聖女、新生活を始める
<1-A>
アリシア・ブライトネス
<1-B>
里梨芽愛
朱華・アンスリウム
<1-C>
安芸縫子
緋桜鈴香
「……芽愛たちと私だけ別だなんて」
クラス分けを確認した俺は、あまりの結果に愕然とした。
「ふふん、まあ、日頃の行いよね」
「善行が足りなかったんですね……。わかりました、これからはもっと心を入れ替えて頑張ります」
「待ちなさい。冗談だから。それ以上人助けとか考えなくていいから」
焦ったような朱華に止められた。いや、でも、人助けは悪いことじゃないんだし、少し考えてみてもいいんじゃないかと……とか思っていたら頬を引っ張られた。
集まってきた中庭メンバーもこれには苦笑気味。
なお、芽愛たちはみんな可愛いだけあって制服がよく似合っていた。特に鈴香はどこのお嬢様だという感じ。いや、お嬢様なんだが。
「仕方ないわ。学校側としてはバランスを考えたんでしょう」
「優秀な鈴香に私を付けて点数を抑えたというわけですね」
「え? その理論で行くとあたしが里梨さんの足引っ張ってない?」
朱華、自分で言っていいのか、それ。
「大丈夫ですよ。私も自慢できるほど良いわけではありません」
「あれ? ということは、私の成績も微妙ですか?」
他の生徒とのバランスで平均に持って行こう、という考えならそういうことになるのだが、
「アリスの場合はそういうのとは別枠でしょ」
「アリスは目立ちますからね」
「朱華さんと一緒にいたら目立ちすぎます」
「鈴香ともですけどね」
なるほど、この金髪か。金髪のせいなのか。自分の容姿をこれほど恨めしく思ったのは初めてかもしれない。
と、芽愛が俺の手を取って囁くように言ってくる。
「大丈夫だよ、アリス。同じ学校なんだし、お昼も一緒に食べられるでしょ?」
「そ、そうですね。……あれ? でも、中庭ってどうなるんでしょう?」
クラス内のトップカーストが利用する、みたいな話だった気がするのだが……と思ったら、鈴香いわく高等部だとクラス関係なく集まっているグループも多いらしい。要は一クラス何人程度、という話なので混合になっても問題はないのだ。
「とはいえ、利用権は暗黙の了解だから。しばらくの間は様子を見つつ、になるかしら。……アリスは普通に利用していても何も言われないと思うけど」
「安芸さん、鈴香がまた自分を棚に上げてますよ」
「理事長の孫娘が何を言っているんでしょうね」
やっぱり鈴香はそういう家柄だったのか……。
「べ、別に祖母は関係ないでしょう。私がみんなから評価されるかどうかの話よ」
「だったら鈴香さんは問題なさそうですね」
「あ、アリスまでそういうことを……!?」
みんなでくすくすと笑いあったことで不安な気持ちはどこかへ吹き飛んでいった。他のクラスメートは何人も同じクラスになっているわけだし、話ができる生徒がいないわけではない。
学校側としては外部生とも仲良くしてほしい、という意図があるのだろうし、新しい友人も作っていかなければならないだろう。
「あ」
「あ」
外部生といえば、一人顔を合わせた子がいた。
瑠璃と張り合えそうな綺麗な黒髪をした、朱華いわく「なんかエロい」女子。目新しい高等部の校舎にきょろきょろしつつ教室に入ろうとした俺は、同じく入ろうとしていた彼女と目が合った。
「こんにちは。同じクラスなんですね」
「うん。良かったら、仲良くしてくれると嬉しいな」
話しかけると向こうも快く応じてくれた。
神様が日頃の行いを見ていてくれたのか、幸先のいいスタートかもしれない。
教室へ入り、互いに自己紹介をする。
「アリシア・ブライトネスです」
「
「あ、みんなからはよく『アリス』と呼ばれるので、良かったらそう呼んでください」
そう言うと、少女──小桃は嬉しそうに笑った。
「そう? じゃあ、アリスって呼ばせてもらおうかな。私のことも小桃でいいよ」
「はい。えっと、それでは小桃さんで」
呼び捨てにしたいところだが、芽愛たちを呼び捨てるのにようやく慣れてきた今、さん付けにしない相手が増えるのは少々堪える。申し訳ないが小桃にはこれで我慢してもらおう。あと、慣れるまでは「桃子」と呼ばないように注意しないと。
「ところで、アリスって日本語上手だよね?」
「はい。生まれたのが日本だったので、逆に英語は皆さんと同じくらいしか喋れないんです」
「そうなんだ。じゃあ、諺とかもわかる?」
「もちろんです。百聞は一見に如かず、ですよ」
などと話していると、教室の前側の入り口が開いてスーツ姿の女性が入ってきた。
「みなさん、席についてください」
席順は出席番号順。出席番号は五十音順なので、小桃とは結構席が離れてしまう。また、と声をかけあってから自分の席に座った。俺は五十音順だと真ん中あたりだが、これが外国だと「B」なのでトップの方になるのだろうか。まあ、その場合は小桃が「O」なので結局離れるんだが。
「皆さんの担任になりました吉野美奈穂です。新任なので、皆さんと同じ一年生です。この学校のことは私よりも皆さんの方が詳しいかもしれませんが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
新しい担任の挨拶に拍手が起こる。
俺もみんなに交じって拍手をしながら、レディーススーツに身を包んだ彼女を見つめた。前に一度会ったことがある。変身する前、男性だった頃のシルビアと婚約者だった女性。吉野さんも俺を見て一瞬視線を止めると目を細めた。
一年生の担任になるのが順当とはいえ、不思議な縁もあるものだ。
吉野さん──吉野先生からの簡単な挨拶の後は講堂に移って入学式になった。在校生の席にひときわ目立つ銀色の髪を見つけて「今度からは同じ高等部なんだな」と実感する。そのシルビアは俺を見つけて腕を持ち上げ、手を振る前に近くの友人から止められていた。らしいというかなんというか。
入学式の後は教室に戻り、恒例の自己紹介。
何度やっても慣れないイベントではあるが、緊張を堪えながら笑顔を作り、無難に済ませた。
「アリシア・ブライトネスです」
中等部出身であること、日本語は得意だが英語は大して話せないこと、十字架を持っているがクリスチャンではないこと、料理や裁縫に興味があることなど。通り一遍のことを話したつもりなのに意外と言う事が多かった。男だった頃は出身校と剣道のことを話して終わりだったのだが。
ちなみに小桃はといえば、かなり北の方の出身らしい。肌が綺麗なのは寒い所の出身だからか。同じ学校から来た友達がいないので仲良くして欲しい、と話す彼女はちらりと俺の方を見ると小さく微笑んでくれた。
「アリスちゃんがまた新しい女の子をたらしこんでる」
「な、なんでそうなるんですか……!」
おかげでHR後、中学からの友人に変なことを言われてしまったが。そういうのじゃない、と弁解すると彼女は首を傾げて、
「アリスちゃんがまた別の子にたらしこまれてる……?」
「たらしこむという発想から離れてください!」
なんて言っていたら当の小桃がやってきた。
「なんの話?」
「あ、鴨間さん。えっと、アリスちゃんはすぐ新しい友達作るよね、っていう話?」
「ああ、それならちょっと違うよ」
「?」
二人揃って首を傾げれば、小桃はその美貌に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「アリスには『仲良くして』って言ったけど、『友達になって』とはまだ言ってないから。ね、アリス?」
「あ、はい。確かにそうですけど……」
俺としてはもう友達のつもりだった。そう言おうとしたら、細くしなやかな指が差し出されて、
「だからあらためて、私と友達になってくれる?」
「……はい、喜んで」
女子になってからも指きりなんてそうそうしないが、なんだか悪い気はしなかった。相手の小指に自分の小指を絡めて微笑むと、小桃も「約束だよ」と微笑んでくれる。
やっぱり彼女はいい子のようだ。
高等部でも楽しくやれそうだ、と思っていると、何やらクラスメートたちが集まってきた。
「ねえ、ブライトネスさん。私も『アリスちゃん』って呼んでいい?」
「鴨間さん、私とも友達になってくれない?」
どういうわけか騒ぎの渦中に置かれてしまった俺達はしばらくの間、新しいクラスメートと連絡先を交換したり、ちょっとした会話をしたりして盛り上がることになった。
「へー。じゃあ、あのエロい女とさっそく仲良くなったんだ」
「エロい女じゃなくて小桃さん──鴨間小桃さんです。確かに時々、どきっとさせられるような魅力がありますけど……」
家に帰っての昼食。
ノワールや瑠璃が「どうだった?」と興味津々だったので、今日あったことを話して聞かせる。すると、小桃の話題にすぐさま反応を示したのは紅髪の少女だった。そんなにエロが気になるのか。
「っていうか
「何よ。あたしから見てエロいってことは相当じゃない」
「アリス先輩、その方はそんなに魅力的なんですか? ……その、例えば私と比べたらどうでしょう? く、黒髪同士だから私にしただけで他意はないんですが」
何故か妙に恥ずかしそうなのが不思議だったが、俺は瑠璃の問いに「うーん」と考える。
「瑠璃さんは美人だけど話してみると愛嬌がある、っていう感じなんですが、小桃さんは可愛いけど話してみると妙な色気がある……っていう感じでしょうか」
瑠璃が残念美人というわけではない。会話していくうちに「美人すぎて近づきがたい」という印象がなくなっていくという話で、むしろどんどん親しみやすくなる。
小桃の方はさらっと仲良くなれる相手なのに、近い距離に置いてからその魅力が不意打ちで突き刺さってくるようなタイプだ。実際、あっという間に多くの内部生と仲良くなっていた。もし、あの距離感を男子にも適用するとしたらかなりの小悪魔である。
「なるほど。アリス先輩が誘惑される可能性もある、ということですね……」
「っていうかもう誘惑されてるんじゃない? アリス、エロゲ時空に迷い込まないように気を付けなさいよ」
「もし迷い込んだら十中八九朱華さんのせいです」
「……いっそ一回経験させとけば耐性がつくかしら」
「朱華先輩、そういうことは私を倒してからやってください」
何の話をしているのか。
よくわからない喧嘩を始めた朱華と瑠璃は放っておくことにする。よくあることではあるし、二人とも限度は弁えているだろう。もし怪我でもしたら小言を言いつつ治してやればいい。
俺はノワールの淹れてくれた食後のお茶をゆっくりと飲む。
「アリスさま。お友達ができて良かったですね」
「はい。ありがとうございます、ノワールさん」
やっぱりノワールは癒しだとあらためて思った。
『へー。じゃあ配信の準備は順調なんだ』
「はい。後は機材の最終調整とアバターの最終確認をして、問題なければ後は私の方の準備だけです」
事務所の誘いを断ったことはすぐに連絡して謝った。幸い千歌さんも怒ったりはせず「まあ仕事ってなったら色々気になるよね」と流してくれた。代わりに個人として動画に出るのは大丈夫かと尋ねられたが、それについては少なくとも後一回、縫子の作った衣装で出ないといけないのでそれから、ということになっている。
『じゃあ近いうちにアリスちゃんの配信が見られるのかー』
「いえ、その。いきなり生は怖いので、何度か本番環境で録画する形で練習したいな、と。私、口が滑りやすい方ですし」
『あー、それはその方がいいかも。アリスちゃんは普段から丁寧に喋ってるからあんまり心配してないけど、NGワードって結構多かったりするし』
いわゆる放送禁止用語の他、配信者としてあんまり使わない方が良い言葉もある。
うっかり仲間や友人の名前を出してしまう、なんていう可能性もあるわけだから、練習はきっちりしておいた方がいい。
『練習は同居人の子とするの? こういう時、同世代の子が家にいると便利だねー』
「はい。いったんそれでやってみるつもりです。でも、もし動画を見てもらいたくなったらお願いしてもいいですか?」
『もちろんいいよー。先輩としての辛口評価も任せなさい』
「お、お手柔らかにお願いします」
こうして、俺の高校生活が始まった。
これからどんなことがあるのか。不安よりも期待が大きくなり始めた俺はこれからのことに胸を膨らませる。
そんな中、俺たちのバイトについても新しい話が持ち上がりつつあった。
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