第四章
聖女、鬼を笑わせる
文化祭が終わって、しばらく平穏な日々が続いた。
オーク退治の報酬増額の件は無事承認され、普段の数倍に上る額がそれぞれの口座に振り込まれた。
ポーション代や弾薬のかさむシルビア、ノワールと、ボスオークを撃破した朱華には多めに分配することで、せめてもの補填をさせてもらっている。
シルビアなんかは「ポーション売って稼いでるから別にいい」と言っていたが、それを言ったら俺なんて回復魔法を使うだけでばんばん稼げるわけなので、それはそれ、これはこれである。
さすがに追加のボス戦依頼が来ることもなく。
代わりというわけではないが、通常のバイトとして例の人形公園へ。期待通りと言っていいのか、数体の機械人形が登場したため、できるだけ穏便に倒して回収、政府の息がかかった企業へと高値で売り払った。
もちろん、俺やノワールは特別なバイト(重要人物の治療とシュヴァルツとのコミュニケーション)もあった。
……あらためて考えるとめちゃくちゃ金を稼ぎまくっているが、別に守銭奴というわけではない。あくまでも正当な報酬を得ているだけである。たぶん。
で、そうこうしているうちにカレンダーは十二月に突入。
気づけば二学期も終わりに近づいている。
進路希望調査は高等部への内部進学希望で提出した。
受験の形式としては外部生と同じように試験を受け、その際、内申点に大きな加点を受ける──という風になるらしい。
自分のところの生徒なら性格や素行がはっきりわかるので、よほど成績が悪くない限りは通るようになっているということだ。
担任との面談では「アリスさんについては心配してません」と言われた。
二学期が終われば短い三学期があって、高校進学。
入試等でばたばたするだろうから、きっと体感ではあっという間だろう。一応、受験勉強もしないといけないのでその辺は憂鬱でもある。
その割にわくわく感が大きいのは、進学への期待のせいだろう。
制服と校舎が変わることに胸を躍らせてしまうあたり、すっかり女子に馴染んだものである。
「ねえ、アリスちゃん。お姉さんと一緒に歌わない?」
そんなある日の夕食時。
この日のメニューはノワール特製、魚介たっぷりトマト鍋だった。エビやタラなんかが入ってボリュームも十分なので、我が家の食いしん坊たちも「肉を寄越せ!」などとは言わず美味しそうに食べている。若干、ペースは普段よりゆっくりだが──それは食が進んでいないのではなく、最後のシメ(チーズリゾット)のためのマージンだ。
俺としても野菜を取りやすい鍋物に否があるわけがなく、美味しく味わっていると……不意にシルビアがそんなことを言ってきた。
「歌ですか? ……カラオケとか?」
「ううん。クリスマスパーティの出し物。せっかくだから何かやらないか、って言われちゃって」
なるほど、と俺は頷いた。
生徒会主催のクリスマスパーティは終業式の直前──本来のクリスマスより数日前に予定されている。クリスマス合わせだと予定の合わない生徒が多いため、例年そのくらいのタイミングで行われるらしい。
つまり、当日まではもうそこまで日がない。
文化祭に比べるとこじんまりした催しではあるが、生徒会としては余興の数と時間をある程度確保しておきたいのだろう。
「でも、どうして私と?」
「私とアリスちゃんがサンタのコスプレして『きよしこの夜』とか歌ったらウケるかなーって」
「うわ。エグいこと考えますね、シルビアさん」
「ふふん。もっと褒めてもいいんだよ、朱華ちゃん」
褒めてるかどうかは怪しい気もするが。
知っての通り、シルビアは綺麗な銀色の髪を持つ美少女だ。非常に女性らしい体型の持ち主でもあるので、普通にしていてもやたらと目立つ。サンタコスをしたらそれはもう映えるだろう。
で、彼女と並んでも空気になりづらい人選となると、金髪かつ小柄な俺がいろいろと対照的で適任だろう。
しかし、メイドの次はサンタコスか。
ノワールが「サンタメイド……」と呟くのが聞こえたが、さすがに今回はメイドに拘る必要はない、はずだ。
一曲歌うくらいなら練習も大して必要ないだろう。
「わかりました。私で良ければ」
「やった。ありがとー、アリスちゃん。そうだ。いっそのこと英語で歌う?」
「あ、いいかもしれませんね」
俺の英語力がまるきり日本人並みなのはクラスメート全員にバレているが、だからこそ「そういえばアリスちゃんって金髪だっけ」と思い出してもらえるかもしれない。
「アリスさま、シルビアさま。そのクリスマスパーティは外部参加──」
「無理に決まっているだろう。ノワール、変なことを考えるくらいならうちでもクリスマスパーティをすればいい。チキンとケーキを用意してな」
「ああ、それは楽しそうですね。皆さまの分の衣装も用意しなければ」
ぱっと表情を輝かせたノワールがぽん、と手を打って、あれこれと思案し始める。
その状態でも鍋の世話はしっかりできているあたりさすがだ……と俺が思っていると、朱華とシルビアが神妙な様子で顔を見合わせた。
「衣装かあ……」
「衣装ね……。まったくもう、教授が変なこと言うから」
「吾輩のせいか!? いや、吾輩はチキンとケーキが食べたかっただけでだな……!?」
シェアハウスは今日も賑やかである。
「そういえば、みなさん年末年始はどうするんですか?」
パーティの件で思い出したが、クリスマスが終われば年越しである。
俺にとってはここで迎える最初の新年になる。
今のうちに聞いておかなければと、リゾットを口に運びながら尋ねれば──真っ先に反応したのはやはり朱華だった。
「冬休みは宿題もロクに出ないし、心置きなくエロゲやるわよ」
「だと思いました。……って、そうじゃなくて、帰省する人とかいるのかなってことです」
何しろ、ここの住人は特殊な事情を抱えている。
年越しという特殊な時期に妙なイベントがあってもおかしくない。みんなの「こうなる前」の生活については深く触れないのが暗黙の了解みたいになっているし。
「万が一、ノワールさんが年末年始いないなんてことがあるなら、私、今からおせち料理の作り方を調べないといけないんですよ?」
「普通に考えて、必要ならもう注文してるでしょ。っていうか、帰省する人なんかいないっての」
「そうなんですか?」
ノワール、シルビア、教授を順に見つめると、彼女たちはそれぞれ「うん、まあ……」といった感じの曖昧な笑みを浮かべた。
「おせちはしっかりとわたしが作りますのでご安心くださいませ、アリスさま。……もちろん、お手伝いしてくださるのでしたら大歓迎ですが」
「私達は元の生活には戻れないからねー。帰れてもほいほい帰るわけにはいかないんだよー」
「うむ。親戚付き合いだのなんだのというのも面倒ではあるしな。適当に寝正月する方が気楽だ」
「そうだったんですね」
じゃあ、別に正月でも何も変わらないのか。
ほっとして頷くと、朱華が俺の方をじっと見つめて、
「むしろ、あんたはどうするのよ? 妹と友達になった、とか言ってたじゃない。遊びに行くって名目で帰省するくらいはできるんじゃないの?」
「はい。実はそれとなく誘われたりとかはしたんですけど、断りました」
妹と話す分にはいいのだが、あんまり両親と顔を合わせるとお互い未練が残りそうだし、一応受験生である身としては「勉強しなさい」とか言われても藪蛇である。
お年玉かお歳暮か、その辺のノリで蟹でも送って済ませようかと思っている。
妹に関しては実はこっそり
店が繁盛するのも善し悪しである。
「そ。じゃあ、みんな普通にいるのね。……アリスは若干怪しいけど」
「帰省はしませんってば」
「じゃなくて、プライベートでもクリスマス会とか年越しパーティとか初詣とかやりそうじゃない」
「……やりそうですね」
むしろ、誰かがどれかを提案した時点で「じゃああれも」「じゃああっちも」となってフルコースになりそうな気がする。
楽しいからいいんだが。
いや、鈴香あたりは家の用事で忙しかったりするのか? 今度聞いてみよう。
「いいじゃないですか。催しなんて何回あってもいいんです」
「そうですね」
ノワールがにっこりと頷いてくれる一方で、朱華はジト目になって、
「あんまりご馳走ばっかり食べてると太るわよ」
「う」
幸い、今のところ大きな体重変化というのは経験していないが、クラスメートからダイエットの恐怖を聞いている俺としては「それは嫌ですね……」と遠い目になるしかなかった。
中庭メンバーに年末の予定を聞いてみたところ、やはりお嬢様である鈴香と縫子は年末年始は忙しくなる、ということだった。
挨拶回りやら何やらで駆り出されるらしい。
縫子は「どちらかというと、姉がうるさいことの方が憂鬱です」なんて言っていたが。
「
「年末年始はお店も休みですからね。むしろ一年で一番のんびりできるくらいです。なので、修羅場はその前のクリスマスでしょうか」
「ああ、そういう時はお店も混みますよね……」
聞けば、クリスマス時期のお店は例年予約でいっぱい。
提供メニューがこの時期専用の特別なものになるので、その仕込みでバタバタするんだとか。飲食店は飲食店で大変である。
この分だと遊んでいる場合じゃないか、と、出かける相談を秘めたまま頷くと、芽愛は微笑みと共に首を傾げて、
「でも、せっかくですから皆さんで何かしたいですよね」
「あれ?」
そっちから言われるとは思わなかった。
目を瞬きさせていると、鈴香と縫子も頷き、
「そうね。退屈な用事だけで冬休みが終わるなんて損だもの」
「少しくらい息抜きしてもいいはずです」
「皆さん、大丈夫なんですか……?」
と言いつつ、俺は自らの口元が緩んでいるのに気づいた。
結局、その後話し合ったところ、年末に受験に向けた勉強会、年始に初詣に行こう、ということで話が纏まった。
勉強会の方はあんまり息抜きって感じでもないものの、全員内部進学組なので、あくまで受験勉強は一応やっておく程度。みんなで集まって何かをすることの方が重要、といった感じだ。
「みんなで得意分野を教え合いましょう」
「じゃあ、アリスさんには英語を教えてもらいましょうか」
「酷いです、鈴香さん。私の英語の成績、知ってるじゃないですか」
頬を膨らませて抗議すると、三人は楽しそうにくすくす笑った。
別に俺も普通の点は取っているのだが、英語に関しては鈴香たち三人とも成績が良かったりする。
そして。
その『重大な知らせ』は、ある日突然やってきた。
十二月の中旬。
その日、俺はいつものように朝起きてシャワーを浴び、朝のお祈りを済ませ、朝食を済ませて、朱華やシルビアと共に家を出た。
通学路でクラスメートや顔見知りに挨拶をして、教室で何気ない会話を交わし、朝のHRを経て一時間目、二時間目の授業を受けた。
ノワールから送られてきたメッセージに気づいたのは、二時間目の授業が終わった後のことだ。
何気なくスマホを操作した俺は、通知をタップしてグループチャットの画面を表示──そこに書かれていた内容を見て「え」と声を上げた。
「どうしたの、アリスちゃん?」
近くにいたクラスメートが不思議そうに声をかけてくる。
若干心配そうなニュアンスが含まれているのは、表情から俺が本気で驚いていることを察したからだろう。
画面を覗き込まれるのは一応避けた方がいい。
あまりマナーが良くないと思いつつ、俺はスマホを抱きしめるようにして周囲から隠すと、答えた。
「今日、うちに新しい住人が来るそうです」
「え、すごく急だね?」
そう。ものすごく急な話である。
せめて二、三日前、できれば一か月くらい前から教えておいて欲しいという話なのだが、
「アリスの時も今日の今日って話だったもんね」
「その節はお世話になりました……」
スマホを持ってやってきた朱華が肩を竦めながら上手くフォローしてくれる。既に経験済みの彼女は幾分か落ち着いているが、それでも急な話に戸惑いはあるようだ。
「いや、ほんと。急すぎるのよね」
何しろ「朝起きたら女の子になっていました」だ。
全員が全員、男子だったとは限らないが、それにしたって急に別人になってしまったのは事実。もう少し前触れか何かあってもいいだろうに。
当の『後輩』もきっと戸惑っただろう。
慌てて病院に行って、病院から政府に連絡が行って──という、俺と同じような流れに違いない。
「私にも、ついに後輩ができるんですね」
「そうね。歓迎してあげなさい」
ぽん、と、朱華が頭に手を置いてくれる。
俺は「はい」としっかりした声で応えた。
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