聖女、機械人形と決着をつける

 銃弾をかわし切ることはできなかった。

 着弾は肩に二箇所。

 焼けるような痛みを覚えた俺は「あうう……っ!?」と悲鳴を上げた。

 だが、思ったよりは痛くない。

 普通に銃弾なんか喰らったら「痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ!?」ってなるだろうが、あらかじめかけておいた防御魔法がダメージを軽減してくれた。


 そして、俺を狙ったことでシュヴァルツには明確な隙が生まれた。


 マシンガンの弾が着弾しきるより前の時点で、ノワールは攻撃の手を打っていた。

 ピンを抜かれた丸い物体──グレネードが機械人形の少女に迫り、弾ける。

 発生したのは爆音と閃光だ。当然、ノワールは爆発の直前に専用のゴーグルを装着して負担を和らげているが、シュヴァルツの方はそうもいかない。

 機械人形は各種センサーによって周囲の動きを感知している。

 強烈な音や光はこうしたセンサーを狂わせるため、むしろ人間よりも影響が深刻。まして至近距離で爆発したとあれば──。


 割とモロにフラッシュグレネードを受けた俺は、目と耳が回復するまで自分を癒すしかできなかったので、ここからの交錯についてはノワールからの伝聞を多分に含むのだが。


「良い手ですが、無駄です」


 シュヴァルツはフラッシュグレネードの影響を最小限で回避した。

 爆発の直前、余計なセンサーをあらかじめカットしたり、感度を大幅に引き下げたのだ。何も感じない状態ならダメージを受けるわけがない。機械の弱点を機械の長所で補った形。

 しかし、ノワールはこれを予想していた。


「貴女こそ、詰めが甘いのでは?」

「──なっ!?」


 センサーの感度が落ちたということは、認識能力が低下したということ。

 大口径の拳銃が右腕の関節部に命中、軽度の損傷を引き起こさせながら接近したノワールは、咄嗟に対処しようとした機械人形の右手にナイフを思い切り突き立てた。

 機能を回復したシュヴァルツはすぐさま反撃。ブレードを展開して蹴りとの二段攻勢に出たが、ノワールは無理せず即座に引いた。

 ナイフを手放して自由になった手が閃き、ノワールに似た端正な顔へと着弾。


 赤と緑のマーブル模様に彩られたシュヴァルツは「こんな玩具で……!」と憤慨するも、アイレンズに付着した汚れを完全除去するのは難しい。

 サブも当然あるだろうが、また一つ自由を奪ったのは事実。

 ノワールはここぞとばかりに攻めた。

 銃を連射し、マシンガンを損傷させると、もう一丁銃を引き抜いて更に撃ち続ける。多くの弾はシュヴァルツの柔らかそうな──しかしその実、しっかりとした硬度を持つ装甲に小さな傷を作るだけだったが、むしろ、焦れたのは機械人形の方だった。


 高火力の銃器を取り出すことができても、構えるまでの一瞬、隙ができてしまう。

 召喚されたばかりの武器が破壊されるリスクまであるとなればおいそれとは動けない。


「お姉様っ!」

「シュヴァルツ。近い力量の者を相手にした経験が足りないのではありませんか?」

「舐めるなっ!」


 シュヴァルツの方もやられっぱなしではない。

 大型の銃では不利と判断すればノワールと同じくナイフや拳銃を取り出して近接戦に持ち込む。近距離での銃撃戦となれば当然ノワールが不利で、彼女のメイド服や身体には徐々に小さな傷が増えていく。

 相手も無傷ではないものの、機械であるシュヴァルツは多少の損傷を恐れる必要がない。

 ノワールが押していたはずの形勢は徐々にシュヴァルツに傾き、とうとう実弾が我らがメイドさんの胸に撃ち込まれて、


「──アリスさま!」

「《聖光連撃ホーリー・ファランクス》!!」

「!? しまった、もう一人──!」


 ノワールが引き付けてくれたおかげで傷も視聴覚も回復していた。

 思い切って大規模神聖魔法を発動させた俺は、全ての光をシュヴァルツに向けて撃ち放つ。強い追尾効果はないものの、人間大の相手ならそうそう逃げきれない。


「この光を避け続けた経験はないでしょう?」


 残った弾を撃ち尽くしながら後退するノワール。

 シュヴァルツは歯噛みし、俺に向けて銃を放ってくるが──今いる場所を慌てて離れるくらいなら俺でも十分にできる。

 さっきまでいた場所に魔法の光が次々着弾していくのを見ながら、俺はノワールに回復と補助を立て続けにかけていく。

 最後に、まだ片手に持っていた木刀を投げて、


「──戦闘モード、最終段階ファイナルに移行。自爆装置起動。暴走状態オーバロード、フルパワー」


 どこか機械的な、淡々とした呟きが聞こえてくる。

 四肢、胴体の装甲をボロボロに損傷し、見た感じ立っているのがやっとの状態となったシュヴァルツが光の中から現れる。

 彼女は虚ろな瞳で俺とノワールを見つめると、重厚な外部装甲を召喚。補助動力でも使っているのか、さっきまでとは比べ物にならない──本体へのダメージさえ考えていないような動きで地面を蹴ってくる。


 捨て身で敵を殲滅し、それが敵わなかった場合でも釘付けにして道連れに自爆する。

 どうやらシュヴァルツの奥の手とはそういうものだったらしい。原作のノワールはこれに一人でどうやって勝ったというのかと言いたいが、


「させません」


 真っ先に俺へ向かってきたシュヴァルツの前にノワールが立ちはだかる。

 接触は一瞬。

 右手で振るわれた聖なる光付きの木刀が機械人形の頭部を叩き壊し、同じく聖別された左手のナイフが機械の少女の胸の中央を正確に穿った。

 がくん、と、力を失ったように震え、よろめくシュヴァルツ。

 メインバッテリーを破壊されたのだろう。それでも補助動力で動こうとする彼女を容赦なく木刀が打ち据える。たまらず倒れたシュヴァルツにノワールは馬乗りになると、ナイフを使って開腹でもするように肌──装甲を切り裂いていく。


 どっちが悪役だっけ、と言いたくなるような強引さだが、こっちも必死だ。

 万が一にも自爆されたら敵わないし、どうしても今のうちにやらないといけないことが──。


「見つけた」


 手を少女の体内に突っ込んだノワールは、引き抜いた時、小さなメモリーカードのようなものを手にしていた。


「終わりました、アリスさま」

「……はい」


 俺は《聖光ホーリーライト》を唱えると、シュヴァルツの身体を完全に破壊する。

 公園を取り巻いていた邪気はそれで完全に無散して──辺りには夜の静寂が戻ってきた。







『……お姉様。一体どういうつもりですか? わざわざ、こんな形で私を生き残らせるなんて』


 数日後、とあるオフィスの一室にて。

 お値段何十万円らしいハイスペックPCに接続されたスピーカーから紡がれたのは、紛れもなくシュヴァルツの声だった。

 そのマシンの前でドヤ顔を披露しているのは、元・危ない組織の末端構成員にしてIT系の技術者である女性、椎名だ。


「いや、苦労しましたよ。いくら現物があるとは言っても現行の規格と全然違いますからね」

「……椎名さんって、実はすごい人だったんですね」

「料理はできませんけどね」


 冗談めかして言いつつも表情は得意げだ。

 それはそうだろう。大企業お抱えの一流技術者でもなかなかできない仕事をしたのだから。


「や、本当にいたのね。シュヴァルツとかいう奴」

「いますよ」

「いやまあ、アリスちゃん達が嘘つく意味もないんだけど。私達は一回も見たことなかったからねー」

「うむ。写真くらい撮っておいて欲しかったものだな」


 微妙に失礼な事を言っているのは我らが朱華、シルビア、教授──今回は後方支援に徹してもらった面々だ。結局、彼女達はほぼ怪我もなかったらしくぴんぴんしていた。

 と言っても、俺達も大怪我したわけではない。

 魔法で癒せば痕が残るようなこともなかったので一安心である。実は本格的な怪我人を治療するのってこれが初めてだったので、ノワールが治療のために脱ぎだした時は動揺しそうになったが。

 そのノワールはどこか神妙な表情でスピーカーを見つめている。


『お姉様?』

「……シュヴァルツ。わたしが貴女を生き残らせたのは、わたしが過去のわたしとは違うと証明するためです」


 経緯を説明しよう。


 俺達──というか主に教授とシルビアは、前回の人形戦の段階で雑魚人形達の残骸を可能な限り回収していた。

 消滅する前に回収したアイテムは消えない、というのは不死鳥戦の時に証明した通り。

 金になると思ったから、という動機が物凄くアレだが、実際これが良い働きをした。異世界の未来技術を研究するチャンスだと思った政府が高い金で買ってくれたのだ。

 椎名はノワールへの弟子入りが叶わなくなった後、関係者に「私の就職先を用意してください」としつこく強請った結果、子飼いの研究者扱いで関係機関に雇われたそうで、俺達の素性についても「お前、誰かに漏らしたら最悪死ぬからな?」と脅された上で聞かされたらしい。

 正直逞しすぎて尊敬さえしてしまうが、そのお陰で、体系どころか年代さえ違う技術のリバースエンジニアリングはなかなか捗り、二度目の戦いでノワールが回収したメモリーカード──シュヴァルツの人格データを雑魚人形のパーツを利用してエミュレートすることにも成功した。


 ノワールはシュヴァルツの処遇についてずっと考えていたらしい。

 実を言うと俺も、一緒に特訓をした際などに彼女に尋ねていた。


『シュヴァルツと和解する方法はないんでしょうか?』


 人間並みの知性を持った敵と出くわすのはこれが初めて。

 なら、戦う以外の選択肢を模索するのは不思議なことではないだろう。


『……そうですね、可能ならそうするべきだとは思うのですが』


 しかし、ノワールは迷っているようだった。


『怖いんです。わたしはかつてのノワールどころか、原作のノワールですらない。……そんなわたしが、手心を加えるような真似をして本当に勝てるのかと』


 当然の悩みだった。

 俺達は根っから裏社会やファンタジー世界の住人というわけではない。平和な日本に生きてきた人間だ。だったら、無駄な争いはしたくないし、自分が無事に済むならそうしたいと思う。


『原作のノワールさんはどうしたんですか?』

『……助けました。彼女の人格データが入ったメモリーカードが偶然生き残ったので持ち帰っただけ、といった感じでしたが──』


 俺以外のメンバーがいないというのも良かったのだろうか。

 素直に話してくれたノワールは、はっとして俺を見た。


『……アリスさま。人格データを奪うことで、あの子の無力化に役立つとしたら、それは問題のない行為でしょうか?』


 俺には一つの答えしかなかった。


『ノワールさんは、ノワールさんのしたいようにすればいいと思います。……いや、もちろん、人類を皆殺しにしたいとか言われたら止めるんですけど』

『……ふふっ。ありがとうございます』


 くすりと笑った彼女は晴れやかな笑顔を浮かべて頷いた。


『やれるだけのことをやってみようと思います。力を貸していただけますか、アリスさま?』

『はい、もちろんです』


 ということで、実際の戦いの結果はあの通りだ。


 正直な話、楽に勝てたように見えるだけでギリギリだったと思う。

 不意打ちに不意打ちを重ね、シュヴァルツが知っているはずがない俺の能力をふんだんに利用して一気に押し勝っただけ。

 そう考えると、黒幕がいたとしても俺達の情報を深く把握しているわけではないのか……? という話になるが、考えてもわからないことは置いておくとして。


『無駄なことを』


 シュヴァルツは硬い声で言った。


『私はお姉様を殺し、お姉様よりも上であることを証明するために作られました。慈悲を与えられたところで、別の方法で貴女を殺そうとするだけです』

「そう。それは、具体的にどうやって?」

『……それは』


 シュヴァルツが口ごもる。

 メモリーカードの読み込み装置は人形の残骸から作った唯一無二のもの。接続されているPCはネット回線に繋がっていない。スピーカーの電源をオフにしてしまえば外部と話をすることさえできない。もちろん、マシンの電源を落としてしまってもいい。

 ノワールは苦笑して、


「わたしは、貴女の知っているノワールほど慈悲深いわけではありません」

『……私の知っているお姉様は冷酷無比で効率しか考えないような女です』

「でしたら、それもわたしとは違いますね。わたしはメイドが好きです。皆さまのお世話をするのが大好きで、そんな生活を邪魔されるのが大嫌いです」


 何故か椎名がぶるっと震えた後、気を取り直したように恍惚の笑みを浮かべた。


「ですから、貴女にも邪魔をして欲しくありません。できるなら協力して欲しいと思っています」

『……私に何をさせるつもりですか?』

「まずはこの世界のことを知ってください。そして、政府の方々に協力してあげて欲しいのです」


 自由意思を持ったAIとか世界初だろうし、そいつが未知の技術を溜めこんでいるとなれば猶更だ。


『……どうして私が』

「わたしは強欲なんです。貴女を懐柔するためなら、ここへ定期的に通うことも吝かではありませんし、貴女と再戦することも考えましょう」


 返答は、しばらくしてからあった。


『そこにいる、わけのわからない小娘の手助けはもう効かないと思ってください』


 わけのわからない小娘っていうのは俺か。

 まあ、未来世界の住人からしたらファンタジーの聖職者とか理解の外だろうが。

 ノワールはにっこりと微笑んで頷いた。


「アリスさまはわたしのですから、シュヴァルツには絶対渡しませんよ」


 後日、教授達から盛大にからかわれたノワールはその言葉に他意がないことを正式に表明する羽目になるのだが、それはまた別のお話。

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