聖女、謎を追う
数日後、俺は椎名の働くオフィスを再び訪れた。
「度々すみません、椎名さん」
「いえいえ。皆さんのご要望とあらば最大限、叶えないわけにはいきませんからね」
ビシッとスーツを着こなし「できる女オーラ」を漂わせた椎名は笑顔でさらりとそう答える。
収入の心配がなくなったのが嬉しいのだろう。心なしか肌艶も良い気がする。IT系は激務だと聞くが──政府の手が入ってるところだし、その辺はしっかりしてるんだろうか。
「でも、今日はノワール様は一緒じゃないんですね?」
今度は「様」付けか。
前の「お姉様」呼びだとシュヴァルツと被るから変えたんだろうか。変な理由だったらアレなので深くはツッコまないが。
苦笑しつつ俺は答えて、
「はい。今日は別の話が目的なので」
「吾輩主動でここに来たというわけだ」
胸を張って言ったのは我らがちっちゃいリーダー、教授である。
今日は彼女と俺の二人きり。
前回はあの後、ノワールを残して俺と朱華、シルビア、教授はオフィスを後にした。姉妹が二人で何を話したのかは詳しいことは聞いていないが、宣言通りノワールが全力で懐柔しに行ったことは想像に難くない。というかあの人が笑顔で趣味の話をしているだけでも大抵の人間は毒気を抜かれる。
で、今日はあの日にできなかった「込み入った話」を教授がご所望というわけだ。
「なるほど。アリスちゃんは教授さんのお守りと」
「おい待て。ナチュラルに子供扱いするな」
「そんなところです」
「アリスよ。後で憶えておけよ」
実際のところ、俺が一緒なのは大した理由じゃない。
シルビアは化学系の話題は得意だが情報系には詳しくないし、朱華が来ると喧嘩になる可能性がある、ということで消去法で選ばれただけだ。
「アリスちゃん、また今度挑戦しますからね」
「私も簡単には負けるつもりはありません」
料理勝負の約束をしつつ、対話の準備をしてもらうと程なく、ノワールによく似た声がスピーカーから聞こえてきた。
『何の用ですか、アリシア・ブライトネス?』
マシンに取り付けられたカメラでこっちの顔も見えているらしい。
というか端から喧嘩腰なんだが。シュヴァルツのボディを破壊したのは主に俺なわけで、その俺をクッション代わりに連れて来るのは悪手だったのではないか。
まあ来てしまったものは仕方ないので、俺は両手を上げて敵意が無いことをアピールする。
「その節はすみませんでした。ですが、私達もシュヴァルツさんが憎くてあんなことをしたわけではないんです」
『……それは、まあ、聞いています。
「その通りだ」
頷いた教授が前に進み出る。
マシンに近づくとカメラの範囲に入れるか怪しい──と、椅子に座ったので相対的に顔の位置が高くなった。
「今回、メインで話すのは吾輩だ。まさに、お主が今言った件で聞きたいことがあってな」
『ああ、そのことですか。大したことはお話できないと思いますが』
「それでも良い。これまでは対話のできる存在自体、あの空間にはいなかったのだ」
ここまで来れば細かい説明もいらないだろうが、教授が求めたのは情報収集だ。
話のできる相手があの空間から生き残ったのだから聞きたいことは山ほどある。もう一人の大人であるノワールは今回、シュヴァルツの敵意を削ぐのが役割なので、必然的にリーダーである教授がこの役割を負うことになる。
椎名が気を利かせてコーヒーを淹れてくれる。
インスタントのようだが、その香りにはある程度のリラックス作用もあるだろう。
「さて。……まず聞きたい。お主は自分のことをどのように認識している?」
『ノワールお姉様の戦闘データを元に製作された戦闘機械です。インプットされていた命令はノワールお姉様を抹殺し、私の性能が彼女より上だと証明することでした』
「命令に関しては既に無効になっている、という認識でよいか?」
『私に残されたのは人格プログラムと関連データだけですからね』
シュヴァルツは「人格+日常記憶」を核として、「戦闘プログラム」や「特別指令プログラム」を追加される形式になっていたらしい。
優先順位としては『指令>戦闘>人格』であり、命令を受けている間や戦闘中はシュヴァルツの自由意思では行動の変更もままならないような仕組み。これは人格データが変な学習をしたことで身体の支配権を奪還、反乱を起こすことが無いようにという措置だ。
まあ、裏社会の女王が「やーめた」と逃げ出して、ただのメイドさんに収まったのだから、そのくらいの対策は打ちたくもなるだろう。
と、話が逸れたが、要は人格プログラムだけになったシュヴァルツは「記憶はあるが、身体が戻っても元のように戦闘はできない」状態だということだ。
これに教授は息を漏らして、
「原作の設定部分以外の記憶はない、ということで良いか?」
『そうですね。……正直、私は娯楽に疎いので、原作という概念について理解できているか怪しいところがありますが』
「気にするな。ここがお主らの生まれた世界ではない、ということを理解できていれば十分だ」
『それについては身をもって理解しました』
集団戦闘用の魔法を個人にぶっぱなして本当にごめんなさい。
『教授とやら。貴女が懸念しているのは命令者の存在ということですね?』
「……話が早いな。その通りだ」
コーヒーのカップを持ち上げ、口をつけようとしてから思い直してふーふーしながら、教授は再度尋ねた。
「いるのか?」
『この世界に生まれた私に命令をした存在という意味であれば、記憶にありません。私は気づくとあの場所に居て、自分がこの公園から離れられないこと、お姉様が公園にいる間しか存在できないことを朧気に認識していたに過ぎません』
「……なるほどな」
シュヴァルツは直接誰かに命令されていたわけではなかった。
俺達が懸念していたように、黒幕からパワーアップ手段を与えられていたわけでもなかったようだ。
「でも、教授? シュヴァルツさんにその記憶を与えたのは誰かっていう話になりませんか?」
「問題はそこだろうな。結局、裏に何かがいるのかいないのかははっきりとせん」
『私がこうして回収されている以上、何らかのルールが存在していることだけは確かだと思いますが』
俺達の存在自体「ある日気づいたら変わっていた」としか言いようがないのだから、俺達の敵ということになるシュヴァルツが「ある日気づいたらそうだった」としてもおかしくはないのだが──彼女の言う「ルール」が人為的なものなのか自然にできたものなのかはわからない。
全てを仕組んだ何者かがいる、という可能性は厳然として残っているのだ。
「……わからないことだらけだな」
冷めてきたらしいコーヒーを啜る教授。
「そもそも、どうして突然シュヴァルツのような『敵』が生まれた? 何か条件があったのか?」
『私に聞かれても困ります。貴女方に思い当たることはないのですか?』
「と、言われてもな……」
言いながら、教授はくるりと椅子を回転させると俺を振り返った。
後ろで「難しい話してるなー」と聞いていた俺は年齢不詳ロリにじーっと見つめられてはっとする。
「私ですか!?」
『なるほど、アリシア・ブライトネスのせいでしたか。納得しました』
納得しないで欲しい。
いや、確かに、不死鳥やシュヴァルツが現れたのは俺が加入してからなんだが。
「待ってください。そうだとしても人数とか合計レベルとかそういう条件かもしれませんし。私が黒幕とかそういう超展開はないですから」
『アリシア・ブライトネスに隠しプログラム──第二の人格があれば本人に自覚がなくとも不思議はないかと』
「ありえるな」
「ないですから!?」
思わず悲鳴を上げれば、教授がふっと笑って、
「仕返しはこれくらいにしておくか」
「仕返しですか」
「安心しろ。お主が首謀者だなどとは思っておらん。何らかの要因となった可能性はあると思うが」
「?」
「ああして集まってくるのが『邪気』だとしたら、聖職者に反応したとしても不思議はなかろう?」
「……それは確かに」
他のメンバーに比べて邪気の収集効果がどう、なんて確かめたことはないが。
「ふむ。面白そうではあるな。他のメンバーだけの場合と、アリスを含めた場合で『邪気』が反応する人数や度合いに変化があるのか。機会があれば実験してみたいところだ」
「やるとなったら連日になりそうなので、休みの日が続く時にしてくださいね?」
「となると冬休みか? ……むう、もう少し早ければ夏休みを利用できたというのに」
夏休み中じゃなくて本当に良かった。
『私の話は役に立ちましたか?』
「ああ。恩に着るぞシュヴァルツ。また何か聞きたくなった時は協力してくれ」
『……まあ、気が向いたら協力しましょう』
「……シュヴァルツさんって、ノワールさんの妹だけあって良い人ですよね」
意地悪なことを言おうとしても地が出てしまうというか、悪役に徹しきれないというか。
やっぱり似るものなのかと頷いていると「なっ」とスピーカーから声がした。
『私がお姉様に似ているわけがないでしょう』
「そうですか? 結構似てるんじゃないかと思うんですが」
『ありえません。私がインプットされたのは主にお姉様の戦闘データです。通常の会話データ等も残っている限り学習しましたが、戦闘データに比べれば微々たるものですし──何より、当時のお姉様は今のような平和ボケした姿ではありませんでした』
まあ、それはそうだろう。
戦闘用メカの人格をわざわざ平和主義者にする必要がない。命令に忠実であればむしろ、好戦的なくらいの方が扱いやすいだろう。
しかし、
「それで似るのなら、それこそノワールさんもシュヴァルツも、素だと『ああいう感じ』だってことじゃないですか?」
『……ありえません』
そこからシュヴァルツは「ありえません」しか言わなくなってしまった。
恥ずかしがらせてしまったかと反省していると、教授に肩を叩かれた。
「帰るとしよう。なかなかの成果が得られたしな」
「わかりました。……でも、私、本当にいらなかったですね?」
「お主は何を言っているのだ」
いや、不必要どころか逆効果だったような気がするんだが。
見事、シュヴァルツを撃破したことで政府からはまた謝礼が出た。
場所が公園だったこともあり、辺りの植物が元気になったり、水質が改善されたりといった効果があったらしい。公園も前より賑わうようになったので、人間にも病気が治ったとか安眠できるようになったとか影響があったのかもしれない。
目に見える変化は小さいが、こうした変化が巡り巡って地球環境を良くしたり、大きな成果を生み出すきっかけになるかもしれない。
加えて今回は未来的な機械部品というわかりやすい戦利品があったので謝礼もなかなかにゴージャスだった。
「回収されたパーツが兵器に転用されないことを祈るばかりですね」
「……まあ、日本政府はそうそうそういうことをせんと思うが」
こればっかりはわからんと教授は首を捻っていた。
「そういう心配は今更だ。考えるなら不死鳥の時に考えておくべきだっただろう」
「というと?」
「あの時に回収した素材で作るポーションがな、それはもう強力らしいのだ。お陰で高値で買うという連中がわんさかいる」
今のところは出し渋って値を吊り上げているようだが、全部売り払ったらひと財産になるくらいはあるらしい。
「……ああ。教授が飲んだアレも凄かったですからね」
「二か月程度では病気の治療には使えんが、大怪我をする前に戻ることはできるし、あれほど確実な延命法もないからな」
身体が二か月前の状態に戻るのだから、寿命は二か月伸びると考えていい。
二か月程度では焼け石に水だろうが、老齢の資産家なんかはそれでも欲しがるかもしれない。作り方によっては他の効果のポーションも作れるようだし。
「私達って意外に役に立ってるんですね」
「何を今更。でなければ政府が重宝せんだろうに」
言われてみればそうか。
普段は普通に暮らしているだけだし、バイトもモンスター蹴散らしてるだけだから実感が薄いんだよな……。
「というわけだ。もし、奴らがやんちゃをしたら我々が揃って反逆してやればいい。きっと『ごめんなさい』をしてくれるだろうよ」
「いや、それもどうかと思いますけど……」
超能力者と聖職者(ガチ)とすごい薬師とすごいメイドだ。頑張ったら国一つくらいは相手にできるかもしれない。
是非、そんなことにならないようにしてもらいたいと、教授と二人、帰り道を急ぎながら目を細める俺だった。
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