聖女、クリスマスパーティに参加する
千歌さんとカラオケをした三日後の土曜日がクリスマスパーティの開催日になった。
学期末ということもあって授業もおおむね時間調整モード。自習にするから受験勉強していいよ、という先生までいたりするくらいなので、俺の頭の中も朝からパーティのことでいっぱいだった。
新たに手に入れた錫杖を手にお祈りを済ませ、一人増えてより賑やかになった食卓を囲んでいると、新メンバーである瑠璃が何やら朱華を真剣に見つめていた。
「朱華先輩。動画を、どうかよろしくお願いします」
「わかってるってば。何度も聞いたわよ」
対する朱華は面倒臭そうな返答。
動画。三日前の経験があるせいか、その単語に嫌な予感がしないでもないのだが。
「瑠璃さん。なんの動画ですか?」
「もちろん、アリス先輩の歌です」
若干誇らしげな感じで答えが返ってきた。
やっぱりか。いや、なんというか。俺だけじゃなくてシルビアも一緒だとか、色々ツッコミどころはあるんだが。とりあえず、そんなに真剣に頼み込まなくてもいいと思う。
「シルビアさんはともかく、私の歌なんて大したものじゃありませんよ」
「でも、私は見られないんですよ? こんなことなら無理にでも転入しておけば……」
変身してすぐ女子校に入学はさすがに無茶ではなかろうか。
「すみません、アリスさま。ですがわたしも正直、お二人の晴れ姿を見たいです」
「う。……ノワールさんが言うなら仕方ないですね」
「む。……アリス先輩はノワールさんに弱すぎると思います」
動画撮影にOKが出たというのに、何故か若干不満そうな瑠璃だった。
「じゃあアリスちゃん、また後で。場所はわかるよね?」
「はい。高等部の体育館に行けばいいんですよね?」
「そうそう。遅れないようにねー」
今日は土曜日なので授業自体はない。
クリスマスパーティも十時半からと、普段よりはゆっくりな時間設定だ。俺たちは一度自分の教室に行くため早めに来たので、開始時間までにはまだ余裕がある。
各校舎への分かれ道でシルビアと別れて教室へ向かうと、教室の入り口をくぐったところで
「おはようございます、アリスさん」
「おはようございます、
「当然です。これを早めに渡しておきたかったので」
言って、縫子は抱いていたものを差しだしてくる。
紙袋に入った柔らかいもの。俺はそれを受け取ると、中身をちらりと見て微笑んだ。
「ありがとうございます。わざわざすみません」
「いいえ。むしろ、こんな機会を逃すわけにはいきません」
俺とシルビアが着るサンタ衣装を作ってくれたのだ。結構な手間になるはずだが、見ての通り本人はやる気満々だった。
「アリスさんは私が先に見つけたのに、姉に取られるわけにはいきませんからね」
千歌さんから送られてきた音声データを確認し、それがアップされたのが昨日である。衣装製作の話が出たのは当然、カラオケをする前なのだが、姉妹の間では色々と水面下のやり取りがあったのだろう。ついでに千歌さん経由であの音声を聞いていてもおかしくない。
実際、縫子の目は燃えていて、
「アリスさん。動画出演する際の衣装は何がいいですか? 今から作っておきます」
「いえ、出ませんから。あれは音声だけだと言うのでOKしたんですし」
「でも、反響次第では続編があるかもしれませんよね?」
「それは……そうかもしれませんけど」
ちゃんとしたスタジオを使ったわけでもなく、単にカラオケで歌ったのを録音しただけの音声がそんなにヒットするとは思えない。せいぜい千歌さんのファンが見て終わりだろう。その場合、俺の存在がノイズと見做される可能性さえある。
煮え切らない俺の返事に、縫子は「わかりました」と頷いて、
「作るだけ作っておきます。ゲームキャラクターのコスプレがいいでしょうか。姉さんとデュエットしていた作品とか」
「あ」
なんというか、それはもうプロに依頼済みである。
「……えっと、もし作ってもらえるなら、別の作品がいいと思います」
「? よくわかりませんが、わかりました」
なんというか、意外と安芸姉妹は似たもの同士なのかもしれない。
しかし、縫子の上達に少しでも貢献できているのなら、それはそれで悪くない。
「というか、人が多くないですか?」
ざっと見渡すと、教室にはクラスの三分の一くらいの人数がいた。
登校日ではないのでパーティは自由参加だ。ぶっちゃけ面倒なら来なくても構わないのだが……。
「アリスさんが歌う、という話が広まっているんですよ」
「
「私達も広めるのに協力した、とも言いますが」
「……
なんと友人達の仕業だったらしい。
まあ、俺の歌を聞くために来たというよりは、クラスメートが参加するなら自分も、くらいのノリだろう。中等部だし女子校だから彼氏がいる生徒も少ないだろうし。本物のクリスマス前に友達同士でクリスマス気分を味わっておくのは悪くない。
そこまで考えた上で苦笑を浮かべると、一緒に来た朱華が肩を竦めて、
「こんなにみんないるならあたし来なくても良かったわね」
確かに。鈴香あたりに撮影をお願いしておけば間違いなく綺麗な映像が手に入るだろう。
「朱華さん。せっかく来たんですから帰らないでくださいね?」
「はいはい。わかってるから安心しなさい」
いや、言わなかったら二割くらいの確率で帰ってた気がする。
高等部の体育館に移動すると、そこは赤と緑でクリスマスっぽく飾り付けられていた。
人も多い。中等部+高等部の生徒会メンバーが最後の仕上げに追われているのはもちろん、早めに受付を済ませようと集まっている生徒達もかなりいる。
俺たちも今のうちに受付を済ませてしまう。朱華たちは一般の受付。俺は出し物をやるのでそちらの出欠確認も同時に済ませた。
「交換用のプレゼントもこちらでお預かりします」
「はい」
ちょっとしたラッピングを施した包みを係の人に手渡す。
参加費の代わりとして予算五百円以内のプレゼントを提出し、ランダムで他の人のプレゼントを後で受け取れるというシステムだ。
俺は手作りのサシェを呪文で聖別したものにした。前に作ったお守りと似たようなものだ。ご利益は気持ち程度だが、それっぽくはあるだろう。
「っていうかアリス。着替えちゃわなくて良かったの?」
「はい。更衣室は用意してくれてるみたいなので、直前に着替えようかと」
「ああ。その方がサプライズっぽいか。袋持ってる時点でわかりそうな気もするけど」
パーティの開始時間までは友人たちと歓談して過ごす。
時を追うごとに館内には人が増えて賑やかなムードが形成されている。
「……いや、シルビアさんが来てないんだけど」
「一応電話してみますか?」
「その方が良さそうね」
電話帳からシルビアの番号をコールすると、五コールくらいで「……もしもしー?」と眠そうな声で応答があった。
「シルビアさん、そろそろパーティ始まっちゃいますよ」
「あー。あはは、ごめん、寝てた」
だと思いました。
念のため朱華に迎えに行ってもらい、シルビアは無事、開始時間ギリギリに会場へと到着した。
『皆さん、本日は生徒会のクリスマスパーティに参加してくださってありがとうございます』
いったん体育館の扉が閉じられ、館内がうっすらとしたムードある明かりに照らされると、檀上に高等部と中等部の生徒会長が立った。文化祭でメイド喫茶に来てくれたので俺も会ったことがある。
『ささやかな催しではありますが、是非楽しんでいってください』
簡単な挨拶が終わるとパーティの開始となる。
パーティといってもごくごく普通の、中学生や高校生の身の丈に合ったものだ。勉強机を幾つかくっつけて布をかけただけのテーブルにジュースのペットボトルやちょっとしたお菓子が並べられ、参加者はそれが食べ放題。持ちよりも歓迎されている。
参加者はテーブルを囲んで歓談をしたり、順次行われるちょっとした余興を鑑賞したりして楽しむ。仮装はしてもいいししなくてもいい。
「またお菓子を作ってきたので、良ければどうぞ」
「芽愛さんには勝てませんが、私も作ってみました」
俺と芽愛がそれぞれ、自分のテーブルにクッキーやチョコなどのちょっとしたお菓子を振る舞う。朱華も別のテーブルで同じようなことをしていた。
俺のはノワールと一緒に作ったもの。個人的にはなかなかの自信作である。
あと、瑠璃が手作りした餅もある。俺たちがリビングでお菓子を作っているのを見て「ずるい」と急遽用意してくれたのだ。餅は小型の餅つき機、あんこは市販のものを使っているが、さすが和菓子屋の娘──もとい息子と言うべきか、とても美味しい。
芽愛とは別のテーブルに行くべきだったかもしれないが、仲の良い同士で集まったらこうなるのはまあ、仕方ないだろうか。
と。
「私も母から持たされました」
「使用人が焼いてくれたので、こちらもどうぞ」
縫子からお菓子屋さんのカステラ、鈴香からはメイドさん手作りのチーズケーキが出てきたので、俺は慌てて主張した。
「他のテーブルにも分けましょう。絶対食べきれません」
結構、何かしら持ってきてる生徒は他にもいるらしく、お返しやおすそ分けをもらったりして、テーブルの上は結局かなり豪華になった。
催しの方はクリスマスにちなんだクイズ大会とか、会場に紛れた生徒会役員扮するサンタクロースを探すイベントとか、冬っぽいワードで作ったクロスワードパズルの早解き大会とか、意外にレパートリーが豊富だった。生徒会のサンタ衣装は手芸部が協力しているらしく「部員募集中」と宣伝なんかもあったりして、
「アリスちゃん、そろそろ準備しよっか」
あちこちのテーブルでお菓子をもらっていたシルビアがこちらに寄ってきて袖を引いた。
「あ、そうですね」
こくりと頷き、俺は衣装を持って体育館裏の方へ移動する。更衣室として確保されたスペースで衣装を広げると、さすがは縫子、量販店の安物なんかよりはよっぽど出来がいい。スカートがミニ丈じゃなくて膝下まであるのも個人的に高ポイントだ。
「わ、可愛いー。アリスちゃん、いい友達だね」
「はい。安芸さんはすごいんですよ」
俺とシルビアの衣装はサイズ以外は同じデザイン。
……同じデザインのはずなのだが、実際に着てみると同じには見えなかった。主に体型のせいである。俺は上着が長めでややぶかっとしており、素直に可愛い感じなのだが、シルビアは胸元が明らかに押し上げられていて、なんというか若干エロい。
ここが女子校で良かったと思いつつ、俺はスタッフの「お願いします」という声にシルビアと頷きあった。
「じゃ、行こっかアリスちゃん」
「はい」
ここに来るまでにシルビアとは何度か練習をした。
個人練習も含めてそこそこ頑張ったので、後は歌うだけだ。カラオケの歌声が世界中にアップされたのに比べれば知り合いの多い場所で健全な歌を歌うくらいなんでもない。
スポットライトの当たった壇上に進み出ると、館内に拍手が起こった。
曲は「きよしこの夜」。
シルビアの発案通り英語バージョンである。高等部の人による伴奏に合わせ、二人で声を合わせて歌う。千歌さんと同じ俺の声も綺麗だが、シルビアの声も透き通るように美しい。マイクにより増幅された声ではなく、隣から聞こえる肉声に耳を傾けながら歌うことに集中していると、あっという間に歌いきってしまった。
ぱちぱちぱちぱち……。
再びの拍手。どうやら喜んでもらえたらしい。俺はほっと息を吐き、
『あれ、もしかしてこれってアンコール?』
シルビアが何か言い出した。
いや違うだろ、と思いきや、ノリよく拍手を繰り返すみんな。まあ、俺も向こう側にいたら拍手するだろうけど。
舞台袖にいる生徒会の人を見ると「やっちゃえ」とばかりにゴーサインをされる。
『じゃあ、もう一曲歌っちゃおうか、アリスちゃん』
『……もう、仕方ないですね』
打ち合わせというほどでもないが、シルビアが「もしアンコールがあったらこれ歌おうね」と言っていた曲はあった。
一応、そっちも練習というか予習はしていた。
「赤鼻のトナカイ」。
千歌さんがいなくて良かったと思う。彼女が見ていたら「これもネットに上げよう」とか言い出しかねない。思わずくすりと笑いをこぼしながら、短い歌を歌いきった。
拍手の中、荷物だけ回収し、サンタ衣装のままテーブルに戻ると、鈴香たちから「ばっちり撮った」と揃って言われた。
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