聖女、メイドロボに「待て」を覚えさせる

 シェアハウスからそう遠くない距離に位置する「人形公園」。

 夜の静寂に包まれたそこへ、魔王ラペーシュの力に従い邪気が集積。やがて形作られたのは複数の人型だった。

 未来技術による機械人形たち。その中心にはひときわ精巧な、少女の姿を模した人形がいた。彼女は実体化の完了を待ちながら、無機質なアイレンズを俺たちへと向けてくる。

 公園の照明と月明かり、LEDライトを反射するその輝きは、どこか虚ろだった。


「……駄目ね。あれには魂が籠もっていない」


 ラペーシュが後ろへ下がりながら首を振る。


「まあ、予想はできていたけれど」

「あのシュヴァルツには人格データがインプットされていない、か。魔王の力をもってしても、唯一無二の個体を完全再現するのは不可能ということだな」

「魂とは肉体に宿るものだもの。個別に『作る』ことはできない。容れものを用意しても宿らなかったというのなら、それは『そういうもの』なのでしょう」


 教授の見解に補足が示される。

 要は、ボス戦をリトライしても出てくるのは不死鳥やシュヴァルツのコピーであってそのものではない、ということだ。魂の同一性によるもの、というのは推測でしかないが、シュヴァルツがぽこぽこ増えたりすることはないらしい。

 この結果に俺は頷く。


「むしろ、その方が思いっきりやれますね」


 そんな俺の肩を朱華がぽん、と叩いて、


「ちゃんと親玉は狙いから外しなさいよ、アリス」

「もちろんです」


 そして俺は神聖魔法を解き放つ。

 もはやお馴染みとなった《聖光連撃ホーリー・ファランクス》。聖なる光が次々と機械人形へと着弾し、一撃で確実に破壊していく。実体化直後で動いていないところを狙ったのもあって攻撃が外れることも、を傷つけてしまうこともなかった。


「ノワールさん!」

「ええ!」


 光が収まると同時、瑠璃とノワールが飛び出す。

 敵の数が減って開いたルート。コピー・シュヴァルツへと一直線。応戦の射撃は左右に分かれてかわし、その歩みは止まらない。残った通常の機械人形には教授とシルビアがシューターから酸のポーションを射出。俺も単発の《聖光ホーリーライト》で確実に落としていく。

 上手く形成された二対一の状況。

 マシンガンのようなものと近接専用のブレードを用い、淡々と迎撃を始めるコピーだったが、瑠璃の手にした『俄雨』は特殊合金製の刃をものともせず、逆に押し返す。相手の戦術を良く知っているノワールは銃弾を的確に回避し、手にした銃で牽制を行う。

 さすがに瑠璃の方は全ての銃弾をかわしきれないが──別に一発や二発、当たっても問題はない。俺のかけた防御魔法によって致命傷は避けられるし、すかさず回復魔法をかけることで傷を塞ぐ。

 そうしてみるみるうちに距離は詰まって、


「捕まえました!」


 ブレードを構えた方の腕を瑠璃が拘束。対応しようとするコピーだったが、マシンガンへと正確に銃弾が命中。武器だけを無力化する。

 かつてのボス敵を無傷で追い詰めるという、難しいことをしてまで生み出したこの状況で登場するのは、


「スララさま!」

「はいはーい」


 ノワールのメイド服の中に隠れていたスライム娘──スララだった。

 彼女は動きの封じられたコピー・シュヴァルツへにゅるんと近づくと、足元から胴体へと巻きつく。もがいてももう遅い。いったん絡みついてしまえば不定形・半液体の身体を剥がすのは困難。それどころかたちまち密度を変えて体積を増し、コピーの身体を呑み込んでいく。

 適当なところで瑠璃が身を離せば、あっという間に未来の機械人形はスライムに呑み込まれた。

 残る手段は自爆だが、あらかじめ作戦を伝えられていたスララは装甲の僅かな継ぎ目などから中にまで侵入していく。ここまで拘束されてしまえば自爆したところで大した戦果は上がらない。その上、スララには目指す場所があった。

 彼女はラペーシュから『美味しそうな力のあるところを探してもぐもぐしなさい』と命令されている。

 つまり、コピーの動力源。バッテリーへと到達してもぐもぐ──体内へと取り込んで、


「作戦終了だな」


 俺たちは、動かなくなったコピー・シュヴァルツの身体を動力源以外は無傷の状態で奪取することに成功した。





『随分とご活躍のようですね、アリシア・ブライトネス』


 発端は、久しぶりにシュヴァルツに会いに行った時のことだ。


「こんにちは。シュヴァルツさんのお陰で私のアバターも好評です。ありがとうございます」

『……別に貴女のためではありません。それより、彼女はどなたですか?』

「私はラペーシュ。一国の王にして魔を統べる者よ。初めまして、シュヴァルツ」


 今回は新たな関係者としてラペーシュも同行した。

 未来世界で作られたAIの話をしたところ「面白そうね」と興味を持ったのだ。駄目だと言っても魔法で付いてきかねないのでこうして連れてきたのだが、


「へえ、これが。……要は魂だけを疑似的に再現しているのね。そして、本来は錬金術に似た技術で作られた人形に封じ込めて戦わせると」

『……アリシア・ブライトネス。なんですか、この妄言めいた話を吐き出す輩は』

「いえ、シュヴァルツさんも傍目からは十分、びっくりな存在なんですが」


 ファンタジー世界の住人と未来のAI。知識や価値観にはかなり違いがあり、お互いがお互いを理解するには少し時間がかかった。特にシュヴァルツは「またオカルトの類ですか」と魔王という存在に拒否反応を示したのだが、


「ねえ、シュヴァルツ。あなたは身体があればまた動けるのよね?」

『? ええ、その通りですが……。この世界の技術では人間並みのロボットを作り出すことは不可能です。そこの彼女たちが運よくボディを丸ごと手に入れられれば別ですが、身体があったところで警戒されて中には入れてもらえないでしょう』

「つまり、武装解除された身体があって、あなたが暴れない保証があればいいのよね?」

「どういうことですか、ラペーシュさん」

「前にアリスたちが戦った相手なのでしょう? 私が邪気を操ればもう一度呼び出すことができるはず。それを無傷で倒して、武装を排除すれば別に危なくはないでしょう。なんなら私が契約で縛ってもいいわ」

「……なるほど」


 今ならバイトの度に敵ガチャを回す必要がない。

 あの時とは違って瑠璃という前衛も増えたし、シュヴァルツを抑えるのも楽になっている。そう考えると不可能な話ではなかった。


「でも、どうしてそこまでするんですか?」


 すると、ラペーシュは胸を張って答えた。


「決まっているでしょう? 魔法や錬金術以外の方法で作られた自動人形なんて面白そうじゃない。是非、私の配下に加えたいわ」

『……貴女の配下扱いされるのは忸怩たるものがありますが』


 苦々しい声を上げたシュヴァルツも、最終的には、


『動ける身体があるのは助かります。もしも成功した暁には、一時的に従う程度には妥協しても構いません』


 と、渋々ながら折れてくれたのだった。

 そして。

 持ち帰ったシュヴァルツ・コピーの身体を見てまず歓声を上げたのは、シュヴァルツ当人ではなく、椎名たち関係会社の皆さんだった。


「うわあああああ! 本当に美少女ロボだ!」

「しかも完成品だぞ! このままフィギュアとして扱うだけでもいくらで売れるか!?」

「馬鹿! それより分解して構造を解明する方が──」


 なんというか大騒ぎである。

 苦笑いして「すごいことになっちゃいましたね」と言うと、朱華もまた同じような表情を浮かべて、


「そりゃあね。あたしだってメイドロボが目の前に現れたら泣いて感謝するわ」

『朱華・アンスリウム。私はメイドロボではありません』

「似たようなもんでしょ。かつての名作の中には『余生をメイドとして過ごしたい戦闘兵器とご主人様のラブコメ』なんてマンガもあるし」

「ノワールさんが好きそうな話ですね、それ」

「とっくに全巻読んでもらったに決まってるでしょ」


 マンガなら俺でも読めそうだ。興味もあるし、今度貸してもらおうと思う。


『というか、解体されると困るのですが』

「シュヴァルツが自由に動き回れるチャンスですものね。わたしも貴女に色々と教えたいことがあります」

『いえ、メイドの修行はしませんが』

「そうよ、ノワール。シュヴァルツには魔王軍の一員になってもらうんだから」

『軍門に下る気もありませんが』


 うん、シュヴァルツもすっかり丸くなったというか、みんなのボケにツッコミを入れているようにしか見えない。もともと人格的にはノワールを基にしているわけだし、きっと身体を得ても悪いことはしないだろう。


「で、ラペーシュよ。動力はスララが食べてしまったのだが、これをちゃんと動かせるのか?」


 教授が尋ねると、ラペーシュは「もちろん」と笑った。

 そうして彼女が虚空から取り出したのは、大振りの宝石のようなもの。鼓動するように小さく明滅を繰り返している。


「これは特殊な魔石よ。埋め込んだ相手の身体に馴染んで心臓の代わりをしてくれる。対象がゴーレムなら核の代わりね。本体が自力で生命力・魔力を生み出せる存在なら、魔力の供給も最低限で稼働し続けられるわ」

「エネルギー供給……この身体にコンセントなどは付いているのでしょうか?」

『外部から電源供給するための機構は備えています。電圧調整もこちらで行えるので問題はないでしょう』

「だ、そうよ。……で、この魔石は半生体でもあるから、宿主に『契約』を持ち掛けることもできる」


 シュヴァルツの人工知能は「疑似的な魂」の域に達しているため、そのままでも契約が可能と思われるが、念のための保険だとラペーシュは言った。


「それで、どうするのー? どっちみち武装解除は必要なんだよねー?」

「うむ。技術者が総出で行うにしてもかなりの時間がかかるだろうな。正直、このボディを預けるのだ。信頼できる相手か見極めてからにしたいところだが」

『でしたら、私の指示でお姉様が行うのが手っ取り早いかと』

「ノワールさん、機械も詳しいんですか?」

「詳しいというほどではありませんが……銃器の解体には慣れておりますし、ある程度の機械であれば分解して組み立て直す程度は」


 同一世界の人間であるノワールには未来の様式についてある程度心得があるわけで、そんな彼女を身体の持ち主当人がサポートすれば確かに早い。


「なら、ノワールに頼むのが良さそうだな。椎名、政府へ連絡を取ってくれ。この方針で良いかどうか、とな。断られたらこの身体は没収になるかもしれん。心してかかれよ」

「は、はい。……って、責任重大じゃないですか!」


 政府にもあらかじめ大まかなプランは伝えてあったため、向こうの協議も短時間で済んだ。結果的には数日後、政府関係者や自衛隊員、凄腕の技術者らが立ち合いの下、ノワールとシュヴァルツの主導によって武装解除が執り行われた。

 あちこち開けたりズラしたりしたついでに、スララに「もぐもぐ」された動力部にラペーシュの魔石がはめ込まれる。

 先に戦闘プログラム等のチップは破棄しておいたため、コピーが暴走を始めることもなく──全ての武装が取り外されたところで、シュヴァルツの人格チップが組み込まれた。

 武器を失い、本当に「美少女人形」に近くなったシュヴァルツは満を持して再起動。

 これで失敗したらシュヴァルツの人格──魂まで失われてしまうところだが、電源の入ったボディは、アイレンズにどこか不思議な意思の輝きを映した。


 そうしてシュヴァルツはゆっくりと口を開き、


「……肉体制御データを構築し直さないと身体を動かすこともままなりませんね」


 なんとも平和な呟きに、一同は「そこなんだ」という思いを抱くと共に安堵を覚えた。





 新しい肉体を得たシュヴァルツの身柄はシェアハウス預かりということになった。

 シュヴァルツにはラペーシュの契約魔法がかけられ、「教授もしくはアリシア・ブライトネスの許可がない限り戦闘行動を取らない」という縛りが行われた。

 なんで俺なのかといえば「非暴力に関しては一番信頼がおけるから」とのこと。

 そして。


「お姉様。ですからこの衣装をなんとかしてくださいと……」

「いいえ、シュヴァルツ。他にちょうどいい服がないのですから仕方ありません。それに、とても似合っていますよ」

「似合っていればいいという問題ではないのですが」


 シェアハウスに来てから数日。

 ゆっくりとなら起き上がって歩けるようになったシュヴァルツは、ノワールによってメイド服を着せられ、甲斐甲斐しく世話をされている。

 本当は瑠璃かシルビアあたりの服なら十分入るはずだが、まあ、ノワールが楽しそうだし、当人も実は満更でもないようなので、これはこれでいいだろう。

 ちなみにシュヴァルツの目下の目標は新しい身体でパソコンの操作を覚えることらしい。

 今までは直接命令を飛ばして動かしていたのだが、自分の手でマウスやキーボードを操作しないといけないため、かなり勝手が違う。それでも根気よく覚えるつもりのようで、


「アリシア・ブライトネス。電子の世界で貴女に負けるつもりはありませんから覚悟していなさい」


 配信者としてデビューするつもりなのか? と首を傾げてしまうような宣戦布告を受ける俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る