【芽愛エンド】聖女、パティシエになる

「あのね、アリス。相談があるんだけど」


 私──アリシア・ブライトネスにとって親友の一人である里梨さとなし芽愛めいは、ニンジン型のクッションを抱きしめながら真剣な面持ちで切り出してきた。

 今日は芽愛の家でお泊まり会。

 昼間、お洒落なキッチンで思う存分、料理に興じた後、作った料理を一生懸命平らげ、お風呂に入って今に至る。鈴香すずか縫子ほうこ、ラペーシュは料理メインの会とわかった時点で不参加を表明しており、いるのは私と芽愛だけである。


 親友である三人の中で、芽愛とは一番仲が良い。

 鈴香たちに比べると性格が庶民的なのが大きいだろう。そういう私も「お嬢様みたい」と言われることが結構あるけれど……まあ、それは置いておいて。

 二人でこうして集まって料理→お泊まりコースも初めてではない。高校三年生になった今ではすっかりご両親とも顔見知りで、会う度にお店でのアルバイトを勧められている。配信やら何やらで忙しくて結局実現していないのだけれど。


「どんな相談ですか?」


 私は長ネギ型のクッションを抱きしめながら首を傾げる。

 実を言うと、何か話がありそうだというのは誘われた時点で察していた。このところ彼女は何か悩んでいる様子だったからだ。

 悩みの内容自体もなんとなくは想像できるのだけれど、


「うん。相談っていうかお願いみたいな感じなんだけど──」


 そうして、私たちはじっと見つめ合い、


「わ、私と一緒に、調理師学校に来て欲しいの!」


 私は、芽愛の『お願い』を聞いた。

 それは、私たちの進学先に関すること。

 いつもの中庭グループにおいて、(途中加入かつ魔王様なラペーシュを除くと)私以外の三人は前々から進路がほぼ決まっていた。名門女子大あるいは一流大学に入って経営を学びつつ教員免許を取る鈴香、服飾系の専門学校に入る縫子、それから専門学校で調理師を取るつもりの芽愛だ。

 進路を決めかねているのは私一人。

 選択肢が広すぎて一つに絞り切れないのが原因だ。それこそ料理の道にも興味があったし、吉野先生から教員や保育士を薦められたりもしていたし、裁縫をしっかり学んで自分で衣装を作れるようになるというのも魅力的だし、大学で宗教学を学ぶというのももちろんアリ。

 だから、こうして親友から誘われるというのももちろん、考えられることだった。


「やっぱり、芽愛は料理人の道を目指すんですね」

「うん、もちろん。大学で経営もあわせて勉強する、っていうのも考えたけど、やっぱり専門学校の方が実技が多いんだよね」


 進路を広く取れる、という意味では大学に行くのも良い選択肢だ。

 ただ、最初から料理人になるつもりなら専門学校の方がやっぱり強い。短期間に必要なことだけを学び、卒業後は実際にどこかのお店で働いてノウハウを身に着けることができる。

 芽愛は学校のパンフレットを取り出してきて「ここにしようと思ってるの」と教えてくれた。ご両親やその知り合いとも相談して目星をつけた学校らしく、確かに良さそうなところだ。


「楽しそうですね。芽愛と一緒に、料理の勉強をするの」


 私も進路のことでは悩んでいた。

 その中には「芽愛と同じ学校に入る」というのももちろんあった。

 この返答に親友の表情はぱっと輝いて、


「でしょ? だからね、もしアリスさえ良かったら──」

「でも、ごめんなさい。私は芽愛と一緒には行けません」

「……え」


 少女の笑顔は途中で凍り付いてしまった。


「どうして……?」


 身を乗り出し、切迫した顔で見つめてくる芽愛。そんな彼女の様子に申し訳ない気持ちになりながら、私は、パンフレットの一点を示した。


「私は、行くならこっちがいいです」


 それは、製菓を中心とした別のコース。つまり、


「……パティシエ?」

「はい。もちろん料理も好きなんですけど、どちらかというと、私はお菓子作りの方をやってみたいな、と」


 これも前々から考えていたことの一つだ。

 切っ掛けはおそらく、中三の時の文化祭。あれの準備で芽愛とお菓子作りをしたことが私にとって大きな意味を持っている。

 これに芽愛はきょとん、とした顔になった。


「一緒に行ってくれるの?」

「一緒ではありません。学校は同じになるかもしれませんが、授業は別々ですし。案外会える時間は少ないかも──」

「それでも……!」


 がばっ、と、芽愛が抱き着いてきた。


「それでも、嬉しい」


 慌ててクッションを放り出し、少女を抱き留めた私はごろん、と床に転がってしまう。お互いに女の子らしい体型になったこともあって、その柔らかさが衝撃を包み込んでくれる。

 残ったのは、パジャマ姿で至近距離から見つめ合う私たち。

 普段から私は可愛い可愛いと言われているけれど、実は芽愛たちだって十分すぎるほどに可愛い。

 芽愛なんかそのうえ趣味が料理とお菓子作りだ。共学校だったら告白されている回数は片手で収まらないだろう。というか萌桜ほうおうでも何回か告白されているらしいし。


「芽愛」

「アリス」


 いや、アリス、ではなく。


「あの、芽愛? 離れてくれないと、その、困るんですが……」

「どうして困るの、アリス?」

「それは、必要以上にどきどきしてしまうと言いますか……」


 芽愛はくすりと笑って、私の頭の左右に手をついた。

 まるで少女マンガか何かのように追い詰められた格好で見下ろされる。


「ラペーシュはもうアレだけど、アリスも結構、女の子好きだよね?」

「……仕方ないじゃないですか。私、男の人は苦手なんです。そのうえ、周りに可愛い女の子がたくさんいたら」

「それって、私も入ってる?」


 その質問に若干むっとする。


「入ってないわけ、ないじゃないですか」


 下から見つめ返すと、芽愛はさっと頬を赤らめさせて「そっか」と言った。彼女の身体が離れるのを見て、ほっとしながら起き上がる。

 と思ったら今度は後ろから抱き着かれた。


「ね、どうしてパティシエなの?」


 明るい声。さっきの変なムードはだいぶ薄くなっているものの、芽愛と私の鼓動はまだドキドキしている。


「それは、その。お菓子作りが好きなのと……」

「それだけ?」

「……笑いませんか?」

「笑わないよ。大丈夫」


 太鼓判を押されたので、私はゆっくりと答える。


「前に『一緒にお店をやるのも楽しそう』みたいなことを話したじゃないですか」

「うん」

「それで、だったら二人で料理人をやるより、別のことができた方がいいかな……って思ったんです」


 例えば芽愛がメインシェフをして、私が接客とか。

 パティシエの道を考えたのもその方向性。芽愛が料理を作り、私はデザートを作る。どっちも美味しければより一層、お客さんが集まるだろうし話題になるだろうと──。


「なにそれ」


 芽愛の腕に力が籠もる。


「なにそれ、すごく楽しそう!」


 振り返ると、芽愛の目はなんだかとてもきらきらしていた。もう、さっきのムードは完全になくなっている。今、ここにいるのは美味しいもので人を楽しませたい純粋な女の子だけだ。


「アリス、そんなこと考えてたんだ。言ってくれればいいのに」

「恥ずかしいじゃないですか。……それに、私もこのところ、一生懸命考えていたんです」


 自分が一番やりたいことは何か。

 自問自答を繰り返しているうちにふと気づいたのだ。経営を学べば芽愛のお店を助けられるかもしれない、服飾を学べば可愛い制服を自分で作れる……みたいに、他のルートでもいつの間にか、芽愛とお店をやることを考えている自分に。


「きっと、私は芽愛のことが大好きなんだと思います」


 朱華たちシェアハウスメンバーのことも好きだけれど、彼女たちはもともと一蓮托生。家族であると同時に戦友だ。

 けれど、芽愛たちはアリシア・ブライトネスとしての私が一から作った友達。親しみも愛着も人一倍。これからもずっと一緒にいたいという気持ちが強い。


「うん。……私も、アリスのこと好きだよ。大好き」

「本当、ですか?」

「もちろん。可愛いし、趣味が合うし。……一緒にお店をやりたいな、って思ったのはアリスが初めて」


 そんなことを言われたらまたドキドキしてしまう。

 けれど、今度のドキドキはさっきまでのものと少し違う。いけないことをしている感じじゃなくて、芽愛も同じ気持ちでいてくれるんだという、ここから先に進んでもいいんじゃないか、というドキドキ。


「じゃあさ、アリス。いっそのこと二人で住まない?」

「卒業したら、ですか?」

「うん。ほら、どうせ家でも練習したりしないとでしょ? そうしたら家は近い方がいいし、キッチンが整っているところじゃないと」

「それ、一人で借りると高そうですね……」


 だから二人で、か。

 折半ならちょっとお高いところでも借りやすい。幸い芽愛の家も結構裕福だし、私もお金はちょっとその、有り余るくらい持っている。


「それとも、ルームシェアとか抵抗ある?」

「芽愛? 抵抗あると思いますか?」

「ないよね。アリスの家、シェアハウスだもん」


 二代目シェアハウスは大きな屋敷なので、あまりルームシェアという感じはしなくなったけれど。それでも血の繋がらない相手と一緒に住むのは私にとって当たり前のことだ。相手が芽愛ならむしろ、シェアハウスに来た当初よりはずっと緊張しないだろう。


「芽愛さえ良ければ是非、そうしましょう」


 芽愛は「やった」と呟くように言うと、それから私の瞳を覗き込んで、


「でも、いいの? こんなにあっさり決めちゃって」

「もう十分悩みました。それに、一番大事なことはもう分かりましたから」


 見つめ返して微笑む。

 一番大事なこと。それは芽愛の気持ちだ。私の描いた未来予想図は一人では絶対に実現できない。芽愛が「やりたい」と言ってくれなければ意味がなかった。

 気づいたのは「やりたい」と言ってもらってからだったけれど。

 芽愛はこれに「そっか」と笑って、


「なんかテンション上がってきた。じゃあさ、アリス、将来どんなお店作りたいか考えようよ」

「いいですけど、ご両親のお店は継がなくていいんですか?」

「継ぎたいけど、二人共『そう簡単に引退はしない』って張り切ってるんだよね。だからまだまだ自由にはできないし、そうなると待ちくたびれて自分のお店作りたくなっちゃいそうじゃない」

「それは、わかります」

「でしょ? じゃあほら、まずは立地と面積から決めよ?」

「もの凄く本格的にやりますね!?」


 ツッコミを入れつつ、私自身もわくわくしてくるのを感じた。

 なまじ予算とか現実的なことを考える段階ではないので、妄想はわりと自由にできる。費用が欲しければ専門学校卒業後に頑張って修行すればいい。というわけで、私たちはスマホやノートパソコンを取り出してああだこうだと話し合いを始めた。

 そうこうしているうちに夜は更けていく。

 もちろん、実際には思うようにいかないだろう。けれど、こうやって考えた「具体的な夢の形」はきっと私たちの力になる。それに実現できる部分だってきっとある。だから真剣に、楽しみながら妄想を続けた。


 きっと、私たちは似ているところがあるのだろう。


 私の神聖魔法は人を助けるためにある。芽愛の料理も人を喜ばせるためにある。

 だったら、私たちは二人で人を幸せにする方法を模索していけばいい。私たちなりのやり方で。私たちなりのペースで。


「お店の名前も決めないとね。何がいいと思う?」

「え? ええと、キッチン里梨とか?」

「ダサい。人の名前だからって適当言ってるでしょ。アリス、それ『キッチン・ブライトネス』と同レベル──いや、いいかも、ブライトネス」

「駄目です。っていうか、恥ずかしいですよ!?」

「うん、こういう時、横文字の名前って得だよね」


 きっと、私たちならこうやって将来もやっていけるだろうな。

 他愛のない言いあいをしながら、私は自然とそう思った。

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