聖女、先陣を切る

 予定された時刻になると、リビングにいた生物(うさぎは除く)が全員光に包まれ──気づくと俺たちは、全く別の場所に立っていた。

 天井付きの広い建物。

 芝生の地面がだーっ、と広がり、その周囲には高い位置に座席が設置されている。複数設置されたライトのお陰で、辺りはまるで昼のように明るい。

 実際に来るのは初めてだが、テレビでは何度も見たことがある。具体的には父親が見ていた野球中継とかで。


「よく、こんなところが借りられましたね……」


 感心して呟くと、俺たちをここへ招待した張本人がくすりと笑って答えた。


「だって、私たちが思い切り戦える場所が必要でしょう?」


 魔王ラペーシュ・デモンズロード。

 彼女は既に角と翼、尻尾を解放し、本来の姿を取っている。纏うのはタイトなデザインかつ、深いスリットが入った深紅のドレス。胸と肩、腰回り、それから手首と足首は材質のわからない漆黒の鎧を装着している。

 全身からは見ただけで気が遠くなりそうなほどの邪悪なオーラが湧きだしており、この妖艶な美少女が今まで戦ったどの敵よりも強いと直感させる。


 ラペーシュの周囲には、彼女が召喚したと思しき取り巻きたち。

 不死鳥にオロチ、そしてボスオークがそれぞれ二体。さらに、まるで雑魚敵の如く群れを作っているのはコピー・シュヴァルツ。

 なんというか、これだけで「馬鹿じゃないのか」と思う戦力だ。


「……あんた、いくらなんでも大盤振る舞いが過ぎるっていうか、本当にあたし達を殺さないんでしょうね?」


 朱華が半眼になって尋ねたのも無理はない。

 ちなみに今回の彼女は放熱と動きやすさを重視した特別仕様。

 髪は二つのお団子を作った上で残りも頭の上で纏め、紅いチャイナドレスは丈をギリギリまで切り詰めた上、胸の谷間や脇、背中が大きく開いたなんとも煽情的なデザインだ。黒で統一されたブラと紐ショーツはもはや「見たければ見ろ」とばかりに一部が露出している。

 最低限の装備──瑠璃の霊力、および俺の神聖力が籠もったコンバットナイフ二本に緊急回復用のポーション、油の入ったボトルが一本ずつは太腿のホルダーに装着済み。

 そんな朱華を見たラペーシュは楽しそうに目を細めて、


「さすがの私でも一人では手が足りないでしょう? だから、前もって呼んでおいたの」


 ラペーシュの能力は契約魔法。

 他人との間に「破れない約束」を結ぶだけでなく、MP上限を減らして「世界と契約」することで任意の能力を得ることができる。

 当然、魔物を召喚することも可能だが、魔王のMPにも限りがある。

 能力を取得し直すには時間がかかるので、戦いが始まってから手下を増やすのではなくあらかじめ召喚しておき、召喚に割くはずだったMPは別の能力に割り振ったのだろう。

 これ以上、雑魚が増えることはない、という意味では朗報だが、露払いの維持に余力を割いてくれないというのは正直痛い。さすがは魔王と言うべきか。


「むう。……今度は我らの手が足りないのだが、その辺りはどうなのだ、ラペーシュよ」


 と、これは教授。

 彼女はいつも通りぶかぶかのローブ姿。オリジナルの教授からして酷使していたことが発覚したあのでかい本は手にしていない。好きな時に呼べるので必要になったら取り出すつもりらしく、代わりにウェストポーチやら何やらを複数装着してアイテムを準備している。

 身体は小さいが頭脳は人一倍、我らのリーダーからの苦言には、


「知らないわ。そっちにはアリスがいるのだから、むしろこれでも足りないくらいよ」

「さすがに過大評価じゃないかと……」


 俺は苦笑して控えめに文句を言う。

 わかっていたことだが、やっぱり俺がヒーラーに徹するのは無理らしい。


「ご安心ください、アリスさま」

「今更あの程度の敵に後れを取るつもりはありません。何体来ようと斬り伏せてみせましょう」


 ノワールはお馴染みの改造メイド服。

 使い慣れた物の方が結局威力を発揮する、ということで、メインウェポンがPDW二挺、サブとして拳銃とコンバットナイフ、手榴弾を携帯している。

 ただし、シュヴァルツの手を借りた改造によって銃の威力は底上げされているし、ノワールの真価はその機動力だ。今回も臨機応変な活躍をしてくれるはず。


 瑠璃は着物と巫女服の中間というか、ゲームなんかの和風女剣士が着ていそうな衣装に身を包んでいる。

 主武器は秘刀『俄雨』だが、折られた時のために実物の刀、短刀も装備している。

 加入したての頃は不慣れだった彼女だが急速な成長を見せ、今となっては俺たちパーティに欠かせない戦力となっている。

 このあいだのオロチ戦にて実質ソロで前衛を務めてくれたように、縦横無尽の活躍だって決して夢想だけの話とは言えない。


「まだまだアリスちゃんをお嫁には行かせられないからねー」


 シルビアはノースリーブのトレーニングウェア上下にプラスして、白衣とコートの中間のようなものを羽織ったスタイル。

 コートの裏にはびっしりとポーションやら油やらが収納されており、右手に持ったシューターから発射できる態勢。さらに足元には予備アイテムが詰まったアタッシュケースが二つも存在し、在庫切れを起こさない備えが取られている。


「私としては素直に結婚して欲しいところだけれど。……まあ、どちらにせよ一度暴れておくに越したことはないのよね」


 ラペーシュが笑みと共に息を吐き──それから、俺たちと一緒に立つ「二人」を見て、


「それで? どうしてあなたたちが一緒にいるのかしら?」


 尋ねられた二人は「心外だ」とでも言うように首を傾げる。


「別に私は貴女方の仲間ではありませんし。お姉様やアリシア・ブライトネスに死なれるのも寝覚めが悪いと思っただけです」

「今回は魔王様個人の戦いでしょう? ですのでわたくしは一宿一飯の恩でしたか? 食事と寝床の礼をしようかと」


 通常のメイド服を着たシュヴァルツと、朱華に負けず劣らず露出度の高い格好をしたアッシェ。

 二人にまで俺たちの側に付かれたラペーシュは「あーあ」と笑った。


「これじゃあ私、完全に悪役じゃない」

「いや、聖女を娶ろうと戦いを吹っかけてくる魔王はどう考えても悪役だろう」

「まあそうなんだけど。薄情な部下を持って悲しいわ」


 そんなことを言いながら、その気になれば単独で俺たち全員を打倒しうる強者──それがラペーシュである。

 桃色の美しい髪をさらりとかき上げた彼女はあらためて俺たちを見据えて、


「それじゃあ、ルールを確認しておきましょうか?」






 俺たちとラペーシュの間には「友達になる」という契約が結ばれている。

 戦いにあたってこの契約を解除し、あらためて契約をし直すという方法もあったが、契約という枷がなくなった途端にラペーシュが大暴れ、という可能性もなくはないので断念。

 代わりにアッシェなど、ラペーシュと契約していなかったメンバーにも友達契約を結んでもらい、この戦いが殺し合いにならないようにする。


「これは紳士協定に基づく本気の戦いよ。参加者は相手を殺してしまわないように細心の注意を払わなければならない。けれど、必死に戦った結果、殺傷したりされたりする可能性については全員が了承しているものとするわ」

「問題ありません」


 これで最低限のルールが保証される。

 契約がなくならない限り「友達を止める」ことはできないので、友人同士として相手を不当に出し抜くことはできない。友達を平気で騙したり殺したりできる性格なら話は別だが、ラペーシュがそんな人物なら仲良くなっていない。

 「できるだけ殺さない」というルールも別の契約として全員が同意し、これで準備は整った。


「では、私は観客席に移動します」


 くるりと背を向けて場を離れていくシュヴァルツ。

 彼女の参戦については詳しく聞いていなかったが、別にシュヴァルツ自身が戦うわけではないらしい。となると、ノワール達と一緒に大きな荷物が転送されてきているのだが、これが関係あるのだろうか。


「戦場と客席の境には結界を張ったわ。ある程度の防御効果と音・光を防ぐ効果があるから、基本的には安全でしょう」

「じゃあ、念のため私の結界も重ねておきますね」

「聖魔の二重結界か。そんなものを破れる人間はそういないでしょうね」


 俺の結界はドームの外に。これによってドームに無関係の人間が寄り付くことを防げる。

 そうしているうちにシュヴァルツは観客席に到着。


「通信環境に問題はありません。……リンク成功。


 そうして、荷物の中から起き上がったのは機械仕掛けの人形。

 シュヴァルツではなく、彼女の取り巻きとして出てきた雑魚の方だ。どうやらそれを遠隔操作で操っているらしい。


「戦闘能力としては劣りますが、この人形もまた未来技術の産物です。ある程度の戦力にはなるかと」


 ノワールの説明を聞いてなるほど、と納得。

 単に戦力とするのであればシュヴァルツ本人が戦うか、あるいはシュヴァルツのボディをもう一つ回収してくれば良い話だが、それはシュヴァルツに大きな力を持たせない、という方針に反する。

 参戦に際して政府関係者が了承したギリギリのラインが量産型人形の遠隔操作だったのだろう。シュヴァルツ本人からは戦闘プログラムが取り除かれているため、頼りはFPSで培った感覚のみ。量産型人形には武装が施されているが、その程度の戦力なら反逆しても簡単に潰せるし、なんなら操っているシュヴァルツの方を取り押さえればいい。

 政府スタッフも見届け役や緊急時の対応のために観客席に何人か控えている。


「じゃあ、私たちも少し離れようかしら」


 ラペーシュと魔物が俺たちから二十メートル程度の距離を取る。

 戦闘開始と同時に襲い掛かられないのは有り難い、と思う反面、これでラペーシュだけを狙った短期決戦という手が使えなくなってしまった。

 戦闘中、魔王に「能力の取得し直し」をさせてはいけない。

 ボスラッシュにも程がある魔物の群れをなんとかして早急に排除し、魔王が手隙になる時間をなくさなければならない。

 大まかな作戦については事前に話し合っているが、


「ここまでは予想からそう外れておらん。正面対決なら結局、やることはいつも通りだろう」

「開幕からフルパワー、ね。……ま、わかりやすくていいんじゃない?」


 こちらの陣形は中央に俺。その左右にアッシェと朱華。

 ノワールと瑠璃は左と右に大きく散開。シルビアは俺のやや後方。教授はシルビアのさらに後方へ待機。シルビアのアタッシュケース等々も教授のところだ。

 人形inシュヴァルツはシルビアの脇を守るような位置に。


「両者見合って、なんて、なかなかないシチュエーションですね」

「わたくし達の時もこうでしたが……アリシアさん達は目覚めて間もない魔物を一方的に狩って勝利を収めて来たのでしたか」

「人聞きの悪い言い方ですが、まあその、そうです」


 なので、最初から敵が臨戦態勢なのは正直きつい。

 それでも、やれるだけのことをやるしかない。

 俺は深呼吸を一つして気持ちを整え、錫杖を握った。風呂に入った後、聖水を使って清めた身には、配信のお陰か、かつてない程に力が満ちている。


「じゃあ、この羽根が落ちたら開始としましょうか」


 ラペーシュの翼から一枚の羽根が飛び、両者の中間地点、その上空に。

 ゆっくりと落下していく羽根を俺たちはじっと見守り、そして、羽根が落ち切った瞬間。


「──《神光波撃ディバイン・ウェーブ》!」


 俺は、即座に神聖魔法を解き放った。

 ゲームにおけるアリシア・ブライトネスには使用できなかった魔法。隠しダンジョンに登場する女神が用いるこれは、正真正銘、神聖魔法としては最上級。

 これを用いることができる時点で、少なくとも俺はゲーム内のアリシアを超えていることになる。仲間たちと共に魔王を討ち果たした彼女を、だ。

 だから、生み出された神聖なる輝きはたとえボスの群れであろうとも大きなダメージを──。


「させないわ」

「……え?」


 瞬間、不思議なことが起こった。

 俺の中で膨れ上がった神聖なる力。間違いなく解き放たれたはずのそれが、俺の身体から出た途端、ふっ、と消失していく。

 《禁則強制イリーガル・レギュレーション》。


よ。アリシア・ブライトネスの《神光波撃》は不発する。私がこの力を放棄するまで、ね」


 打ち消された、どころか、戦闘中の再使用さえ封じられた。

 禁則と言うからにはラペーシュとしてもかなりの余力を使うか、あるいはぽんぽんなんでもかんでも封じられるわけではないのだろうが──。

 《聖光連撃ホーリー・ファランクス》ではもはや力不足な現状、これはあまりにも痛いと言わざるをえない。

 何しろ敵はこれまで戦ってきたボスたち。生半可な相手ではないのだから。

 しかし。


「おっけ。よくやったわ、アリス! これであいつは切り札を一つ使った!」

「ふふっ。魔王様。禁じ手を繰り出した上で『これ』も止められるというのなら、どうぞやってくださいませ」


 朱華とアッシェが動いた。

 彼女たちがやったことは単純。朱華は不死鳥の一匹に、アッシェはオロチの一匹に片手を突き出しただけ。


「ねえ? 同士討ちって怖いわよね!?」

「そこに魔物がいるのでしたら、利用しない手はありませんわ」


 しかし、それによって。

 二人にコントロールを奪取された魔物が、近くにいた同族へと攻撃を始めた。

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