聖女、お布施を受ける

「アリシア・ブライトネス。分析するに、貴女の配信には視聴者へと訴えかける力が足りていないのではないでしょうか?」

「急にどうしたんですか、シュヴァルツさん?」


 シュヴァルツが家にやってきてから約一週間。

 服を着ていると人間にしか見えないほど精巧なメイドロボ──もとい、戦闘兵器である少女は、ある時ふと、俺にそんなことを言ってきた。

 感情表現機能が付いているにもかかわらず、普段は淡々としていて無表情な彼女。この時もノワールによく似た端正な顔立ちを崩さないまま答えてきた。


「貴女、および同業の配信者の配信内容を比較した結果です。その反応は私の見解に異論がある、ということでしょうか?」

「いえ、そういうわけでもないんですが……。どうしてそこまで私の配信に拘るのかな、と」

「別に。ただ、あの良質な環境を与えられていながらこの程度の人気では私の気が収まらないだけです」


 よくわからないがライバル認定されているらしい。


「カメラに向かって一人で喋り続ける、などという不毛な事を毎日続けているくらいですから暇なのでしょう? 少し私の分析を聞きなさい」

「いえ、頑張って時間を作って配信しているんですが……。わかりました、せっかくなので教えてください」


 今日の宿題は終わっているし、入浴も済ませた。後は配信して寝るだけといった感じなので、少しくらいなら付き合っても問題ない。

 ノートパソコンともども延長コードに接続されたままリビングの椅子に腰かけているシュヴァルツと向かい合って座る。


「それで、訴えかける力というと……?」

「要するに、顧客の期待にどれだけ応えているか、ということです。見たいものを見られるかどうか、というのは視聴継続を決める上で重要な要素でしょう?」

「確かに」

「つまり、女としての魅力を最大限に生かすべきです」

「待ってください」


 いきなり何を言い出すのか、このロボは。


「いいですか、あのサイトは十八禁だめなんです。そういうのはNGです」

「何も直接的な性描写をしろとは言っていません。ですが、女性配信者のファンというのは大半が男。であれば、男の欲求に訴えかけるのは当然のことかと。いつの時代も人の欲望は単純です。酒、暴力、それからセック──」

「どこからそういうの覚えてくるんですか!」


 やはりネットがいけないのか。ネットだのエロゲだのに浸かっていると朱華や、今のシュヴァルツのようになってしまうのか。これが世界の真理だというのなら配信者なんて止めてしまった方がいいのだろうか。

 と。

 家事の合間にリビングへ顔を出したノワールがすまなそうな声で、


「申し訳ありません、アリスさま。シュヴァルツは裏社会時代のわたしを基にしておりますので──」

「ノワールさんの影響でしたか……」

「ええ。当時のわたしは後ろ暗いことをこれでもかと行っておりましたので、シュヴァルツも知識こそ限定的なものの、性質は似通っているはずです」

「そのお姉様がメイドなどというものに現を抜かすのが不思議で仕方ないのですが」

「人を騙し、利用し続けてきたわたしだからこそ、人に奉仕することが楽しくて仕方ないのですよ」


 ノワールの発言には俺も賛成だ。人助けというのはいいものである。


「……シュヴァルツだって、アリスさまと一緒に配信がしたいのでしょう? それも人に喜んでもらう行為ではありませんか?」

「べ、別に、アリシア・ブライトネスと仲良くなりたいなんて言っていないでしょう」


 ぷいっと視線を逸らすシュヴァルツ。いや、ノワールも「仲良く云々」とまでは言っていなかった気がするのだが。あれか、なかなか素直になれない系女子というやつなんだろうか。


「シュヴァルツさんのアバターデータもあるんですよね? 椎名さんたちに配信アプリを用意してもらってはどうですか?」

「今の私ではこの肉体を操作しきれません。電子的な接続を貴女方に制限されていなければ何の問題もないのですが」

「だって、そうでもしないとネットの海で暴れるでしょう、あなた」

「………」


 おお、珍しくノワールが敬語じゃない。妹相手だと気が抜けるのだろう。シュヴァルツも心なしか気恥ずかしそうな、しかし、どこか嬉しそうな様子になる。

 にっこり笑ったノワールは「ごゆっくり」と言ってまた席を外した。家事が落ち着いたら入浴タイムのはずだ。

 俺も、黙ってしまったシュヴァルツに微笑んで、


「シュヴァルツさん、なんだかんだ家事も勉強してくれていますよね」

「……仕方ないでしょう。お姉様にできることが私にできないのは屈辱です。それに今後、お姉様が家を空けることが増えるとなれば猶更」


 ノワールがアニメに出演するという件について、千歌さん経由でアニメ制作会社へ出向いたところ、割と二つ返事で「是非出てくれ」ということになった。

 ただ、さすがに打ち合わせやボイストレーニング等は必要になる。収録が始まったら猶更だ。なのでノワールは、今の内から自分の代わりとしてシュヴァルツを鍛えている。彼女が多少なりとも手伝ってくれれば後は俺がなんとかできるので、うちの食いしん坊共を暴れさせないためにも重要なポイントである。


「メイドの真似事をするのは不本意ですが、教授達に優位を取れるのは悪くありません。可能な限り技術の習得に努めましょう」

「ありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね? いざとなったら私が頑張りますから」

「まあ、私は充電さえできれば構わないので、あまり心配していないのですが」

「ぶっちゃけましたね!?」


 思わずツッコミを入れると、シュヴァルツは唇を小さく歪めてふっと笑った。

 レアな表情。やっぱり綺麗だ、と、あらためて思う。


「ところで、アリシア・ブライトネス」

「なんですか?」

「一時間ほど前に貴女のチャンネル登録者数が1000人を超えました」

「もっと早く教えてください!?」


 というか、そんな頻繁に俺のページをチェックしていたんだろうか。





「こんばんは、キャロル・スターライトです。少しずつ気温が上がってきましたね。皆さん、暑さへの心構えは十分でしょうか」


《キャロルちゃんこんー》

《いや夏は来なくていいわ》

《祝・1000人突破》


「さて、今回は恒例のお悩み相談コーナーから……の、予定だったのですが、その前に嬉しいお知らせがあります」


《収益化か》

《1000人突破おめでとー》


「ありがとうございます! ……って、バレバレじゃないですか! そうです、とうとうチャンネルの登録者数が1000人を突破しました。皆さんの応援のお陰です。本当にありがとうございます」


《とうとうここまで来たか》

《いやいやキャロルちゃんが頑張ったからでしょ》

《お前らネタバレ自重しろww》


「そう言っていただけると嬉しいです。……というわけで、以前から1000人突破記念でやると告知していた『祭壇作成企画』をスタートさせたいと思います!」


《あれか》

《来たか》

《†お布施の時間†》


「前から聞いてくださっている方は知っているかもしれませんが、これは我が女神様の祭壇をこの世界に作ろう! という企画です。皆さんからいただいた寄進──心づけを祭壇の作成費用に充て、製作過程をレポートしていこうと思っています」


《寄進(電子マネー)》

《寄進(預金残高)》

《心づけ(金)》


「し、仕方ありません。聖職者も霞を食べて生きているわけではありません。私たちの宗教では畑を作るなどして自給自足を目指していましたが、大きな神殿になればなるほどそれだけでは賄えなくなります。孤児院を兼ねている神殿も多かったので切実なんです」


《大丈夫大丈夫。わかってるよー》


「ありがとうございます! ……というわけで、これから少しずつ、空いた時間に祭壇を作っていきたいと思います」


《あれ? キャロルちゃんが自分で作るん?》


「はい、そのつもりです。本格的な業者さんに頼めるほど予算を見込んでいませんし、人任せにしてしまうと進捗のレポートも味気ないものになりそうなので」


《大丈夫? 作れる?》

《クラファンみたいなの想像してた俺》


「大丈夫です。失敗したら失敗したでちゃんと報告します! 実はほら、材料や道具もちゃんと買ってあるんですよ」


《粘土に石膏、木材……だと?》

《このJK太っ腹過ぎる》


「年齢は不詳でお願いします。ちなみにこれらの費用は先行投資としてお小遣いから出しました。なので、その……おねだりするわけではありませんが、無理のない範囲で! お財布に小銭が余ってる時にジュースを飲む代わり、くらいのイメージで投げてくださる方がいたら嬉しいです」


《うーん、この小市民》

《この宗教が零細なの聖女様がおねだり下手過ぎるせいでは?》

《お小遣いだな! 任せろ!》

《もう投げていいのか? よーし投げちゃうぞー》

《俺も俺も》

《初弾赤きたー!》


「え、あの、赤っていくら……ちょっ、ちょっと待ってください! そんなにいりませんから! 業者さんに頼む額になっちゃいますから! 無理のない範囲で、本当に無理のない範囲でお願いしますね」


《無理のない範囲(食費を節約)》

《無理のない範囲(スマホゲーの課金を我慢する)》

《無理のない範囲(家を売る)》


「家は! 家は売らないでください! いえ、他も駄目ですけど!」





「……ひ、ひどいことになってしまいました」


 アプリを終了させた俺は思わず自室で独り言を漏らした。

 椎名の会社謹製のツールは終了時やアバター・リアルの切り替え時に「配信は切りましたか?」「本当によろしいですか?」などと確認メッセージが出る親切設計なので、実はまだ繋がっていた、などという事故が少ない仕様になっている。

 なので、ネット上に流れていないのを確認した上での呟きだ。

 と、部屋のドアがノックされて、返事も待たずに一人、二人、三人の人物が入ってくる。朱華、ラペーシュ、瑠璃だ。


「お疲れ、アリス。大漁じゃない」

「さすが私の見込んだ聖女ね。愚民どもからあれだけの金を巻き上げるなんて」

「アリス先輩、落ち着いてください。ガチ恋勢がいるAtuberなんかだとあれの何倍も凄いですから。開幕なのでみんなはしゃいでるんだと思いますし、気にしなくても大丈夫です」

「皆さん……。ありがとうございます」


 みんな配信を見ていてくれたのだろう。元気づけてもらったら少し落ち着いた。いや、他人様からお金をもらっておいて落ち込むのもアレなのだが。なにしろ金額があまりにもアレだ。

 買い込んだ工作道具の中に木材があるのは、祭壇形式が上手く行かなかった時に神棚へチャレンジするためだった。しかし正直、今日貰ったお布施だけで神棚くらい余裕で買えてしまう。いや、日本式の神棚そのままだと色々問題はあるんだが。


「というかあれよね。そこのポンコツ魔王に頼んだら祭壇くらい作れるんじゃないの?」

「ポンコツは余計よ。……まあ、作れるけど。魔王に作ってもらった祭壇でアリスの神は喜ぶのかしら」

「私が神様だったら気分的に嫌ですね……」


 顔を顰める瑠璃に俺も賛成だ。聖水で清めて毎日お祈りしていけばワンチャンあるかないか、くらいだろうか。


「いいじゃない。奴らに貢がせた額があなたの信仰に繋がるんでしょう?」


 ぽん、と、俺の肩に手を置いてラペーシュ。


「まだ『そうなるかも』という段階ですけど。……そう言うラペーシュさんは、妨害したりとかしないんですか?」

「するわけないじゃない。この私が娶る女よ。強く気高い方が良いに決まっているわ」

「この方のそういうところは見習いたいと思うのですが」


 ふう、と、瑠璃がため息をついた。


「娶るだの嫁にするだのと口にするのは慎みに欠けるかと」

「元の世界だと私は男役──というか、強引にでも娶るべき立場だったせいね。この性分はなかなか直らないわ」

「ま、なんにせよ、これで目標を一つクリアしたじゃない。こうやって有名になれば、ノワールさんの出るアニメを宣伝したりもできるんじゃない?」

「あの作品が有名になったらノワールさんも強くなるんですかね……?」


 ともあれ、朱華の言う通り俺は一歩、前進した。

 こうなったらちゃんと祭壇も作ってみんなに見せたい。お金が余るのならさらに神殿も建てたい。となればこの夏に命を落としている場合じゃない。

 命を賭けずにラペーシュに勝てるよう、もっと強くならなければ。

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