聖女、試着する
「あの、アリス先輩。相談があるんです」
卒業式が終わり、高等部の入学式まで短い休みに入った。
そんなある日。休日恒例の訓練を終えたところで、瑠璃がおもむろに話を切り出してきた。
どこか恥ずかしそうな表情。それでいて意を決したような瞳の輝きを宿した様子は、俺にあるイメージを抱かせた。
「……もしかして、好きな人ができたとか?」
「っ!? い、いえ、そういうことではないんです!」
恋愛マンガとかでよくある雰囲気だったのでカマをかけてみれば、生憎関係がなかったらしい。
慌てて首を振った黒髪の清楚系美少女は、きょろきょろと中庭に誰もいないことを確認してから小声で言ってきた。
「その、もうすぐ入学でしょう?」
「はい。瑠璃さんもようやく学校に通えますね。楽しみでしょう?」
「そうですね……。楽しみといえばもちろん楽しみなんですが、正直不安もありまして」
「不安?」
俺よりはるかに女子力が高く、かつ準備期間をたっぷり置いた彼女が何を不安がっているのか。
首を傾げる俺。そんな俺の耳元にそっと囁かれる言葉。
「私、女子と一緒に着替えとかしていいんでしょうか?」
あー、と思うところは確かにあった。俺にも似たような覚えがある。
俺たちはもともと男子だった。肉体的にはしっかり女子になっているとはいえ、同性になった異性にドキドキしてしまうのはどうしようもない。
とはいえ、
「女同士なんですから堂々としていればいいんじゃ?」
「お、女同士なら堂々と凝視していいんでしょうか?」
いや、凝視って。
これで相手が朱華なら「また変なこと言って」とジト目で見るところだが、真面目な瑠璃がこの有様ということは本気で焦っているんだろう。
女になって長いのだから慣れてもいいようなものだが……慣れなかったから焦っているのか。
俺は女になった後、不安感からノワールに頼ることが多かった。それで強制的に「女子との距離感」を矯正されていったのだが、瑠璃は最初から自分のことは自分でできた。男子時代から女装をしていたので意識改革もそこまで必要なかったし、家から出るのは買い物の時くらい、という生活が続いていた。
(ちなみにスーパー銭湯の時は中年やお年寄りも多いのでそこまで気にならなかったらしい)
となると、少し荒療治が必要かもしれない。まあ、放っておいたところで瑠璃が女子相手にお手付きするとは思わないが。
「じゃあ、瑠璃さん。私と一緒にシャワーを浴びましょう」
「しゃ、シャワーですか!?」
「はい。ちょうど汗を流したところですし、この前ホテルに行った時、恥ずかしがっていたでしょう?」
あの時から兆候はあったのだ。女同士で恥ずかしがってばかりいては何もできない。これで恋人同士とかだったら話は別かもしれないが。学校生活で必要なのはクラスメートとの接し方である。
しかし、少女は必要以上に頬を染めると首をぶんぶんと振った。
「む、無理です! アリス先輩とシャワーなんて死んでしまいます!」
「私の裸をなんだと思ってるんですか!?」
よくわからないが無理らしい。そういえばあの時もこんな感じだった気がするが、俺が相手だと駄目なんだろうか?
「じゃあ、朱華さんだったらどうですか?」
「朱華先輩ですか? ……シルビア先輩だと別の意味で怖いですが、朱華先輩なら特になんともなさそうですね」
各方面に酷いことを言っている気がするが、シルビアに関してはわりと自業自得なのでスルーしておこう。
ちなみにノワール相手は今の俺でもドキドキするし、教授相手だと同級生想定にならないのでいまいち意味がない。
というわけで、部屋でだらだらゲームしていた朱華のところへ一緒に頼みに行くと、紅髪の少女は「別にいいけど」とあっさり承諾してくれた。
こうして以後数日間、お風呂に一緒に入るようになった二人。お陰で瑠璃のコンプレックス(?)もマシになったようである。瑠璃と朱華の仲も前より進展したようで、
「ねえアリス、知ってた? 瑠璃って思ったよりエロい身体──」
「朱華先輩? 私、裁縫も苦手ではないのですが、そのお口を縫い付けてもよろしいですか?」
うん。まあ、良かったんじゃないだろうか……?
新しい制服が届いた。
高等部の制服は白ベースのブレザーだ。シルビアのを間近で見ていたので目新しさはないものの、新品のそれが自分の物になったかと思うと感慨深い物はある。
ノワールが「さっそく試着して見せてくださいませ」と言うので、朱華や瑠璃ともども着替えをして初披露を行った。
三人揃ってリビングに集合するなり、ノワールが「素敵です」と歓声を上げる。それを聞いた朱華は何故か若干、げんなりした表情で、
「……アリス。あんた似合いすぎでしょ」
言われた俺は自分の姿を見下ろす。
確かに。成長を見越して大きめサイズを買った制服はやや袖が余っておりぶかぶか感があるが、それを補っても余りある程度には、白く上品なデザインのそれは俺の金髪とよくマッチしていた。
シルビアはシルビアで銀髪に白い制服というコンビネーションが雪の妖精のようで、冬場なんかはもう最高に雰囲気が出ていたのだが、我ながら俺の似合い方もなかなかだと思う。
「ありがとうございます。朱華さんは……ちょっと派手な感じですね」
「そうなのよね……。あたしの髪って自己主張強すぎなのよ」
その分、中等部の臙脂色は良く似合っていたのだが、一人だけ前の制服を使い続けるわけにもいかない。紅白でおめでたいイメージと思えば悪いものでもなさそうだし、着慣れてくればまた印象も変わるだろう。
「瑠璃さんは良く似合ってますね」
「ありがとうございます。まさか、正規の方法でこれを着られるとは思いませんでした」
妹が
正規の方法という表現があれだが……まあ、妹が在校生ならその知人から個人的に譲り受ける、とかも可能だろう。別にいかがわしい店とかネットオークションで買ったわけではない、と思いたい。
制服は日本人女性を想定してデザインされたものなので、正統派和風美少女の瑠璃に似合わないわけがない。
イベントの匂いを嗅ぎつけてやってきたシルビアもにこにこしながら俺に抱きついてきて、
「これはもう、私とアリスちゃんのツーショットは最強だねー」
「シルビア先輩、アリス先輩にくっつきすぎです」
「大丈夫だよー。瑠璃ちゃんも良く似合ってるから。これからは四人で通学路歩こうねー」
さらっと話題を逸らしたシルビア。瑠璃はそれに気づくことなく顎に手を当て、
「……私だけ中等部の制服なのが少し残念ですね」
「一年経ったら着られるわよ。まあ、そうするとシルビアさんが卒業しちゃうけど」
「そしたら私は女子大生の彼女作って幸せな生活送るから気にしなくていいよー」
それを聞いた俺たちは顔を見合わせて。
「本当にやりそうだから怖いですね」
「シルビアさん? 別に性癖は好きにしていいけど、変な薬盛るのは犯罪だからね?」
「やはりシルビアさんに賢者の石を渡すのも危険だったのでは」
「あれ? みんな? 冗談だからね? おーい」
なお、ノワールでさえも「冗談だったのですね……」と驚いていた。
入学式は高等部と中等部で時間をずらしての実施だった。
朝のルーティンを済ませ、新しい制服に身を包んだ俺がリビングに下りていくと、ノワールが目を細めて「いよいよですねっ」と言ってくれた。
「はい。……制服が変わっただけでも、なんだか少し大人になった気がしますね」
「アリスさまは実際に成長されていますよ」
「ありがとうございます」
先日、ブラの一部を「もう着けられない」と処分したところだ。縫製や素材の関係か全部が全部ではないのだが、本格的にキツイのが出てきている。アリシアの衣装と一緒に注文した高い下着も近いうちに無理が出てきそうなので、今のうちに着けておこうと今日身に着けていたりする。
胸だけではなく身長も少しは伸びてきているようだが──果たしてどのくらい伸びてくれることやら。
「とにかく、高等部でも一年頑張りますね」
「はい。サポートはわたしにお任せください」
微笑むノワールがとても頼もしい。マネージャーなんていう役目までお願いしてしまった以上、彼女は名実共に公私にわたる俺のサポーターである。期待に応えるためにも悔いのない生活を送らなければならない。
「おはようございます。……アリス先輩、あらためてご入学おめでとうございます」
「ありがとうございます。瑠璃さんは始業式、明日ですね」
瑠璃は中学三年に転入する形になる。
微笑んで「はい」と答えた彼女はそれからふっと遠い目になり「さすがに覚悟を決めました」と言う。
「憧れの制服を着て生活するチャンスなんですから、前向きに行きましょう?」
「そうですね。そうなのですが……制服フェチに全振りはさすがに怪しいものがあると思いませんか?」
いや、まあ、そう言われると若干悩んでしまうが。
「瑠璃さんだったらそれも可愛らしいのではないでしょうか」
「アリス先輩がそう言ってくださるのでしたら……」
瑠璃が涎を垂らして「ぐへへ」とか言っているところは想像できない。
微笑んで元気づければ、後輩は安心したように笑った。
「……はよー」
「おはよー。アリスちゃん。アリスちゃんの晴れ姿、見守ってるからねー」
「え、ええと……ありがとうございます?」
新入生代表でもないし、別に普通に式へ参加するだけなのだが。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ん」
「はーい」
朱華、シルビアと共に、三人お揃いになった制服で家を出る。
何度も通った通学路。道順も、周りの景色も慣れたものだが、制服が違うとなんだか違って見えるのだから不思議なものだ。
校門をくぐって受付を済ませたら、真新しい制服姿の人だかりへと近づく。屋外に掲示されたクラス分け表だ。
「さて。ここって結構重要よね」
「一緒のクラスになれるといいですね」
「何言ってるのよアリス。あたしと一緒になるってことは、他のクラスメートと別々になる可能性高くなるのよ?」
「? 朱華さんとも一緒になりたいので、何も間違ってないですよ?」
すると、変なことは何も言っていないはずなのにデコピンされた。わざとらしく額を押さえて睨んでやるも、朱華はもうクラス分け表の方へと視線を向けていた。人が多すぎてここからじゃ確認できない。朱華くらい背があれば多少は見えるのかもしれないが。
と。
「大丈夫ですか?」
傍にいた生徒から声をかけられた。振り返った俺は、そこにいた少女を見て驚く。面識があったわけではない。ただ、その子がとても可愛かったからだ。
ぱっちりとした瞳に艶のある唇。細くしなやかな黒髪は背中に届くほど長く、天然なのか軽くウェーブしている。ふわりと香ってくる匂いは高級な果実酒のような風味。胸元では見るからにボリュームのある膨らみが制服をはっきりと押し上げている。
思わず呆然としていると、彼女は「あの……?」と俺の顔を覗き込んでくる。しまった。日本語ができないと思われたかもしれない。
「あ、すみません。大丈夫です」
慌てて答えれば、柔らかな笑顔と共に「良かった」という安堵の声。
「怪我してるのかと思って」
「心配してくれたんですね。ありがとうございます」
いい子なのだろう。デコピンしたきり俺をスルーな朱華とは大違いだ。もう一度睨んでやれば、さすがに彼女もこっちが気になったのか視線を向けてくる。少女は朱華に会釈をすると「それじゃあ」とその場を離れていった。
朱華は綺麗な色の瞳でその後ろ姿を追って「あの子」と呟く。
「ああ。外部生なんでしょうか。初めて見ました」
「うん。それもそうなんだけどさ。なんかこう、エロくなかった?」
「……朱華さん」
俺は少女から一歩距離を置くと、さっきよりも本気のジト目を送った。
「擬態はどうしたんですか。というか、初対面の人相手にそれはどうかと」
「違うっての。そういう意味じゃなくて、普通にエロかったでしょ?」
「言ってることが変わってませんが……まあ、そうですね」
女性的な魅力に長けているという意味ではその通りだった。かといって本人があからさまに媚びているわけでもない。魅力的に育った女の子がそれを必要以上に意識せず、自然体で振る舞っているような、そんな雰囲気。おそらく男子にも女子にもモテるタイプだろう。共学に行かなかったのは少し勿体ない気がする。
なんて考えていたら、中学時代のクラスメートに声をかけられて、
「アリスちゃんたち、早くクラス分け見た方がいいよ。ちなみにアリスちゃんは──」
「待ってください! ネタバレ禁止です!」
俺たちは慌ててクラス分け表を確認しに行った。
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