聖女、金の使い道を思いつく

 夢を見ていた気がする。


 火曜日の朝、目を覚ますと気分がとてもすっきりしていた。

 どうやら安眠できたらしい。まさか懐が温まったせいなのか。いや、そこまで即物的ではないはず……と思いつつ、俺は見ていた夢を思い出そうとして、全く思い出せない事に気づいた。

 代わりに頭に浮かぶのは一つのイメージ。


「……これって」


 浮かんだそれには見覚えがあった。

 すとん、とベッドから降りると、勉強机の二段目の引き出しにしまってある携帯ゲーム機を取り出す。充電が切れていたのでケーブルに繋ぎつつ起動すると、続きからを選択。

 読み込まれたデータ。選択するのは俺──『アリシア・ブライトネス』のステータス画面だ。そこでは全身の立ち絵を見ることができる。

 聖職者衣装に身を包んだ金髪碧眼の美少女が柔らかな微笑みを浮かべ、金の装飾が付いた錫杖を手にしている。首から下げているのは己が奉ずる神の聖印。


「やっぱり、これですね」


 立ち絵では大まかな形しかわからないのに対し、脳内のイメージは細部の寸法まで手で表せるくらいなので、むしろより正確なくらいだ。

 もちろん、俺は聖印の実物なんて見たことがない。なので厚みや質感まで手に取るようにわかるはずがないのだが──。

 俺の記憶から引っ張り出されたのでないなら、何か不思議なことが起こったに違いない。


「神様が教えてくれたんでしょうか」


 あるいはオリジナルのアリシアの記憶か。

 どうしてこのタイミングで聖印のイメージなのかと考えれば思い当たることも一つある。確かにいい頃合いかもしれない。

 俺は一つ頷くと、朝のお祈りの前にシャワーを浴びるため、替えの下着の準備を始めた。








「あの、安芸さんか鈴香さんにお願いがあるんですが」


 その日の昼休み。

 天気が良いのでいつものように中庭のベンチで昼食を取りながら、俺は縫子と鈴香に言った。

 すると二人は頭の上に「?」を浮かべて、


「なんでしょう?」

「はい。実は衣装とアクセサリーのオーダーメイドができるところを探していまして、もし良いところがあれば教えてもらえないでしょうか」

「オーダーメイドですか」


 呟いた縫子が目を瞬く。学内でも学外でもマイペース、あまり表情を変えない彼女だが、瞳の奥がきらきらと輝いている。


「アクセサリーというと、どんな?」

「えっと、銀細工です。こういう首から下げるようなもので、丈夫かつ細かい装飾ができると嬉しいです」


 制服の下からロザリオを引っ張り出して説明する。


 縫子達に詳しく説明すると「?」マークが乱舞しそうなので当たり障りのないことしか言っていないが、要は俺が欲しいのはアリシアの正式な衣装と聖印だ。

 例の仕事で俺には纏まったお金が入ってきた。

 完全な臨時収入。『アリス金融(仮)』を立ち上げてはみたものの、みんな「使う気はない」と言っているし、次の仕事の打診も既に来ているので使ってしまっても問題はない。

 ある程度のお金がないと買えないもので、かつ必要なものというと特に思いつかなかったのだが、今朝のあれで使い道を思いついた。


 オーダーメイドとなると値が張るので今までは手が出せなかったが、今なら少し大きく出られる。

 製作にもある程度時間がかかるだろうから早めに注文しておくに越したことはない。


 幸い、縫子達もこれに頷いてくれた。


「今すぐに紹介はできませんが、家族のツテも含めて、何かしらアテはあるかと」

「私も、家で使っているところであれば紹介できます。……ですが、アキの方がこの手の話には詳しいかしら?」

「アリスさんに選んでいただけばいいのでは? 選択肢が多くて困ることはないかと」

「そうね。では、お母様にも聞いてみましょう」

「ありがとうございます」


 この二人なら何かしらツテがあるだろうと思ったが大正解だった。俺は笑みを浮かべてお礼を言う。

 と、脇腹がつんつんと突かれた。振り返れば、不満そうに頬を膨らませたもう一人の友人──芽愛の姿が。


「アリスさん? どうして私だけ除けものなんでしょう?」


 中庭には他の生徒もいるため猫を被ったままだが、その瞳は「ひどいよアリスちゃん!」と訴えてきていた。可愛らしくも真剣な表情に申し訳ない気分になりつつ「すみません」と謝って、


「でも、芽愛さんは服にはあまり詳しくないのではないかと」

「だからといって除け者はあんまりです。……確かに詳しくありませんが」


 詳しくないんじゃないか。


「本当にすみません。除け者にしたつもりではないんです。料理のことで困ったことがあったらもちろん芽愛さんを頼りますし」

「本当?」


 つぶらな瞳がこちらを見上げて、


「アリスさんのメイドさんに相談して終わりにしませんか?」

「う」

「しませんよね?」


 痛いところを突かれた。いや、しかし、ノワールは万能のメイドなので仕方ないのだ。服の件だって、ノワールにも併せて相談しているし。

 とはいえ、ここは友人に詫びておくべき場面。


「約束します。何かあったら芽愛さんにも相談します」

「よろしい」


 ふふん、と、どこか得意げに笑った芽愛は約束の証として指切りを要求してきた。若干恥ずかしいが、仕方なく小指を絡めて軽く振る。鈴香と縫子が若干ニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「アリスさん。我が家での勉強会にも参加されますよね?」

「アリスさん。布の買い出しを手伝って欲しいんですが、大丈夫ですか?」

「アリスさん。お菓子の試作も一緒にしましょうね?」

「は、はい」


 トリプルで名前を呼ばれ、文化祭関連のスケジュールを入れられた。

 もちろん望むところだ。他の家のメイド情報はノワールが「欲しい」と言っていたし、メイド服の作成やお菓子作りもノワールが張り切っていた。朱華やシルビアにからかわれないためにも、できることはしっかりやってクオリティを上げたい。


「しばらくお休みの日は忙しくなりそうですね」

「あら、放課後もよ? 出し物の申請が通ったらさっそく動きださないといけないもの」

「私はもうデザイン画を描き始めています」

「私もお菓子の候補は考え始めていますよ」


 さすが、衣装とお菓子の責任者。

 鈴香はクラス委員の子ともども全体指揮みたいな位置に自然と収まっているし、みんな大変そうだ。俺は色々な方面を手伝う予定だが、言ってしまえば全部下っ端の役割なので、忙しいだけである意味気楽だ。

 当日接客を頑張る他は各責任者の話を聞いたり相談に乗ったりするだけでいい。

 とりあえず週末の予定を空けておけば問題ないだろう。バイトが入ることはあるかもしれないが、あれはどっちにしても夜なので他の予定とはあまり干渉しない。疲れて月曜の朝に起きられない、ということがないようにだけ気を付ければいい。


 そして、この翌日には文化祭実行委員会からメイド喫茶の実施許可が下りた。







 平日の放課後はノワールに頼んで料理の練習をしたり、お菓子作りの方法をネット検索して予習したり、治療の仕事で外出して過ごした。


 それから、オーダーメイド先探しを縫子達にお願いしている間に、依頼したい服とアクセサリーのデザイン指定を用意する。

 絵心は特別ないのだが、幸い作りたいもののイメージは明確にある。

 ノワールや朱華に相談したところ、


「あくまで要望レベルの話ですし、おそらく決まった書式はないと思います。不安であれば、安芸さんでしたか? 手芸の得意なお友達に聞いてみてはいかがでしょう?」

「デザインって、要するに設計図でしょ? 正面からと横から、必要なら斜めとか裏側からの絵も描いて、長さ入れて、細かなデザインが必要なところは別に拡大図を用意すればいいのよ。アニメとかゲームの設定画でよくあるじゃないそういうの」


 ということだったので、縫子にも念のため確認しつつ、他の人が見てわかりやすいように丁寧に描いた。

 細かい分には問題ない、むしろ譲れない部分は明記しておかないと「これじゃない!」というものができやすいということで正直結構大変だった。

 しかし、その甲斐あって見栄えのするものが完成。

 本格的な聖職者衣装と聖印を注文するところまで来たかと思うと俺としてもなんとなくわくわくして、デザイン画が完成した日は意味もなくニヤニヤしてしまった。








「さて諸君。政府からバイトの依頼が来た」


 そんなある日の夕食時、教授が俺達に宣言した。

 この日のメニューは栗ご飯にサンマの塩焼き。豪華な和食メニューにわくわくしながら箸を動かしていた俺は、栗とご飯をもぐもぐと咀嚼しながら首を傾げた。

 それからごくんと飲み込んで、


「いつもの墓地はこの前行ったばかりですけど」

「いや。今回は向こうから場所を指定してきた。是非この場所で邪気払いをして欲しいとな」

「なんか最近、人使い荒いわね」


 朱華が半眼になって呟く。彼女は外国人っぽい見た目に反して器用に箸を使い、サンマを綺麗に食べている。中身は純日本人なのだから当然といえば当然だが、日本人でもなかなか難しいのも事実である。正直俺にとっては苦手分野だ。


「もしかして、あたし達用の予算が増えたとか?」

「あるいは臨時収入でもあったのかもしれんな」


 ふん、と息を吐いた教授が俺を見る。まさか、治療依頼の件で向こうも謝礼を貰っていて、そのお金をバイト依頼に充てているというのか。


「公務員ってお金受け取っちゃ駄目なんじゃ?」

「公務員ならな。だが、例えば、政府から業務委託を受けている民間会社が、委託された業務ではなく会社自体の業務として我々に仕事を依頼してくるとか、そんな感じの抜け道があってもおかしくはなかろう」


 ちなみにこの例がセーフかどうかは教授も知らないとのこと。まあニュアンスはわかった。単に朱華が言ったように予算が増えただけかもしれないし、単に切羽詰まっているだけかもしれない。


「それで、教授さま? 場所はどのようなところなのですか?」

「うむ。とある山間部にある宿泊施設とその周辺だ。公立学校の林間学校でよく使われる場所らしいのだが、近年、事故や事件が多発しているらしい」

「事件ってー?」


 栗ご飯から栗だけを抜き出して美味しそうに食べつつシルビア。


「生徒が調理中に火傷をするとか、転んだ拍子に身体を木に殴打するとか、軽い食中毒だとか、まあそんな話だな。後は、幸いシーズン中ではなかったらしいが熊が出たこともあるらしい」


 その熊は駆除されたとのことだが、データ的に見ても最近の事故・事件率が上がっているので、何か原因があるのではないかと思われているらしい。

 とはいえ、調理中の火傷などが人為的な出来事とは考えにくい。

 となると目には見えないもの、悪い気や因果によるものの可能性が浮上してくる。


 紅髪の少女は箸を置いてため息をつく。


「ならお祓いでもしてもらったらいいじゃない」

「悪い気を化け物となして退治できる祓い師だ。我々はさぞかし優秀に見えるのだろうな」

「いや、お坊さんにでも頼んで欲しいんだけど……」


 朱華のぼやきに俺へ視線が集まる。俺はお坊さんではないが聖職者である。結界が張れる上にある種のお祓いもできるわけだが──。


「……まさか私一人で行けとか言いませんよね?」

「言わないわよ」


 ふん、と、鼻を鳴らして視線を逸らす朱華。


「でも、この依頼は無理に受けなくてもいいんじゃない?」

「まあな。しかし、可能であれば受けておきたいところだ」


 教授はばつが悪そうにぽりぽりと頬を掻く。


「? お金ならアリス金融の出番ですけど……」

「違う。あれだ。この前、吾輩が言いたい放題言ってしまっただろう? ここで依頼を断ると反抗的とみなされかねん。だからどうだ、ということはないだろうが、なんでもかんでも我が儘言う気はない、ということをアピールしておきたいところではある」

「あー、教授、偉そうに色々言ったらしいもんねー」


 シルビアがうんうんと頷いた。


「朱華ちゃんもアリスちゃんの隣で凄んでたんだって?」

「……う」


 そう。

 黙っていても教授がばんばん言ってくれたので特に暴れはしなかったものの、朱華も「あたし今不機嫌だから」という顔をして座っていた。

 火属性なのを加味して考えると気性の荒い不良娘といった感じであり、向こうの人を怯ませるのに一役買ったに違いない。


「……しょうがないわね」


 本当に気が進まない、といった様子でため息をつく少女に、俺は尋ねた。


「朱華さん。ひょっとして、何か他にも理由があるんじゃ?」

「いや、まあ、大した理由じゃないんだけど」


 話しているうちに食事がだいぶ終わりに近づいているのを確認してから、ぽつりと、


林間りんかん学校に使われてる場所なんでしょ? 今までみたいな語呂合わせで来られた場合、嫌な予感がするのよね」

「……あー」


 可燃物が多い場所だし、朱華は連れて行かない方がいいかもしれない、と思ってしまった。

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