起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活始めました

緑茶わいん

第一章

朝起きたら金髪美少女だった

 黒塗りの高級車に乗せられ、揺られること約一時間。

 身を預けているシートは父親の車よりも断然柔らかく居心地も良い。なのに、妙に揺れが気になるのは、俺自身が縮んでしまったせいか。

 身長が違えば、同じ揺れでも印象は違ってくるものだ。


 俺は窓ガラスに目を向けると、ぼんやり映る自分の姿を見て溜め息を吐いた。


 物憂げな表情で外を見ているのは金髪碧眼の可愛い女の子。

 まだあどけなさの残る顔立ちだが、成長したらさぞかし美人に育つだろう。

 もし、この子に街で声をかけられたら間違いなく焦る。相手が日本語を使っていても混乱して、頭には下手な英語しか浮かばないだろう。


「……でも、俺なんだよな」


 瞬きする度に彼女が同じように動くことも、安物ながら品の良いワンピースを着せられていることも、車を運転しているのが政府機関の人間であることもまだ実感がない。

 だが、頬をつねっても痛いだけなのは検証済み。


「お疲れですよね? すみません、もうすぐ着きますので」

「はい、ありがとうございます」


 高い柔らかな声で応えながら、俺は遠い目をした。

 異常事態が起こるなら、朝起きたら隣に美少女が寝ていた、とかの方が良かったんだが。


「実際は、朝起きたら俺が女の子になってたんだからな」







 今朝、いつもと同じくスマホのアラームに起こされた。

 目覚ましは五分ごとに三回かけてある。あと五分は寝られる、と、微妙にはだけた掛け布団を引っ張り、なんだか重く感じることに違和感を覚えた。

 それでも、まあ気のせいだろうと思いながら、今日の時間割はなんだったかと寝ぼけた頭で考える。ここまで目を閉じたまま。

 あっという間に五分が経ち、二度目のアラームに「んー」と呻いて、


「……ん?」


 なんかおかしいな、と、気づいた。

 しょうがない、とりあえず起きようと掛け布団を蹴飛ばそうとして、思った威力が出ずに失敗。ついでに、パジャマ代わりのジャージが妙に着心地悪い。気になりだすと色々気になってくるもので、なんかこの部屋汗臭くないか? と思わず眉を顰める。

 身を起こせば、首を通り越して背中に届きそうな長さの金髪がはらりと揺れ、肌を撫でる。


「あ?」


 見下ろす。

 男もののジャージと下着(どっちもぶかぶか)を身に着けた女の子がいた。というか、女の子の身体が首から下についていた。

 頬をつねったら痛かった。

 慌ててスマホを手に取り、アラームをオフにしてからスリープ状態にし、黒い画面に顔を映す。

 予想通り、異常事態が起こっていた。


 朝起きたら女の子だった、なんて物語の中でしか許されない話である。


 何かの間違いだろうと思い直し、昨日の記憶を思い返したり、小さく細くなった指でメールやグループチャットのアプリを確認──しようとして指紋認証に失敗し、漫画雑誌やらダンベルやらが雑然と置かれた部屋の中に変な物がないかを見渡し、気づいたら三回目のアラームが鳴るべき五分後をとっくに超えていた。

 なんだこれ、と、困り果てた俺は母親の呼ぶ声を意識する余裕すらなく、この状況を打破する方法を思考し続け、


「早く顔を洗って支度しないと遅刻……よ?」

「……うぁ」


 ドアを開けて入ってきた母親と対面した。


 その後はまあ大変だった。


 一体あなたは誰なのか、この家の息子はどこへ行ったのか、といった質問に答えるために「家族でないとわからないような質問に答える」という定番のアレを実行。

 誘拐とかならもう少しマシな計画を立てるということや、口調が俺のままだったことなどもあって「俺が息子だ」という主張はひとまず信じてもらえたのだが、可愛い女の子が俺の口調で喋るんだから母親は大層困惑したことだろう。

 ともあれ、出勤目前だった父親に会社を休んでもらい、知っている範囲で一番立派そうな病院に朝一で直行。


「朝起きたら女の子になっていた? そんなことあるわけないでしょう?」


 医者にも全く信じてもらえない有様だったものの、年配の看護婦さんが「先生、もしかしてアレじゃないですか?」と囁いたことで事態は急変。

 担当医はいったん離席すると、何やら資料を確認したりどこかに電話をかけたりしていた様子で、しばらくして戻ってくると、


「もしかしてと思いお伺いしますが……今の貴方の姿、どこかで見覚えはありませんか? 漫画とかゲーム、あるいはアニメなどで」

「何の話ですか?」


 こいつ頭がおかしくなったんじゃないのか、とかなり本気で思ったが、看護婦さんから手鏡をもらい、あらためて自分の姿を確認すると確かに見覚えがあった。

 もちろん、記憶の中にあるキャラは俺の昔着ていた服なんか羽織ってなかったが。


 アリシア・ブライトネス。

 最近、俺がプレイしていたSRPGシミュレーションRPGの主人公だ。金髪碧眼の、成長途上にある少女で、クラスは聖職者。

 俺が最後にプレイした時のデータではクラスチェンジして『聖女』なる仰々しい存在になっていた。


 まあ、ゲームキャラとは言っても、あのゲームは主人公の名前や性別、ある程度の身長、目の色髪の色、クラス(職業)に至るまで自由に設定できるので、他の人間が見てゲームのキャラだと言い当てるのはほぼ不可能だろう。

 まあ、設定した俺自身、ゲームのキャラになるとは夢にも思っていなかったせいもあって全く気付かなかったわけだが。


「……なるほど、やはりそうですか」


 簡単に説明すると、医者は重々しく頷いた。


「あの、これって、ゲームと何か関係があるんですか?」

「ええ。どうやら貴方と同じように、ある日突然、創作上の登場人物になってしまう方がいるようなのです」


 冗談のような話に目が点になったのは言うまでもない。

 しかし、実際に起こっているのだから仕方ない。既に数例が確認されており、政府は秘密裏にこの症例(仮)について情報を集めているらしい。

 病院にも通達は来ていたものの、まさか本当に患者が来るとは思わなかったという。


「関係機関には連絡させていただきました。程なく詳しい方が来られるでしょう」


 やってきた政府の人間がしてくれた説明も、医者からのものと大差はなかった。

 ただし彼らの話には「対処」という続きがあったが。


「お話を伺った結果、該当の症例であることは間違いないと判断しました。つきましては、戸籍等々の手続きや生活費用の問題等、こちらで全てサポートさせていただきたいと思います」


 突然、身体が別人になってしまうのだ。

 今まで通り学校に通えない人間も当然出てくる。実際、俺も高校二年の男子だったが、今はどう見ても女子中学生。この状態で男子と一緒に着替えをするとか(俺自身はそんなに気にならないが)世間的に色々とまずいだろうし、転校するとか服を一から揃えるって話になると金もかかる。

 その辺りをまるまるサポートしてくれるというのなら、自分の設定したキャラクターについて語らされた俺の心労も報われるというものである。


「そこで、貴方──都合上、アリシアさんとお呼びしますが、アリシアさんにはこちらで用意した『寮』に入っていただきます」


 なんでも、同じ症状の人間を集めた家、シェアハウスのような場所らしい。


「同じ境遇の方ばかりのほうが過ごしやすいでしょう?」

「確かに」


 碌にニュースになっていない以上、政府としてはあまり大事にしたくないのだろう。

 俺としても「女になった」などと友人連中に知られて大騒ぎされるのは好ましくない。


「わかりました。じゃあ、引っ越しはいつ頃……?」

「できればこれから、今すぐに」

「今日、これから!?」


 驚いたものの、結局、俺は了承した。

 引っ越しを伸ばせば伸ばすほど騒ぎになる確率は上がるし、学校の勉強も遅れる。今までの服はどうせ着られないので荷物もそんなにない。

 両親も「その方が間違いないだろう」と言った。

 よくわからないことになった息子をいきなり放り出すのは怖いが、手元に置いておいてもどうしていいかわからない。ならばいっそ任せてしまえという話だ。


「とりあえず、最低限の荷物だけ取りに帰りたいんですけど」

「ええ、もちろんです」


 一度、家に帰ってスマホや財布などを小さな鞄に詰めた。

 衣類も教科書も入れる必要がないと、荷物は本当に少ない。

 服を担当者が用意してくれた新品に着替え、車に乗り込み、揺られること約一時間。


 こうして俺は、今に至る。







「今更ですけど、これ、誘拐とかじゃないですよね?」

「もちろん違います。……さあ、もう着きますよ」


 車が停まったのは一軒の家の前だった。


「……でか」


 庭付きの二階建。

 四人家族どころか二世代、三世代で同居できそうなサイズ感。

 花壇、あるいは家庭菜園もきちんと手入れされており、名前がわからないが綺麗な植物が花を咲かせている。

 物語に出てくるような豪邸ではないが、一般人の感覚から言えば十分豪華だ。


「では、後のことはお任せいたします」

「俺一人で行くんですか?」

「アリシアさんのことは既に連絡してありますし、間に我々が入るよりも早く馴染めると思います」

「なるほど」


 ある程度のことは車内で話し合ったし、転校の手続きなどは終わり次第連絡をくれるという。

 考えてみれば、今日会ったばかりの大人について来られても、気分的には大して楽にならない。

 それならまあいいか、と頷き、俺は車から降りて、


「そうそう。住人の方は全員女性ですので、ご安心を」

「……それは、安心していいのか?」


 走り去っていく車に向けて思わず呟いた。


 全員女性、というのはおそらく見た目が、ということなんだろうが……あの人、俺が元男だって忘れていたりはしないだろうか。

 いや、男ばっかりと女ばっかりのどっちがいいかと言われたらそりゃ後者なんだが。

 服の相談とかができるのは大きいだろうし、単純に、殴りかかられた時に勝てる目が大きい。


 門の前から家を見上げ、深呼吸をしてから呼び鈴を鳴らす。


『はい』


 女の声。


「あの、今日からここに引っ越すように言われた者なんですが」

『伺っております。今行きますので待っていてくださいね』


 程なく、ドアが開いて中から一人の女性が顔を出した。

 目が合うと、彼女は俺に向けてにっこりと微笑んでくれる。人当たりの良さそうな柔らかな笑顔に心が和むのを感じながら、ぺこりと軽く頭を下げる。


 ……悪い人ではなさそう、かな。


 二十代中盤くらいだろうか、どこか大人の魅力の漂う女性だ。

 髪と目は茶色がかった黒。肌が白く、西洋人っぽい顔立ちをしていなければ日本人と間違えたかもしれない。

 いや、服の上からでもはっきりとわかる二つの膨らみも東洋人離れしているので、やっぱり只者ではないか。


 ただ、彼女は何故かメイド服を着ていた。

 いや、うん、何故かとしか言いようがない。


 本物を見るのは初めてだ、と思いつつおずおずと口を開く。


「初めまして。俺は──」

「アリスさま、ですよね?」

「え」


 硬直した。

 メイドさん(仮)は不思議そうに「違いましたか?」と言っているが、


「いえ。あー、ええと、アリシア・ブライトネスが名前? っていうことになるみたいなので、間違ってはいないんですが」


 アリス、はこの手の名前によくある愛称である。

 するとにっこりと頷かれて、


「では、アリスさまとお呼びしますね。どうぞこちらへ、アリスさま」

「あ、はい」


 導かれるまま鞄を手に門を、そして家の入り口をくぐる。

 一瞬、ふわりといい匂いがした。

 ドアが閉じるとすぐに気にならなくなってしまったが、なんというか、女の子の部屋に遊びに行った時みたいな感じだった。まあ、そんな経験はないので想像だが。


「アリスさま。この家は土足禁止となっているのですが、問題ありませんか?」

「はい」

「良かった」


 微笑む彼女によれば「宗教やお国柄によって違う場合もありますから」とのこと。


「あれ、ここに住んでるのって日本人……ですよね?」

「ええ。少なくとも

「あー」


 言われてみれば、アリシアが屋内戦で裸足になっていた覚えはない。だからといってそこまで気にしなくてもいいとは思うが、


「住人の方を紹介しますので、まずはリビングにどうぞ」

「わかりました」


 靴を脱ぎ、揃えて端に寄せてから立ち上がる。

 メイドさんに案内されて移動するというのも贅沢な経験だが、案内されている俺は俺で金髪美少女なわけで、もう何がなんだかよくわからない。

 ひとまず、出てくる人間が全員、日本人に見えないことくらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。


 と。


 不意に、背中側から気配。

 何気なく振り返ると、途端、視界が塞がれる。


「わっ」

「……可愛い。この子が新しい子ー?」

「もがもが」


 耳から聞こえてくるのはメイドさんとは違う人の声。

 ということは、もしかしなくても、俺の顔に押し当てられている柔らかな物は。


「シルビアさま。顔を出してくださったのは嬉しいのですが、まずはアリスさまから離れてくださいませ」

「……ん。もう、しょうがないなあ」


 自由を取り戻した俺は、この家(寮?)の住人パート2を見上げながら「やっぱり甘い匂いがした」とどうでもいいことを思った。

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