初心者配信者キャロル・スターライト

『お前らキャロル・スターライトってAtuberについてなんか知ってる?    

http://www……』

『検索してみたけど、始めたばっかの個人Aか?

それがどうした?』

『いや、なんか千秋ちあき和歌のどかがチャンネル登録してるからなんでかなって』

『マ?』


『個人の登録チャンネルなんて見れないだろ

どこ情報だよ』

『わかった、つぶやいたーだ

4月28日に投稿した画像の登録チャンネル画面にさりげなく映ってる』

『特定班凄すぎない?

でもなんでこんな無名A登録してんだ

初配信からまだ二週間ちょっとだぞ』


『配信のアーカイブ見てみたけど声がまんま和歌

これ本人だろ』

『ステマか

いや本人だったら堂々と宣伝すればよくね?

企業垢でも告知するだろうし

…別の事務所行くための準備とかじゃねーよな?』

『和歌が中の人はありえないんじゃね?

キャロルって奴が初配信してる時間に和香も顔出し生配信してるし』


『マ? …うん、マジだったわ』

『っていうかキャロルってあれだろ、前にのどかんの動画に出演してた金髪美少女

Aだと銀髪になってるが

あの子も声そっくりだったろ』

『そういやいたなそんな子 妹の友達だとか言ってたっけか

じゃあ知り合いだから登録してるだけか』

『どうだろうな、企業Aじゃないっぽいけど逆に伏線張ってる感もある』


『いやでもこの子可愛くね?

自分でファンタジーの聖職者名乗っちゃうイタい子だけど』

『中身が金髪美少女だと思うと興奮する

のどちゃんといちゃいちゃして欲しい』

『金髪はウィッグだろさすがに

伏線にする気があったら金髪か銀髪で揃えるだろうし、あんな日本語上手い金髪美少女とか普通いねーよ』


『小さいだけで成人してるとかなら可能じゃね?』

『なにそれ興奮する むしろその方向で頼む』

『このスレ変態多くね?

っていうか別人ならスレ違いだから他所でやれ』


※ある日の千秋和歌総合スレより抜粋




 『彼』がキャロル・スターライトの存在を知ったのはほんの偶然からだった。

 Atuber──生身ではなくアバターを使った配信者の存在を知り、興味を持った彼は、色々とおススメのA(Atuberだと長いのでAと略されることが多い)を調べた挙句、有名どころの動画数の多さに絶望。新人なら追いかけやすいだろうと何人かの配信を聞いた。

 その中の一人がキャロル・スターライトだった。


『初めまして。キャロル・スターライトです!』


 さすがに初配信を生で聞くことは叶わなかったが、見つけた時はまだ配信二、三回目。サムネイルで見たアバターの容姿が可愛かったこともあって最初の動画を開いた。

 キャロルはいわゆる設定系のAtuberだ。

 架空の国の王女様だとか異星人だとか狐ロリババアだとか、現実にはありえないキャラクターを設定してなりきるタイプ。とっつきにくい場合も多く当たり外れが大きいが、ハマる時はとことんハマる。

 というかハマった。


『というわけで、今日はゲームで遊んでみたいと思います!』


 キャロルは異世界から単身布教しに来た聖職者という設定。

 でも初配信のテーマはゲーム実況。聖職者なのにゲーム実況。しかも別に上手いわけでも知識が豊富なわけでもない。

 某国民的RPGを聖職者パーティで攻略するという趣向はまあ、彼女の設定に合っているといえば合っていたが、物理戦闘がそこそこできて回復魔法の使える聖職者は複数いてもそれほど困らない。むしろ基本的にピンチとは無縁である。

 なのに、何故か目が離せなかった。

 理由の何割かはキャロルが下手なせいだ。キャロルにアガサ、エラリー、ローリーなどと適当に名付けられたキャラ達は近接特化、魔法特化、バランス型などと役割分担が行われ鉄板かと思えば「レベル上げばかりしていても見ている方がつまらないですよね」とガンガン先へ進めていく。そのくせ消耗品を使うのは渋る。ちょっとダメージを食らう度に回復するのでMPが枯渇する。

 もうちょっと効率的にプレイした方が、と、思わず画面に向かってツッコむこと複数回。

 パーティが見事(?)最初のボスを倒した時には思わず安堵の息を漏らしてしまった。


『初めての配信で拙いところも多々あったと思いますが、見てくださった方、ありがとうございました』


 初回配信の視聴者は数えるほどだったようで、視聴者との会話や質疑応答はほとんどなかった。実質独演会という様相にも関わらず、キャロルは堂々と最後まで配信をやりきった。

 緊張していたのか、途中で何度か噛んでいたが可愛いので問題ない。

 そう、キャロルは可愛かった。

 アバターは個人の新人にしては妙に気合いの入ったデザイン。完全なファンタジー風ではなく和風テイストが加えられているので親しみやすいし、何より表情や仕草のパターンが多い。笑顔だけでも満面の笑みから明るい笑顔、困り笑いなどなど沢山あったし、カクつくことなく綺麗に動く。リアルタイムで少女が喋っているのだ、と実感できる仕様。

 これだけパターンが多いとコマンド等では制御しきれないだろうから、キャロルの中の人も実際に表情が豊富だということになる。

 中身はおっさんというパターンもAの場合は多いらしいが、自然と「この子は本当に美少女」だと思ってしまう程度には、キャロル・スターライトの魅力にやられてしまった。


 聴いていて心地いい、声優レベルの美声も追い風だった。

 声優の千秋和歌との関連が疑われるのも無理はない。そしてその一件によって和歌ファンの一部が流入し、チャンネル登録数は大きく伸びた(当社比)。

 なお、視聴者コメントにて和歌との関係について質問された際はこんな感じ。


『和歌さんとの関係はまだ秘密なんです、すみません』


 さりげなく和歌とは別人であることを主張しつつ『まだ』と期待を持たせる。

 なかなかの策士である。狙ってやっているのなら凄いが、十中八九、キャロル自身は素だ。狙っていたとしても彼女をサポートして台本を書いた人間がいる。

 キャロル・スターライトは純粋で心優しく、天然ボケでドジな少女だからだ。

 コメントで質問攻めにする視聴者が現れた時には質疑応答だけで配信時間をほぼ使い切ってしまい、予定していたゲーム配信の続きを延期したこともあった。


『趣味ですか? お祈りは趣味とは言えないと思うので……そうですね、お料理でしょうか。知り合いのメイドさんに教わって練習しているんです』


 知り合いのメイドさんってなんだ。

 異世界から来たのは単身だと言っていたはずだが、転移前に習ったのか、それともこっちの世界で知り合ったメイドなのか。そこについて突っ込まれると「秘密です」と誤魔化す。当然「秘密多いなw」と草を生やされ、困った顔で笑顔を浮かべる。

 なお、得意料理にしたいのはハンバーグらしい。あれの名前はハンブルグ地方から来てた気がするが、異世界でもハンバーグと言うのか。

 極めつけは、


『はい? 丸くて平べったくて、中にあんこの入ったお菓子……ですか? えっと、大判焼きのことですか?』


 大判焼きは思いっきり和菓子だ。

 ネーミングについては戦争になるのでスルーしておくとしても、さすがにファンタジー世界には無いだろう。こっちに来てから知ったというなら仕方ないが、好きな和菓子はと尋ねられると「甘い物は全般好きです」と団子、おはぎ、羊羹、お汁粉等々を次から次に挙げてみせた。

 中の人思いっきり日本人じゃねーか。

 日本語が堪能すぎることからそんな気はしていたが、自分から墓穴を掘っていくのが上手すぎる。狙ってやっているなら以下略である。


 まあ、それはそれでいい。

 何故ならキャロル・スターライトは可愛いからだ。

 聖職者設定と言われて当初、警戒する部分はあったのだが、特に怪しげな水や土の通販を薦めてきたりもしないし、わけのわからない教義をえんえんと語ったりもしない。もちろん尋ねられると嬉しそうに語り出すので注意が必要だが、大地と愛を司る神様らしいので割と聞いていてわかりやすい教えにはなっている。

 なんというか、ポンコツ聖職者の割に「ガチの聖職者が一般向けに話し方を工夫している」感があって、それが聖職者設定に一役買っていた。

 また、設定も聞けば後からほいほい出てくる。

 例えば、大地の女神の信者なら土いじりはしないのか、と尋ねられれば、


『私は物心ついた頃に神殿に入れられ、その時点である程度の位を与えられたので、あまり土に触れる機会がなかったんです。やりたい気持ちはあったんですが、位の高い聖職者は癒しや説法に時間や労力を使うことが多いので、実際に土を耕したり作物を植えるのは見習いや下位の聖職者の仕事でした』


 尋ねられてその都度考えているだけだろうという指摘、やっかみも当然あったが、キャロルは同じ事を二度尋ねられた際、必ず前と同じ内容を答えた。言われてから考えているのだとしても、口にした設定を全て記憶しているというのは驚嘆に値する。

 架空の聖職者なんかやっていないでその才能を他に使った方がいいのではないかという気もするが、可愛いから問題ない。

 可愛いは大体の物事に優先する。

 こんなキャロルなら収益化が始まっても過度なお布施のおねだりはしないだろう。そして、キャロル信者となった者達は自主的にお布施をしてしまうはずだ。かく言う彼もスパチャができるようになったら少しくらいは投げてやりたいと思ってしまっている。

 キャロルの思惑とは異なり、女神の信者は大して増えないものの、キャロル・スターライトのファンこと信者は少しずつ、確実に増えているのである。


『キャロル・スターライトちゃん。この子はもっと人気が出て良いと思う』


 ついつい、そんなことまでつぶやいたーに書き込んでしまったりする。

 もちろんキャロルのつぶやいたーアカウントもフォローしたし、配信はできる限り生で見るようになった。キャロル関連のことを呟くと本人から「いいね」が飛んで来たりして、飛び上がりそうなほど嬉しくなる。

 まだまだファンが少ないからこその対応。

 そう考えるとこのまま「知る人ぞ知るAtuber」でいてもらうのも悪くないが、彼女が日の目を見ないのはやっぱり悔しい。なので彼は今日も関連ページをチェックしてはフォロワー数の増減に一喜一憂し、配信を視聴してはキャロルの負担にならない程度に応援コメントを付け、心無いコメントを残すユーザーにイライラし、キャロルの声と笑顔に癒されている。

 いつか彼女が有名になる日が来たら自信を持ってこう言いたい。

 キャロル・スターライトは俺が育てた、と。



   ◇    ◇    ◇



「配信の視聴者さんのお陰で入りたい部活が思いついたんです」

「へえ、どんな部活?」

「園芸部です」


 学園の花壇はこの園芸部が管理・手入れをしている。

 一度花や作物を植えたら後は交代で水をやったり手入れをするのが主体になるので、毎日顔を出さなくても問題ない。配信の中で質問されたのをきっかけに「もっと土いじりしたかった!」というアリシアの熱い想いが伝わってきたので、俺としてもやってみたくなった。

 今度、ノワールの家庭菜園も手伝わせてもらえないかお願いしてみようと思う。

 すると朱華は苦笑を浮かべて俺の頭に手を乗せ、


「あんたがやりたいならいいけど、園芸部の子達、絶対びっくりするわよ」


 びっくりされた。

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