【縫子エンド】聖女、コスプレイヤーになる

「……さすがにそろそろ、バストサイズの上昇も打ち止めのようですね」


 ほとんど裸の状態で身体にメジャーを当てられる。

 恥ずかしさはあるけれど、何度も繰り返しているうちに慣れてしまった。ただ、それでも具体的な数字を告げられる時はドキドキする。

 幸い、今回も目に見えて太ったりとかそういうことはなかったようで、私はほっと胸を撫で下ろした。


「それはそうですよ。もう大学生ですし」

「そうは言ってもアリスの場合、高校三年間で大きく変わりましたからね」


 淡々とした口調で告げるのは、中学三年生で出会ってからの付き合いになる一人の女の子。

 芸術家の家系で、当人は服飾の道を志している。また、私にとっていろいろな意味で先輩にあたる千歌ちかさんの妹でもある──安芸あき縫子ほうこだ。

 若干眠そうにも見える無表情は相変わらず。と言っても、付き合いの長い私には彼女のテンションの変化がなんとなくわかる。澄ました表情が崩れないところが良い、という隠れファンもいるらしく、男性から告白されるところを見たこともある。 


「さすがに成長期も終わりですよ」


 苦笑しながら部屋着を手早く身に着けていく。

 確かに、昔に比べるとブラのサイズが大きくなった。もう少し小さい方がデザインを選びやすくて良いのだけれど、元男子としては大きい胸にロマンを感じるところもある。異性どころか同性からも羨望の眼差しを向けられると気分が良かったりもする。

 縫子はと言えば、数値のメモを片手にさっそく新しい衣装のデザインを検討し始めていた。


 大学進学を機にルームシェアを始めた私たち。

 縫子が作業しやすいようにと、部屋には広めのテーブルが置かれている。それぞれの部屋にあるクローゼットも大きめ。かつ、ワードローブも買って収納できる量を増やしている。

 まあ、縫子の部屋にある衣装も大半が私用だったりするのだけれど。


『調整中や修復中の物は自分の部屋に置いておいた方が楽ですし、見返したい衣装もありますから』


 とのこと。

 ファッションには並々ならぬ関心を抱いている縫子だが、自分の服にはそれほど頓着しない。私がそれを知ったのは割と最近のことだ。余所行きの服はいつもきっちり決めていたので、素の姿を頻繁に見るようになるまでは気づかなかった。


『体面もありますから、人前では取り繕います。でも、家では楽な格好の方がいいでしょう?』


 と言って、部屋着はスウェットだったりキャミソールだったりする。

 幻滅した……という事実は特にない。これまでの同居人にも下着だけで廊下に出たり、基本いつでも白衣だったりしたのでそれほど気にならなかった。まあ、それはそれとして、私は家でもある程度、身嗜みに気を遣っているのだけれど。

 縫子も私の格好や体調管理には厳しい。

 ヘアケアやスキンケアはしっかりしろ、栄養バランスは大丈夫か、体重は毎日測れ、夜はしっかり寝ろ、と、口うるさいくらいに言ってくる。それは全てクオリティに影響するからだ。


 何のクオリティかと言えば、コスプレの、だ。

 私が初めてコスプレのイベントに参加したのは高校一年生の時。夏冬にある同人誌即売会でそれに触れた後、縫子と千歌さんからの強い勧めもあって、コスプレをして笑顔を振りまく側としてイベントに参加するようになった。

 もともとその前から配信や文化祭ではコスプレしていたし、そもそも邪気祓いの際のコスチュームも似たようなところがあったわけで。大勢に見られる恥ずかしさにさえ慣れてしまえばそれほど違和感のあるものではない。むしろ、可愛い衣装を着られるのは楽しかった。


 縫子としてもコスプレの世界は性に合ったらしい。

 フォーマルな装いともカジュアルな服装とも違う、非日常の衣装。そこには製作者の腕とこだわりを盛り込める余地がいくらでも存在するらしく、私の衣装を製作するようになってからはそっちにどっぷり浸かっていった。

 姉である千歌さんの領分に踏み込むことには抵抗があるようだったけれど、そもそも私も千歌さんとは仲が良い。そのうち縫子も諦めてくれて、むしろ、キャロル・スターライトとしてのアバター配信にも関わってくれるようになった。

 今は、シェアハウスを離れたこともあってノワールにプロデュースしてもらうのは難しくなったため、代わりに縫子がマネージャーのような役割を果たしてくれている。


 縫子は服飾系の専門学校に、私は大学に通っているものの、私が配信者&コスプレイヤー&声優みたいな状態なので、そのマネージャーである縫子も込みで既に業界に足を突っ込んでいるような状態。

 千歌さん経由でも商業・同人問わずお仕事が舞い込んでくるものだから、かなり忙しい日々を送っている。


「今度の衣装はどうですか?」

「まだわかりません。新しい挑戦をしたいので、それが上手くいくかどうか次第です」


 次回のコスプレは某人気スマホゲームのキャラクターだ。次は何がいいか、と二人で相談していた時にガチャの更新予定がアップされ、そのビジュアルが印象的だったので「これだ!」と決定した。

 ガチャに追加され、その評判が広まるまでにはしばらく時間がある。次回参加予定のイベント時期とも重なるのでちょうど良かった。

 ただ、スケジュール的には結構タイトだ。

 出られるイベントにはなるべく出る、という方針で動いているので、その度に新衣装を作るのは物凄く大変だ。技術のいらない部分は私も手伝っているものの、ほとんどは縫子の力。


「いつもありがとうございます」


 日頃の感謝を込めてお礼を言うと、縫子は作業する手を止めて顔を上げる。


「それは私の台詞です。アリスがいなければ、こんなに充実した日々は送れませんでした」

「私のせいで縫子を悪い道に引きずりこんでしまった気もするんですが」


 コスプレの道にハマらなければ、縫子は真っ当にファッションデザイナーを志していただろう。そして、きっと成功したはずだ。いちコスプレイヤーの衣装担当でいさせるのは勿体ない。

 けれど、縫子はむっとした雰囲気を見せて私の服を掴んできた。


「アリスと私はもう一蓮托生です。今更逃がしません」

「引きずり込まれたのは私の方、ですか?」

「ええ。こんな貴重な素材を他の人に渡すわけにはいきませんから」


 服は着る人がいてこその物だ、と、縫子はよく言っている。


『既製服の方が流通には適していますが、理想は全ての人がフルオーダーメイドすることだと思うんです』


 着る人間の希望を取り入れながら、細かな体型やイメージに合わせた最高の服を作る。

 あらゆる意味でコストがかかりすぎるのでそんなことできるわけがない。洋服のフルオーダーだって今の時代、普通の人はそうそう利用できないけれど、コスプレなら個人に合わせた最高の一着を目指すことができる。

 つまり、縫子にとっては私も服の一部なのだ。

 私以外が着てもフルのパフォーマンスを発揮しない衣装。それをとことん追求している縫子は、私のコスプレ衣装を作ることにかけては誰にも負けないだろう。


「なら、仕方ありませんね」


 微笑んで言えば、彼女もふっと笑って、


「わかってくれましたか」

「でも、お礼は言います」

「アリス」

「縫子のお陰で毎日楽しいのは本当なんですから、仕方ないでしょう?」


 しばらく前から、私は縫子のことを名前で呼んでいる。


『アリスは、姉と随分親しいですよね』


 拗ねたように言われたのが直接のきっかけ。頃合いを見て呼んでみたところ許してくれたので、それからは名前で統一している。

 ちなみに、名前で呼ばれるのが大丈夫になったわけではないようで、芽愛や鈴香が呼ぶと今でも怒る。私だけは特別なのだと思うと悪い気はしない。


「……仕方ないですね」


 息を吐き、作業に戻る縫子。

 私はお茶を淹れて二人分のカップを(少し離れた場所にある)ミニテーブルへ置くと、縫子が手を動かすのをのんびりと眺める。

 お茶を飲み終わったらストレッチでもしよう。体型が大きく崩れた経験は未だにないものの、それが年齢によるものか『設定』によるものかわからない。崩れた時が怖いのもあって、できる努力は続けている。その分、こまめにやっていかないと時間が足りない。

 そうして、せわしないようなゆったりしたような、不思議な時間が流れて、


「アリス。対象の年齢層を上げたコスプレに手を出す気はありませんか?」


 手を止めないままに縫子が尋ねてくる。

 ぼかした言い方をしているが、要は年齢制限のあるコスプレだ。コスプレはただするだけだとお金が稼げない。グッズを売ったりしないと材料費や交通費が出ていくだけになる。その点、女性的魅力を強く押し出したコスプレは売れ行きが良い。

 前にも何度か打診されたことがある。

 大学生になったので私たちがやっても問題はないのだけれど、これまではやんわりと断ってきた。


「私、幸いお金には困っていないので。手間賃や技術料、足りなければもっと増やしましょうか?」

「お金の問題だけじゃありません。わかりやすい人気の指標になるので売れ行きは重要ですが、贅沢がしたいわけではありませんし」

「じゃあ……」

「表現の幅が広がります。今までできなかったことにも挑戦していけると思うんです」


 縫子の言いたいことはわかった。

 芸術は「美」の追求だ。美しさを表現するのに男性、女性という「性」を隠すのは悪手といえる。むしろ、深く追求する芸術家ほど過激になりがちだと思う。

 宗教画の中には裸身を描きながら神聖性を表現したものもある。裸や下着姿がイコールいやらしいものだとは限らない。


「売るためだけの表現をする気はありません。私はアリスの魅力をもっと引き出してみたい。別の制約の中でどんなアプローチができるかを試してみたいんです」

「なるほど」


 私は深く頷いて、


「下着のデザインが溜まってきたから使いたい、とかでもないんですね」

「───」


 縫子は不自然に間を置いた後で「駄目ですか?」と尋ねてきた。若干、開き直ったように聞こえるのは気のせいだろうか。

 ともあれ、尋ねられた私はむう、と思案する。

 言い分はわかった。乗り気でなかったのはコスプレをビジネスにしたくないから、というのが大きかった。特殊なコスプレとなれば相応の指定がついたイベントでないとできない(あるいは撮影したデータでの販売などになる)ので、一般の人に広く見られる心配もない。どの程度の露出を目指すかはその都度、相談すればいいことだろう。

 私では荷が重いかもしれないけれど、女神の持つ神秘的な美を目指すこともできるかもしれない。

 どうしても嫌、という理由がない。

 ただ、


「縫子は、私のそういう姿がたくさんの人に見られてもいいんですか?」


 私たちはお互いの身体を全て知っている。

 同性だし、ルームシェアをしているのだから不思議なことではない。そもそも中学生の時点で一緒にお風呂に入ったことがある仲だ。

 けれど、それだけでもない。

 お互いに言葉にしたことはないものの、何気なく、一緒にシャワーを浴びたり、一緒のベッドで眠ることがある。着飾った私に触れる縫子の指に乗った何らかの感情に気づいたこともある。

 だから、確認する。


「……綺麗だから、他の人にも見て欲しいんです」


 顔を上げた縫子が真っすぐに私を見つめてくる。

 キスをされたわけでも、押し倒されたわけでもない。服も着ているのに、何故か強い動揺を覚えた。

 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、私は彼女を見つめ返して、


「見せる部分はきちんと選びます。アリスの近くにいて、全てに触れられるのは衣装担当の特権ですから」


 そこは「パートナー」とか言ってくれてもいいのだけれど。


「わかりました」


 私は笑顔を浮かべて頷いた。

 そういうことなら付き合おう。彼女の表現したい私を、私の力でより美しく見せられるようにしてみよう。


 こうして、私たちはさらなる一歩を踏み出すことになった。


 まあ、私たちのプライベートでの関係が進展するのはもっと先のことになるのだけれど──それはまた別のお話、ということにさせてもらいたい。

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