしつつシルビアに視線を向けると、こちらは白衣の内側、胸の部分だけが妙にもこもこしていた。

 銀髪の美少女はふふん、とその胸を張って、


「大事な部分だけ守ればアリスちゃんがなんとかしてくれるんだよねー?」

「はい、できるだけなんとかしますけど……」


 大事な部分は心臓なのか巨乳なのか、聞きたいような聞きたくないような。


 なお、ノワールは動きやすいように改造したメイド服。

 彼女に関しては上等な装備も使って動きやすさと防御力、汎用性をいっぺんに向上させている。それでいて傍目からはそんなにゴテゴテしていないので誤魔化しもききやすい。


 教授が「うむ」と頷いて、


「では、車に乗り込め。移動しながら最終ミーティングを行う」







 結局、近未来メカ相手に決定打となるアイデアは出なかった。

 俺達は相手の手の内がわかっており、正攻法での対処が可能なノワールを主力として戦うことになる。

 原作(の未来)におけるノワールは自身のアッパーバージョンといえる相手と死力を尽くして戦い、運に助けられてようやく勝利を収めたらしいが、


「こちらにも利はあります。それは、わたしが彼女と戦った記憶を持っているということです」


 つまり、ノワールは機械人形──シュヴァルツの手の内を知っている。

 倒されるまで隠していた隠し玉でもない限りは、裏の裏の戦法まで熟知しているということ。知っているのと知らないのとでは心構えも、相手にした場合の勝率もまるで違ってくる。


「だが、ノワールよ。は忘れるなよ」

「もちろん、わかっております。あのシュヴァルツが、記憶の中にあるシュヴァルツと全く同じ性能でない可能性もあるでしょうし」


 もし、あの不死鳥やシュヴァルツの裏に悪意を持った何者かがいると仮定するのなら、何かしらの強化を施しているだろう。

 さすがに倒すと巨大化するとかはないと思いたいが。


「公園に到着次第、アリスは結界を張り、我々にありったけの支援魔法をかけてくれ。あるとないとでは生存率が大幅に変わってくる」

「はい」


 お祈り効果と特訓の成果もあって、俺は支援魔法の効果をある程度調節できるようになった。

 威力と持続時間の比率を変えて、最低限の威力だけど長持ちする支援とかが可能になったのだ。教授と朱華、シルビアの分は持続重視でかけ、いいところでの効果切れがないようにする。

 ノワールの分は逆に持続時間短めで威力高め。


「わたしは先行し、公園中央付近まで移動します」

「うむ。おそらくシュヴァルツとやらはお主をメインターゲットにしてくる。我々は外周から露払いに徹するので敵を引き付けてくれ」


 敵はワルだった時代のノワールを模倣している。

 人質作戦くらいは当たり前に取ってくる可能性があるため、教授達はすぐに公園を脱出できるように奥へ進まないようにして戦う。

 戦闘開始直後、シュヴァルツが公園入口に「ばあ」とか出てきたら作戦が瓦解せざるをえないが、その辺りはないと思うしかない。


「私は戦いが始まったらノワールさんのところへゆっくり移動しますね」

「うむ。アリスは回復役ヒーラーであり支援役バッファーであり囮役タンクだ。自身の生存を最優先にしつつ、雑魚を蹴散らし、ノワールへの支援を行ってくれ」


 ほぼ一人でシュヴァルツと戦うノワールはもちろんだが、俺の役割もかなり重要だ。

 外周に近づいてこない雑魚は一体でも多く俺が駆除しないといけないし、ノワールのところへ着くのが遅くなりすぎると支援が途切れてしまう。

 しかし、できるだけ少人数でシュヴァルツと効果的に戦うにはおそらくこれがいい。


 俺は、抱きしめるように持った木刀に、ぎゅっ、と力を込めた。








「では、頼んだぞアリス」

「はい」


 夜の公園は今日も静まり返っている。

 ノワールは既に先行済み。結界も張り終わり、教授達と自分にも支援魔法をかけた。公園内に例の気配も生まれ始めているので、俺は移動を開始する。


「ヘマするんじゃないわよ、アリス」

「危なくなったらポーションも使ってねー」

「はい。みなさんも気をつけてください」


 朱華達の誰かが大怪我をしたらスマホ経由で連絡が入る手筈だが、どうしても戻るまでには時間がかかる。

 ノワール以外は無理をせず、車に戻る判断をしてもらった方がいい。

 俺はその分多めにポーションを貰った。中には「疲れを一時的に忘れさせるポーション」などという、もはや危ない薬としか言いようのないものもあるため、戦闘中であれば実質的なMPポーションとして機能するだろう。


 仲間と別れた俺は、胸の聖印を揺らしながら木刀を手に公園を進む。

 しばらく歩いたところで例の雑魚機械人形が三体、俺のところへ集まってくる。この分だとまだそこそこの数が残っているのか。

 それでも数は十分減っているはずだと考えながら、


「《武器聖別ホーリーウェポン》」


 木刀に聖なる力を纏わせ、近づいてきた一体を殴りつける。

 がんっ、といい音。

 足りない腕力を聖なる力が補い、木刀は十分な威力を持っていた。よし、と頷きながら《聖光》を放って次の一体を撃ち落とし、最後の一体は再び木刀で決める。


「これは、いけるかも」


 魔法の威力と身のこなしに自信がついたお陰の戦法だ。

 聖別なしで戦えるのが一番いいのだが、贅沢は言っていられない。一体ずつ魔法で倒すよりは断然効率が良いので、殴れる時は殴りながら進んでいく。


 やがて。


 俺の耳に戦いの音が響いてくる。

 夜の静寂を切り裂くような金属音と銃撃音。公園の緑に抑えられて外までは届いていないだろうが、中央広場周辺では激戦が繰り広げられていた。

 踊るように高速で動き回る二人の女。

 一人はメイド服を纏ったノワール。そしてもう一人はナイトパーティにでも出かけるような黒いドレスに身を包んだ若いノワール──シュヴァルツ。


 拳銃を放ちながらスカートを翻し、銃弾の雨をかわすノワール。

 シュヴァルツは手にしたマシンガンで絶えずノワールを狙いながら巧みに身体をずらし、脆弱な関節部への着弾を避けている。撃ちまくってるけど弾は大丈夫なのかと思えば、虚空から新たな弾倉が装填されている。ぶっちゃけ割と、いやかなり卑怯だ。

 物陰からこっそりと様子を窺い、案の定支援魔法が切れそうなのを見て、こっそりとかけ直す。

 光に包まれるノワールを見て「これで少しは安心」と胸を撫でおろした直後、


「お姉様との時間を邪魔するとは、不届き者ですね」

「アリスさま!」


 マシンガンの向けられる先が変更され、俺はノワールの悲鳴を聞きながら、自分に向けて飛んでくる弾を見た。

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