聖女、仲間の鍛錬を見守る

 夏前に待ち受けるラペーシュとの決戦。

 それに向け、俺は心身を鍛え直すと共に人々からの信仰を集め、神聖魔法の強化を図っている。単独で邪気を実体化させられるようにことから見ても効果は出ている。

 しかし、もちろん俺だけが自己鍛錬に励んでいるわけではない。

 シェアハウスの他メンバーもそれぞれ、自分なりの方法で魔王との戦いに備えようとしていた。



【ノワールの場合】


「お姉様は人使いが荒すぎると思います」


 シュヴァルツが部屋にやってきたかと思うと、ローテーブルを占領された。

 愚痴を吐きながら何やらかちゃかちゃとやり始めた彼女。

 きっと話を聞いて欲しいんだろうな、と思った俺はデスクチェアをくるりと回転させて「どうしたんですか?」と尋ねた。

 すると、


「戦いに必要だから、と、私に武器の改造を依頼してきたんです」


 彼女が弄っているのはプラモデルでも知恵の輪でもなく、本物の銃だった。

 知っての通り、ノワールとシュヴァルツはここよりも技術の進んだ世界出身である。当然、彼女たちの用いる武器も現代のものより性能が良い。

 原作マンガを見ている限りでは形状等にそこまでの差は見受けられないのだが、拳銃一つ取っても見る人によっては「宝箱のような先進技術の結晶」らしい。

 当然、性能も高いのだが、その分、この時代の技術者では整備や改造を行うことができない。


「シュヴァルツさんなら手先が器用ですし、ノワールさんと違って指を怪我したりしづらいもんね」

「逆に言えば、私の損傷を医者が治すことはできないわけですが」

「お手数おかけします」


 シュヴァルツには俺の治癒魔法も効かない。

 一部パーツの触り心地は極めて人間に近いのだが、とはいえ、プログラムと電力供給によって動き栄養補給を必要としない彼女を「生命活動を行っている」とは言い難い。

 その辺りの影響で、彼女がもし壊れた場合は修理というか「損傷個所をまるごと交換」するしかない。パーツの調達はラペーシュに頼んで再度人形公園へアタックすることになる。

 さすが未来のロボット、耐用年数はざっと二、三十年はあるらしいのだが、なかなか難儀な身体である。


 しかし、身体の操作に慣れた今、その仕事ぶりは見事なものだ。ノワールに教わりながら料理の手伝いもしているのだから凄いと思う。


「それで、どんな改造をしているんですか?」

「威力や正確性の向上、弾倉の増設。後はお姉様に合わせたチューニングですね。グリップの形状を微調整したり、トリガーの感度を弄ったりといった作業になります」

「それは……職人芸としか言いようがないですね」


 しげしげと眺めてみても俺には全くわからない。

 俺にできるのはせいぜい工作レベルである。……そうだ、プラモ製作なんかも配信のネタになるかもしれない。間を持たせながら雑談するのにもちょうど良さそうだ。後でスマホの中にメモしておこう。


「しかも、しかもですよ? 人に改造を任せながらお姉様が何をやっていると思いますか? 貴女にわかりますか、アリシア・ブライトネス」

「え? ええっと、なんでしょう……?」

「ゲームです。この時代の一般人を相手にFPSで無双して得意になっているのです」

「それはまた」


 もちろん、ノワールもただ遊んでいるわけではないはずだ。

 日々の家事をこなし、声優としてのデビューを控えながら反射神経や戦闘センスを磨くための訓練なのだろう。

 ノワールならさぞ良いスコアを取れるはずだ。

 俺なんか、その手のゲームで褒められたのはゾンビを討伐した時だけなのだが。


「しかも、時折私まで付き合わされるのです。マウントを取る、と言うのでしたか? 戦闘プログラムを失った私相手に得意になるとはお姉様は子供なのでしょうか」

「えっと、楽しそうですね?」

「どこをどう聞いたらそうなるのです。……本当に、アリシア・ブライトネスは変わった感性をしていますね」

「ありがとうございます」


 殺伐とした世界で生きていたシュヴァルツから「変わっている」と言われるのだから、聖職者としては褒められたと思っていいだろう。


「手伝います、と言いたいところですが、私じゃお役に立てないので心の中で応援していますね」

「わかっています。気持ちだけ受け取っておきましょう」


 ノートパソコンでSNSのチェック等を行う俺の背中からは、かちゃかちゃという音がしばらくの間、響き続けていた。



【朱華の場合】


「あたしも放熱フィンとか装備できればいいんだけどね」

「なんのネタですか。……あ、あの車のやつですね?」

「よくわかったじゃない」

「わかりますよ。大き目の玩具屋さんだとコーナーがあったりするらしいじゃないですか」


 親世代が子供の頃にあったブームが最近になって再燃したとか、男子高校生だった頃に聞いた覚えがある。

 懐かしがった親の影響で始める人や、あとはプラモなんかに興味のある層が延長線上で手を出したりするとかしないとか。


「色々種類があるんでしょう? 死霊レイスの名前を冠した機体には驚きました」

「いや、それ『レイ』で切るのが正しいやつだから。所有者の名前だけど、かかってるとしたら光線レイとかの方がありえるわよ。あんた好きそうじゃない」

「それなら『シャイニング』とか冠した機体があったと思うので、そっちの方がいいかな、と。なんだか光るみたいですし」

「言っとくけど売ってる奴は光らないわよ。……今の技術なら『光らせてみた』とかありそうな気もするけど」


 なんだか猛烈に話が逸れたが、なんの話だったか。


「えっと、放熱でしたっけ。超能力の件ですよね?」

「そ。身体に溜まる熱量さえどうにかできればもう少し連発できるでしょ?」


 なので、外付けアイテムでなんとかできないか、という話らしい。

 特殊素材の衣類の中には冷感を謳うものなんかもあるし、科学の力を使えば冷却装備みたいなのを用意できなくもないが、前者は多少冷たくなる程度だし下手に着こむと暑くなる。後者は重い上に壊れやすい。


「熱の反動を減らす特訓とかはできないんですか?」

「んー、威力を上げるほど反動も大きくなるから、小さいのをほぼ無反動で使えるようにとかは練習してるんだけどね。でかいのはなかなか練習できないのよ。暑いし」

「水風呂に浸かりながら能力を使う特訓とか」

「あたしはあんたみたいに特殊な訓練積んでないの」


 聖職者をなんだと思っているのか。

 いやまあ、暑さというのは馬鹿にできない。寒さ同様、体調をモロに左右するので我慢しろとも言いづらい。

 じゃあ南国の人はどうなのかと言えば、それは体質や長年の慣れによるものだろうし。


「まあ、慣れようっていう発想はないわけじゃないのよ。実際、前よりは連発できるようになったしね。でも、我慢するだけじゃ限界があるから……」

「から」

「いっそ暑いのを好きになるっていうのはアリだと思う?」

「頭が茹ってるわけじゃありませんよね?」

「失礼なこと言うじゃない」

「今のは朱華さんが悪いと思うんですけど……!?」


 軽く頬を抓られた俺が抗議すると、朱華はしぶしぶ手を離してくれた。


「というか、それが難しいから困っているんじゃ?」

「だから、我慢するんじゃなくて好きになるって話。ほら、興奮してると身体が火照ってくるわけじゃない? だから、暑い時はそういう状態だって錯覚させればって」

「……あー」


 言いたいことはわかった。要は朱華の出身世界エロゲ的な話だ。


「よくわかりました。わかったので、そういう話はラペーシュさんにお願いします」

「敵に聞いてどうするんのよ」

「確かに。……でもそれ、私にはなんとも言い難いです。あらゆる意味で経験がなさすぎますし」

「それもそうか」


 今度こそ、朱華は納得したように頷いてくれた。


「ま、でも、お風呂で特訓ってのはアリかもね。簡単に冷やせるし」

「やるなら昼間か、みんながお風呂終わってからお願いしますね」

「はいはい。そのへんはわかってるから安心しなさい」


 そして、彼女は苦笑しながら俺の頭をぽんぽんと叩いた。

 いつも飄々としていて明るい彼女。

 伸び悩んでいるようだが、きっとまた自分なりの方法で俺たちを助けてくれるはずだ。

 実は俺に負けず劣らず無茶をしがちなので、俺としては彼女に負担をかけすぎないようにもっと強くならなければ……と思った。



【瑠璃とシルビアの場合】


 ざん、と。

 最後の首が秘刀『俄雨』によって断たれると、オロチは身体の端から少しずつ光の粒子となって消滅していく。


「瑠璃ちゃん!」

「心得ています」


 手早く刀を引き戻した瑠璃が、まだ消えていない胴体を両断。その中心を確認するも──残念ながら、と言うべきか、大方の予想通り、と言うべきか、復活オロチの身体にはオリジナルが保有していた『賢者の石(不完全版)』は内蔵されていなかった。

 他の敵が現れないのを確認した俺はふう、と息を吐き、錫杖を消す。

 場所は前回オロチと戦った神社。今回は政府スタッフにお願いして俺、シルビア、瑠璃、それから邪気コントロール役のラペーシュというメンバーでやってきた。


「意外と楽に終わりましたね」


 前回フルメンバーでギリギリだったオロチ戦。

 俺も瑠璃も前回よりレベルアップしているとはいえ、今回は格段に楽だった。具体的にはオロチの再生能力が低かったせいだ。

 付けた傷は少しずつ治っていくものの、深手がすぐに再生するレベルではない。首の猛攻をかいくぐりつつ『俄雨』で薙げば、それは確かな足がかりとなって次に繋がっていく。多少のダメージは俺の魔法で癒せるし、開幕で《聖光連撃ホーリー・ファランクス》を二、三発叩き込んだお陰でオロチの動き自体も鈍っていた。

 で、結果は快勝。


「私としては残念だったけどねー」


 しょぼん、と肩を落とすのは石が目当てだったシルビアだ。

 前回手に入れた石はそれ自体の研究および製薬への利用でばんばん使っているものの、あまり無理をさせすぎると壊れてしまうかもしれない。スペアがあるに越したことはないからとこうしてやってきたのだが、二体目のシュヴァルツに魂が宿らなかったのと同じように石が手に入ることもなかった。

 一人でオロチ相手に前衛を張った瑠璃は対照的に清々しい表情。軽く血糊を払うようにしてから『俄雨』を消すと、俺たちの方へと歩いてきた。


「ですが、シルビア先輩の製薬も順調なのでしょう?」

「まあねー。一応、思いつく限りの薬は作ってるよー」


 シルビアが最も得意とするのは製薬。

 これまでも自作の酸などを用いて戦ってきたように、決戦にもそのスタンスで臨もうとしている。あらかじめみんなに回復アイテムやドーピングアイテムを配っておいてもらえれば俺の手が足りない時に役立つし、彼女の酸は生物相手ならだいたい通用する強力な攻撃手段だ。

 賢者の石(不完全版)のお陰で効果の高い薬が作れるようになり、それを用いて「低用量で従来と同じ効果のポーション」や「従来の用量のまま効果を高めたポーション」なども製作しているらしい。

 難点としてポーションは使い捨てというのがあり、しかも補充には時間がかかるということで、今回の戦闘への参加は控えめだった。

 あまりばんばんポーションを使うと政府からの報酬がどんどん目減りしてしまう。戦うのに元手がかかるというのもなかなか困りものである。


「まあ、オロチの血や皮は手に入ったから、これでまた薬を作るよー」

「いつも助かります」

「……そういえば、シルビア先輩は他の錬金術は使えないのですか? 例えば、戦況に応じて武器を変形させて攻撃するとか」


 素材を抱えてほくほく顔の彼女に俺が礼を言えば、瑠璃がふと思いついたように疑問を呈した。

 確かに、マンガなどではたまにそういった錬金術も見るが──。


「瑠璃ちゃん。錬金術を舐めちゃいけないよ」


 地雷だったのか、シルビアの目が据わった。


「両手をぱん、と打ち合わせただけで錬成が終わるとかあるけど、あんなの普通ありえないんだよ。あれはあの世界がそういうシステムで成り立っているからできる話なの。材料があって結果を想定できているから経過を無視できるとかほとんど魔法だよ魔法。格好いいとは思うけど史実の錬金術師の苦悩をなんだと思っているのかと──」

「ストップ! ストップです、シルビアさん!」

「わかりました! わかりました! 私が悪かったですから落ち着いてください!」


 以後、シルビアの前で「両手でぱんとして錬成」の話は禁句となった。



【教授の場合】


「吾輩は直接戦闘では役に立たんからな。その分、対魔王用の作戦を考えている。あまり深くは聞くなよ。あやつに聞かれたら元も子もないからな」

「わかりました」


 話が十秒で終わった。

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