聖女、再びクリスマスパーティをする
本当に早いもので、十二月下旬。
二学期の終業式は何事もなく終了した。冬休みは短いし、やることも多い。クラスメートたちとは「またね」の代わりに「良いお年を」と言いあって別れた。
まあ、年内にもう一回くらい会うメンバーも割といるかもだが、そこはそれとして。
シェアハウスで過ごす初めての年末年始がやってきた。
「メリークリスマス!」
十二月二十四日、クリスマスイブの夜。
我らがシェアハウスではささやかなクリスマスパーティが開かれた。メンバーはもちろんノワール、教授、シルビア、朱華、俺に、新メンバーの瑠璃である。
イエス・キリストの誕生日を俺が祝って大丈夫なのか、という話もなくはないが、おそらく大丈夫だろう。日本人にとってのクリスマスはただのイベントだし、怒られるなら十字架で祈った時点で怒られているはずだ。
というわけで、
「わ、さすがに今日は一段と豪華だねー」
「はい。アリスさまにも手伝っていただいて、腕によりをかけました」
シルビアの歓声に、ノワールがどこか嬉しそうに答える。
それもそのはず。テーブルに並んでいるのはクリスマス仕様のご馳走だ。
ローストチキンにフライドポテト、種類豊富なカナッペ、エビやイカがたっぷり入ったシーフードピザ、とうもろこしから作ったコーンポタージュに山盛りの生野菜サラダ、主食にはサンドイッチと「米を寄越せ!」という人間用の塩むすび。デザートにはデコレーションケーキまで用意されている。
なお、ローストチキンは教授が、デコレーションケーキは朱華とシルビアがお店で予約して注文したものだ。自分で作らない分、せめてこういう時に金を出そうという粋な計らいである。お陰で俺もノワールも助かったし、その分より豪華な食卓になった。
今日ばかりはビール派の教授もワインに鞍替えしているし、ノワールも控えめながらグラスに赤ワインを注いでいる。
ちなみに瑠璃はというと、
「でも意外だったわね。瑠璃って料理苦手だったんだ」
「いえ、その。別に嫌いではないんですよ? ただ、あまり本格的に学ぶ気はなかったというか、出来あいのものを利用するだけでも十分だと思っていたというか」
「それを苦手って言うんでしょうが」
「面目ありません……」
料理に目を輝かせつつも、若干しゅんとしてしまっていた。
大和撫子然としたイメージに引っ張られていたが、彼女は料理がそれほど得意ではなかった。できないわけではないが積極的にやりたいわけではない、というタイプらしい。
ついこの前まで実家暮らしの男子大学生だったのだから当然といえば当然だが、当人曰く「オリジナルの瑠璃も得意な方ではない」とのこと。使用人を雇えるレベルのお嬢様だった上、花嫁修業よりも剣を振っている方が楽しい性分だったらしい。
「時代からして、いつかは嫁ぐことになったでしょうし、誰かのために作る楽しみができればまた変わるのかもしれませんが……」
と、瑠璃はこっちに視線を送ってくる。
「瑠璃さんならきっと、苦手と言ってもそつなくこなすでしょうし、男性からも引く手あまたでしょうね」
とはいえ、現代日本においては婚活を焦る必要はないだろう。
積極的に彼氏を求めているなら話は別だが、変身前の瑠璃は普通に異性愛者だったはずだ。心境に変化があるまで待つのもいいし、どうしても男が無理なら独身を貫いても問題はない。
というか、一つ年下の彼女が恋人づくりを焦るようだと俺が困る。
「料理なんてできなくてもいいんだよー。人間いざとなったら宅配ピザとコンビニ弁当で生きていけるし」
「うむ。個人的にはスーパーの総菜コーナーがおススメだがな。適当なつまみを買って自宅でゆっくり晩酌するのは至福といえる」
「参考にする相手としては絶対間違ってるわね。……まあ、あたしもいざとなったらカップ麺で済ませる自信あるけど」
瑠璃をフォローするように料理しない面々が言う。
フォローされた瑠璃は逆に遠い目をして、
「……少しは頑張った方がいいでしょうか」
「無理に覚える必要はないと思いますが、わたしとしてはお料理も慣れると楽しいと思いますよ」
「そうですね……。パティシエとかなら興味があるのですが」
やっぱりお菓子作りに適性があるらしい。にもかかわらず変身してしまうとはお父さんが不憫というか、むしろ、和菓子屋の子供なのに洋菓子に興味を持っていることがなかなか難しいところというか。
ふぅ、と息を吐いた瑠璃は決然と顔を上げて、
「暗い話は止めましょう。せっかくのクリスマスなんですから楽しまないと」
「そうですね。ご馳走がいっぱいですから、頑張らないと食べきれません」
「いざとなったら明日の朝にでも食べれば良いだろうが……。アリスにシルビアよ。例の余興、やってくれるのだろう?」
「あー、うん。まあ、せっかくだしねー」
苦笑気味に頷くシルビア。俺と彼女は
きよしこの夜、赤鼻のトナカイと歌い終え、拍手をもらった後は宴会のごとく、みんなが思い思いのクリスマスソングを歌い出した。
そうやって聞いてみると定番曲だけでも結構な数があるものである。
「来年に向けて良さそうな曲を見繕っておいた方がいいかもしれませんね……」
「さすがに気が早いと思うけど、無駄かって言うと微妙なところね。生徒会役員に目をつけられてるみたいだし。確かサイトにも載ったんでしょ?」
「あはは。まあ、どうしてもって頼まれたからねー」
サイトといっても生徒会の活動報告みたいなページだ。
クリスマスパーティをしました、という報告を写真付きで上げるにあたって、俺たちが歌っている場面を使いたいと言われてOKした。
最初は俺もシルビアも難色を示したのだが、SNSとかならともかく学校のHPなら在校生とOG、後は受験を考えている小中学生くらいしか見ない。
女子校のサイトを巡回して「ぐへへ」とか言ってる変態オタクはさすがにそうそういないと思う。たぶん。
「私としては生徒会のサイトより千歌さんの方です。意外と反響があったので……」
「私も聴きました。先輩らしいなあ、と」
「うう」
瑠璃にまで言われて今更また恥ずかしくなってくる。
千歌さんとカラオケで歌った音声がアップされてから一週間弱。俺の予想よりも再生数は伸びている。理由は、そこまでメジャーではないが好きな人は好きなゲームの主題歌を主演声優が歌ったことだ。
主演といっても主人公キャラクターは性別とクラス、配色を複数から選択可能、名前すらオリジナルで設定でき、当然CVも複数人が担当しているのだが、だからこそ、自キャラの声優さんに歌って欲しいという需要もあったらしい。
しかも、若干演技の違う同じ声でのデュエット。
音声を聞いた一人がSNSにタグ付きで拡散すると、千歌さんのファンやゲームのファンが聴き、更に拡散。トレンド入りまではさすがに行かないが界隈ではプチヒットした。
挙句、音声動画の説明書きには「友人」としか記載のない俺は千歌さんのドッペルゲンガー扱い。
「ドッペルゲンガーどころか一人二役まで疑われてたよね」
「そうなんですよね……。もちろん、好意的な声もたくさんあったんですけど」
音声だけならその辺りの細工はしやすい。声質が全く同じ人間がそうそういるか、という話も手伝って、同じ声の友人なんていない説もそこそこ有力だ。
本当なんだということを手っ取り早く伝えるなら動画を撮るのが一番だろうか。
近いうちに千歌さんからそういう連絡が来そうな気がする。反響があったら次を考える、という約束もしてしまったので手伝った方がいいだろう。
「次に撮るとしたらお面必須ですね」
「ふふっ。……アリス先輩らしいですね」
瑠璃が、なんだか楽しそうにくすくすと笑った。
やっぱり休み期間中は色々なことが捗る。
冬休みの宿題に受験勉強。日々の鍛錬に瑠璃との稽古。
約束していたスーパー銭湯にもシルビアや教授、ノワールも誘って行った(朱華は家でエロゲをしていた)。
「次は初詣だね」
「そうですね。皆さんがどんな服装で来るのか楽しみです」
「確かに、着物にしようか洋服にしようか迷うのよね。……ああ、アリスさんにも着物を貸しましょうか?」
「ありがとうございます。でも、先にノワールさんにも聞いてみます」
こんな会話をしつつ勉強会はお開きとなった。
なお、ノワールに確認したところ、さすがに着物までは持っていなかった。和装メイド服ならあると言われたが、さすがにそれで初詣に行くのは勇気が要る。サブカルフリークの外国人のフリをしてもなおギリギリだろう。
もちろん瑠璃や朱華、教授も持っていなかった。
そりゃそうだ、と思ったら、
「私は一応持ってるけど、アリスちゃんには大きいかなー」
「あるんですか!?」
胸の大きさ的な意味で和服は似合いそうにないのだが、
「なにか着る機会でもあったんですか?」
「ううん。もしかしたら着る機会があるかもって作ったけど、結局試着しかしてないんだよー。初詣とか絶対面倒くさいし」
「わかる」
ああ、うん。朱華も「あんな人混みに入るくらいなら家でエロゲしてる」ってタイプだよな。
「どうする、アリスちゃん。お姉さんの着物着る?」
時間があればお直ししてもいいくらいだというシルビアの申し出は丁重にお断りして、俺は結局、鈴香たちに相談した。
着物と私服どっちがいいか。
どっちを見たいか、という伏せた問いはきちんと伝わったらしく、満場一致で「着物!」という答えが返ってきた。
三人とも着物は一応持っているということだったが、悩んだ末、縫子から借りることにした。
服のことなら、というわけではないが、千歌さんの小さい頃のやつが残っていると言われたからだ。本人にも確認したところ「アリスちゃんにはお世話になってるし」と快諾。着払いで送ってもらい、ノワールに着付けをしてもらうことにした。
「ノワールさん。私にも着付けを教えてください……!」
「もちろん構いませんよ」
男時代に覚えようとしたら妹に「キモい」と言われたらしい瑠璃も一緒に習うことに。
確かに、和風キャラの瑠璃は覚えておいた方がいい。俺が聖職者衣装でパワーアップするんだから、瑠璃だって着物なら強くなるかもしれない。あるいは専用衣装を召喚できたりするかもしれない。
そんなことをやっているうちに今年も残り僅かになった。
学生や大学職員もお休みするこの時期は教授もさすがに忙しくないようで、茶を啜ったりおやつを食べたり、誰彼構わず将棋や囲碁をもちかけたりしている。
メイドであるノワールはいつも通りだが、俺たちが家にいることで仕事が増えたと喜んでいる。
朱華は生き生きとエロゲ、アニメ、マンガ、ゲームに勤しんでいるし、シルビアも趣味の研究に忙しそうだ。
俺もノワールさんの手伝いをしたり本を読んだり、やることはたくさんある。ちなみに、せっかく寒い時期だし外で瞑想でもしようと思ったらみんなから止められた。
そんな中。
リビングで冬休みの宿題を片付けていた時、家のチャイムが鳴った。
「すみません、アリスさま。出ていただいてもよろしいですか?」
「わかりました」
ちょうど手が離せなかったノワールの代わりにインターフォンに出ると、
『突然申し訳ありません。こちらにシルビア、という方はいらっしゃいますでしょうか』
女の声。
聞き覚えはない。俺は首を傾げながら尋ねた。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
『私は吉野と申します』
吉野。やはり知らない名前だ。とはいえ、みんなのことで俺が知らないことは多い。聞いたことがないから不審者とは限らないのだが。
どうしたものか。
シルビアに確認を取ってもいいのだが、返答に間を置いた時点である意味答えを言ってしまっている。かといって勝手に追い返すのもまずい。
約一秒。俺が躊躇っているうちにインターフォンから再び声がして、
『私は、以前のシルビアさんと知り合いだった者です』
これには、さすがに硬直せざるを得なかった。
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